ガスリーおめでとう!

まずは7月の大豪雨、そして台風9号・10号で
被害に遭われた皆様に心からのお見舞いを。

それにしても、なんで今年は九州ばっか?なんだろね。
まあ天気屋さんの説明聞けば「なるほどー」なんでは
ありますが。
けどだからといって、九州ばっか?ってのも
まさに理不尽、ってやつなんでしょうね。

でも、やっぱ昔の人はエラかったのな。
210日(にひゃくとおか)と言いますし。
そういう季節感は当たっているんでしょうが・・・

昨日の最高気温と今日の最高気温が
アメリカじゃ平然と30℃を超えて急降下?
そういや、彼の国じゃ山火事が猛烈に吹き荒れると思えば、
その隣では一気に真夏から真冬になって
雪が積もったり、とか?

はたまた、カリフォルニア?サンフランシスコ?
日中の空が「紅」色、ときたもんだ。
これ、北京の大気汚染よりもっと酷い、ちうか
恐ろしい、火星な光景とチャウヤロか?
まるで、リアルブレードランナー?2049の方?

ここまで来たら、
もう「異常気象」で説明するのが手っ取り早い?
いや、そんなもんじゃないんだろうけれど。
台風も年々大型化するかと思えば発生件数がめちゃ少なかったり?
山火事も異常な乾燥で簡単に燃え広がる・・・
って、これ、もう毎年ニュースになってません?

そこへ加えて、何と言っても新コロ。
新型コロナウィルス。covid-19。

「正しく恐れる」とは初期に随分言われてましたが。
最近、行政で肝心な人がなーんか、トンチンカンな対応してる気が?
専門家の提供する情報とか見解とか「だけ」でいいや。
それこそ、自民党お得意の「自己責任」でやってしまったら?
「流行ってる」っていうのに「旅行に行きましょう!」って
煽ってみたり。
案の定?8月上旬がTopの第2波・・・って
子供が見ても分かる図形を横にしながら、
行政府の関係者は「第2波」って簡単には口にしない。
聞けば大都市部ではとっくに医療崩壊してるのに、
権力者が報道規制をかけているから実態が漏れていない?

なんであれ。せめて、インフルエンザ並に落ち着けばいいんだけどねー。

オケだって映画館だって、そりゃ時として叫びはあるかもしらんけど、
基本、座ったら2時間ほどじっと黙って舞台・映像に見入る・聞き入る
もんだからねぇ。

そうやって、あまおけ も前に進めていく責任がある、ちうに。
責任ないヤツらは好き放題言って、しかもレスタイムがあまりにもトロい・・・

ホント。新コロは色々な専門家プロジェクトもスタートしてるようだし、
早くマスクなしで過ごせる日が来て欲しいもんだ。


とまぁ、鬱憤溜まる日々にある今日この頃、
先週(ちと古い?)、嬉しいニュースが!

ピエール・ガスリーがF-1初優勝?
しかも、姉妹チームとは言え、いわゆるRBRの2ndチームの
アルファタウリ(トロロッソ)が優勝?!

一体全体、なにがどんだけ波乱したんだろ?
・・ってのはもうリフレインしませんが。

メルセデスもホンダもワークスは事実上全部Out。
ここへ来て、フェラーリは一体どうなった?ってくらい
眼を覆わん程の「ディザスター」状態?

昨日のトスカーナGP、実質フェラーリの自社レースコースで、
参戦1000戦目記念だった、ってのに・・・
(バーガンディーのフェラーリは貴重だったけど。)

いや、また脱線しちった。
ともあれ、まずはガスリー、おめでとう!
いやいや、こういう「出来レース」じゃない展開、って
大好物ですな。

アルファタウリ=トロ・ロッソが
F-1サーカスから捨てられかけられてたときに
RBRオーナーに拾ってもらって、
まずは1年、セカンドチームで。
で、出来がよかったから2年目からはファーストチームにも供給。
そしてBest of 2ndを目指して多様な数年だったけど、
今年、とうとう「追いついた」宣言。
実際はまだダメだったけど。。。

そこに至るまでの、トロ・ロッソ/アルファタウリとの
ジョイントがイタリアGPでちょうど50戦目。

ガスリーも最初は腕を見込まれて途中でRBRに移籍したけど、
やっぱりTopと2ndの違いなのかなぁ?
妙にかしこまってしまって、結局トロロッソ・アルファタウリに
出戻りしちゃったけれど。
ここ最近、何か掴んだんでしょうかね。
前はクビアドと競ってたイメージだったけど、
今やガスリーはQ3に行っても普通だもんね。

HONDA屋さんもがんばったよー。
最初マクラーレンと組む、と聞いた時は胸鳴ったけど。
3年経って、あれはちょっと酷すぎた。
お互いに支え合って頑張ろう、ってんじゃなかったもんなー。

確かにHONDA程の企業を持ってしても
原稿フォーマットのエンジンを「ホレ」って簡単に
作る事なんかできないし。

しかも3年間、他チームには絶対販売しない、ってくくり
つけられた挙げ句、連戦連敗、裁可言い争いもままあったり?

ロン・デニスがどれほどチームに心血を注いでいたのか、
わかろうか、ってもんですわ。
まあ、そのマクラーレンも知らない間に「お家騒動」が勃発、
名物R・デニスが退場したことでチームも変わり、
ホンダはトロ・ロッソがお引き取り、ってことで
自分達はルノーを獲得・・・

そしたら、ルノーワークスよりもだんだん早くなってきてない?
一体全体、そこに何があったんだろネ?

マクラーレンももう少しワークスエンジンを尊敬してりゃ
もそっと違ったのかもね。

ウィリアムズ・ホンダ同様、マクラーレン・ホンダももう復活する
ことはないのかな。

そう言えば、そのウィリアムズ。
とうとう、とうとうその日が来てしまったのね。

ウィリアムズも「家族経営」だけど、今やコンストラクターは
町のガレージ屋さんでは到底無理、ちゃんとエンジンメーカーの
バックアップを受けられないと、何やっても無駄・・・・・

なんか、そういうのもなぁ。。。

やっぱりアメリカ・インディとの最大の違い、って
そこにあった、って思うんっすよね。

何でもかんでも統一、絶対公平性を歌いあげるのもいいんだけど。
やっぱりF-1みたく、「自分でやりたい」と思ってチームを立ち上げて
世界チャンプを目指して進む、ってのが個人コンストラクターチームの
魅力だったわけで。

これまたHONDAのせいにされるんだろうけれど。
だいたい、予選だけに数億かけて、本戦にはまた別途さらっぴんの
エンジン・シャーシを用意して、研究:テストにも莫大な予算をかけて・・・

そういうのが拡張し続けると、そりゃ
古き良き名前は消えていって、最後はメーカーの争いになるんだろな。

ティレル、スチュワート、ブラバム、ザウバー、ミナルディ、
アロウズ・・・その頃はホントに個性があったもんね。

メーカー単体で参戦して全然気にならないのはフェラーリくらいかな?

そうやって時代が変わって、メーカー対戦になって、
やがては自壊していく・・・

そういう愚はくり返さないで欲しいもんだ。。。

だからこそ、イタリアGPでガスリーが優勝したのは
めちゃ新鮮でオモローで、嬉しかったっすね。
しかもそこにはHONDAの姿もあって、
HONDAとアルファタウリ(トロ・ロッソ)との
ジョイントが50戦目、という
出来すぎたストーリー。

他方、そんな中時代を気付いたウィリアムズ家が
とうとうイタリアGPでさよなら・・・

オマリー家がLAドジャースを売り払ったのと同じくらい、
自分には衝撃的だったかも。

モービル1のCMだっけ?
ウィリアムズ(ピケ・マンセル)の2台がせりあって
ピケが見事にマンセルを追い抜くシーン。
その映像に被せて
「モービル1のライバルはモービル1だった」ってMC。

そういった痺れるシーンって、
なんか最近激減してるようなんですよね。

だからこそ、くり返しになりますが、2ndチームでも
しっかりレースを組み立ててやれば
優勝できる可能性がある・・・
(まぁ、他にもワークスチームにトラブルが出まくり、って
要素も必要なのかもしらんけど。)

そういうの見たら、ちょぴり、でも、
やりゃ出来る・・・のかな?・・とほんのり考えてしまいました。

今やあちこちで、新コロ理由に各種ハラスメントが横行してる、
とのこと。
そういう時こそ力合わせて、なんだろうけれど。
しんどい時こそ、力合わせて、なんだろうけれど。

異常気象、秋。新コロ。。。改めて流行りつつある?自己チュー。

9月も半分、ことしもあと3カ月少々・・・
まさか令和2年がこないになるとは思わなかったけれど。
せめて、理不尽唱えるパワハラ野郎は滅びて、
正しく努力してる、そういう人々がちゃんと認められ、救われる・・・

はやくそんな世界になりますように。

・・・新コロさえなけりゃねぇ・・・


おうちで映画・オリジナルの「2」

暦の上では9月になって、もうすぐ10日になろうというのに、
ふと見上げれば入道雲に真っ青な底抜けの青空、
そしてその下には眼にも鮮やかな緑で覆われた山々、
そして気温を。。。と見れば・・・
は?まだ午前中なのに35℃?
とかなんとか言っていたら、7月に酷いことになったのに、
一体全体なにが気に入らないのか、
台風9号に10号、九州ばっかりえらいことになって、
もう一体今が「いつ」なのかサッパリワカラン今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

まずは7月豪雨、台風9号・10号で被害を受けられた皆様に
心からのお見舞いを。

台風の予測精度は一昔前に比べたらかなりの確率になったんだろう
けれど、けど予報でわかったから、といえど、
ここ毎年のように、「信じられない」ほどの「強風に豪雨」で
1年、2年たっても完全に元に戻りきらない・・・
なんか、そんなんが続いていませんか?

やっぱり日本は亜熱帯になってしまったに違いない。

でも、気がついたらこんなことになっていた、とは言え、
きっとどこかで「きっかけ」があったんだろうとは思うんだけど。
利便性ばかり追求したが故に、
気候温暖に気がついたときは時すでに遅し?

withコロナ、ではないけれど。
with異常気象、という時代になったのかしら?

やはり運命とか未来とか、は変えられないのかしら?

と思いつつ。
先日「お家でシネマ」で見た「ターミネーター/ニュー・フェイト」
がえらく印象に残って。
やっぱり本家本元が作っただけ有って印象深い後味でしたが。

でもこれ、現代では「ニュー・フェイト」じゃなく
「ダーク・フェイト」だったのね・・・
ニュー、だと希望もあるけど、ダークだと、ね・・・
確かに作品のテイストは「ダーク」だったし、
これはこれで続編作れそうだけど。

おっと、また今日も脱線。

そんなこんなで、WOWOWさまのおかげで。
「ニュー・フェイト」が「正統派続編」と言うならば、
「正統派」をちゃんと踏まえよう、と、
先日オンエア・録画した「ターミネーター2/審判の日」を
ゆったりと見ました。

例によって、例の如く、制作年にまずは驚きなのですが。
ニュー・フェイトが2019年作なのに対して、
審判の日は1991年?!
もうこの作品が発表されて約30年?

そりゃ確かにシュワルツェネッガーもリンダ・ハミルトンも
トシとったわけだわ(@ニュー・フェイト)。

それと同時に、ILM・スカイウォーカーサウンド、
テレビ画面越しでも、この合成が30年前のもの?
ニュー・フェイトの合成と殆ど遜色がない気がしますねぇ。

さて、もう「審判の日」のストーリーは
思い切り有名・・・周知・・・ですよね?

「1」で無言の敵役、どこまでも追いかけてくる
ターミネーター、最後は資金が底を突いてしまったので
それを逆手にとってロボテクスを使って
上手くまとめ上げた、という印象。

そしてあの(いかつい系の?)顔、
もの凄い肉体、
絶対ナイフを突き立ててもなんともなかろう、という体。
台詞は殆ど無くっても
事実上の主役で、これを機会に世に出たシュワルツェネッガー。

でも、あまりにその後も活躍が続いて、
ジェームズ・キャメロンも可哀想になったか?
(いやいや、そんなわきゃあるまい。)

続編「審判の日」では見事に設定を逆手にとって、
今度は「ターミネーターT-1000]から
未来の救世主を「守るべく」送り込まれた「T-800」。
つまりは正義の味方。

でも初見の時も思ったのですが。
「1」でサラ・コナーは助かったのに、
なんで「2」でT-800とT-1000が送り込まれたのかな?と。
つまり未来は変わっていなかった、って暗示なんかな?と。

つまり、サラ・コナーは助かってジョン・コナーを生んだけれど、
審判の日はやって来てしまって・・・
うーん。タイムトラベルものはそういう整合性を取ろうとすると
どうしてもややこしくなるのかな?

で、改めて「審判の日」を見て、T-1000の見事な造形に
ただただ息を呑むばかり。

どこまで逃げてもどこまでも追いかけてくる。
それも自分を殺すために追いかけてくる。
それもあんな流体金属製の「機会」が?!
どんなに弾を撃ち込んでも「ニュルン」って元に戻って。
そして「1」と同様、T-1000は全くの無言。
この無言ってのがまた恐ろしい。

そういや「1」で無言だったT-800は
「審判の日」ではよーしゃべる、しゃべる。
でも、確かに今度のT-800が話して聞かさないと、
サラ・コナーの台詞だけでは不十分なこともありそうだもんね。

でも、ジョン・コナーの「懐きよう」がまた
なんとも「父子」という感じがして、
いつの間にか感情移入しちゃうんですよね。

それと、サラ・コナーの強いこと強いこと。
確かに「1」の終わりで国外に出て?
そこで色々と「仕込んで」体も鍛えて、
来たるべき「審判の日」に備えている。

・・・・それら全てが、
確かに「正統な続編」の「ニュー・フェイト」に繋がってましたね。

「1」でも「2」でもT-800が来てる、ってことは
あらゆる時代に「サイバーダイン/スカイネット」が
同時にT-800を送り込んでいた、と考えられるわけで。

それぞれのシチュエーションで、
「生まれる前」「子供の頃」「思春期の頃」「成人した頃」あたりに
ターゲットを置いて送り込んでいた、と。

でも「2/審判の日」でやっとの思いでT-1000も倒して
サイバーダイン社も破壊して、2人の目の前でT-800も
溶解させりゃ・・・そりゃ確かに油断してたんだろな。

それが「ニュー・フェイト」の冒頭に行くわけで。

それと、「ニュー・フェイト」途中から合流するT-800の
言動にも繋がるんだろな、と。

これは、確かに「3」以降の続編では考えられなかったシチュエーション。

「ニュー・フェイト」の劇中で「スカイネット?サイバーダイン?
なに、それ?」とグレイスが訪ねるシーンで
サラ・コナーが安心して「よかった。それは無くなっていたのね。」と。

だから確かに未来は変わった、「運命は変えられる」という台詞
(実はこれがジェームズ・キャメロンのメッセージ?)にも
繋がるのな。これは「審判の日」でも出てきてたもんね。

と同時に「じゃ、なんであんたはダニーを守るために2049年から来たわけ?」
ってなりますよね。
ちょっとそこが・・・「リージョンというサイバー戦争AIが暴走した未来から来た」
って。
「バカは懲りないね」というサラ・コナーの台詞は全くその通り。

・・・・・・で。なんだかんだ言って。
この「ニュー・フェイト」が上手く出来てるな、と思ったのは、
結局「2/審判の日」の大枠をなぞっているからなんだろな。
「審判の日」を2020年に合うようにアップグレードした、という感じかな?

それだけに、「審判の日」の出来具合が出色だったんだろうけれど。

確かに「ニュー・フェイト」こそが「審判の日」の正統な続編、
って言えるでしょうな。

ただ惜しむらくは・・・

ここに至るまで、あまりにも沢山の「続編」が出来てしまって
食傷気味になってしまった、ってこと?

「3」ではそれでも「審判の日」がいかにして生じたか、ってことに
なってるし。
「4」は・・・いや、もうええか。

ジェームズ・キャメロンは「ニュー・フェイト」の続編を
作ろうとしてたんだろうな、と思えるフシはいくつかあるのですが。

だって「ニュー・フェイト」の終わりは、なんとなく「1」の終わりを連想させたし。
グレイスもT-800も機能停止して・・・
でもREV9の骨格はあるんですよね?・・・
サイバー戦争用AIとREV9の残骸、T-800のメカニズムがあれば・・・

結局、リージョンは名前だけで(1でも同じだった?)
実態は出てきてないし。
リージョンを「破壊・消去」してしまわないと、やっぱり「未来」は
かわらんのじゃなかろうか?

きっと、このターミネーターも、この先
沢山の派生作品を生んで、一つの「パラレルワールド」なグループを
作り出すのかな?

だとしたら、なおさら正統派の歴史ってのが重要になるのかも、ね。

それにしても、未来は変えられる、か。

とりあえず、目の前に迫る金欠をどうにかならんかな・・・

と見終わって、猛暑日の中、ボンヤリ思った9月上旬なんではありました。

いつぞやの「大殺界」なトシほどではないけれど。
今年も半分以上が終わった、ってのに、
全然ロクなことがないし・・・・

とりあえず、お金かな、金。
どうか、宝くじが大当たりしますように!(ってまずは買ってみよう!)



ビバ・70周年!

うへー、あついあついあついあついあついあついあついあつい、
ゲシュタルト崩壊じゃあああああああ!!!!!!!!!
って、もう8月も終わりのはずなのに、
どう考えても「これから8月」又は「まだまだ8月まっただ中」
としか思えない、異常なまでの高温の日々、いや、灼熱の日々、
平熱が35℃少々のワシとしちゃ、ええかげん脳みそとろけて
機能停止するにちがいない、という口実で、
今年採用された在宅勤務で毎日涼しい場所で気兼ねなく
のんびり仕事したいよー、と泣き叫んでも
やっぱり毎日が猛暑日、という今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

今更ですが。
もう今年は「季節感」というやつが殆ど破壊されちゃいましたね。
俺のいるここ、1200年の京 じゃ
「お祭り」が季節を彩る、って図式だったから、なおのこと。
令和2年が明けた頃は「密」の神社詣りも普通にできてたのに、
3月に入ったら学校は強制的にお休み、卒業式とか入学式とか、
オンライン?人生たった1度のイベントなのに、
いくら小学校の入学式をあんた今覚えているのか?
と言われて当然忘却の彼方にあるんではありますが、
けどやっぱり春は花見、5月には葵祭、6月は普通に梅雨で7月は祇園さん、」
8月は送り火・・・ってのがねぇ・・・

6月、7月、そりゃ梅雨だしある程度降ってくれないと夏場~冬にかけて
渇水とやらになって問題なんだろうけれど。
だれがそこまで降らせ、言うたよ?
で、オマケにそれが申し訳ない?だかなんだかしらないけれど、
8月に入って一転、もう毎日が「猛暑・酷暑」の日々。
そういや、突然の通り雨も今や通り豪雨だし、
かといって、Ⅰ日本格的に、でも普通に雨が降る日、って・・・
あったっけ?

そういう季節感を消し去る要因、って
ワールドワイドなスポーツのせい、ってのも
あるんでしょうな。

テニスだと、全豪はなんとか開催したけど、全仏は延期(全米の直後?!)、
全英は中止、全米は無観客でニューヨークで開催(それも大丈夫なんだろか?)、
なんだかなぁ・・・
プロ野球、Jリーグだって緊急事態宣言の最中、開幕直後に中止とか、
開幕延期とか。
それに入場者数も制限されて、なんか声援も中途半端な。。。

そう言えば、阪神甲子園球場「だけ」異様に?応援が盛り上がって聞こえる気が
するんだけど、なんでやろ?
全部再建築した際に、ピッチャーズマウンドに音が集中するように
音響設計した、って聞いたけど、ホントなのかなぁ。
お客さんの数は他球場とそう変わらないはずなのに、
なぜか甲子園だけ声援がよく響く・・・?

そういや、我がトラさんチーム。
今年は社会がここまで荒れまくってるし、
もしかして気がついたら日本一になってたりして、ね?

そして新コロの影響を受けてどうなるんだか?と思いつつ、
気がついたら始まってたの?というF-1、20年シーズン。
実は今年はF-1が始まって70周年目というめでたい年だったはずなのに。
全豪オープンも開催出来たし1カ月後だから・・・なんとか・・・
と思ってたのに、金曜日プラクティスが始まる直前にキャンセル?!

そりゃ、あれだけの人が動いて、あれだけの人を集める
世界的なスポーツだからしゃあないんだろうけれど。
正直、ショックでしたねぇ。
しかも、今年RBR・ホンダはとうとうメルセデスに追いついた?!
という下馬評もあったから、なおさら、だけど・・・

それが世界的にも第1波の始まりだった、とはね。

で、レースも次から次へとキャンセル。
でもレーススポンサーとの関係で年間最低17戦は開催しないと
なにかと問題になる?

