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zoom RSS アイルトン・セナ

<<   作成日時 : 2017/05/01 13:11   >>

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いよいよ5月!の声を聞いて、
新緑、春、爽やか・・・とイメージしながらも、
なぜか真夏日になってみたり、
そうかと思うと急な夕立があったり、
といった、相変わらず例年以上に
ヘンテコリンな天気が続く今日この頃、
皆様いかがお過ごしですか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日は5月1日。
なにげに、ふっ、と過ぎるかと思っていたけれど。
俺が大ファンな
(多分・元?)F−1GP・フォトジャーナリストの呟きで
「!!!!!」。

そうでした。
今日5月1日は「あの日」から23年目。
1994年5月1日から、23年目を迎えたのな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨今のF−1を思うに。
先週思ったばかりだけど。

実は。改めて。
1990年前後のF−1をライブで見ていた俺は、
実は不出世の天才をライブで見ていたのだ、
実物も見ていたのだ、
という風に思いつつ。

改めて合掌。

歴史的に・この世には天才と言われる人って
実はそこそこいるんだろうけれど。
その「天才」を「ライブ」で共有する、
というのは、そうはなかなかないでしょう。

アイルトン・セナ。
享年34歳。

存命だったら・・・・57歳なのか!
さすがにリタイアしてるんだろうけれど、
けど、イチローやカズじゃないにしても、
40歳くらいまでステアリング握ってたのかも、ね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

数年前にもちょち備忘しましたが。
セナと言えば、ホンダとプロストが
そのストーリーに絶対出てきますよね。

当然、本人と直接話しした訳じゃないけれど(当たり前だ)。
文字・画像などでインタビューを見て、記事を見て。
そこから受ける印象は、
とにかくピュアな人だったんだろうな、と。
そして信仰心がとてもあつかった、と。

それが常人を遙かに超えた領域で
リンクしてたんだろうな。

スズカの西コースに神様を見たり。
コクピットに収まってても常に神様の存在を感じていたり。
そういうことをさらりと言える・・・

今そういうことを言うドライバーがいても、
それは「スポンサーの前で良い子ちゃんしてるだけ?」
ってうがってしまうけれど。

当時は、そして今でも、
その彼の残した言葉を見聞きすると、
なぜかそんな「黒い」部分は感じなくって。

そんなピュアな人だから、
ニッポンの、そしてHONDAを、
こよなく愛してくれたのだろうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でも、あまりにピュアすぎたのかな。
あまりに明るすぎた、輝きすぎたから、
必然的に、対を成す人々が黒く写ってしまった、
という哀しい部分もあったかも。
周りの人を不本意ながら・結果的に「陰」にしてしまった
という存在だったんだろうか。

陰になってしまった・・・
特に、やっぱり、プロスト。

俺は正直、セナよりもプロストの方に
親近感を覚えていたけれど。
なんとなく、こう、ね。
表現は悪いけれど、ちゃんと計算してる?
と感じる部分とか。

しっかり「スポーツ」をしてて
「駆け引き」をしてるんだろな、と感じる部分とか。

でも、ピュアな天才の前でそれをやっちゃうと、
ただの「腹黒い選手」になってしまって。

しかも、セナがHONDAの人で、
プロストがマクラーレンの人、という構図になってしまって、
さらに当時のフジテレビのあおりもあって、
善悪の対立構造に祭り上げられて、
セナ=ホンダ・善・非ヨーロッパ、
プロスト=マクラーレン・悪・ヨーロッパ、
って構図になってしまって。

なんだか、それ、ちょっと違うんじゃ、ね?
とは思っていましたが。

けど、実はフィーリングでやり過ごしていたのがプロストで、
むしろセナの方が理詰めで構築してる、と知って、
それは驚いたもんです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「セナ的」なもの・・・に憧れは抱かなかったけれど、
けど畏敬の念は、単純に・素朴に、抱いていましたね。
それが、きっと「本当の天才」を見上げた感覚、
なんでしょうね。

それも肖像画とか、メモリアルフィルムとか、じゃなく、
ライブで、目の前で、実際に息をしている、鼓動している、
その当人を見てるからこそ、
感じる感覚だったんでしょうね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1980年代〜90年代前半。

当時はバブルってのもあったんだろうけれど。
HONDAが第2期活動ということで再参入して。
そこでまず中嶋悟を舞台に上げて、
そこでセナとタッグを組んで。

それが伝説の本章が始まった所だったんだろな。

あの頃はよかった・・・というと「じじ」そのものですが。

F−1マシンだって、今みたいに「なんちゃらデバイス」が
ウジャウジャ生えてるような姿じゃなく、
もっとシンプルに、ボディだけでグラマラスに魅せる、
音速の芸術品、といった感じだったですもんね。

シャークフィン?T字ウィング?
も少し前にはスターウォーズならぬ「エックスウィング」
ってなデバイスもありましたもんね。。。。。

そんな今のマシンを見た後で、
例えばMP4−4のワイド・アンド・ローなボディや、
ベネトンのグラマラスなボディ、
ウィリアムズの質実剛健そのものなボディを見ると、
「シンプル・イズ・ベスト」ってフレーズが
脳裏に浮かびます。