ってこういう状況でも「契約」って、ある意味すごいのね、「契約社会」って。
「こんなことになるってわからんかったし、ええやん」とはならないんだろね。
ある意味日本人の平和ぼけかしら?
考えて見たら、開催地によっては突然のゼネストがあったり、
クーデターが起こったり、でレース開催どころじゃない、てことも
「想定」しとかなきゃダメ、なんでしょね。

それにしても、今年はシーズン前半に新しいコースが幾つか設定されてた
みたいで、それはそれで来年に延期、なのは残念だけど。

気がついたらオーストリアからスタートしたレース。
同じコースで2連戦+近くで1レースの3連戦を何度か組み入れて、
原則ヨーロッパで17の数をこなす・・・ってのは
それこそまいにち必死のパッチだったんだろけど、
今の運営組織も頑張ってる、ってことだったんだろね。

聞けば、ムジェロとかでもレースやる、って言うし。
ある意味70周年に相応しい、レトロなコース(でも安全はグレード1ですよね?)
でのレースが見られるのも今年限り、と思えば、
なかなかなものなのかも。

でも、バーニー・エクレストンが仕切ってるまんまだったら
今年はどうなったのかな?
力業で、なんか凄いことやってた気もしますが。

reverseレースってのもしばし口に上がってましたね。
コース逆走、ってやつ。
確かにレーシングコースを逆に走れば全然別コースになるし
それはそれで見てみたいけれど、やっぱり安全対策がネックだった、とか。
ま、言われてみりゃそらそうか。
一方向からの力に対応出来るバリアに対して真反対から力がきたら
全然役に立たない・・・てのはそうだろうな。

で、気がついたら始まってたので、チラチラ見てますが。
なんのことはない、やっぱりメルセデスもホンダと同じように進歩してたから、
ギャップはちょっぴり埋まったのかも・・・だけど、
やっぱりメルセデス、ですな。
それよか、あのピンクメルセデス?!レーシングポイント?!
古い話だけど、スーパーアグリのシャシーがホンダチームの一年落ちだ、
ってさんざ騒いで使用出来ないようにしてやれ、って
相当騒いで、結局スーパーアグリは資金がゼロになって撤退・・・
ってことありましたよね?
あの時は「HONDA」だったからダメだったんだろね。
メルセデスもそうだし、実はフェラーリだって同じこと考えてた、
ってんだもん。

でも、そこらあたりを考えたら、フェラーリは今年は大ハズレだったか?
ユーザーチームも下の方だし。。。
せっかくアルファロメオの名前を復活させたのに、
テールエンダーってのもなぁ。。。

ルノーはとうとうマクラーレンに見限りつけられて(って、
ロン・デニスが去ってからこのチームはどうなってるんだろ?)
ワークスだけになったけれど、ようやく?上向きだしたのかな?
やっぱりパイロットの腕だろかね?

で、メルセデス。ワークスもそうだし、昨年型コピーもそうだし、
ここは調子いいんだけど、あとのワークスがねぇ・・・
マクラーレンはさすがに底力見せてTop10に食い込むようだけど、
ウィリアムズ・・・もう昔ながらのガレージチームは
今のF1に居場所はないのかな・・・
フランクウィリアムズが事実上去ってから、とうとう身売りしちゃったし。

マクラーレンとウィリアムズは、せめてティレルやロータスみたいに
「昔あった名門チーム」にはなってほしくないな。。。
でもやっぱり「ゼニ」ですやろか?

もひとつ。
最近チラチラ見るF-1中継。
オープニングはあまりにも作為的すぎて、またアメリカンっぽすぎて
なんか「キショイ」感じは拭えないのですが。
レーシング中の中継はかなりこなれてきた感じが。
こないだも見ててふと思ったのですが、
順位に関係なく、「レーシングしている最中」の映像を
ちゃんと出すようになってきましたねぇ。

バーニー・エクレストンの末期とか、引き継いだ最初の頃は
先頭の方ばっか映して、後方がどうなってるのか全然わからず、
なおかつ毎回先頭でフィニッシュするのはほぼシルバーアロー。

結果の分かってるスポーツライブ中継ほどつまらんものはない、
ってのは俺の信念?なんではありますが。

そもそもTop争いがあまり盛り上がらない、てのもあるんだろけど。
(セナ・プロ対決が別格すぎた?)

でも今年に入って(去年もそうだっけか?)、
「8番手争い」のライブとか。
ここでルノーがマクラーレンを追い越したら
チームランクも一つ上がる、みたいな中継?

全くレーシングのないレース中継よりはよっぽどオモロイと思うんだが。

ただ、こればかりは¥だし、中継システムも80年代とは全然違うから
しゃあないんだろうけれど。

今は衛星中継で、しゃべりは現場ライブじゃないんですよねぇ。
安全優先、ってことで、ピットレポートもなくなったし。
今のコロナ禍における音楽会、じゃないけれど。
やっぱり現場の空気は衛星中継では伝わらないだろからね。
それが最近チラチラみてて残念、ってかな。

F-1もすでに1000戦を終えて、今年は70周年。
他方、どんどん「対環境問題」が大きくなってきて、
すでに「e-フォーミュラ」も定着しつつある?
まあ、俺がまだTV見られている間はF-1はなくならないんだろうけれど。

もしF-1がe-フォーミュラに代わる・・・なんてことがあるのかな?
個人的にはそんな日は来ないで欲しいし、
来ても全然別物だからどういう印象を受けるか想像はできないけれど・・・

なにはともあれ。めでたし70周年。
今や、セナ・プロ対決をライブで見ていた世代も減少してるんだろな・・・




大切な「基礎/現場」

8月もとうとう最後の一週間、
例年なら宿題・課題の問題、テーマに向かって
一心不乱、追い込んで9月ごろに提出のはこび。。。
例年はずっとそんなだったはずなのに、
今年は新コロのせいで、最高気温が40度になろうが35度で「収まろうが」
そんなこと関係無く、夏休みは強制終了、
2学期?後期?が始まってしまい、さあたいへん、
でももっと大変なのはガッコの先生、
熱中症に新コロ対策、授業もなんとか遅れないように、
って社会の一部を切り取っても
そんなに大変だというのに、
立法府は一体なにやってんだ?え?夏休み?・・・
という今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

それにしても夏休み。
むかーし、昔とはもう全然姿形も違うような。
「読書感想文」とか「図画工作」なんて
今でもあるのかな?

そういや、中学校でも宿題、ってあったっけ?
なんか、中学3年の夏はひたすら受験勉強ばっか?
でもって、高校に入ったら入ったで、
部活と受験勉強ばっか?

その割に俺の今の笛と脳みそときたら・・・

(ため息)

そんな、「夏休みの宿題」ではないのですが。
新コロ対策に夏休みの宿題ではないのですが。

以前からなんどかここでグッチーした、
フルートと新コロ。

この度、大阪のドルチェ楽器さんが画期的な
「小道具」を開発された、とのこと。

試作段階を顔本とかで見て「これはいける!」と
即座に発注してしまったワタクシは
ただのひん曲がり?小物好き?目立ちたがり?

それがこの度ようやく正式な「商品」として
登場して、早速送り届けてくれました。

ありがたや、ドルチェ楽器さん。
御礼はぜひ、パイン飴で?!

この商品、フルートシールド、って言うんでしたっけ?
(名前すらよく覚えていないまま感動している。)
これ、実は郵便で届いたんですよね。
それも「スマートレターパック」で?!

送り出したその日、店長さんから
「スマートパックで送りましたからね~」との連絡。

へ?ある意味あの立体的な構造を、
どうやってあんな「封筒」に入れて?

と思ったのも杞憂にすぎなかったですね。
だってこれ、「バラして」発送してたんですもん!

つまりこれ、組み立て品なんですわな。

でも見れば見るほど、「良く出来てる」「よく考えてる」、
ってひたすら関心。
そして肩書きのあたりをみたら、ちゃんと特許出願中。

うむ。仕事柄ついきになるけれど、まずはちゃんと特許
だしてる、ってのは正解でしょうな。
だって、これその気になったらすぐにコピー作れますもん。
むしろ心配なのは外国。
外国でもちゃんと出願してるのかなぁ。

でもちゃんとした特許事務所さんなら海外出願も
お勧めしてるでしょうね。

いやいや、そのあたりいろいろ「権利」がからむから、
画像をお見せできないのが残念ではありますが。

これがまた、ホントよく出来てるんですわ。

最近、普通の不織布マスクを(どうやるんだか)
上手に・器用にヘッドジョイントに巻き付けて、
歌口から出る息のあたりをカップ状に膨らませて
それで飛散防止、ってやってるのを見ますが・・・

あれ、マスク警察に捕まらないのかな?
それに、なにより「不格好」。
受け狙い?ってついつい思ってしまう。

私が見た「実物」は、なぜかそのマスクがベージュで・・・
確かに笛がゴールドだから色合わせのつもり・・・
だったんでしょうが・・・

どうみても使い古し?そのへんに落ちてたマスク?
って感じでして。
オケ中であれで吹かれると、その前で演奏するVnの皆さんには
ただただご迷惑なのでは?と。

そこへ行くと、このフルートガード。
構造はめっちゃ単純ですが、「なるほどなー」とうなるだけ。

まず、イメージとしたら、歌口から息の吹き出るライン上に
不織布の布(スクリーン?というほどデカく花井が)を設置した感じ。
そのスクリーンを吊り下げる「横棒」があって。
その横棒の右端には、フルートの円筒を一回り大きくしたような部材を
取り付けます。
つまり、半円?もうちょっとあるか?270°くらい?
で、横棒の左端には同じような半円の部材があるけど、
こちらには、フルート頭部管の管体を「クリップ」するような
まぁるいクリップ部分も一体化してて。

これである意味「物干し竿」が出来まして。
その物干し竿に袋状になってる不織布をつるりと入れたらできあがり。

文字で書くと仰々しいですが、
実際作って見るとあら簡単。
たったのこれだけ?

で、当然すぐさま試奏です。

実感・ファーストインプレッションですが・・・

当然と言えば当然ですが、やっぱり「異物感」はありますね。
それと、俺はレッスンで、「吹き出した息が左肘に当たるように、
って習ってきたのですが、その「左肘に当たる息」が全然感じられない、
というのもまた違和感が。でも息が当たらないのは当たり前ですよね。
だって「息が前方に飛ばないように」してるんだもん。
だからこの時点で「効果有り!」ですわな。

それから。音の鳴り方。。。

上手く言えませんが。笛、って横棒じゃないっすか。
で、鳴ってるとき、ってその横棒全体が振動して、
横棒全体から前方に向かって音が飛んでいく、
その横棒の状態の音を引っ張っていくのが
歌口から出る息・・・ってわかります?

俺はそんなイメージだったのですが。
シールドをつけると、なんか音の出ていく場所が
随分遠くなった気が。
極端に言えば、他の管楽器同様、部分で言えばベル?先端?
から音が出ているような気が。

でもこれは各種学会等で研究されたとおり、
どうやら笛の先端部「だけ」から息が出ているわけではなさそう。
つまり、シールドをつけても外しても、
ちゃんと楽器は鳴っているし、息は歌口から沢山出ている、と。
(そらそうか。笛ってそういう構造だもんね。ある意味
一番息を「捨てて」鳴らす楽器だもんねー。)

実際吹いている様を聞いていたカミさんによると、
シールドのあるナシは全然違いがわからんかった、
とのこと。

うーん。
それでわかりました。
とどのつまりは、「慣れ」ね。
別に慣れてしまえば他人にはちゃんといつも通りの笛が
いつも通りに聞こえる、と。

つまり、あれだ、あれ。
上手い人は基礎もちゃんとできてるし、
だから少々小道具がついても
本質はなーんも代わらず
美音、ハイテク、なんでもOK、ってことなんだろな。

となると・・・

新コロ対策と同様、
何事も「基礎」が大事、と。

新コロであれ、なんであれ、
病気をもらわない鉄則は「手洗い・うがい・マスク」と。

犯罪捜査でも
「迷ったときは現場に戻る、ですね、山さん」。
「操作は足だよ」(山さん)。
って言うし。
(あぁ、石原軍団をライブでみれたのはただただ幸せでした。)

うーん。笛の原則・・・
「テキトー」「つまみ食い」「ちょっとでもラクをする」
んなワキャない・・・・

あぁ、今年はオケの公演がなくなって、
だからこそ基礎に戻るべきなんだろうけれど。

「今日できることは明日でも出来る」(イタリア人)

・・・どんどん下手クソになっていくワタクシ・・・
だれか私をデッキから降ろさせて~・・・・
(って思うなら、しっかり基礎練やれ、っての。)

だれか、1時間練習したら、上野星矢氏並に
チョー・スーパーサイヤ人レベルに上手くなる秘術、
しらないかしら。
やっぱり7つ集めるしか?・・・・・
(いや、だから基礎練ちゃんとやれ、っての。)

おうちで映画・新しき運命

ぷっはー、昨日も酷暑日、今日も酷暑日、一昨日も酷暑日、
いつもいつも酷暑日、たまに豪雨・雷付き、
でもあっという間に雨がやんで、
あたりはサウナ状態、
時期はずれたとは言え、ホンマにこんな状態で
オリンピックなんかやるんかい?
しかももっと残暑が厳しいで残暑な、8月末から
パラリンピック、って
すでに報道されなくても
それ「命に関わる猛暑」ってやつになるのとちゃうん?
かといって、猛暑でなけりゃ、地震か台風直撃とか、
ホントに来年オリンピックやるのか?
とどうしても心の奥底から叫んでしまう今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

確かに去年も暑かった。
めっさ暑かった。
けど「災害級」の暑さ、なんて単語は
去年はなかったのとちゃうのんか?
なんとなく、隔年で「猛暑」「酷暑」の
くり返し?
太平洋高気圧とチベット高気圧の
2枚羽毛布団重ねで
大変な災害級猛暑が続く、とか。
それから、これは「へー」なのですが。
フェーン現象って、日本海側だけじゃなかったのね。
近畿あたりを北上した熱波がそのまま日本海の
前線にタッチして、そこからまた南に戻ってきて、
日本アルプスを越えて、
そこでフェーン現象が起こる、って。
なるほど、道理で浜松がどえらいことになってるのか。

だって、今年はあまり「定連さん」は聞かず、
猛暑・酷暑に耳馴染みのない地名を
よく聞くなー、って思ってたのですが。

今年冒頭からの新コロ騒動に加えて
この酷暑。
そりゃ、最初から今年が「こうなる」とわかってりゃ、ね。
俺のあまおけも結局通年で活動停止、演奏会もナシ、
ってなっちゃったけれど。

最近クラスターがあちこちで、ってのを聞くと、
しゃあないな、とは思うけれど。
なんか、一部の連中に状況を良いように使われて、
俺もその道具にされてるようで、
めっさ気分が悪い・・・いや、これは熱中症で
気分が悪いのか?

・・・ちうことで。
本当ならやっぱりお盆の間に由緒正しく
お墓参り、実家への帰省、ってしたかったんだけど、
かたや酷暑、かたや新コロ、なもんで、
今年の盆休みとやらも例年通り
おうちで涼しくただゴロゴロ。

ということで、
今日は再び「おうちで映画」ネタの備忘。

今回見たのは、これ!

「ターミネーター/ニューフェイト」

うーん。さすがWOWOWさん。
チョー話題作を1年そこそこで
すぐオンエアするなんてね。

そういや、最近またWOWOWが戻ってきた感じがするけれど、
同時にスカパー!がどんどん衰退するような。
値段はするけど、お気に入りだった「クラシカ」も
とうとう「閉局」になっちゃうし。

いやま、そこはええとして(良くないけれど)。

このニューフェイト。なんでも
ターミネーターの続編がドンドン出来て、
なんだか良く判らなくなってきたな、と思っていたら。

キャメロンが「全てのものよ地上に立ち去れぃ!」
とばかり、ご選択が下された?
「これこそが2の正統的な続編である」ってキャッチコピーで
封切りしたそうですが・・・

興行成績は思ったほどだったようで・・・
だってねぇ。もう3,4,新世紀、って出来ていたら、
なんだかスタートレックのファーストシーズンクルーによる映画化みたいで
惰性ってもんが・・・

それで、タイタニックとアバターで充分かせいで
「もう映画監督・映画製作はええわ」と言ってたのに、
なぜか「正統な続編を作る」って思ったのか?キャメロン?
それとも、意外と早く、冷蔵庫から肉がなくなったか?

ま、ともあれ、キャッチコピーにあるように、
シュワルツェネッガーとリンダ・ハミルトンが
ノーメイク(実年齢そのまま)で思い切り暴れ回る、
それだけでなぜか充分期待が膨らんでしまいましたねぇ。

それにしても。
リンダ・ハミルトンは今や63歳、
シュワルツェネッガーはカリフォルニア州知事までやって今や73歳?
2人足して136歳の大立回りにドンパチ、爆破、大爆破の
チョー豪快なアクションシーンの連発。

きっとこういう人達には高齢者年金なんて必要ないに違いない・・・

確かに年相応に老けては見えるけれど、
その老け具合が映画・ストーリーに自然な深みを与えているように
思えましたね。
しかもこの2人で「2」へのオマージュがたっぷり。
特に「サラ・コナー」の「アイル・ビー・バック」なんて。
あんなに早いシーンで出てくるとは!

さて、その肝心な映画。
始まると同時に20thフォックスのロゴが・・・
あれ?ファンファーレは?と思ったら
ノイズが入ってモノクロになったりカラーになったり。
それと同時に、「2」のサラ・コナーの台詞、
精神病棟で「審判の日」を語るサラ・コナーの台詞。
台詞にかぶせて、製作会社のロゴが次々と・・・いや、全部灰色?
パラマウントまで、灰色?ノイズ?カラー?

そして「審判の日」は来なかった「はず」なのに・・・・
いつもの通り(?)ターミネーターの掃射シーンから二十年ほど前、
つまり、審判の日の翌年?
グァテマラでくつろいでいるサラ・コナーとジョン・コナー。
ジョンはなにやらカウンターで女子にちょっかいかけてて、
それを薄く微笑んでみているお母さん=サラ・コナー。
その後ろから・・・・?!
え?T-850?いや、T-800?
ふと気がついて立ちすくんだジョン・コナーと、
それを不思議に思って隣を見上げて固まるサラ・コナー。
その刹那、散弾銃がジョンを直撃、
サラはすぐ反撃するけど、いくら銃撃しても無駄。
そのうち、T-800がジョンにとどめを刺して「ターミネーテッド」。

え?え?えええええ????
いきなり、このシーンは、なに?
審判の日もなくなり、スカイネットは消滅・存在しなくなって、
平和になってたんじゃ?

本編のイントロがいきなり「ジョン・コナー死亡」って・・・
そしたら話はどうなるよ?
もう、思い切りここで「パラレルワールド宣言」ってことか?

でも。確か。「1」ではカインが「タイムマシーンは破壊したから
もう次は来ない」って言ってなかったっけ?

あ・・・でもそのあと、あの流体金属のあのにぃちゃんが来たか・・・
しかも護衛役でT-850が来たか・・・

なるほど。
その後のサラの説明の通り、スカイネットは「各時代に複数のターミネーター」
を送り込んでた、ヤツらは任務完了まで絶対追い続ける・・・

そんなものごつい伏線張ってどうするよ?

と思って見ていたら、それから20数年後のメキシコシティ?
そういや、サラやジョンもアメリカを脱して中米に逃げたんだっけ?

で、そこでダニーちゃんが登場。
それと同時に、やっぱり「同じ仕組み」でタイムトラベラーが2体。
でも最初のグレースちゃんは・・・え?「人間」?
「強化人間」?・・・そんな技術があったなら・・・と思いつつ。

次に来たヤツは、グレースちゃんとは違ってドンピシャのポイントに出現。
で、早速親父さんを殺して返信して・・・
ほー。ここまで時代が進むと、人体だけじゃなく
触ったものに「表皮」を「変化」させられるのね。
つまり、タイムトラベルの時は素っ裸でも、
そこに「服」があれば、それを握れば「着衣」できる、か・・・

いや、関心するのはそこじゃなくって。

いきなりダニーちゃんと弟クンが勤務する自動車工場
(TOYOTA?HONDA?)目指してまっしぐらな2人。
この時点で、すでにグレースちゃんが味方、というのは
わかるけれど。

工場に潜入、そして大暴れ、その流れるようなアクション。
オマケに、追っかけてきたニィチャンは前の流体金属よか
もっとタチが悪い?その場ですぐに復元?

後で出てくるけれど、「骨格」と「肉体」とが分離して、
それぞれがターミネーターとして活動できる?

おいおい。。。いくら新しいっちゅうても?!

で、最初訳分からず(そらそやろ)キャーキャー言って
グレースに引っ張り回されるように工場を脱出した姉弟。
でも逃避行の途中で弟さんは殺されて・・・・

こういうシーンは「1」「2」でもたっぷりあったなぁ。

そしてピックアップトラックで逃げる2人に
タンクローリーで追いかけるターミネーター。

遂に橋の上で直接対決?と思いきや、
そこに降り立ったのが「戦乙女」(いや、ババ?)の
サラ・コナー。

ライフル、連射銃、はてはランチャーミサイルまでありったけの
爆弾ぶち込んで。
とりあえず相手を橋の上からたたき落として上から除いて
様子を確認するために「アイル・ビー・バック」!!!

これ、T-800がどこかで!と思ってたので、
いやいや、サラが言いますか、これ!と、思わず笑ってしまった。

で、やっぱりなんだかんだの逃避行。
ヤツはやはり時代が進化したのか、
あらゆるデータに簡単にアクセスする能力がある・・・
だからどこかで待ち受けて仕留めないと
一生逃げて回ることになる・・・

サラは、襲われたのがダニーと同じトシのころだったこともあり、
ダニーが生んだ子供が未来の重要人物、と思って
ある意味勝手に味方になるわけですが。

ところがどっこい。
そもそもサイバーダインもなくなり、
審判の日もなくなったのに、
なんでターミネーターが未来からやってくるの?

その素朴な質問はグッドですよ、サラ。

でも答えがシンプルすぎたですね・・・
「反乱を起こしたAIはリージョン。サイバー戦争用のAI」
って、たったそれだけで説明は終わりっすか?

あ、でもよく考えたら。
この時点で、ターミネーター「1」「2」を
今の時代に合わせてブラッシュアップした作りになってる、
って思ってしまったわけで。

それと、なんでサラが勝手に2人の前に現れたのか?
それは、サラ宛てに定期的にタイムトラベルしてくる
ターミネーターの出現場所・日時分まで!をメールで
送信してくるだれかがいて・・・
で、言って見たらあんた達がいた、ってことよ・・・

で、ここはさすがに「未来(2048年)」から来たグレース。
携帯カバーを外してダイレクトにメモリーにアクセス。
するとなんと、メールの送り主は、
グレースが未来の司令官から「何かがあればここへ行け」と
指令されていた場所と一致!

で、なんとか密入獄しようとして一端つかまったけれど、
そこにまたアイツが来て殺戮の限り。
これは「1」の警察署の中での一連のシーンの再現?

で、ヘリコプターで逃げた先、
ようやくたどり着いた家から出てきたのは!

いよっ!待ってました!元カリフォルニア州知事!!!

確かに、顔とか、肌とか、たるみ、年輪、は感じるけれど、
やっぱり73歳でも筋骨隆々?
シュワルツェネッガー演じるT-800(かな?)。

そりゃ、サラはいきりたって「お前、ブッコロス!」だろうけれど。
「ある日突然スカイネットからの指令が来なくなって、
もう20年。その間やることもないので、人間になろうと思って
(妖怪ベムか?)恋愛のプログラムを勉強して・・・」

で?なんですとー?!奥さんにお子様まで?それも20くらいの
ええ青年?もしかしてこいつとダニーちゃんが?
と思わせつつ・・・

あっけなく、2人とシュワルツェネッガーは「さよなら~」。
なんでも「前もって「こういう日が来る。そしたら二度と2人とは会えない」。」
と言い含めておいた、それが今日だった、それだけだ・・・って。

で、道中やっぱりドッカンバッタンやりながら
(ボーイングクラスの飛行機をぶつけ合うアクション!?
リビングデイライツも真っ青?)

最後はダムの発電施設を「その場所」と決めて、
4人対ターミネーター。

もう好きにしなさいな、というくらい、
徹底的な「ターミネーター」ならでは、のアクション。

で、最後グレースは、強化人間のエネルギー源を
自分から取り外してターミネーターに突き刺せば
ヤツは死ぬ、と。
別れたくない、と泣き叫ぶダニーをサラと一緒になだめて・・・
それでも最後まで足掻くターミネーター。

で、横綱は最後に登場?
T-800がターミネーターを捕まえて、
その頭にエネルギー源をダニーが突き刺して、
それでもなかなか活動が止まらないターミネーターを
T-800が一緒に発電機の中に落ちていって、
どっちも串刺し。

で、最後がまた、あのシーン。
赤外線サーチ画面に、輪郭=対象人物、生存を確認、
で、コンピューター画面がテロテロと出つつ、
プツンと画像がキレてブラックアウト・・・・

それにしても最初のいきなりのジョン・コナー死亡から、
ダニーが「聖母」ではなく、「司令官そのものだった」というのには
ちょぴりびっくり。
「1」「2」のそのあたりの「家系図」の乱れも
なんとなくタイムトラベルものの禁忌を踏みつけたように思って、
その手があったか?と思ったモンですが。

よくよく考えたら、本作のテロップ、ってまんま「1」と「2」と
へのオマージュで固めてない?
いや、3以降の作品に比べたらよっぽど深いし、
一気に見られるいいアクション映画とは思いましたが・・・

それにしても136歳連合のものごついこと!

噂では、キャメロンは「人類対AI」というテーマに
何となく?ハマリ始めてるそうで??

だからかなぁ。
本作でも「次回作(続編)」が作れる構図になってるなぁ、
と思った部分もあるのですが、ね。

例えば、グレースは最後には死んじゃうけれど、
これ、「1」のカイルと同じ役割でしょ?
まぁ、「1」の時は男女だったので必然的に「ジョン」が「2」で生まれたわけだけど。
それと「リージョン」ってなぁに?だれが作ったの?
新しい審判の日は、一体いつどうなって・・・
(スカイネットの場合は「3」で描かれてたはずだけど)。

そういや。「2」を上映当時劇場で見た直後、
一緒に見た友人が言ってたっけ?
「最後の対決シーンはサイバーダイン社の工場とちゃうのん?」
「歯車で引きちぎられたターミネーター(シュワルツェネッガー)の片腕、まだ残ってるでー!」

で、結局かなり時間がたってからだったけれど、
再びスカイネットからのターミネーターで将来の指導官がどんどん殺される・・・

ダニーちゃんの場合はどうやろな?
やっぱりサラ・コナーが「私が母親になって貴方を守る」なのかな?
グレースは力演だったので、もう一度と思うけれど、
こっちは「強化型人間」だから「コピー」はないのね。

うーん。
「新しい運命」(ニュー・フェイト)が描き始められたんだったら、
せめて本作でテキトーに流された伏線?の回収は
してみてもらいたい・・・けれど・・・
やっぱり「スタートレック5」みたいに
コアなファンのために惰性で作っちゃうとねぇ・・・

でもだからこそキャメロン、やる気満々になってたりして、ね。

未来は変えられる、か。
うーん。今からでも良いから、すぐにこの運命変えて欲しかったり・・・

と思った、酷暑日の中、部屋を冷やして見た映画「ターミネーター/ニュー・フェイト」でした。


反逆児・天才・孤独

なんで今日が8月10日なんだろう?
と思って振り返ってみると、
そういえば7月はコンチキチンがなくなって、
ただそれだけなのに
「7月、すいか、かき氷」はどこ行った?
という事実に愕然としつつ
何としよう、この気持ち・・・
とやるせなさを感じる、灼熱日が続く今日この頃、
皆様いかがお過ごしですか?

やっぱり「季節感」ってそういう「風景」から
来る、っての、しみじみと感じています。

ここ、京の地でも、2月の節分まではなんとか・・・
だったけれど、その後の年中行事が全部無し、
そしてこの先も年末まで多分全滅。
もう10月の行事まで「やんぴ」が決まってる、ってんだもんね。

俺の属する? あまおけ 界 でも、3月頃から
演奏会の中止・スライド、そしてスライド分も中止、で、
気がつけばもう11月分まで中止の声が・・・

確かにプロの実証実験では舞台セットは普通で大丈夫、
って結論は出ているけれど、やっぱり「気持ち」の問題
なんでしょうかね・・・

こういう時に「アマチュアだから」ってのは
あまり気持ちよくない言い方だろうけれど。

(そっちの方には失礼だけど・俺も好きだけど)
アリーナライブのように、1万人が一斉に叫ぶ、とかじゃ
ないからね、クラシック音楽の演奏会、ってのは。

確かに「BRAVOコール」はあるけれど、
それをガマンして拍手だけにしてくれりゃ。
そしてマスク着用必須、空調全開ってすりゃ。
そろそろ、プロの団体が率先して「こうしても大丈夫ですヨ~」
って示してくれればあとにアマチュアも続きやすいんだけどなぁ。

まぁ、そんな中、やっぱり「プロがやってるんだから」
ってんで、SD配置(これがまたトンデモな配置)で
演奏会を強行しよう、というアマチュア団体がいらっしゃる、
とのこと。
反逆するのはいいけれど・・・プロでも「ありゃナンセンスだわ」
って言ってるセットでっちゃんと演奏会・質の高い演奏会
出来るのかな?

友人に言われて「!」だったけれど。
究極、自分のエゴのために、あらゆるリスクをおかして
演奏会に来てもらう・・・それは正しいことなのかなぁ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで。今日の備忘は「アレキサンダー・マックイーン」。

お家で映画シリーズ。
「マックイーン:モードの反逆児」と、「マックイーンのドキュメンタリー」を
先日「録画」で見ました。
ビバ、スカパー!&WOWOW!

アレキサンダー・マックイーン。
自分の中の認識じゃ、90年代に出てきて、10年ほどぶっ飛ばして、
ある日突然消えて無くなった・・・って感じなんですよね。

最初にこのブランドを認識したのはいつ頃だろな?
丁度、俺が結婚したあたり?
その頃に、ドクロが印象的なパンク?なデザインを目にして、
「あぁ、もう10年若くてお金があれば・・・」って思った覚えが。

なんでも、デビューは23歳?
紆余曲折、色々あって、でも最後まで彼のショーはセンセーショナルで、
賛否両論真っ二つ、でも常に人の機を惹きつけ、
やがてはレディー・ガガ、キャサリン妃まで虜にする、
という所まで昇華した途端に・・・

すっげー濃密な人生。
たった40年の人生。
そして実質波瀾万丈でドラマと言うべきなのはたったの10年少々?

デビュー時代のショー「ハイランド・レイプ」は
途中で退席する人も出るくらいに(90年代であっても)
チョー・ショッキングなショーだったとのこと。
当時の映像を今見ても「ホンマにこれ、ファッションショーなのか?」
「ランウェイを歩くモデルはなんとも感じなかったのか?」
と言うくらいに過激そのもの。
そりゃ「英国」で「美」を追い求める人にとっては
吐き気がする、ってのも当然かもしれないけれど。

よく聞く台詞?
「賛成であれ否定であれ、それだけで大騒ぎしてくれると言うことは
それだけ自分に関心が寄せられてる、ってことだ。」
というのはまさにこのシーンに当てはまる台詞。
全く無関心だったら、「ふーん、そんな下品なのがあったの?」で済むんだろうけれど。

時のイギリスファッション界を仕切っていたイザベラ・ブロウが
「これこそ!」とぞっこん惚れ込んでた、ってのも
この映画で初めて知ったね。
そういう大物がいきなりバックに付いた、ってのは
それもまたすごい強烈だったろうな。

で、そこまで大荒れ、でも評価は確実に高めていったマックイーン。
デビューそこそこに、ジバンシィのショーを見て
「あんなの着るのか?アホチャウか?」みたいな台詞を吐いた次のシーンで、
「ジバンシィはクリエイティブディレクターにマックイーンを招聘する」
との公式声明。
あの、ヘプバーンなどを飾ったジバンシィ(だったよね?)を
あのマックイーンが手がけていた時代があったなんて!
これも知らなかったなー。

案の定、ファーストショーは酷評の嵐。
そりゃ、パリのど真ん中で、「美」のど本命を自認する場所で
金を使いまくったアバンギャルドな服、あばら骨?エイリアン?
と見入ってしまう衣装?もはやコスチューム?は、
確かにファンにとっては「げええええ????」だったのでしょうが・・・

このあたりから、彼のショーは「ショー」ではなく
「アート」なんだ、と思い始めましたね。

でも、なんでもこの頃、ジバンシィと自分のブランド(アレキサンダー・マックイーン)と
を行き来していた頃が一番最悪で、ドラッグにも手を出していた、とのこと。
そらそやろな。
ジバンシィで求められるものと、セルフブランドで表現したいことが
全くかみ合わないんだもんね。
でもジバンシィの伝統もそれなりに咀嚼して再解釈・提示してみせる、
その手腕の圧巻さにはただただ驚くばかり。

でも同じグループのディオールのディレクターをしていた
ガリアーノの給料に比べて全然低い金額と知ったからか、
ジバンシィは契約3年で満了、オシマイ。

このあたりは、なんかオケでも似たような話を聞くなぁ。
オケの伝統に新しい色を加えたい、と招聘した
新任の常任指揮者・音楽監督。
たいていは結果がでるまで3年はかかる、という理由からか、
まずは3年契約、あとは状況に応じて、のようですが。
明らかに「やりすぎやろ、あんた」ってパターンは
3年たったら「円満離婚」してるもんねぇ・・・

で、ジバンシィから離れて自社ブランドに専念・・・
と思いきや、今度はトム・フォードからグッチへの招待?
これまたえらい大物からえらいブランドへの引っこ抜き?

グッチはジバンシィ等のグループ(LVMH)とは違うからなぁ。
住まい・本拠地もロンドンに戻して、
精神的にも再び安定して、
それからのアレキサンダー・マックイーンのショーと言えば!

テーマ・タイトルは全部は覚えていないけれど。
環境破壊への抗議?
真ん中にはゴミの山、そしてランウェイのモデルは
いかにもグロテスクな口紅と、
身にまとった「ゴミ」・・・
でもよく見ると、今までのオマージュ?
プリント柄に凝っていたり、とかね。

それとか。
フィナーレで真っ白のドレスを着たモデルの両側に
2台のロボットアームが・・・
なにをされるんだろう?と思って見ると、
いきなり黄色と黒色の塗料をモデルに吹きかけて・・・

すると、どんどん真っ白だったドレスに色が付いていき、
モデルも「助けて!」と言わんばかりのポーズをとって、
それがまた「その場で作られるデザイン」となって。
これも感動しましたねぇ。

はたまた。精神病院を思わせるセット?
ランウェイ(というか巨大な箱)はマジックミラーに包まれて。
中のモデルは外が見えないけれど、
外の観客は箱の中で繰り広げられるモデルの「演技」と
「コスチューム」に目が釘づけ。
でも、最後に真ん中に鎮座していた、
それこそ外からも中からも見えなかった巨大なガラスの箱が
壊れて、中から出てきたのは・・・

アンチテーゼ?
太ったモデルがソファで寝そべっている・・・

とにかく、どれもこれも「ええええ????」というショーばかり。
他にもね。冨永愛(!)がラストで、観客の上に設けられた
ガラスのランウェイで、ドレスを着て歩く・・・はいいけれど、
正面からの暴風に立ち向かいながら必死に歩く・・・・

うっへー。
もう、「ショー」じゃなく、「アート」ですってば。

でも2009年でひと区切り(あのゴミの山のショー)、
そして次の段階、と自分で決めていたらしい?
「プラトンのアトランティス島」だっけ?
2020年の今、この新コロナの状況下では
否が応でも「インターネット」を使ったショーに移行してけど。

すでに彼のこのショーは、ネット中継を使って
世界中同時ライブ配信をしてたんだそうですね。

しかもその完成度がまたべらんめえに高い、と。
ますますアレキサンダー・マックイーンも高みに行くのか・・・

と思いきや・・・

ずっと愛してやまなかった母親が
その次のショーの直前に死去・・・

その頃、彼の周りではどんどん色んな人が自殺していく、
という中で。

天才は孤高だ、ということなんだろな。
ドキュメンタリー見てても、彼の孤独がどんどん増大するのが
分かった気がするけれど。
それを支えていた母親が突然他界して・・・

結局、母親の葬式の相談を姉と交わした後、
葬式の予定日の前日に自ら命を絶った、と。
まだその時40歳。すでに大英帝国勲章も授与されていて、
労働者階級からセレブのど真ん中まで突針していき、
どんどん輝きを増す才能、天才、
それと反してますます孤独になる彼。
そして最後は・・・

映画の後で見たドキュメンタリーでも、
やはりどんどんアートに昇華していくショーも
2009年のショーを頂点に、
その次のプラトンで新境地に行ったのに、
その直後に・・・

映画のエッセンスだけを抜いたようなドキュメンタリー
ではありましたが、やはり「駆け抜けた天才」
だったんだなぁ、って思ったですね。

天才、Top、リーダー、そういう人は
ホントに孤独に陥りやすいんだろうね。
だからこそ、「名副官」「名参謀」が
側についていれば、きっとその組織は
素晴らしいものになったんだろね。

アレキサンダー・マックイーンの場合は、
あまりに孤高すぎたんだろか。
結局「自壊」してしまったように思うけれど。

今、アレキサンダー・マックイーンは
サラ・バートンが後を継いでブランドは維持しているけれど。
やはりアレキサンダー・マックイーンその人がいない限り、
もう2度とあのようなショッキングで、
挑発的で、
でも美の極みとうっとりしてしまう・・・

そんな矛盾をはらんだ「アート」は
なかなかお目にかかれないんだろうな。

シャネルやフェンディを見ていたカール・ラガーフェルドも
「自分の後継はジョン・ガリアーノとアレキサンダー・マックイーンだ」
とまでっていたと言うのに・・・

彼がいなくなって、もう10年近くになるのか。
ラガーフェルドのシャネルのショーと、
マックイーンのショーと、
はずっと楽しみに見ていたんだけどなぁ・・・

ああいう天才達は一気に・同時に現れて
同時に消えていくもんだろかね。

天才=孤独、というイメージを改めて感じてしまった
映画でした。

あぁ、¥さえあれば、どれか一つはゲットしてた・・・かな?



新時代の演奏方法?!

いやいや、今年7月は新コロ野郎のせいで
コンチキチンも山鉾もなーんもないまま
時が過ぎていったので、
いつの間にか7月が終わり8月になってしまった感じが
満載の今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

俺は生まれは京、ってんじゃないけれど、
もうかれこれ、結婚してン十年も住んでると
どうも色々な「しきたり」が体に染みついてる、ってのがね。

7月はやっぱりコンチキチンがないと全然気分じゃないし、
山鉾もせめて静置はするのか?と思ったけれど、
新コロ野郎の「三密回避」とやらで、全然気分も出ないし。

まぁ、商店街やデパートでは必死に雰囲気だそうとしてたけれど、
ウチの場合、府知事はイマイチレス遅い上に、
市長のもなんだかんだ言って惰性の?4期目だから、
なんかこう、今やレスポンスが見て目たままのおジィサン、って感じだもんねー。
つまりは、府知事よりも遅い。
なんか以前からこんなだっけ?って思うんだけど。
市長さんなかも第2期目とか、その頃は理性論をたっぷりしかてたのに・・・
(でも大体が「?」な中身でオシマイ)

だから荒んだ世情を見るたびに、
今こそが・それこそ心にゆとりを与える音楽・文芸が必要なのでは?
そして音楽(クラシック系)は、
今こそ日本のトッププレイヤー、オーケストラがもっと前に出てきて
世間の皆様相手に、
舞台上は普通に並んで演奏しても感染しませんし、お客様に完成¥¥¥感染させない
距離を保って「うつさない・うつらない」を徹底して演奏会を開催します!!!!!
ってくらいの意気込みで緊急の声明を発表すれば、
随分と世評も変わってきて、年の終わり、12月頃には
少なくともオケはちゃんと演奏出来るようになる、
そうすればまた裾野まで音が広まっていき、
来年にはもう「いつも通り、ちゃんとアマオケだってデカい曲ができる!」って
世間様にも認知してもらえると思うんだが・・・

いやいや、そう思ったのは昨日のクラシック音楽館。
昨日のN響、真面目に(でもギリギリゆるめの)SD設定
の演奏を聴いたから、なんすよねぇ。

すでに各地のプロオケで通常配置にしても
病理学的には大丈夫、って検証結果が出ているはずなのに。

百歩譲って、やっぱりコワイモンはコワイ、
ってことで(うちのアマオケみたいに)
1度トライしてみてどんな具合か?ってのを判断するのは
良いことだ、と思うんすよね。

でもその後が・・・

確かに色々配置を試してみて、
数小節やった刹那「ダメだこりゃ」「全然聞こえねぇ」
って判断できるのは、さすがにN響。
でも、とりあえずちゃんと演奏会しましょう、
ってことでSD対策セットで実行・・・したのはいいけれど。

やっぱりべー1、かなりヤバイ状態、と見た。聞いた。
実際プレイヤーからも「見て合わせる必要性」を
強調するコメントが続出してましたが・・・

となると、指揮者の重要性・存在意義、これが
SDでは一番大きく変わるのとちゃうかな?

と思う一方・・・

ぜひ、N響には「これではとても演奏会になりません。」
「SDキープしなくても大丈夫。」
「キープするにしても、管で1.5m、弦で1mもあれば今の所は充分。」
「落ち着いてきたら、もう普通に戻しても良いでしょう。」
的なコメントを発信して欲しかったなぁ。

でも出てくるコメントは真逆のものばかり
「これが今の時代の演奏形態なら受け入れるしかなかろう。」
とか
「もう慣れるしかない、今までの価値観捨てて慣れるしかない。」
みたいなことを堂々とトップオケプレイヤーに発言されたら・・・

正直、うちらみたいなアマオケ、大編成のアマオケは
バタバタと野垂れ死んでいくか、反トラスト法よろしく
強制的に分割するか、しかないんじゃなかろうか。

ここへ来て、全国ネットで、日本のトップオケ・N響から
ネガティブなコメントが連発される、というのは残念だったなぁ。

それに正直、ジークフリート牧歌はまだよかったけれど、
べー1の細かい刻み、ですか、正直「機能性がウリのN響ですら
これですか?」でも「逆に言えば、このセットでよくぞまぁ
ここまで揃えられるのはさすが!」とかね。

オンエア中、マロさんが言ってたけれど。
やっぱり「100年以上かけて出来上がった仕組みなんだからさー。」
というのが正論なんでしょう。
それをたったの数ヶ月で根本から再構築するより、
どうやったら100年かけて出来上がったスタイルを維持できるか、
ってのを考えて見て欲しかったなぁ。

そうやってトッププロが発信することで周りのアマチュアも
今まで通りでいいんだ、って安心できるだろうし、
ホールの部隊関係者やお客様だって、「別にああ並べても
客には伝染しないのよね。」って安心できるだろうし、
そもそもクラシック音楽は「BRAVOおじさん(TBO)」くらいしか
大声出さないんだから。
四角四面に感染病学の専門家の言う通りにするんじゃなくって、
専門家と音楽の専門家がタッグを組んで
「どうすれば日常に戻せるのか」というのを積極的に
世間様に発信してほしい・・・

それがトッププロたる組織の役目なんじゃなかろうか?