そしてなにより「ドライバー」じゃなく
「パイロット」と称された人々。
その時のF−1は、あくまでも
「マシンを使ったヒューマンスポーツ」
という感じをすごく受けて。

パイロットが時代の最先端を行くマシンを操るものすごさ。
マシンは単純なマシンで。
でも究極のマシンで。
デバイスとかの力を借りずに
ピュアな「マシン」だった、なぁ。

その中で、「天才」セナがピュアに駆け巡る、
そんなシーンは、見ていて面白かったし、
レースによっては感動てんこ盛り、でしたもんね。

そういや。エンジン音だって。
88年まではターボだったし、
つまり今と一緒?だったけど、
エンジン音が迫力ないから
レースがおもろくない・・・なんてこと、
なかったもんね。

やっぱりそこには「レース」があったもん。
「レース」さえあれば、
音もまた「レースの構成ピース」のひとつ、
ってわけで。

そして、セナ・プロスト以外にも、
ピケ、マンセル、ベルガー、ブーツェン、パトレーゼ、アルボレート・・・
そんな個性豊かなパイロット達が
覇を競いつつ・・・

やっぱりスポーツは人間のするものであって、
マシンの競い合いになったら
ツマンナイんだよねぇ・・・

で。
やっぱり最後は
マクラーレン・ホンダ がズドンと突き抜けて。

でも、去年までのメルセデスのような、
妙な空気感じゃなく、
マクラーレン・ホンダ「同士」で
超ハイレベルな「レース」をやっている、
という興奮がありましたもんね。

そういった時代、F−1レースが「レース」をしていた時代、
それは、23年前のあの日で終わったのかな・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シューマッハの登場があと数年早ければ?
いや、それはすでに「たられば」の領域なんでしょう。

今は今で、「ごっつい」ドライバーはいますし。
アロンソなんて、「ホンダのばかぁぁぁぁ!ごめんねアロンソ。」
な状態だから、余計にもやがかかってしまってますが。

けど、やっぱりピュアでアグレッシブな天才、
それはアイルトン・セナだけ、なのでしょう。

そういった存在を目の当たりに出来てたのは
幸せ、だったんだろな。

きっと、J・クラークや、G・ビルニューブを「ライブ」で見てた人は
同じようなこと感じてたんだろな。

でも・・・セナの後は?・・・

やっぱ、スポーツと芸術には
「天才」が必要なんだろうか・・・ね。

それにしても。
HONDAさん・・・・・

セナを泣かせても、
青山の営業判断?で、
第2期を終了、撤退してしまって・・・

やっぱ、そこで撤退しちゃったのがダメだったんだろな。
第3期も「最初は」オールHONDAで
おおっ?!って思ったのも一瞬のこと、

結局青山の判断で?エンジン供給だけ。

でも中途半端に騙されて?
途中からフルチームとなったけど。
だったら最初からそうしときゃよかったのに・・・

けど、第3期。そこにはセナはいなかったのな。
セナの遺産も、とっくにどこかに消えてたんだろな。

1勝。たったの1勝。
でもって、リーマンショックを口実に(口実、って俺は思ってる)
なんとなく、撤退。
ホントはそこで「青山一丁目の栄光」は終わってたんだろな。

で、たった1ドルで売った、とされるHONDAチームが
翌年、シリーズチャンピオン・・・

もうここで見限り付けるべきだったんでしょうな。

第4期で、再びマクラーレンと組んで
F−1サーカスに戻ってきて。
けど・・・それから3年。
一体全体、どうなってるの?
まるでT社のモータースポーツに対峙する姿勢みたい。
「栄光」は過去の物になってしまっているのに、
俺はまだその過去の「栄光」を夢見て
応援しようとしてたのかな・・・

HONDAさん。
そういや、昨今・実際の市販車だって、
シビックをヤンピしてから、ますますおもろくなくなってきて・・・
今や昔のTさんみたいに、
ファミリーカー、又はミニバン専用メーカーみたいだもんね。
プレリュードとか、インテグラとか、
S2000とか・・・
そういう「精神」はもう「過去」なんだろな。
でっかい会社だし、夢で食っていけないもんね。
・・・という生々しい現実の対極にあるメーカーで、
夢魅せてくれてた、と思ってたんだけれど・・・

残念。

本田宗一郎氏と一緒に
セナも草葉の陰で号泣してるんじゃなかろうか。

それを思う・感じる現場の「社員さん」って、どれくらいいるんだろな?

今、この時に「アドバイザー」でセナがいれば、なぁ。。。

無い物ねだり。なんだろうけれど。
やはり、あまりにも偉大すぎた天才、だったんだな。

アイルトン・セナ。

あれから23年。
改めて、合掌。
そして、それでも、やっぱり。
栄光の復活を見てみたい、と願うばかり・・・

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