とふと思いつつ・・・

行政府は相変わらず「中止している」「緊張感を持って対処している」のくり返し、
都知事、府知事は意味・中身の分からない言葉遊びで煽るだけ、
実際の所どうなのかも、「なんとなくやばいかも」って程度しか伝わらず・・・

都道府県ごとに指標が違うにしても、
もそっと表現を統一するとか、段階を3つか4つにそろえる、とか、
できへんのかね。。。

とぼやく、実はもう第2波なんじゃね?とおそれてビビる今日この頃、
なんではありました。

今年中にワクチン、対抗薬が出来る、っていうけれど・・・
やっぱり日本の製薬メーカでは無理なのかしらね。。。。。
案外日本古来のなんちゃら、が効く・・・なんてのがあればいいのに。





アフターコロナのオーケストラ?

年の初めは元号も「令和」になって、
とある政党は「令和デモクラシー」とか言ってるけど、
そろそろ「令和なんちゃら」ってものが
芽生えるのかな・・・と期待してたのに、
まさかこんな災厄が降りかかる1年になるとは
全然思ってもみないまま、
とうとう7月もオシマイ、いつのまに
真夏になっちゃうの?と嘆き悲しむ今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか?

いっや~。
今年に入ってもう何度も出てるcovid-19ネタ。
相も変わらずオソロシや。

いつか例えたかも、ですが。
まるで水槽の中に墨汁を一滴垂らしただけで
あっという間に水槽が真っ黒になっちゃう、
そんだけ伝播力が強い、ってこっちゃね?

って素人ながらに心配するんっすよね。
(あ、当然、今日も、以下は素人考えなのでご勘弁を。)

もう、え、なんですか。
流行の始めに「熱湯でウィルスは死ぬ」だの
「熱に弱いから夏場は大丈夫」だの
(それだと、なんで真冬のブラジルであないに流行るの?)
そんなアホアホフェイクだらけ。
だからそう遠くないウチに、
タマネギかゴボウ茶か、焙じ茶あたりが
出てきても良いんじゃ無かろうか?

やっぱりここへ来て偉大なのは「専門家」。
彼らはある面謙遜して
「covid-19に関する専門家はまだいませんよ」
と言いながら。
やはりこの不安な時勢にあって、
政治家からはなんらpowerfulな言葉もなく、
野党だって、例によって揚げ足とってばかりで
ろくな対案もなし。

そりゃ諸外国から見たら、
「それで、なんでニッポンは大流行・パンデミックを
押さえきってるんだ?」って思うでしょうネ。

経済1流、政治は3流、と昔は言われましたが。
今や経済も思いつきで弾撃ってる感じだし。
現金給付だって、1人10万、ってあっという間に消えて無くなるし。

そんなこんな、のコロナ渦で。
プロオーケストラはさすがに「これ以上は持たない」ということで
半ば強引とも言える状態で幕を明けはじめたようですね。

なんとなく、まだ関東に比べて感染者数が一桁少ない関西の方が
先に開催しつつ、関東も1カ月遅れでおなじような展開になる、
という予想はお世話になってるプロオケのセンセ様から聞きましたが。

確かにそういう展開ではあるんですよね。

もう業界じゃ有名なんだろうけれど。
東京都交響楽団や琉球交響楽団の実証実験には
大変勇気づけられるものが。

そしてアマチュア(他に食い扶持がある趣味でオケやってる人)オケと
プロオケの違い、っちゃあ、プロは「演奏会をしない」状態だと
収入が文字通り「ゼロ」になって、オケが破産・倒産しちゃう、
ってことなんですよね。
当たり前のように思ってましたが、ことここに至って
認識を大いに改めた次第。

そしてもう自粛期間も含めて3カ月以上?一番遅いのでも2月末頃、で
一端オケの演奏会の灯火が消えたけど。
その間、再会目指して色々トライアルがあった・・・

というのも知ってはいるのですが。。。

SD=2m間隔、というのを守ったらオケはどうなるか?
という実証実験が各団体で行われたそうで・・・

結果?・・・
そらもう、悲惨な状態だったそうですね。
自分以外の音が聞こえない、
人の音を聞いていたらとても間に合わない、合わせられない、
今までは「わかりません」とか言ったもの負けだったのが、
今やいち早く「わかりません」と言ったもの勝ちな世界だ、とか。

でも彼らはお客様を入れる演奏会にあって、
そのお客様に不安感を与えないように、
ちゃんとSDをキープして演奏会をしているのだ、とか。

場合によっては(ソロとかですが)、プレイヤーの前に
等身大以上(長さ(高さ))2m程の透明フィルムをぶら下げて、
その後ろで演奏する、という姿まで。

知り合いのプレイヤーがヒトコトぶった切ってましたね。
「ナンセンス以外の何物でも無い」と。

でもど素人プレイヤーからみたら、「それでも合わせられる」
というのはプロの凄みだな。と。

いえ、ですね。ご多分に漏れず、ウチのあまおけも
実験はしたんですよ。管と弦とに別れて。
管はまだマシだったようですが(と言う声が多いが、
俺は全然駄目だこりゃ、って思った)、弦はもう
なにがなんだかサッパリワカラン状態だったそうで。

となると(やはりプロプレイヤーから聞いた)今まで以上に
「指揮者の耳とバトンテクニック」が重要になるのだそうで。

そらそやろね。今まではプレイヤー同士で
「お互い聞きあって」ってのが基本だったのが
一気に崩壊したわけで。
聞くと絶対タイムラグが生じるから、
中心に位置する指揮者が「プレイヤーの耳を持って」
「的確に」全体に指示を出す・・・

これからの時代、これが出来ない指揮者は淘汰されるんじゃ、ね?だって。
コワイヨー。

となると・・・
プロでもやっとのことなのに、アマチュアのオケでそれをやる、ってのは、ねぇ。
アマオケなんて極論すればただの自己満足。
普通にセットして、それでも全然バラバラな演奏会に付き合わされた日には、
オケ?指揮者?の自己満足?そないなもんに付き合って時間を浪費してしまった・・・
と思うこと請け合いですもん。(自分のことは棚に上げる!)

だから、オイラだって早くアマオケ再開したいけれど・・・

もしそれで万が一があれば、我が家だけじゃなく親戚縁者、会社関係まで巻き込んで
大炎上するのは今の時代もう見えてますもんね。
(そういやHIDEさんが「もうそろそろそういう匿名で悪意ばらまくのやめない?」って。
それ、大賛成!)

それと今回の一連の騒動・オケで改めて分かったのが。
なんでオケの配置がああなっているのか、ってことでしたね。

上手くは言えないけれど、やっぱり200年近くかけて積み上げた歴史には
それなりのストーリーがある、と。

全然ちゃうけど、紳士服、いわゆるスーツのドレスコードや、
形などが現在の形に完成したのは100年ほど前、それ以来、
デザイナーが色々と提案しても、やはり普通に職場に着ていくスーツは
もう、アレ、ですもんね。
なんでネクタイが?とか、ジャケットとか、ポケットとか・・・
もう色々決めごと、決まり事があるけれど、
それって、意味があるなし以前に「そういうものだから」って感じじゃないっすか?

だからオケの配置だって「そういうもんです」ということなんだろな。
そして前後左右の間隔だって、場所が無かったからとかじゃなく、
自然とああいう配置になっていったんでしょうね。

そういや、ずーーーーーーーーいぶん前、浪速老舗オケが
ハイドンの交響曲をハイドンの時代通りにセットしてえんそうして、
それはそれでほっほー、オモロー、だったのですが。
後で聞けば、血気盛んな団員さんが事務局に怒鳴り込んだのだ、とか?
「なんであんな演奏者に不利なセットを許すんだっ?!」って。
(練習場でも噛みついたらしい。)
そりゃ、確かに「実証実験・体験」という面ではよかったけれど、
演奏会=提供される料理の出来がよくなけりゃ、
「まあ、美味しいんですけどね、ほほほ」と、岸朝子さん状態になること
必定ですもんね。

とまぁ、このコロナの時代。
withコロナとか、アフターコロナ、とか言われはじめてますが。
ワタシャ、withじゃなく、「アフター」が気になりまして、ね。
だって、やっぱり人類の英知を結集した防疫壁は
復活の日のMM-88クラスでないと、簡単には敗れ去ることはないだろうし。
やっぱりここでもきっと人類は未知なるウィルスを征服できると
思うのですが・・・

いったん、SDとか、それをキープした演奏、ってのを体験してしまった
オーケストラは、元に戻るんだろうか?
戻ったときどうなるんだろうか?
全然変わらなかったら、それは「進化に失敗した種族」として
滅びるんじゃなかろうか?

ふと、そんなことを考えたり。

となると、実はますます「指針を示すべき」プロフェッショナルの
立ち居振る舞いが重要になるんだろな。
いや、これはオケだけじゃなく、あらゆるジャンルに言えるんだろネ。

でも今は・当面は、SDで演奏しても舞台上は全然問題ないですよー、
っての、プロのオケ連盟が死に物狂いで世間様にアピールして欲しい。
だって、そんなのアマがやっても「粋がってるだけ」とか「目立ちたいだけ」
とかボロクソ言われるの、分かってるもん。

どうか、プロオケの皆様。
SD気にせず演奏しても舞台上は大丈夫だよー、っての、
積極的に世間様に発信して下さいな。
ひいては、それがアマチュアの再起につながり、
オーケストラってのが再生していくんだろなー・・・

ってそう思い、願ってます。

さー。復活の日を目指して笛の練習頑張らないとー(棒読み)。。。

ステイ・ホーム・フォーミュラ

本当ならコンチキチンの鐘の音と
売り物・人呼びの声と、
そして何よりも動く美術館・山鉾があって、
それからこの街の「夏」が本格化するのに、
今年は新コロのせいで全部なし、
オマケにいつも以上に雨が続いて、
結局気がつけば7月も半ばを過ぎてしまって、
もう「季節感」はどこ行った?
という今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

いやいや、やっぱり素人考えは蒼かった。
めっさ蒼かった。
新コロ野郎。
第1波と第2波との間にはもう少し「小休止」
くらいあってもよさそうに「期待してた」のに、
その実は「アタッカ」だった、という件。

これはちと堪えたですね。
だって、その「おかげ」で、
大好きなオケ活動も事実上1年間封印。
だからそれをいいことに全然練習せず、
今や実力は右肩下がりで直滑降。
(だったら練習しろ、って。)

でもやっぱり「専門家」ってのはすごいですよね。
もう第2波とみてよろしいのでは?とか、
この先罹患者が倍々ゲームになってもおかしくない、とか。

かなたお江戸の急増ぶりには驚きますが、
それにつられて関西圏も何気に急増してない?

雨合羽がどうした、とか言ってたのはいつのことやら。
やはりこういうのは専門家のアドバイスってのが重要なんだな、
と思う今日このごろ。

そんな今日このごろ。
一瞬「外出OKかっ?」と思いつつ、
我が社の規制は緩和されず(でもそれが正解だと思う)。
で、お休みの日も相変わらず出不精。
だもんで、私もおデブに。テレワーク・デブ。ううむ。
どうにかせねば・・・

と思いつつも、ここのところ
やたらTVで昔の名作・見たかった名作が目白押し。

ということで、今日はその中から
1度は見てみたかった映画の備忘です。

その映画は 「グラン・プリ」 !

これ、レース映画の名作だ、って言われてたので
実際の映画は知らないけれど、
ポスターとか、三船敏郎が出てるとか、
で1度は見てみたいなー、って思ってたんですよね。

ふむふむ、ジャンル的には「カーアクション」ですか。
まあ、フォーミュラレースもカーアクションですし、
ある意味「見世物」な部分もありますが。

で、見終わった最初のインプレッションが
「え?これで終わり?」という感じだったんですねえ。

人に言わせれば「名作」と言うけれど、
俺としてはむしろ「記録映画」的な趣きも。

でも考え方・視点を変えると、1966年としては
めちゃ斬新な映像に溢れたレースシーンもあったり。

実際、フォーミュラ側もかなり協力したそうですもんね。
Ferrariのファクトリーにカメラを入れたり、
はたまた当時の「レーシングサーキット」の様子も
記録としてついつい見入ってしまうし。

特に、シーズン開幕戦がモナコ!
これ、実際に1966年、そうだったんですってね。
だから、カメラアングルは違えど、
違っていても「あぁあぁ、このコーナーは!」とか、
「トンネル出た瞬間」とか。
フィニッシュライン付近の感じとか。
原型は今と一緒、風景が単に60年代、ってだけで
それはそれ、新鮮な感動を覚えたり。

それにまた大らかな時代でもあったんですね。
ピットがあんなだったり、とか、
ピットクルーやマーシャルも普通にコースサイドにいたり
レーンにわさわさ出てきたり。

でも今のような「システマチック」な感じよりも
全然人間味を感じるのはなんででしょ?

それから。
カメラ!カメラワーク!
最初の方は何気に見ていたのですが。
いわゆる「車載カメラ」。
「あー、そうそう、カジノ前・ホテル前ってこんなんよねぇ」とか
「あのラスカスは」とか。
「あの急斜面・急上昇は」とか。
マシンは全然安定しないのに(そりゃ、あれが進化すれば
その行き着く先は「リアクティブサスペンション」だわな。)、
カメラはどっしり安定していて。
それも車の前方だけではなく、ドライバー込みで
後方も安定して移し込んでいたり。

スパウェザーなんて、今の車載と全然変わらないやん?

って思ってふと我に返ったのが、
「これ、1966年の映画よのぉ?」ってこと。
確かに今の車載まで洗練はされてないですが、
確か1980~90年代の車載カメラ、って
こんなんじゃなかった?
いや、もそっと質が落ちてた?
特に中嶋のキャメル・ロータスなんて、
1台だけ?実験的に?つけられてたわけでしょ?
今のようにエアロダイナミズムが発達してれば
「なんでウチだけ突起物(それもデカいの)つけるのよ?」
ってなるんだろうけれど。

でも安定したレースシーンのカメラワークは
ただただ美しい。

そしてそれを見るスタンドの人達や、
スタンドそのものの風景、
看板や教会の屋根に登って見る人々・・・
これって、90’sまでそんなだった気がするなぁ。

そういう何気に・なんでも無い風景ですら、
妙に親近感とか「人間くささ」を感じて
「楽しい」内容でした。

ただ、「映画のストーリー」と言われると、
正直、ちょっと・・・???

フェラーリとBRMは実名で出てるけど。
だったら「ヤムラ」じゃなくって「ホンダ」でもよかったんじゃ、ね?

あ、よく見たら「マネッタ・フェラーリ」とか「ジョーダン・BRM」とか、
「ざーとらしく」微妙にお名前変えてあったりするのね。

いや、レースシーンは秀逸なカメラワークだと思いますが、
その合間合間の「人間模様」の差し挟みがどうにも
今ひとつ映画全体の馴染みが薄い、というか・・・

日々スピードに取り憑かれた男達は
爆発したら一環の終わり、という
エンジンとガソリンタンクを背中に背負って
ガタピシ凄い振動の中
それでもTop、チャンピオンを目指してく・・・

そしてその合間には、それぞれ女達との出会いと別れがあって・・・

というのが淡々と進んでいくだけでしたからねぇ。

だから、映画というより「ドキュメンタリー」?
せめて「セミ・ドキュメンタリー-」?的な印象だったんですよね。

クレジットからも分かりますが、実際にマクラーレンとか
ギ・リジェとか、ブラバム、グラハム・ヒル、フィル・ヒルとか、
「ホンマモン」が脇役でこっそり走ってるわけっしょ?

だからかな。なんだかなー、と。
実際、この頃のレーシング、って死と隣り合わせの興奮を
サーキット全体で共有してたんだろうし。
だからこそ、サーカスの合間には「一息」が欲しい、というのも
今以上なんだろうし。

パイロットは平気で酒・タバコ・女だし。
そんなスピードに取り憑かれた男達に惚れ込む女達の物語も
あるけれど・・・
それらは全部「挿絵」「インターミッション」という感じだし。

だから、正直、2時間50分ほど、ってのはちょっと長かったかな。
それと、レースシーンのドラマが今ひとつ掴みにくかったか。

でも最後は正直驚きましたが、でも妙にナットク。

納得したのは・・・
チャンプを争うアラン(J・ガーナー!)、JPサルディ(イヴ・モンタン!!)、
ストッタード、ニーノの4人それぞれが織りなす人間模様。
アランはマシントラブルでチームメイトを殺しかけたのに、
ストッタードの嫁さんとなんか浮気し始めるし、サルディはサーキットで出会った
アメリカ人フォトグラファーと不倫になるし、ニーノは片っ端から女に手をつける
典型的な(?)イタリア人だし。
そうよのぉ、A・セナが旅立つ頃までは、まだそんな人間模様が
サーキットに漂ってたなぁ・・・と勝手に思って
そういう描写に納得。

それから驚いたラストってのは。最初サルディが名前と血液型を書かれたブレスレットの
アップと、アメリカ人フォトグラファーとの会話で「それはレースの後で」って台詞で、
一瞬「死亡フラグ」が立ったのか?と思ったけれど(振り替えればそういう伏線は
たっぷりあった)、そしたら4人とも同じようなシーンが続いて、
しかもレース中に、それぞれの「彼女」と交わした会話が回想で出てきて・・・

え?だれが死亡フラグやねん?
って思ったら、よりによって?でも一番納得?のサルディ?
そして彼の死を持ってフェラーリはそのまま走らせたらチャンプだったかもしれない
ニーノを黒旗で呼び戻してレースキャンセル・・・

で、結局アランが優勝、ストッタードが2位。
表彰台に乗るアランと三船敏郎、いやさ「ヤムラ氏」とが喜ぶ姿を
群衆の中から半ば悔しそうに見上げるストッタードに気がついて
表彰台に引き上げて、
多分?それで和解?ストッタードの嫁さんは元の鞘に収まってるし・・・

とまぁ、淡々と書いたらそういう印象だったのですが、
映画も約3時間、淡々と描く・・・
であれば、やっぱりこれ、1966年のシーズンドキュメント、であっても
よかったなー、とチラリと思うわけで。

でも改めて。

66年当時の「レーシング」が如何に「人間くさい」ものだったのか、
という意味を知る、ということではとてもよく出来た作品だったなぁ、と。

スパの昔のコースはあんなだった、とか。
モンツァのバンク・複合コースはそうなってたのか、とか。
モナコはやっぱりいつまでもモナコだったか、とか。

ドラマ性という観点からだと「ラッシュ」、
でもドキュメンタリー性という観点からだと「グラン・プリ」かなぁ・・・

そう思った「ステイ・ホーム」の1日でした。
(って、ちゃんと仕事はしてたよー!)





「今年の」50年に1度

先週?いや、そのもう少し前から?
梅雨・梅雨前線、停滞、線状降水帯、
河川氾濫・決壊、土砂崩れ・・・・
もう考え得る限りの災害が
ワンセットで特に九州に居座って
もうかれこれ1週間?
という事実に改めて驚く今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

弟@オケは九州出身で。
そういや、会社の(数少ない)気心置けないヤツも、
学生時代からのホントの弟のようなアイツも、
どういうわけか、みんな九州出身で。

そんなこんな、でつい他の地域よりもTVニュースに
見入ってしまう俺なのですが。

こうも酷いのが続くともう言葉もなくなるばかり・・・

被害に遭われた皆様には
心よりのお悔やみを。
1日も早く、元の生活に戻れますように・・・
と言いつつ、本当に戻れるんだろうか?
と、全く関係ないくせに、エラそうに言うんじゃねぇ!
って言われちゃいそうですが・・・

ここ数年の、特にこの時期と秋、ですか。
毎年どんどん「雨」が酷くなってません?
個人的な印象としては2010年代に入ってから、
なのですが。

気象庁も従来の単純な大雨警報とかじゃ
もう危機感伝わらなね、もっと分かりやすく・・・

って、注意報で「黄色」、警報で「赤色」、を使ったもんだから、
「特別警報」は紫色?
でもそれがかえって予報の細分化になったか?
今度はレベル1~5の評価になったけど、
すでに、もはやどれを言われたらなにをすれば良いのやら。

予報を出す気象庁も、それを伝えるメディアも、
一度整理してほしいですね。
伝える側がすごく心で「アブナイから逃げろ!」と
叫んでいるオーラは感じるのですが。

でも、先日ニュースで熊本だった、かな?
で被災された人がインタビューに答えていたけれど。
「数年前、50年に1度の大雨、って入ってたのに
あれから50年もたっていない(たった2~3年)はずなのに
また50年に1度、って入ってる!?
毎回50年に1度って言われてももう信じられない」
と泣き叫んでいた姿が妙に焼き付いてしまっています。

この10年に1度、50年に1度、100年に1度、
って表現はそれだけ「おそろしいぞー」ということの
裏返しなんだろうけれど。

受け止める側が怠惰で素直に避難しないから、という
側面もあるのだろうけれど。

けどね、さっきの5段階評価じゃかえって混乱するし、
10年に1度の大雨、ではすでに俺は鈍感になっちゃってるし。

なんで毎年、こんな大災害を起こす豪雨が発生するように
なったんだろね。

もう地球温暖化とかじゃなく、すでに地軸がずれて
日本はより一層「亜熱帯」に近づいた、とか?
(EVAの世界?日本は常夏の国になってる?)

そう思いたくなるほど、毎年のように「ことしは
異常気象で」ってナレーションが流れるけれど。

「異常気象」も毎年起これば「異常」じゃないんじゃ、ね?
って恐れおののくばかり。

そういや、シベリアで38℃を記録した、って?
でもって、溶けた「永久」凍土から昔生息してた生物の
氷付け標本が出てきたのは良いけれど、
同時に「炭疽菌」も解答されてしまった、とのこと。

新コロも怖いけれど、それに加えてサハリン肺炎なんて、
もうヤダよー。

それから水害への備え。
こればかりは、地震同様、日本の河川をまとめたマップ使って
アーダコーダと議論しておられるようですが。

でも地震対策レベルで水害対策をやってたのかな?

そういや。
最近の国営放送局じゃ、データを細密化して、
河川の反乱の状況、みたいなのを示してるようだけど、
(この図を見ると、日本列島ってホントに毛細血管が
張り巡らされた土地、って感じしますね。)
もうここまで毎年「50年に1度」の大水害が起こるなら、
該当区に住んでらっしゃる方には大変申し訳ないけれど、
「別の場所に安全な箇所を築きますから、そちらへ引っ越して
下さい」と役人の幹部クラスが頭を下げても
ええのでは?

とにかく、もう「異常」が「異常」でなくなってるもんね。

如何に四季の移ろいに彩られて、
瑞々しい風景画そこかしこにあるニッポン。
でも今やその姿も凶暴化してますもんね。

去年、19年のNスペでしたか。。。
パラレル東京。
「今」あれが現実に起こったらどうなるんだろうね?
首都直下型大地震+100年に1度の豪雨+パンデミック

なんとなく?
今の政権だとただやるだけやって「あとはおまかせします~」
ってキレイ後並べて自分達はとっとと東京脱出?

でも、毎年10年(50年)に1度の
今まで経験したことのないような大雨になるので
皆さん警戒をおこた割らずに・・・
と言われてもなぁ・・・・

ピンと来ない自分が時々鬱陶しくなったり。

アレ(ドラマ・「パラレル東京」)を見た人でも、
今回のパンデミック+大水害、
どうやって切り抜けたらいいんだろう?って考える方
はきっと多いと思い舞うよ。

あのドラマの最後の主役の長台詞はなかなかのもんでした。
「大切な貴方の大切な命を守るために貴方を大切に思う人が
助けに来ようとしているのに、その貴方を大切に思う人の
大切な命がなくなってしまう。だから今すぐ逃げて!」
ってな感じでしたかね?

ここ数年の「10年・30年・50年に1度の大雨」
が引けた後の被災された人達のご意見って、だいたい
「こんな急に増えるとは思わなかった」
「風が出ていないから避難せず様子を見よう!」
 とかなんとかで「もう少しで/判断を誤ったままだったら」
自分の命はなかったのだ、というのが一番自然に思える。。。
俺も正直「自分の住むあたりはいくらなんでも・・・」
っておもいますよね。
でも8年前、特別警戒警報が創設されて早速・第1号が
適用されたのがもう7年前の俺が住んでいる所・・・

ホント、災害ってどこから襲いかかってくるだか・・
 
新コロはもうすぐ半年?
新コロのニュースが新聞のTopに来なくなったら
ある程度大丈夫なんだ・・・と思ってましたが、
ところが、別の大災害が発生したからって!!!

最初のころは、たかが「新型インフルエンザ」
なんだから、と随分お気楽な対応だったと覚えていますが。
例の専門家会議を都合良く使ったのかな?
即ちこれ以上の専門家会議はある意味不要だ、
みたいにいわれた日には、もうね。
で、スピーディーな決断、ってのが約2カ月かかったりとか。。。

だったら、専門家が広報の専門家と組んで
常時現状を知らせる、それくらい
してもらった方がまだマシな気がする。

なんであれ。
豪雨、新コロ・・・・・
怖がりすぎるのは良くない、というけれど。
全く自分は大丈夫、ってのは違うだろうし。

俺みたいな小市民なんか、もう難しいことは
どうでもいいから、ごくごく普通に過ごさせてくれ、
ってことだけが「ささやかな夢」なんだが・・・

天気に会社にオケに・・・
みんな、普通じゃあかんのかな?


新コロのバカ(続)

とうとう1年も半分が過ぎて(厳密真ん中の日、っていつなんだっけ?)、もう7月。
いつもは6月って、俺のいる あまおけ の本番が終わって、
その先、一昨日「真面目に」子供向けの演奏家だった、ってのにぃ・・・
そして今週から新しい定期公演に向けて練習が始まるはずだったのに・・・
いつのまにか「梅雨終盤」とお天気お姉さんが言っている今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

それにしても・・・
新コロのバカ・・・

この数ヶ月の色々、で文化・芸術はこの国にとって不要不急のものだった、
と改めて思い知らされることになるとはね。

夜の街がどーした、とか人が密にいて「会話すれば」って
盛んに言ってるようですが。

演奏会とか、美術館とか、映画館とかで
例え隣同士に座っていたとしても、一緒に見て回ってるとしても、
それこそマスクさえしとけばええやん?
夜の街が、って言うけど、
それかて働いている人が諸悪の根源みたいにいってるけれど、
きちんと「基本」ができていないからこうなってるわけっしょ?

それを踏まえずに?(たぶん)
自粛警察とかが出てきて襲われたり、
ネットで炎上されたらたまらんもんね。

だからやっぱりどうしても控えちゃうけど。

市中感染が爆発的にならないなら、
例えばオケなんかSD保って演奏するのなんてやっぱナンセンス、
100年かけて作られてきたフォーマットには
やっぱりそれなりの意味があるわけで。
この辺、紳士服=スーツと一緒やね。
だから本来の距離より離れたら、
それはもう音楽として聞いても痛々しいばかり。

プロオケからは普通の距離で大丈夫、
って発信も始まってるようですが、
できりゃもう一歩踏み込んで、
SDでの演奏は事実上不可、
良い子の皆は真似しないでね、
くらい発現・発表してくれへんかな?

いや、レポートにはちゃんと書いてるんだろうけれど、
感情的になってしまうアマオケプレイヤーは
表面だけ読んで、
「それ、いますぐSDなんか辞めて普通にやろうよ」
って言い出すけれど。

今度はそこには行政の壁が。
3密回避、ってことでひと部屋の使用人数に制限がかかって。
だーかーらー、ちーがーうーでーしょっ!

そういえば、元衆議院議員の豊田氏、
実は感染症のプチ?専門家だったって?
こないだTVでめっさまともなこと言ってて、
テロップがなけりゃ、あの豊田氏とはわからんかった。
いやいや、やっぱ議員「先生」になると
人生狂うのかしら。

いや、それはどーでもいいけど。
利用に関してもプロから助言があればいいなー。

それよりもっと悲惨なのは合唱団だって?
確かにクラスター出たからなぁ。

でもクラスターが出たとは言っても
まず第1波の時は全然様相が分からなかったわけだし、
アレもかなり初期だったはず。

そりゃ少々自覚があってもついつい・・・
ってなっちゃったろうな。

対して、ある程度報道が進んだ段階での
京都のアレ。
ああいうのはやっぱり不注意って言われても
しゃあないよね。

でも、でもね。
いつからこの国、ってこんなギスギス
した空気に覆われるようになったんだろうね。

少なくとも、1.17の時は「頑張ろう神戸」で
数年間、少なくとも神戸近郊はなんやしらんけど
お互いサマヤン、がんばろうな、って
ある意味緩やかなオーラがあったと思うし。

3.11だって、文字通り日本を揺るがす
大惨事だったのに、それでもなんとかがんばろうよ、
ってオーラがあったと思うけど・・・

そっか、同時に起こったフクシマかな・・・
あそこで(当人達は何の責任もないのに)
日本の村八分文化(?)がついに表に出たのかな?

その空気が、今の新コロに受け継がれて、
お医者さんやご家族をばい菌扱い?
信じられん。
知らず知らずのうちに罹患する、って分かった今でも。
無自覚無症状の症例が多数報告されても。
そういう人達を叩きまくる不穏な空気。

そう言うときこそ、スポーツ、文化、芸術、
って思うんだけどなー。

でもそっちでも(メガ)クラスターになったら
大惨事、とばかりにどこか腰の引けた対応。

だったら、って申し訳ないけれど、
アマチュアが実験台になる、なんてことは
金輪際御免被りたいしなぁ。

プロだから、アマだから、って
こんな時に区切るのは卑怯なんだろうけれど。

でも他方、プロってのはそれでメシ食ってる人、
アマってのはそれを趣味に愉しんでる人、
ってことなら、やっぱりメシ食ってる人の
言動、って同じジャンルのアマチュアには
見本になるし、手本であるべきだ、って思うんですよね。

そういや、数年前にいたっけな。
明らかにアマチュア食い物にしてるプロとの会合。

でもね、ひとつ線引きが消える瞬間があって。
それって、「お金」が動いたときだ、って思うんっすよね。
例えアマチュアであっても、対価を頂くならば
それは立派な「お仕事」。
依頼した側は「貴方様にお願いします」って言って
お地蔵様のところに小判を置くわけであって。

受けた仕事、キッチリ方をつけてやりやしょう。

ってのがマストなんだろな、とおもうんだけど。

おっと、随分話が逸れてしまいましたが。
美術館はようやく再起動し始めたようで、
これはただただめでたい限り。

でもさっき書いたように
「自分の美術館でクラスターが出たらどうしよう?」
ってことでまだ腰が引けてるけれど。

受け入れる側も訪れた側も、
考え得るできる限りのことをやり尽くした上であれば
ハコは開けるべきだし、開けなきゃダメだ、って
思うんですよね。

これに加えて。
演奏会、ってやつも同じく
考え得るできる限りのことをやり尽くした上で、
さらにプロ以上に「自己満足」の発表会なんだから、
せめて「上手に」とは言わないにしても
「一生懸命練習しました」ってバックボーンがないと、
やっぱり安易にプロのまねごとしちゃいかん、
って思うのね。

それこそ。
単純に考えて、プロはお家と練習場とホールと「だけ」を
行き来すればいいけれど、彼らはそれが仕事で、
それをやることで「ご飯」食べてるわけだし。

それに対してアマチュアってやつはまずは「お仕事」で
ご飯たべてるんだから、安易にプロをまねちゃだめなんだろな。
特に「練習量」ってやつはきっちり確保した上でないと
ハコは開けちゃダメだ、って思うばかり。

でも、そんなこんなを考えさせる、
考えさせられたcovid-19。

もしかして、今一度みんなで
「一体全体、あんた、なにやりたいのよ?!あんた、バカぁ?」
って考える時間が与えられたのかもしれないね。

始まりのあることには何事にも終わりはある。
けれどもそれが「どういう終わり方をするのか」が問題なのだ。

とは、小松左京「復活の日」の一節(だったかな?)。

こと、オケに限って言えばwithコロナ、っていうより
アフターコロナ、ってのを考えた方がいいな、って思う今日このごろ。

そんな最中、まずは好き嫌いなんか自分勝手に言わず、
目の前に出てきた素材をきちんとやりこなそうよ。
あらゆる意味でやるべきことをやって、対策も打って。
しっかり準備ができて、それで始めて世間を動かすしか
なかろ。

そりゃね、毎日焙じ茶1リットル飲めば新コロにはかかりません、
ってならそうするけどさー。

あとは、日米欧で競争になってるけれど、
ワクチン、対抗薬、だろな。
早く出来てくれればイイのに。
やっぱり今年いっぱいはかかるのかな。
だとしたら、オリンピックだってやるやらないを言える
レベルじゃないまま2021年になるんじゃ、ね?

それと、素朴な質問。
withコロナ、って言うけれど。
これ、終わりはあるのかな?
だれが「(とりあえず)終わりました」って宣言すれば
皆、安心できるようになるんだろ?
それはいつなんだろね?

久しぶりに映画「復活の日」の予告編っての見ましたが。
(凄い時代になったもんだ。)
「神よ あなたは私達に何を為されたのですか?」
ってコピーが。
まさに今はそれなんだろうな。
大いなる意思があるなら、それが何かを試そうとしてるんだろか?

哲学っぽくなるけれど。今はそう考えて
自分を自分のなかに収めつつ・・・

新コロのバカー。



今改めて見る「コナン」

まいとし梅雨時期とは言え、
俺様生誕月間の6月は
1年で一番大好きな季節だというのに、
今年はやれ新コロだ、オリンピック延期だの、
無観客なんちゃら、いやいや言い方がよくないので
リモート試合だ、だのなんだの、
で、挙げ句ようやく始まったプロ野球で
今年も期待に違わず我がトラさんチームは
まだ「シーズンイン」してるのにきがついて
ないんじゃなかろうか?
と思わざるを得ない、今日この頃・・・・

俺の6月を返せー!

と叫んでしまいましたが。
もうこの時期、だんだん昼が短くなってきてるんですよね。
でも偉大な宇宙・大陽はそんな1日・一月単位で
動くもんじゃナシ。
もう異常気象がどうのこうの、というレベルを過ぎて、
実は地軸がとっくに歪んだんじゃなかろうか?
という日々激動のお天気状態。

毎日のお天気お兄さん、お姉さん曰く、
「今日の明け方は4月並ですが、お昼には7月頃まで急上昇」だの
「昨日の最高気温は7月上旬並みですが、最低気温は5月上旬並みまで冷え込みます」だの。

毎年毎年、異常気象だとかなんだとか、言ってましたが。
ホント、こうなりゃ地軸が歪んで、日本は亜熱帯入りした、と思うしか?

だってさー。
たしか先週だっけ?
シベリアで38℃?いや、マイナスじゃなくプラスで38℃?
しかもそのせいで溶けた永久凍土から炭疽菌が這い出てきて・・・

おいおい。それがcovid-19と合体したらどないなるねん?
と、素人丸出しの疑問におびえるハメになったではないかっ!?

行政府も堂々と「規制解除」を言うのはいいけど、
解除するたびに、気のせいか東京での感染者が再び増えてない?
いやいや、センセ様の解説を聞くと、まだ安心理論でちゃんとわかるけれど。

なんですか、行政府、あれだけ自分達の盾になってた
専門家会議を何も言わずに突然「解散!」って、それどういうことっすか?

3月から6月にかけて、どれだけ助かったと思ってるんだろ?
医療従事者のみならず、社会を動かす人々、
サービス業、エンターテインメント、
それら全ての人々が行政府に求めたのは
「スピード感を持った対応」だったろうに。

どうも永田町での「スピード」は「時間空間のひずみ」が存在しとるんかな。

でも今の俺はただ一つ。いや、二つ。
はよ金くれ、そしてはよ安心させてくれ、ですな。

そんなこんな、のパンデミック月間?
アニメ製作が間に合わない、という理由で
急遽準国営放送で始まった「コナン」をみて、
いろいろ思い出したので、今日はそのインプレッション。

「未来少年コナン」

これ、準国営放送局(当時は国営放送局?)が
局史上初めて「アニメーションに乗り出す」ということで
すごい注目が集まった作品だった、と思います。

でも放送局上部は「どうせすぐコケるだろ」と思ったのか、
総監督・演出に起用したのは当時新人?だった「宮崎駿」氏。

この時点で見てる側は「勝ったで」やったんでしょうが。
(いや、まだ当時は今のような著名度はなかったはず。)

でもこの作品から実に色んな人が旅だって、
それぞれのジャンルで自分の色を出している、ってんだから、
やっぱり「アニメの歴史」でのマイルストーンな作品なんでしょうね。

そしてなによりビックリなのが。
これ、1978年放送?だったんですよね。
で、時代は2008年の最終戦争が地球の破局を迎え、
それから約20年がたった後の世界・・・じゃなかったかな?

それ、2028年?もうすぐそこじゃん?

別な見方をすれば、これ、32年前の作品?
30年ほど前から見た21世紀初頭、ってことですよね。

となると。。。
1980年代(前後)の世界世相と言えば、
米ソ冷戦まっただ中。レーガン・ゴルバチョフの会談はまだまだ先。
2次大戦が終わって、キューバ危機があって、
それからベトナム戦争で米軍が史上初めて負けて、
で、アフガニンスタン戦争でソ連軍が史上初めて負けて、
いよいよ米ソが深刻に争ってた時代?

そんな時代に「滅びた後の世界」をアニメにして、
しかも確か夜7:30、今はもう言わないか?ゴールデンタイムで
家族そろって見る冒険活劇。

最初から宮崎さんはやっぱり冒険活劇が似合うってことだったのかな。

まずはその国営放送局の英断。
子供だからわからなかった、というのは言い訳だけど。
なにげに「あぁ、自分が40~50歳の頃、下手すりゃこんな世界に
なってるのかなぁ」とペシミスティックになってみたり。

でも作品そのものは宮崎氏の温かい眼差しが随所にベースとなって
見え隠れしてる気がしますね。

それと、やはり作品の構築力が今見ても立派なんだな、と。
今や全26話、でのストーリー割りができるドラマなんて
そうそうないんだろうけれど。
ワンクール13話、って定義になってから余計なんだろうけれど。

いえ、ですね。

作画が追いつかず「総集編」的に穴を埋めたことが初回放送にはあったと思うけど。
改めて見たら、「全26話」で大きな話の括りはきちんと起承転結ですっぽり
収まってるし。
(最近のアニメ・・・はよくわからんけど、中途半端に打ち切りになったり、
ヘンに話を水増ししたり、要するに全放送の中で綺麗に回収もできて
エピソードも解決できてる、っての、今やすごい稀じゃないっすか?)

やっぱり力量・素材、その他諸々、民放とは一桁違うバックボーンを持つ
放送局なだけあって、「今」見ても全然色あせないんですよねぇ。

なんでも、現在放送中のアニメが新コロ対策で中断、
だからそこを埋めるために、昔の名作を4Kでクリーニングしてリメイクした?
コナンを放送してるわけですが。
だから、画像が今のセルアニメと全然遜色ないくらいに美しい。

でも実際、今の中高生がこれ見て、どう思うのかなぁ。

これもある意味パンデミックなお話っしょ?
エヴァンゲリオンじゃないけれど。
セカンドインパクトで地軸が曲がって、日本は常夏の国に?
でもにア・サードインパクトが起こって、海はずっと赤いし・・・
って説明もなんか端折ってる、っていうか、
「もう知っているでしょ」的な振り切りだし・・・

そう思うと、未来少年コナンには最新鋭で、キレッキレのデザインの
兵器・武器やメカがでるわけではなく。
むしろ、ユーモラスなロボノイドが実は良い味だしてたり。
滅びた後の交通手段・移動手段としての「船」も
そこらヘンの残骸を集めてなんとか船にしました、って感じで。

だから、これ改めて見てる人はともあれ、
新しく見る人は「宮崎駿だ」だけじゃなく、
ちゃんと「作品」を味わって欲しい・・・って思ったりしますねぇ。

それにしても。
一度滅びた世界で生き延びた人々が再構築した世界。
対照的なインダストリアとハイハーバー。
大らかな自然で豊かに見えるハイハーバーも、裏へ回ればごろつきがいたり。
全てがシステム化され管理されてる社会のインダストリアも、
下に潜れば「反抗勢力」の「善人」がいたり。

やっぱり世界が一度滅びても、憎悪は滅びることがないのかな。
善対悪というのは、やはり人が背負って立つ業なのかな。
そんなことも「たかがアニメ」で思ったり。

こういう中で、コナンとラナは、思い切りアニメな活動
してるけど、思わず見入ってしまうんですよね。
コナンのアシとか、バカ時からとか。ラナの「気の強さ」とか。
こういうのこそ、「アニメの真髄」かと
トシとって思ってみたり。

ボーイ・ミーツ・ガールとか言うンでしょうが。
別にそんなこたぁどうでもいいさ。
ただ、純粋な男の子が初めて見る女の子を大好きになって
女の子のために尽くす、それがやがて周りの人も巻き込んで、
一つの大きな「社会体」になっていく。

今、この路線でアニメを起こしても、きっと「こっぱずかしい」
とかであまり受け入れてはもらえないのかも知れないけれど。

今、パンデミックに揺れる世界の中で、
これが日曜日の深夜に放送されている、というのは
なんというか、どういうか・・・

(まだ「復活の日」を引きずってますが)
原作はこれとは全然違う、もっと陰々滅々としたもんじゃなかったっけ?

最後は再び地殻変動に襲われて、
なんか「異形のもの」がコナン達に迫ってくるけれど、
なんとかそれを押し戻して、これからもガンバロー、
みたいな終わり方?
うーん。あまりハッピーエンドじゃなかったような気が。

でもこちらは・そこは宮崎アニメ。
インダストリアがとうとう終末を迎えたあたりから、
全部にケリがついて、最後にロケット小屋に戻ってみたら・・・
!!!

という大団円。

国営放送局はいきなり最初のアニメで超名作を生んでしまった?
だからその後のも面白かったけれど、
やがてこの局でもアニメが「普通」の存在になっていって・・・

いやいや。そろそろ。
原作もの、アニメ原作ものでは無く(広義で言えばコナンも原作アリなんだろうけれど)、
この局の持つ総力ならでは、の、
いつまでも老若男女に残るオリジナルの「名作アニメ」、
作ってくれへんかなぁ・・・とふと考える、
もうすぐ水無月食べないと、
と思う、まだ6月の今日この頃、なんではありました。

あー、水無月。
そっかー、実際は京都オンリーな風習だったのかー。。。

東欧文化の中心地・その歴史に触れる

あっという間に夏至も過ぎ、
これからはただひたすら夜が長くなる日々、
けれどもだからと言って
相変わらず新コロの野郎がそこらへんを
うろついているせいか、
神経過敏な人々は
なんだか必要以上に恐れてる?
でもそこまで萎縮しちゃうとなんもできへんし、
結果、対抗薬とかワクチンとかが
さっさとできへんかな?
と、今まで以上に毎日が色々と気になってシャアない今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

なんでも、表向きには出てないみたいだけど、
今年は「コンチキチン」の音色もしないと思っていたら、
山鉾巡行はおろか、山鉾建てすらヤンピになった、
という「ご町内さん」のお知らせ。

なんと!
そもそも平安の時代から?
疫病退散、流行病退散、という目的で始められたはずの
祇園祭。
今年は目一杯規模を縮小、本当に神事の根幹に関わる部分だけ
ひそかに行う事になったのだ、とか?

そういえば?なんでも?シベリアで38℃を記録した、とか?
それも「マイナス」じゃなく「プラス」?
で、溶けた凍土からトナカイの死骸が出てきて、
その死骸から炭疽菌が出てきて・・・って。おいー?!

炭疽菌とcovid-19が合体したら・・・ってするのか?
あたかも「物体X」さん、なのかっ?
MM-88となってしまうのかっ?

そんなこんなを気にしてたらもうキリがないので、
長期間精神的に閉じ込められた上、
我が社も輪をかけて上の方がハチャメチャになって、
あとはいつ氷山にぶつかるか?みたいな今日この頃・・・

規制緩和で一斉に行きたい美術展が「クローズ」になったまま
「期間終了」で「作品は帰国しました」・・・
ピカソとかも見たかったなぁ。京都市立のコレクション展は
延期になったらしいけれど、神戸に来るはずだった大英博物館?だっけ?
それもひっそりとお帰りになった・・・

なので、カミさんと一緒にため息ついていたら・・・

なんと!国立近代美術館!規制緩和で入館OKになって、
オマケに展覧会もそのまま会期延長!

素晴らしい!ありがたい!
せめていっこくらいは延長にならんかな、と思ってたら。
ありがたし!ただただありがたし!

ということで、色々と日々荒みきった精神のお洗濯に
出かけて参りました。

行ってきたのはこれ!

チェコ・デザイン 100年の旅

文字通り、これはチェコのデザイン界を100年分振り返ってみよう、
それが現代にどのような影響を与えたのか見てみましょう、
ってコンセプト。

まず見終わって。
ただただ、ため息(っていつもそうか・・・!)。
今回は「デザイン」がコンセプトなので、絵画のみならず、
家具、彫刻の他にも、「いかにも東欧」なオモチャまで。
ホント見飽きない、じっくりと味わえた展覧会でしたね。

この100年間を、大体10年事にまとめて見ていくわけですが。
チェコと言えばボヘミア?
ボヘミア?といえばアルフォンス・ミュシャ!

またまたお目にかかりましたなぁ!ミュッシャさん!
(なんとなく、よく行った展覧会の半分近くで見かけてる気も?)

そもそもこの100年間の始まりがミュッシャというのも
いきなりの「チェコ/ボヘミア」の底力、って感じかな。

もうミュッシャの美しさ、独自さは言うまでもないですが、
ここからチェコ独自の美術が発展していくんですね。

西欧で発生して大きくなった「キュービズム」も
チェコに入って「チェコ・キュビズム」という独特の
形態を持った形になっていく様とかも、
やはりチェコの持つ文化の奥深さかな、と。

年表見ても、オーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあったりとか、
ロシアの影響を受けたりとか、色々あった土地みたいだけど、
その分、溜め込んだ思い・遺伝子ってのがあるんだろな。

それにしてもその多様さにはホントに驚きましたね。
デザイン展と言うだけあって、絵画以外にも彫刻、
家具、ポスター、挿絵など、多種多様。
しかもどれもこれも手に取れそうな(んなわけないけど)
作品?商品?ばっかり。

上手くは言えないけれど、
ぱっと見たら「あ!いかにも東欧70’s!」って感じを
受けるような作品も多かったですね。

まず最初の区画では、いきなりのミッシャ!
もう説明不要でしょ?!ただただ、ため息。
でもこれ、ポスターなんっしょ?1枚100円で、とか?
(んなワキャないって。)

いきなりテンションMAXで次のセクションにいくと、
そこにはチャペックの本が!・・・えっと・・・「ロボット」?!
え?あの本の初版本?!
挿絵も表紙もいかにも東欧!
西洋のような華やいだものでもないし、かといって
ロシア・ソビエトでの無機質的なものでもないし。

でもそのチャペックが子供向けの寓話も書いてたなんてね。
実はカミさんはよーく知っていて(いつも教わる)、
後で家に帰って、その本見せてもらいましたが・・・

なんか、こう、カワイイ。
というか、子供の頃にこういう「かわいい線画」を
よく見てた気がするけれど。
もしかしたらちゃんと見てたのに忘れてたのかな?

そしてこのあたりから、ガラス製品もチラチラと。
ガラス?!そう、ボヘミアングラスだもんね。
いや、何をもってボヘミアングラスと定義されるのかは
知らないけれど。

さらに歩みを進めて行くとガラス製品の他にも
椅子等の家具、装飾本、花瓶、そういった製品に見られる
「チェコ・キュービズム」の数々・・・

で、ふと見たら「え?お金?紙幣・・・って、ミュッシャがデザイン?!」
いいなー、これ、もらえないかなぁ?だってもう今は流通してないっしょ?
こんな紙幣があるならチェコに行けば良かった。
(って、行く為に聖徳太子さんが沢山旅だってしまう・・・)

そこから徐々に、ポスターとかそこに見られる表現、
タイポグラフィーの多種多様なこと。

「サイケ」ってのをもしかしてアメリカ・西欧より先にやってた?
そんな軽いショックも受けつつ・・・
いやいや、やっぱりガラス製品が独自のデザインで美しいこと
この上ない・・・

やがてはテーブルセットとか家具セットまで出てきたり。
リカちゃんハウスよりももっと高級感漂うドールハウスとか。
それもアメリカーンな「ゴージャス」じゃなくって、
純粋に飽きの来ないデザイン・・
って、これ、もうオモチャですよね?

へー?!いわゆる、ひとつの、玩具、ですね?

はたまたデザインチェア「オオサカ」って・・・?
あ、なるほど、70年の大阪万博に出品した椅子なのね。
ここまで来ると、時代は東西冷戦まっただ中だけど、
必ずしもソビエト万歳だけじゃなく、
しっかりと自分達の価値観・文化を継承してたんやなぁ、
って感じられました。

それに家電類だって、日本はまだまだ「シロモノ」だったのに、
チェコのそれはカラフルだったり、あ、でもやっぱり
西欧みたいな派手なカラフルさ、じゃなく、押さえたカラフル?
実に味わい深い、ってやつですね。色使いがやっぱり独特。

そして実はチェコってアニメーション大国でもあったのね。
古い時代からすごくシンプルな線画でのアニメーションを
テレビで放映してたのだ、とか。
特に「東陣営」に組み込まれてからは
教育的なものが多かったんだろうけれど、
午後5時にはみんなTVの前に座ってアニメーションを楽しんでいた・・・

所は変わってもやっぱり人間の営み、って同じような歴史を歩むのね。。。
ほんのりノスタルジーに嵌まってしまいました。

そんなこんなで、今回はわりとこぢんまりしてるから
90分くらいで見通せるかな?と思ってたけれど、
気が付けばいつも以上に?2時間少々?じっくりブラブラ歩いてたのに
またビックリ!

東欧の他の国とは違い、ドイツに占領され、ソビエトが進出してきて、
でも首都プラハの名前を聞くと、古くはモーツァルトに始まり、
演劇でも数々の名作(ロボットも演劇だったのよのぉ)、
そして俺の趣味からすれば弦楽器の国、ビロードの弦を持つチェコフィル、
そしてボヘミアングラス・・・

かくも蹂躙されながらも、
やっぱりしっかりした民族の文化、
ってのを持ってる民族は
何があってもちゃんと伝承できているんだなぁ・・・

そぼ降る雨の中、そんなことをほんのり感じながら、
の美術展でした。

ホントなら会期は5月の連休明けまでだったんだけど、
例のcovid-19のせいで・・・

だから諦めていた分、なおさら感動も大きかったです。
あー、チェコ。行きたいなぁ。でもやっぱり¥が・・・(T-T)








上野星矢フルートライブ&オンラインハイブリッドコンサートを聴いて(その2)

新コロ騒動もとりあえず一段落?
って勝手にマスコミは流しているけれど、
東京のあの様は一体どういう意味だろな?とか、
オーサカの発表、ってホントにそうなの?とか、
とまれこの手の情報発信はどこまで信じるのか、
そう思うと、諸外国と違うのは、圧倒的に政府・
政治家への信頼度なんじゃないか?だから政府が
右と言えば下々は「なんかヤバイ予感がして左に行くと、
実はそちらが正解だった、みたいな?
そんなこんな、な素人予想なんかじゃ当然この先のこと
なんてわからないし、二次感染が始まっている?と言われても、
二次感染なんて一次感染が終わった後に始まるもんじゃね?
と心配してたらキリの無い今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、先週ご報告(なのか?)をいたしました
マイ・Birthdayコンサート、いやさ、
上野星矢フルートライブ&オンラインハイブリッドコンサート。

先週も書いたけれど。
これ、いつも俺がお世話になっている大阪のドルチェ楽器さんのサロン
で開催されたのですが。
このサロン、いつもキッチキチにつめると100席くらいの所を、
1公演30人、で仕切って、ホントに「ソーシャルディスタンス」をキープした
ライブ演奏会、って感じでしたね。
見た瞬間、「なるほどなー」って思いましたモンね。

そしてオンライン。
演奏会は3部制(!全部で十数曲だっけ?さすが「若いっ!」)、
でライブは1部ごとに総入れ替え、でもオンラインチケットは
「ライブ」を貴方のお宅で視聴できて、しかも一週間はアーカイブとして
何度でも視聴可能?!?!?!

「えらくまたドルチェさん、デカく出たなぁ。
「ライブ」をする上野星矢クンもすごいなぁ、と思うけれど。
楽器屋さんも!
そしてこの手の企画でありがちな問題が、
・独りよがりな?ワンカメの映像
・音質が聞けるギリギリの質
ってのは通り相場でしょうが、これがまためっさ綺麗。
音(笛の音も当然だけど)は臨場感たっぷり、
画像も目が細かくてキレイ!(
だから星矢クンってホント髭生えないのな、と思ってしまった。美肌。)

このあたりは「結果論」ではありますが。
最近は日本のオケでも研究が急遽進められて、
結局昨今の日本の状況とデータを信頼する限り、
そこまで神経質にならんでもいいのかも。
ってな感じだったので、なおさら、飛沫対策することなく、
自然に登場して自然に笛吹いて自然に音楽に身を任せて・・・

ホントに心地よい時間でした。
(なので、結局3リサイクル、聞いてしまった!)

ということで、久しぶりの?インプレッション!

第1部
・テレマン 無伴奏フルートのための曲第1番・第2番
いわゆるソロ。どソロ。センスと音質とがモロバレになるのですが、
初っぱなから星矢クンの「美笛」がもう爆裂。
通奏低音と旋律との吹き分けがまたセンスがいい。
うちのオケのご年配さんなんか、これ見よがしに「テヌート」を
通奏低音にヌベーとつけて吹くから、もう気持ち悪いったりゃありゃしない。
でも彼のテレマンは、初っぱなから
「あぁ、彼は心底笛が大好きなんだ」と思いましたね。
この曲が彼のイラストと一番ぴったりしてたかな。

・ゴーベール ノクターンとアレグロスケルツァンド
まずテレマンで「ハコ」暖めて、ここからはピアノ(内門氏)との「デュオ」。
彼のピアノは「伴奏」ではなく「ソロフルートのパートナー」という
体裁・感じ・センスなどがすごくよかった。
楽曲も星矢クンのセンスとテクニックが満載で、もうこのあたりですでにお腹いっぱい。

・シャミナーデ コンチェルティーノ
これ!俺はレッスンの最初の頃に吹いた記憶がとってもあるのですが。
(で発表会でも吹いたけど、面白みが全然分かってなかった。)
だから、単純にレッスン曲って捉えがちでしたが。
こんなにしっとりした「揺れる」佳品だとは!今度はピアノとのバランスが絶妙。

・ヴィドール 組曲
逆にこっちはレッスンの発表会で上級者がよく吹いてますが。
彼の手(指?)にかかれば、なんとメロディアスで滑らかな、哀愁のある曲になるんだろ!

第2部
・テレマン 無伴奏フルートの為のソナタ第3番・第4番
じつはテレマン。最初に「教育テレビ」(今で言うEテレ)での
フルートレッスンの中で(!昔はピアノとフルートが30分番組でやってた!)
確か有田さんだったと思うけれど、第6番をレッスンしてて
中坊だった俺は「あぁ、なんて良い曲なんだ」と思ったはいいけれど、
楽譜買っても6番以外は楽譜は「眺めて」だけだったんですよねー。
これまた星矢クンの「歌心」が高音質&高画質で存分に堪能。

・パラディス シチリアーノ
今回のコンサートでの一番の発見!
本番前日、インスタライブでも聞かせてもらいましたが、こんなに良い曲が
あったなんて。気分としてはこの段階ですでに「アンコール」。
これならすぐにできるかな?

・グルック 「精霊の踊り」より
これもよく発表会などで耳にするけど、こんなにたっぷり歌い込んで
でもアクが全然ない、素直な音・曲・・・素直・・・俺には無理かな?

・ドップラー ハンガリー田園幻想曲
ご存じドップラー。どうも第2部は発表会系でまとめた?この時の演奏が
ピアノと実に息の合った演奏。これも聞いた直後に「もいちどさらって
みようかな?!」と思わされた名演。でもピアノがしっかりフルートに
答えているからこその「音楽」かな、と思いました。
聞けば、内門氏と上野氏が幼なじみ(なの?)で、最初に二人でやったのが
この曲で、二人とも思い込みがある、とのこと。
なーる。二人の友情にBRAVO。

・タファネル ウェーバー「魔弾の射手」の主題による変奏曲
これはもうひたすら星矢クンの「テクニックを感じさせないテクニック」が
もうただただ素晴らしい、としか。俺もそこそこレッスンの年を重ねて
師匠に「そろそろこういうのやったら?」と言われて、真っ黒な楽譜を見て
「いやいやいや、私ごときには、まだまだ・・・ほほほほほ」と逃げてしまった曲。
あ~、やっぱり不思議やなぁ。彼の演奏を聴くと、なんだか自分も吹きたくなってくる、
という残像。

第3部
・テレマン 無伴奏フルートの為のソナタ第10番・第12番
そういや、彼はテレマンを全部レコーディングしたんだっけ?
第1部からの合計6曲。どれもすっぽりと彼の手に入っている、
いや、体の中でちゃんと消化されてそれが自然にあふれ出ている。
いいなー。あれだけ吹けりゃ楽しいだろうな~。
(と自分のサボりを棚に上げてみる。)

・ユー ファンタジー
これ、一時期めちゃくちゃ流行りませんでした?
流行り物には背中を向けるヒネクレ者のワタクシ。
でも実際「綺麗に演奏しきったライブ」って、そう記憶にないんですよね。
でもこれまた彼の手にかかれば。
そしてやっぱりピアノとの会話が。
いくら幼なじみでも、ピアノがなんであんなに出入り自由にできるんだろ?
「あうんの呼吸」と言えば簡単だろうけれど・・・

・ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲
これも大好き。ちうか、発表会系で2回もやってしまった。
元ネタだって大好き。だからいつの日かオケで吹きたいけれど、
いつの間にか、弟@オケがヨソで吹いてきた、とか・・・
(マジ、プッチン?俺様の気も知らずに。)
この曲は「オケ吹き」もやってた(今もリヨンで吹いてるのかな?)
彼の経験が存分に反映されている気が。
(そのオケ吹きは、テレマンの無伴奏でもしっかり現れてたですね。)
とにかくもう夢心地。

・ビゼー/上野星矢編 カルメンファンタジー
最後の最後、目玉中の目玉。まさに自作自演。
笛では「ボルン」が有名で、それを聞いたサラサーテが
弦楽器でも同じ主旨のアレンジ・変奏曲を作った・・・んだっけ?
とにかく、マジで「聞いたことがない」カルメン。
でも楽しい「カルメン」。
でも演奏者は「死に物狂い」(?!)な「カルメン」。
彼、もしかして「SM系」なのか?!そこまで自分をいじめる
編曲?
でも「上野星矢」の名刺として、これ以上のものはないでしょうね。
歌ありテクあり、深みあり。
これもどっかで楽譜見つけてサインもらって楽譜庫へ・・・いやいや。


とまあ、駆け足で(といってもたっぷりになっちゃった)全曲の
インプレッションを備忘しましたが。

全体を通して。
数年前京都で聞いた彼のソロリサイタル。
その時は全身からはち切れんばかりのオーラを発散して、
「もう、ボク、フルートが大好きで大好きで、皆聞いてよー、
聞いて聞いて!!!!!」ってエネルギーが
ホールをブチこわさんばかりで、元気いっぱいだった印象なんですよね。

だから、彼なら200席の小ホールじゃなくって、ザ・シンフォニーくらいの
ハコでやるのが丁度いいはず、って思ってたのですが。

やはり彼もそれなりにトシ取った(といってもアラサー?!)か?
元気でパワフルなのはそうなんだけど。
パラディスのシチリアーノのような、「子守歌」っちい、でも
深みはますますキレイに深くなっていく音・音楽性。
でも当然、ハイレベルなハイテクニックはますますキレが膨らみ・・・

そんな彼も、まだアラサーなのに「将来への投資」とか、
「新コロ」の状況を利用した新しい活動をどんどん展開していく・・・

ホント、いよいよ目の離せない、日本を代表する
若手「男性」フルーティストとして、
これから世界に(より一層)羽ばたく姿を追いかけたいもんだ・・・

と思うと同時に、彼の笛を聞いた後、自然と自分の手が
笛に延びて、ついつい吹いてしまう・・・

これって聞く人を幸せにする、ってやつなのか?
いや、ホント、ボキャ貧な自分を呪わざるを・・・ですが。

ハートウォームなリサイタル、ありがとうございました。
そしてピアノ伴奏の内門氏のなんとBRAVOなこと。
そしてその場を提供したドルチェ楽器さん・・・
今度、彼と同じ笛(か、木でもいいや)、ひとつちょーだい。

おかげ様で、生誕記念日の前の日まで(しか聞けなかった)
だったけれど、幸せな6月第1週を過ごせました。

ありがとう!

PS
で。これ。マジでディスクにしないんっすか?
なんか、「現在」という時空しか持たない「ライブ」だからこそ、
の感動なんだろうけれど。
それでも「ディスク」になってほしいな、と思う今日このごろ。

上野星矢フルートライブ&オンラインハイブリッドコンサート を聞いて(その1)

時と世界には可逆性はないんだよ、
とは冬月副司令のお言葉。
なんだかんだと振り返ってみれば
やっぱり2/3月からの新コロ騒動が
ネガティブに印象的だったこの1年。

思えば学生時分からン十年オーケストラ、
ってのを「趣味」でやってきて、
ついぞ数年前には責任者にまでなってしまって、
でもここまで長い期間オケから
離れるの、ってめちゃ久しぶり?

大災害の時に必ず言われますが。
「もう前の時代には戻れない」とか。
「「普通」の意味が変わってくる」とか。
でも結局ホントに変わったのかよ?
と言いたくなるも、こんどばかりは
本当に変わっちゃうんだろうな。

でも俺の上の連中がヘンにしがみついている限り
(って人のせいにしちゃいけないんだー)
それを考えると俺だって、いや俺の方が、
とますます自惚れる今日この頃。

また一つ、「めでたく」齢を重ねてしまいました。
親父はもう20年以上前、ある日ある朝突然に
旅立ちましたが、母親はホントに元気でなにより。
そしてこんな俺と20年以上も一緒に過ごしてくれた
カミさんにも心から感謝するしか。

なんだか、こう、俺らしくないしおらしい話?(笑)
ですが。
ようやく、人生の折り返し点?
いやいや、最近は周回コース(3周くらい)が当たり前、
だったら、まだ1周目をおわったあたりか?

なんであれ、齢ここにいたって、もうこれ以上はええわ、
ただ単に「普通」が欲しい、ほっといてくれ、
ってなもんで。仕事もオケも「普通」がええなー。
ただただ、それを願うのみ。です。


そんなこんな、な、俺様の祝日を祝って(んなワキャない)。
斬新?なコンサートが先週行われたので
今日はその備忘。

コンサートは

上野星矢フルートライブ&オンラインハイブリッドコンサート

そう、今1人で、いや、彼の仲間とともに時代の先端を
突っ切ろうとしているフルーティストの上野クン。
マムシの斎藤道三ではないが。
「ヤツから目を離すでないぞ」な存在の(俺にとって)星矢クン。

いや、どうしてもクン、って書いてしまって、ゴメンナサイ。
(って本人が見てるわけでもないだろけど。失礼!)

これ、新コロの時代にあって、いわゆる「ソーシャルディスタンス(SD)」
がどーしたこーした、って言われてますよね。
でも舞台芸術ではSDを守ることと舞台を成立させることは矛盾した行為。
舞台芸術なんて、リハーサル、練習の時から完璧に「3密」だもんね。

だから俺のあまおけだって3月からずーっと活動停止中、今年いっぱい
続くンじゃ、ね?みたいな感じなのですが。

* でもプロオケはやっぱり「それで食べざるをえない」ってことで、
6月から徐々に再起動し始めてるようですが・・・

あ、ちょびっと脱線。

だからまず現時点で「今まで通り」のオケは無理。お客さんを客席総数の半分に
したところで、舞台上でブルックナーの8番なんて、SD的に無理無理、むりぃ!
(号泣)

でも、客席を半分(以上)間引いて、舞台上が1人(ピアノ伴奏あり)なら?
それならできるんじゃね?

という意図(かどうかは知りませんが)で、多分新コロ騒動で自粛「要請」
が続いて、それが解除されて、多分一番最初に「ライブコンサート」を
行ったんじゃないのかな?彼?

* いや、まぁ(ガッコのセンパイの)ジャズTbのTommyさんが
「自粛?なんやそれ?」みたいに、飄々とライブハウスで演奏してるのは
知っていましたが・・・

まずはその彼の勇気に心からの敬意を。
普通、思っても実行・・・なかなかできへんよね?
それも新コロ相手に?

そしてこの「ハイブリッド」なるもの・・・・
え?要するに舞台中継とちゃうのん?
と最初は思っていたのですが。

ほら、自粛直後にあちこちのオケで「無観客演奏会」とかでネット配信してたけど。
あれも質的にものすごいばらつきがあって。
ましてや、素人さん(って俺もそうだけど)の「無観客演奏会」なんて、
ただでさえも「自己満足・自己チュー」な「アマオケ活動」の「自己満足」ばかりが
クローズアップされて、俺は正直「キショイだけ」=良くないイメージが拡散するだけ
って思ってたのですが。

プロオケだって、無観客はいいけれど。
それ無料配信・・・もありがたいし、
大フィルなんて、27万回線?が接続?
つまりワンステージのお客さんが27万人?

それはそれで新しい境地を生み出しそうですが・・・

やはり演奏が終わって「ぺこり」をしても、なーんもない、ただの静寂・・・
そして「無料」配信。
なんか、自分達の作る芸術を「たたき売り」してませんか?って
違和感はあったんですよねぇ。

やはり、スポーツと舞台芸術は、プレイヤーとお客さんと、があって初めて成立するんだ、
と強く思ってた所だったんですね。
だからそこには当然「対価」が発生してもおかしくないし、
発生してしかるべき、って思ってたので・・・

で、やっぱり脱線しちゃったので改めて。
このハイブリッド。
ソロライブステージをネット配信する、という意味でのハイブリッドなんでしょうが。
それなら、松竹オペラ(メットの映画館上映)と何がちゃうん?って
思いつつ、でも星矢クンの音色は、数年前京都で生音聞いてぶっとんで、
それ以来、チャンスがあれば・・・と思ってたから、どうしても聞いて見たかったんですよねー。

でも警戒態勢が解かれたとは言え、会場はお隣のイシン国・・・・
ちょっとなぁ・・・数字を操作してる疑惑もある、っていうし。
ホントに「ゼロ」なのか?って、やっぱりイシンと新コロはコワイし・・・

なもんで、ワタシャネットチケットをゲットしたのですが。

まず、きちんと「お金を取る」。これ、重要だと思います。
オケもいつまでも無料配信してたら、「無料で見られるものなんだ」と
自らの価値を下げてしまうんじゃね?と、とっても「???」だったので。
やはり「対価」を支払ってこそ「享受」できる「精神的な栄養素」でしょ?
文芸もスポーツ観戦も。
まずそこをちゃんと踏まえてるのがすごいなー、と。

そして実際聞いて見て二度ビックリ。
ほら、やっぱり素人さんとか、プロでも自室で自撮りってのも見ましたが、
どうしても画質・音質が・・・だなー、って思ってたのですが。

これが「ハイブリッド」を成立させる重要な要素だったんでしょうね。
ハイレゾではないはずなのに、普通のmp3のはずなのに。
臨場感が半端ない。もうN響アワーみたいな、もの凄い臨場感。
そして画像もきちんとした画像。
髭の一本も見えない、つるつるした星矢クンの肌(彼、髭剃ったことあるのかな?)まで
キレーに映り込んでる。女子にはもう言うことなし?
カメラアングルも2つ(全景と側面ソリストアップ)あって。

そこまでそろったら、もうあとは充分堪能。
ホント、ライブ会場がサロン的な小ホールだったので、
なおさら自分が客席にいる気分で、ってのは
こういうことを言うンだろうな、と。

ライブだと「その場の空気を共有できる」という得がたい無形文化財を手に入れられて。
それこそがライブの醍醐味だと思いますが。

ネットだと、ライブでは絶対見えない、ソリストのアップ、手の動き、構え、
その他諸々がよーく見えます。ベンキョになります。

* いつも行きつけの楽器屋さんでのライブだったので、
今度今回のライブの仕組みきいてみよっと。

しかも「お得」なことに。
このライブは1部が約1時間で3部制。
(これだけでももの凄いこと!)
で、ライブチケットは各部ごとに買わなきゃダメだけど
(当然、その対価は「経験度のデカさ」ですわな。)
ネットチケットの場合はライブ1部あたりの¥よりも安くて、
しかも3部全部を1週間堪能できる、という
出血大サービス?

おかげで、3部それぞれ3回も聞いてしまいましたよー。
でも、そか!通信料が!!!と1回目を終えて
ようやく気が付いて。
2回目以降は自宅の回線で。
でも、いわゆるテレワークのお供、でずっと聞いていて。
それがまた心地良い、というかなんちゅうか。

星矢クンの音は、前に京都で聞いた「元気、元気、もう元気ですー!」
という若さがちょぴり取れて?「お元気ですか?」的に柔和になってた感じが。
そして不思議なんだけど。
なぜか彼の音色を聞いたら「俺もあのレベル目指して(ってなれっこないって)」
と感じて、思わず笛を手にしちゃうんですよね。
いや、人の笛の音聞いて、俺もー!と思うのは、彼と弟@オケの2人くらい?

そうそう、そしてもう一つ大切な要素が。
それは内門氏のピアノ。昨今、フルートがキンキンしてて、
それに負けまいとピアノを殴るような・・・そんなリサイタルを
時々見かけますが・・・
又は「ワタシャただのコレペティでして。」みたいな・・・

いやいや、そうじゃないっしょ?伴奏ピアノ、というと響がアレですが。
彼のピアノはあるときは寄り添って、あるときは2人で調和して・・・
この呼吸が絶妙、特にハンガリー田園とかで強く思ってたら・・・

なーんだ、やっぱりそういう「仲」だったのな。
いいなー、幼なじみって。

そんなこんなで、繊細でハートウォームな音楽を
「あなたのお宅で」楽しめる、と。
家のTVに繋げば、もうリサイタル中継そのもの?!

そんなコンサートをあえて「この時期」に開催した
上野星矢クンと、それを実現してみせたドルチェ楽器さんの勇気には
心からの敬意を!

と書きまくってしまったら、肝心の印象を書く時間が無くなってしまった。
ちゃんと覚えてるカナ?いや、あれだけ印象に残るリサイタル×3を3回も
堪能したんだし、大丈夫だろ・・・って、言えるかどうかアブナイ
お年頃になってきたのよのお・・・

うーん。頑張って・来週につづく。

(でも、基調は「素晴らしいソロリサイタル」だったですよ!、ということで。
あー、ボキャ貧だ。もっと言葉での表現も覚えなきゃ。)


あまおけ の 「エア」本番@2020.5.31

もうすっかり季節感が崩壊したものの、
半強制的にテレワーク(昔はリモートワークって言ってなかった?)が
できてしまうではないか?と気付いてしまったのに、
脳みそが筋肉な役員連中はそれでも
「フェイス・トゥー・フェイスこそが団結を保つ秘訣だっ!」
と叫んで社員に出社を強制しつつ
そこで目にするものはといえば、
相変わらず一般紙や週刊誌を「情報収集」と称して
読みふけるだけのオッサンたち、
さて、どうしてくれよう、この気持ち・・・
という今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。


いえ、ね。テレワーク。
俺のやってる仕事とは実は結構親和性があるだろな、とは
思っていたのですが。
1週間のうち、出勤は2日、あとの3日は自宅、ってパターン。
出勤時に、大量の印刷物を吐き出して必要なヤツを持って帰って
家でじっくり考える、と。

そりゃこの世界も古いもんだから、
今でも「綿密に顧客(開発社員)と顔をつきあわせることこそが肝要」
って信じてる「絶滅危惧種」な連中もいますが。

俺はこの世界に入ったとき、
「打合せ=相手の時間を強奪する行為」と教わりましたからねぇ。
そりゃ1度は必要だろうけれど、1度話を直接聞いたら、
あとは電話・Fax(うわー、昭和)、メールのやりとりだけで
済ませられる「程度に」最初に話をしっかり聞くべし、
ってたたき込まれましたからねえ。

昨今便利なもので、ポケッタブルなICレコーダーなんかもありますが。
俺の師匠はそれすらダメ、って言う程
しっかりメモ取れ、って人でしたからね。

それが染みついてるせいか、なにかあったら
すぐに飛んで行って・呼びつけて「打合せじゃー」ってやるの、
ってホントにそれでいいの?相手の時間考えないの?
って思っちゃうんですがね・・・

その点、この2カ月の間の半強制自宅待機・ロックダウン状態は
そういう「迷信」吹き飛ばす良いチャンスだと思うんだけどねぇ。

ズーム?スカイプ?スマフォでのビデオ通話?
わざわざ相手の時間を割いて、時間指定して「打合せ」
なんてやらなくっても、最初をしっかりしてりゃ
今やそれだけのツールもあるんだしねぇ。。。

ということで。
悲しいかな。
実は、昨日は、本当だったら俺のいる あまおけ の本番だったんですね。
でも新コロの野郎のせいで見事に中止・・・

え?5月に入って緩和されたからやっちゃえばよかったのに?

ノンノンノン・・・
それは「プロフェッショナル」な団体だから出来ること。
プロだと、本番の2~3日前から練習して本番、って流れ(のはず)だかんね。
けど、アマチュア、ってのは「仕事・家庭」の「サブ」でやってるわけで。
しかもそれを生業としない、ただ単に「やりたい連中」が集まるだけの組織。

いや、早い話、とても2~3回の「合わせ」でできるようなシロモノではない、と。

えっと・・・あと言い訳はなかったっけ・・・?

とにかく、1回の公演に最短でも3カ月(週1回の練習+α)が必要なわけで。

つまり、5月末の定期公演を「それなりに聞けるレベル」に「あまおけ」が
まとめ上げるには、ざっと3カ月程度は必要なんっすわ。
いや、もっともっと上手な首都圏のアマチュアさんだったら、
玄人裸足?!1~2カ月で仕上げる団体さんもあるんだろうけれど。
少なくとも、ウチはそこまでウルトラ上手なアマチュア、じゃないので(汗)。

だからっ!
5月末の定期をやるかどうか、ってのは3月の時点がデッドラインだったんですよ。
そう、新コロの感染が急上昇してる時期。

しかも、当時は(今でも)生物兵器説だの、市中感染だの、
クラスターだの、オーバーシュートだの、もう訳ワカラン単語が飛び交ってた時期。
そしてこいつの具合の悪いのは
対抗薬・ワクチンが存在しない!
そしてどういうヤツかも解明できていない!
そして、集団の中で1滴落ちただけでウソみたいに感染者が広まり、
ついにはコメディアン、女優さん、まで命を落とす、といった有様・・・・・

ホント、あの国から出てきたんだろなー、と思うと
さもありなん、とは思っちゃいますが・・・

ということで。
泣く泣く、2月中旬に本番指揮者の練習をやった後、
「こいつはちょっとヤバイで?」となって、活動停止、
そしてとうとう大クラスター発生と同時に、
ウチが練習で使ってる建屋からも感染者が出た!と聞いた日には・・・

もはやここまで。

なので、ホントなら今頃「昨日の酒」でジドーンとしてるはずが・・・
ただただ、涙。
しかも何がクヤシイ、って、こんな重大な決断を時間的余裕も無い中
迫られて、そりゃ訳ワカラン「流行病」なんてイヤだし、
そんなことでウチの団体が全国区になったら、せめられるのは俺だし、
実際「こわいからやめようよー」って声も内部から続々上がってたので

「中止」!

って決めた途端、「自分はかかるわけがない」というオバハン?軍団?が
非難囂々。「今からでもあいつをクビにして演奏会を挙行しよう」
「無観客、ってぷろでもやってるじゃね?」みたいな言いたい放題。
(彼らは今どう思っているんだろう?謝罪は一つ設けていないが。)

でもまぁ、実はとっくに手は打ってあって。
(そういうのは、クレーマーオバハンズには出来ない芸当なんだろね?!)
今回中止となったプログラム、実は来年秋/冬に決行できる
下地はもはや作ってあるんだよーん。

ということで。
ホントだったら、昨日はこんな演奏会、だったんですよねー。

(1) リスト 交響詩「前奏曲」
当団、昨年の12月に晴れてめでたく第100回を終えて。
(でも終わった後、そこまで醒める?と思ったのも事実だけど。)
当然、今回は101回。
でも俺は101回じゃなく、rebootを終えた上での「第1回」
って考えてたのね。

だから、前奏曲ってのは我ながら良いチョイスだなぁ。って思ってました。
(って、皆の投票で決めたんだけどね。=それすら忘れるクレーマーたち。)

これ、冒頭の木管群のアンサンブル、嵌まれば「ウツクシー」だったのですが。
なんか、こう、え?なんで?みたいな感じだったんですよね。
でも、指揮者センセは・・・
よーく考えたら、このブログの最初に登場してた?
副科でフルートやってたセンセ。
思い切り笛捕まえて、もっともっと、って上手に音色を引き出すのね。

実はこの曲の1stは大ばくち打ってまして。
良い音してるんだけど、実はフルオケ経験は初めて、って人。
だからホントなら「慣れ」の期間が必要なんだろうけれど、
実はそうも言ってられない事情もあって。

で、終わってセンセさま曰く、「あ?そうなの!でも良い感じなんじゃない?」
って。
だから、せめて彼女には「初フルオケ」の舞台を経験させてあげたかったなー。


(2) R,シュトラウス/Hr協奏曲第1番

こちらは只今当団のトレーナーをお願いしているHr吹きのセンセさまがソリスト。
でも、思い切り「ホルン」って音なんですよねー。
人柄もすごくいいし。アマチュア、ってポジションにも造詣が深い(というのかな?)。

だから、絶対一度はヒューチャリングしたかったんですよね。
でもこちらはオケ伴だけの練習を1回やっただけ・・・

ホントなら弟@オケ(RS好き)に1st任せて、俺は2ndで
ソロHrと弟@オケの笛を楽しむ贅沢を味わうはずだったのが・・・

新コロのバカ・・・

しかもヤツ(弟@オケ)はその練習日は仕事でアウト、急遽俺が1st代理で・・・
そしたら、センセさま、代理って知っていながら「じゃ、ちょっとそこ、笛聞かせてください」
って、やだーーーーーーーーーーーーー。

これでヤツ(弟@オケ)にはどれくらいの貸しが出来たんだか。
でも全然ヤツはその認識がないみたいだからなー。
ヒトコトでいいから、メールの一本でもいいから出してくれりゃそれで勘弁してやるのによー。

ということで、これぞ「幻」に終わって・・・・
いやいやいや、絶対これもも一度企画してやるんだいっ!


(3) ブラームス/交響曲第1番

そしてreborn第1回に相応しく!?
メインディッシュはブラ1、って企画だったんですよね。

* ホントなら、2曲目はベートーヴェンの交響曲第1番にして、
ベタな「1番プロ」にしちゃろか、とも思っていたのですが。。。

これは久しぶりの?降り番!
いや、ブラームスのシンフォニーは一度も機会が無い俺だけど、
なぜかこの曲の「2nd」は2回もやってて。
だから実は1番にはもうそこまでの思い入れもないし。
まあ、笛としても4楽章のアレなんだろうけれど・・・・

おおっと、やっぱり練習では捕まってしまったかー。
そりゃしゃあないよね。2ndが1stお構いなしに好き放題吹かれちゃね。

W・アウアー氏も、他のオケプレイヤーも、
2ndFlの大切さ、ってマスタークラスでよく言うんだけど。
2ndFlがしっかり1stを支える、それがあって
初めて1stが万全に演奏出来るんだ、ってね。
でも・今回のは・・・・・・・・
ま、笛吹くのが大好きなのはよーく分かってるからツライんだけど。

そろそろ、ちゃうんかな・・・・・・

それにしても、このブラ1。
もう周知どころじゃないだろうけれど、
構想に着手して完成まで20年?
今時、そんなの、映画でもありゃしないんじゃないの?

うーん、エヴァンゲリオンの実写とか、ガンダムの実写とか、かな?
構想ぶち上げて20年そのまんま、ってなると・・・

つまり。よくぞまあ、そこまで練りに錬って作ったもんだわ。と。
でもこれが出来て、堰が切れたように2、3、そして4番と。

せめておチャイコくらい、6曲は書いててほしかったなー。

ブラ5、なんてどんな曲になったんだろね。

でも。練習ライブでは1回きりでしたが。
コンミスさんの音がまた美音で。
そりゃ確かにVn皆で担ぎ上げたのは良く判る、ってなもんでした。
だから、そこだけでもいいから(2楽章だけでもいいから)
ライブで聞きたかった・演奏したかったなぁ・・・


とまぁ、そんなこんなで、「エア」定期演奏会も終わってしまったのですが。

この2カ月の「ゆるーい」ロックダウンで、
すっかり人心も荒れてしまった、とのこと。
こういう時こそ、スポーツと文化なんだろうな。

けど。
スポーツはまだ無観客でできるけれど、
フルオケは「その存在自体」がすでに「3密」だからなー。

どっちも「満員のお客さん」ってのは外せない構成要因だと
俺は思うけれど。

無観客演奏・・・ネット配信はいいけれど、
それ無料でやりすぎると、かえってクビしめないのかな?

と思いつつ、翌週に続く。ふふ。


STAY HOMEで見た映画

ようやく今日、半ば強引に?
covid-19による緊急警戒態勢が解かれるらしいですが、
それにしても約6週間?
なんだかとっても長かったような、
短いような、
でも桜餅も粽も柏餅も季節まっただ中にいただき損ねて
新コロのバカヤロー、と叫ばずにはいられない今日この頃、
いかがお過ごしですか?

いえね、お餅の類はなんとかクチには出来たのですが。
家の近くの創業130年以上?する団子屋さん(茶屋)、
そこのやつをいただき損ねたんですよね。
まあ、うちは名目上4週間で済みましたが、
やはりイシン府の隣ってこともあって、
随分・今にして思えばコワイ部分もあったり。

で、不要不急の用事で外出したSTAYHOME週間、
ホント、繁華街、と言われるところがガンラガラ、
電車だって、終着駅に降りたら車掌さんが「今降りたの53人やったわ」
って、数えられるほどかいっ?!ってな寂れ具合で、
それこそ「復活の日」の一歩手前?
それこそ、これ、現代に焼き直してりめいくしてみれば?
と思ったりしましたねぇ。

そういや、なんでも書店には「パンデミック」コーナー
なるものがあったりするそうで。
ムビ友曰く、「カサンドラクロス」もお忘れ無く、とのこと。
ううむ。確かにノベライズすればパンデミック小説になるのかな。

そんなこんなで、警戒解除となっても
まだまだ普通にならない今日この頃。
というか、すっかりテレワーク体質になって、
気の触れたとしか思えない上席の相手もしなくて済むし、
これでいけるんだったら、もう少し、真夏過ぎるまで
このスタイルでいいんじゃね?
というか、ぜひやって頂きたい。

でも、やはりステイホームだと気が緩む?
ということで、思わず映画を・・・
いやいや、見てない見てない。ちゃんと休日に見ました。
今日はその備忘です。

見た映画は、「死刑台のエレベーター」。
これ、大分前にBS放送でオンエアしてたのを録画したんですが。
なかなか見る機会もなく。

そう言えば断片的にしか話も知らず。
通しでみたことなかったかも?

・・・てなもんで、時間も手頃(約90分)、
今や一つの教科書とも言うべき名作、
堪能いたしました。

お話は・・・もうええですよね?
フランスのお話。
アルジェ戦争とか言ってるから、1950年代のお話。
だもんで、怪しげな戦争屋とか、武器商人とか、が
まだリアルに跋扈してたんだろな。

舞台はパリ。
主人公のダベルニエはアルジェ戦争の英雄。
皆が知ってる男前。
で、戦後このダベルニエは武器商人の商社で働いてるけど、
その商社社長のカララの奥様とできてしまって
(こういうのはいかにも「おフランス」?
しかもなれそめなんてのは一切無し。)
社長が邪魔だから「プシュっ」。
で計画通りに完全密室殺人=自殺、と見せかけようとして
うっかり小道具を人目につくところに忘れてきたアンポンタン。

で、取りに戻ろうとしたらエレベーターが止まっちゃって・・・

愛人のカララ夫人は「彼はどこ?」って彷徨って
夜の女と一緒くたにされて警察行き。(これも時代?)

また一旦車に戻ったダベルニエはキーも放り出して、
小道具も全部車に乗せたまま(オープンカー。プジョーかな?)、
小道具を取りに帰って戻って来られない。。。

それを見たチンピラのルイと、恋仲のベロニクちゃん。
ダメよ~英雄の車よ~、って言いながら2人でドライブ。

で、なんだかんだで行った先で人殺し。
でも使った偽名が「ダベルニエ」夫妻。。。。。

当然、翌日の新聞トップ。そうと知らず、
結局エレベーターから逃げられなかったダベルニエ。
翌朝電源が入って再び動いたエレベーターから逃げたはいいけど、
カフェで座った隣の女の子が
「パパー、新聞の人だぁ!」って。
それで一巻の終わり。

ルイが車に乗ってる姿を見たカララ夫人は
あの男・・・ダベルニエ?
と思い込んで、警察に駆け込んで、
あの男はダベルニエじゃないっす・・・

って話ちゃったから、それで一巻の終わり。

ルイとベロニクちゃん。
もう外国人殺しで死刑は決定。
だったら2人で睡眠薬自殺しましょ・・・・

のはずが、「この薬じゃ死ねないわよ」
と部屋に乗り込んできたカララ夫人に一喝。
この2人の行く末は描かれてませんが。
まぁ、台詞から・・・なんでしょうね。

とまあ、「これがフィルムノワールか!」と
ただただ食い入るように見てしまった90分。

ランダムに備忘書いておくと・・・

音楽!
絶対これ!言わずにはいられない。
マイルス・デイビス!!!
もうすっかり有名な話だけど。
彼のトランペットと彼のバンドが
「ラッシュフィルム」を見ながら
「即興で」曲を演奏して、
それが「そのまま」サウンドトラックになっている、
という、「チョーとんでも」な音楽。
しかも、どれもこれもが映像にマッチしているだけでなく、
映像の邪魔をしていない。

すっかり、J・ウィリアムズ以降(彼の功績はたたえられるべき)
ひたすら「音響・音量」でストーリーに迫力を与え
肉付けしようとする手法の、なんと陳腐に見えること?!

そういや、ふっと思い出したのが
「2001年宇宙の旅」。
これも極限まで「音」を削り取って作られた映画でしたよね。

音は、今や日本じゃ至る所で環境音楽とか、
何チャラ音楽とか、ですっかりBGMと化しているけれど。

全く無音な所、って街中にあるんだろうか?
きっと復活の日のように人類がバタバタと死んでいっても
天気予報の電話の声はエンドレスに続く・・・
そんなふうに、BGMも電気が切れるまで、
延々と・・・・・

そんな日常からこの映画を見たら、
ホントに「音」に無駄がないですね。
だから尚更緊迫する。
緊迫するのが頂点に達したところでスッと入ってくる
デイビスのTp!
その逆のパターンもあったかな。
デイブスのTpで緊張感を盛り上げていき、
気が付けば全くの無音。
そこにあるのはただ緊迫した画面。

台詞だってホント、骨組みだけで作ってる感じ。
ほら、よくあるっしょ?
「それ、だれに向かって説明してるんすか?」みたいな台詞。
そんなん、全然ないのね。

ベロニクちゃんとルイ君のなれそめは一切どーでもいいし、
カララ夫人とダベルニエだってなれそめは一切なし。
そんな説明は一切なし。

だからこそ、ラストシーンのオチがとっても強烈に
心に響くんだろな。

そりゃ、戦争終わって12年?
製作が1957年?え?もうできて63年?
全然そんな古さはなし。
むしろ、今の技術でフィルムも綺麗になってるのと違うかな?
そう、モノクロームの映画だからこそ、
この味も出るんだろネ。

だから。
だーかーらー。
日本でなんかリメイクとかアンポンタンなことしたみたいだけど。
これなんか、リメイクする前に「絶対失敗が約束された」作品、
と違うのかな?

今で置き換えようにも、もっとスマートになりすぎて、
言い方ヘンだけど、極めて普通の密室殺人ゲームに成り下がるだけでは?

オマケに、そこに榊マリコさんが「鑑定しましょう!」って乗り込んで
来られた日には。

そりゃ、あっという間にカララ社長は「殺された」ってわかりますよね。
って書いてて思いだしたけど。
結局ダベルニエが「しまった!」って気が付いて
取りに戻ろうとして取り損ねた(改修し損ねた)
屋外のロープ・・・

あれ、パリ警察は全然気が付いてなかった・・・ってわけね。
ピストル自殺でいっちょ上がり、って。

うーむ。
そんなこんな、で今ではない、半世紀以上も昔「だからこそ」の名画?
でもその時代でなければ絶対作れなかった映画なんだろね。

そうそう、もいっこ。
余分をそぎ落としたから?90分少々でオシマイ。
この90分少々で、これだけ濃密な映画、って今、ある?
スポンサーとか、アメリカメジャーとか、なんだかの都合だか
知らないけれど。

だいたい2時間だわよね。
大作で濃密な作品ともなると2時間半とか2時間40分?
そりゃ、風とか、2001年とか、はほぼ3時間だけど、
やっぱり長くても名画は最後まで一気に見せる力はあると思うんですよね。
だからそういうのは除外して。

ホントならこれ90分で終わらない?
ってような作品でも120分になったりしてない?
スター・ウォーズが150分以上?(EP8)・・・

やっぱりボリューミーな中身で見せるのも良いと思うけれど、
こういったコンパクトかつ濃密な内容で見せる映画・・・

最近だと何かな?

引き続き「ステイホーム」して探すしか?・・・

うーん。テレワーク、もそっと続けたいよー。

あまおけ の練習(ってできないんだけどね)

最近、TVでコンサートの模様とか旅紀行ものとか、
何かのイベント系とか、見てるとテロップが出てて
「この収録は○月○日に行われました」とか、
そんなのを見ると、だいたいが1月か2月頃の収録で、
あぁ、気が付けばたった2~3カ月なのに
世間はこうも簡単に変わるのか、
こうも簡単に崩壊の縁へと追いやられるのか、
と、先週の復活の日を読みつつ、
ふとそんな真っ暗なことを思ってしまうのに、
めっちゃ底抜けに青空が広まる中、
皆様いかがお過ごしでしょうか?

ここへ来て、ますます各都道府県知事の
存在がましてくると同時に、中央の行政府の
存在感が薄れゆく・・・と思ったら、検察法を改正
なさるんだそうで。
そりゃ、誰が見ても「火事場のなんちゃら」と
言われてもしゃあないのとちゃうんかな?

国民に不要不急を「お願い」しておきながらねぇ。

んで。先日38県に対して警戒解除ってなって、
週末を迎えたら・・・
そりゃ、やっぱり「警戒解除」ってのと「お店が再開しました」
って聞いて土日、ともなれば、それまで閉じ込められてた分
一気にはじけ飛ぶ、ってことくらいはわかるだろうに。

だからデパートなどの再開は週末を避けたのと
ちゃうのかな?
でも中小は「すぐにでも開けたい、週末ちょっとでもかせがなきゃ」
ってものまた当たり前。

そんな予想もできず、でも案の定
「週末気の緩みが見られます」って、
なんか学校のセンセが生徒しかるような・・・

おったよなー。生徒から見て「センセ、それ自分できてるんけ?」
って言いたくなるようなセンセって。
今の俺の会社でもいてるわ。
曰く全然知財実務は未経験なのに、
何を考えたのかそいつを途中入社させて呼び寄せて、
で全部任せた挙げ句、
社内のテンション駄々下がり・・・

でも彼はいつも「チョー上から目線」。
ホントは良くない台詞なんだろうけれど
「だったら、あんたがやってみな?」って投げると
「光速」で責任逃れしちゃう、って輩。

そんな責任から光速で逃げるような人にかぎって
「全力」とか「スピーディー」とか言うのよね。

そういや、マスク、まだ来て無いぞー?!

そんなこんなで、冬から春・・・はどこ行った?
すでに桜餅どころか柏餅まで終わってしまって・・・

ということは、例年だと個々の備忘録では
「あまおけ の本番に向けて」の雑感・備忘を
書く頃なんだけど。

5月末の定期公演日。
ウチもご多分に漏れず、covid-19を原因として
開催が中止になりました。

ウチは、ホールや街の仕組みなど、
諸々があって、「代替公演」なんてできないんっすよね。
だからあえなく中止・・・

この中止がまた一騒動。
そりゃ、オケのメンバーはだれだって
オケやって、半年に一度、公衆の面前でご披露して。
ある意味そんな自己満足の陶酔を求めて、
毎週1回、仕事・家庭・その他諸々を抑えて
オケ練優先して毎週積み重ねて・・・

そう言うときに限って、
この俺が責任者って件。

冬の終わり、DP号のケースもあって、
オケ内の心ある医療関係者からは
「早く中止を決定すべきだ」と言われつつも、
やっぱ俺だってやりたいもーん、って
ギリギリまで粘ったけれど。

練習会場で・練習予定日の2日前に、
同じ建物でクラスターが発生、
しかも本番まで後3カ月・・・

めっちゃ微妙なタイミングでしたが、
責任者の権限、ってやつで
練習だけじゃなく、本番も込みで
全部中止、って決定したんですよねぇ。

自分の権限で・判断で決定したことだから
批判は甘んじて受けるけど、
ちょっとその直後の一部のゾーンから、
それはもう聞くに堪えない罵詈雑言も頂いたり。

お前のオケとちゃうんじゃ、とか。
無観客で映像配信でやればいい、とか。
決める為に緊急総会をやれ、とか。
あげく「こういうケースで責任者が独断できる」とは
組織の決まりに書いてない、とか。

あのなー。
非常事態には超法規的措置・判断、てのが必要でね。
一元的執行論、ってだっけ?あの映画「VICE」で
描かれたD・チェイニー元米国副大統領のお話。

クラスターが発生したすぐ隣で
2日後に「全員集合?」
それこそ、「自分は絶対かからない」と思って
人様に迷惑かけまくる「うましか」なヤロウだぜ。うん。

それに、どっかの政権とちがって、
ちゃんとその前後の記録はあるんだし。
あとで検証擦りゃエエでしょがいっ?
(おかげ様ですでに検証済みですが。)

ほんっと、そういう「うましか」なヤロウが
クラスターを作ったり、あちこちばらまいたり
してるんだろなー。

我が社の常識外な役員も実はそのクチで。
理由を付けては毎週東京とこちらとを往復。

それ、ヤメレ、って会社も政府も言ってるけれど、
我関せず。

我が社もクラスターになるんかな?

んで。
劇作家の野田秀樹氏が「極力・できる限りのことを
やり尽くして劇場(ハコ)は開け続けるべきだ。
さもなくば、一度閉じたハコを開けるには相当の
エネルギーが必要でタイヘンなのだから。」って
声明を出したそうですが。(一字一句が正しい訳ではない。)

なーんとなく、今その言葉思い出すんですよね。

そりゃ、「ヤバイっ!」と思ってオケ練を中止して、
本番も中止するのは実は簡単な話で。

ウチはここ数年の経験から、キャンセルポリシーの確認・対策
もちゃんとしているので ( ̄^ ̄) 今回のケースも
中止を決定すれば(団員の心情はともあれ)対外的には
無事に処理も対応も済んだのですが。

今度はこれを「開けなきゃ」いけないわけで。
それこそ、安易に「わーい」って警戒が解除されたから、
って速攻練習再開・・・その行く末が隣国みたいに
4次感染まで引き起こすクラスターとなったら元も子もないし。
そんなことで楽団が有名になってほしくないしー。

こういう時に責任者に判断や決定が求められる、
ってなもんだろうけれど、だーーーーーーーーーーれも
誉めてくれないしさー。
だから投げちゃってもいいんだけど。
ま、そうも行くまい、でしょうし。

この先はゆるり、おそるおそる、こっそりと、忍び足で
活動再開を見ていく、考えて行く、敷かないのでしょうが。

こういう時の「パンっ」っていうタイミング、
その場での即決力、っての、案外俺は映画とかで
学んだ(?)・・・と言えば聞こえはキザっちいですが。
なんか、そんな感じしますねぇ。

007と取っ組み合いしてる相手の狙撃を躊躇する
マニペニーに、Mが冷酷に「撃ちなさい!」と命令する様
(スカイフォール)とか。

根拠?そんものないわ。ただ私のゴーストがそうささやくのよ。
と言って舞台を動かす草薙少佐とか。

実在の人物だって、
今やフットボール界の全てのヒール役を一手に引き受けている感のある
J・モウリーニョの判断とか。
I・オシムの決断力とか。

そんなこんなを連想しつつ。
今どうしよう?これから先はどうしたらいいんだろう?

ってふと考えてる、ってあたりかなぁ。

随分話逸れちゃいましたが。
結局、本当なら今頃は「もうすぐ本番!」という高揚感の中
日々を過ごしているのでしょうが。

今の日常と言えば、ステイホーム。お家仕事。
でも案外?これが気に入ってたり。
だって、だーれもいない部屋で1人のんびり仕事できたり。
はたまた、自宅で仕事してたら、目の前に不気味なオッサンがいたり、
場所は違うけど、人をけなす・蹴落とすことしか考えていない、
そして自分を高めて見せようとするチョー小心ものの役員とか、
そんな存在感じずにすむもんねー。

アフターコロナ、そろそろ言われはじめてますが。
一隊どうなるんでしょうね?

アフターコロナであっても、オケ、演奏会、ってのは
結局そのままの形で続けざるを得ないんだろうけれど。

お仕事、ってのは随分変わるんじゃないのかな?

でも今はただ現状が早く収まることを祈るばかり。
そして、復活の日のような大惨劇にならないことを祈るばかり。

最後になりましたが。
この大変な最中、まともな報道もされず、
変な話が美化される一方で、
なぜか差別・非難をされる、という理不尽な思いをされている
医療従事者の皆様には、心からの感謝を。

知人にも何名かいますが、皆口を揃えて
「もっとお金と資材と人材を」って言ってますよ。
何も出来ない自分が歯がゆいですが。

とにかく出来ることと言えば、自分が罹患しないこと、
またオケでは立場上、罹患するような状況をつくらないこと、
この2点かな。

まだ先は見えないけれど。
ガラにも無いんだろうけれど。

頑張ろっと。


The Day of Resurrection

今日は5月の第2週だというのに、
早くも真夏日?でもこないだは
20℃前後だったような日もあったはずなのに、
こうも気温が狂うと
ただでさえも季節を彩る様々な行事が
順番に中止になっている、っちうのに、
ますます「今、何月?」と叫ばざるを得ない今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか?

俺は、デブになる、っちうのに、
ついつい和菓子で季節を味わったりしてるのですが・・・

桜餅、柏餅、ちまき、ぼた餅、おまけに甘酒・・・
ちゃんと味わってるのに、全然季節感がない!

それもこれも、やっぱりcovid-19のせいだ!
桜?街中、桜並木を車で通り過ぎるだけ?
そういや会社の別部署の「お隣さん」には
随分立派な桜の木々があるのですが、
今年は「テレワーク」とやらで、
その部署に用事があって出かけた時は
すでに葉桜状態。

また、有名な通りでも、
今年は異人さんが全然いないので
めちゃ普通に歩けて眺めることが出来た夜桜も、
やっぱりテレワークとやらのせいで、
ほんの数回見ただけでオシマイ。

で、こういう時に限って
天気がめちゃええんですよねぇ。

ゴールデンウィーク、いやさ
ステイホーム週間?

そら、俺はいつもカミさんが物販やってるので
家にいること自体はそう変わらないし、
その間に衣替えしたりとか、で結構時間は潰れるけれど。

でも今年はなんというか・・・
街に出ても店はほぼシャッター通り状態。
いやいや、ロックダウンという「命令」をせずとも
自然と「ほぼロックダウン」というのは
日本人らしい?天晴れ、と思う一方、
電車のホームに降りてみれば
殆ど人気が無い状態。
でも祝日の真っ昼間・・・・

車掌さんが交代時に「今の電車、結局終点で降りたの53人だったわ。」
って、おい?数えられる程かいな?
そんな現実にどんどん気は滅入るばかり。

顔本などで「去年の今日を思い出しましょう」
ってのが勝手に出てくるけれど。
それを見たら、「去年はこんなに沢山いたのに」と
ついつい遠くを見る目、
そして襲う虚無感。

やっぱり21世紀はパンデミックとの闘いなんだ、
と誰が行ったか忘れたけれど。
パンデミックが契機となって、世界が大きく変わる。
今はまさにそのまっただ中なのかも。
それに。よーく考えたら、
21世紀になったら、って、
もう21世紀になって20年、1世紀分の1/5が過ぎてる、
ってことですよねぇ。

あらゆる物事には始まりがあり終わりがある、とも
聞くけれど。

パックスアメリカーナな時代はそろそろ終わるんだろうか?
終わった時、世界はどうなるんだろね?

スタートレックのように、
宇宙との往来も普通になるとともに。
地球人類の性差別・人種差別が一切なくなる・・・

ま、そんな簡単にはいかんだろうけれど、
もしそうなるとすれば、ガラガラポンになるしか・・・

ということで、新コロシリーズ?
先週は「アンドロメダ病原体」のインプレッションでしたが。

今日の備忘ネタはそれよりもっとエゲツナイ?
聞けば「アンドロメダ病原体」の「元ネタ」にもなった、
という、日本を代表するSF作家、小松左京の
「復活の日」の記憶、です。

いやいや、最初は武漢で大晦日に不思議な肺炎が生じて、
ってのを聞いても「遠い場所で、中国のまた摩訶不思議なことが原因で
SARSみたいなんでも発生したのかな?」
という程度にしか思ってなかったのですが。

やがて年が明けて1月に入って、
急に武漢で流行の兆しが。
それからやや遅れて?
なぜか?韓国でも流行りだして?・・・

でも欧米諸国は「アジアで流行ってる地域的な流行病」って捉え方?
明らかに中国より、としか思えないWHOの首脳陣も
「これはパンデミックになんかなるわきゃないさ」
みたいな声明だしたり。

アメリカ大統領だって、
あんなの最新の医療体制を誇る我が国だったら
赤子の手をひねるようなもんだ、
ドップリ安心しとけや、
みたいな軽々しい声明を出していたのに。

日本だって、豪華客船で発症が確認されても、
「船内」ということで船ごと隔離しとけば大丈夫、
みたいな感じだったと思うのですが。。。

このあたり、まだ1~2月のころのお話ね。
つまり、まだ今から2~3カ月前の話なんだけど。。。

それが、たった1カ月たって、どうよ?
武漢では都市封鎖、自国民を非難させたはいいけれど、
一便あたり数名の罹患者が確認されて・・・

その頃、WHOはまだ「パンデミックじゃない、つうとるやろがいっ!」
みたいな声明出してたけど、世界的には「中国からの入国は
気をつけた方が・・・」という態度。
だったのに、日本はインパウンド欲しさに、春慶節の中国人大移動を
ほぼそのまんまスルーパスで入国させて。

この頃にはすでに来日した中国人が「今中国に帰りたくない。恐ろしい。」
と言っていたのに・・・

そこから先は、まるで教科書通りの拡散?(なの?)
水の中に一滴墨汁を垂らしたら、あっという間に
水が真っ黒に・・・いや、灰色か・・・

まるでそんな感じで、あちこちで罹患者発生、
そして豪語してたアメリカが今や世界一の被害国。
大統領のあの大風呂敷は何だったんだ?と
他国民でも突っ込みたくなる悲惨な状況。

ヨーロッパでも同じくロックダウンの荒らし。

でも国・地域によって差があるのは、
緊急事態宣言の発出が数日違うだけ、ってこと?
週末前に発出した国はまだマシだったけど、
週明けに発出した国は「時既に遅し」・・・

とりあえず、ウィルスの分離には成功したけれど、
未だに治療薬、治療法は見つからず。
だいたい1年はかかるもんだって?・・・・

とまぁ、こういう状況を振り返って、
ふと頭をよぎったのが「復活の日」だったんですねぇ。

これ、生意気にも中学生の頃に原作読みまして。
当時は(時代がばれる?)終末思想が大流行、
それに乗ったわけではないのでしょうが、
小松左京の「日本沈没」が大ヒット、大流行。

で、俺はと言えば。例のおへそ曲がりで。
「今更日本沈没を見てもなぁ。でも小松左京は面白そうだし、
他に何かないのかな?」という思いがあって。

他方、全然関係無いけれど、
クラシック・バーンスタイン、にドはまりし始めてた
青くさい俺。
ちょうどその頃、マーラーの「復活」を「レコード(!)」で聞いて
猛烈に感動して。

そういや、聖書でも「復活」ってのが結構大切なアイテムだったっけ。

そんなこんながかき混ざって「復活の日」を読んだのですが。

青くさい中坊には、あまりにも強烈な内容。
読んでる途中とか、読み終えてからしばらく、は
あまりのショックに(マジで)なかなか寝られなかった程。

もう知ってる人は知ってると思いますが。
この小説のストーリーが、
今目の前で・世界中で繰り広げられているパンデミック騒動の
「一番エゲツナイバージョン」ってわけですわ。

米ソ冷戦まっただ中。
アメリカの探査衛星が地球に帰ってきたときに
付着していた未知の細胞を研究するウチ、
とんでもないウィルス(実はウィルスではない)を見つけて。
でもこれを生物兵器に使おう、と研究してたら
真逆の猛毒性のウィルスができちゃった・・・

あまりにも恐ろしいから、
開発した研究者は他国の細菌学の権威にそれを渡して、
そのウィルス=MM-88に対抗できるワクチンの
開発を依頼、又は共同開発、と思って、
国に逆らって密かにそれを渡そうとした・・・

でも相手が実はCIAを名乗るギャング?
「これは金になる」ということで強奪したはいいけれど、
折しも現場(アルプス山中・真冬)は悪天候。
でも極秘の飛行で、しかもレーダーに捉えにくくするため
チャチい軽飛行機でアルプス越えをはかってたのに・・・

あ~あ、低飛行すぎて山地に激突、機体は大破、
乗せていたMM-88は、現場検証だの報道機関だの、
沢山の人に踏みにじられてバラバラに。

そしてその人達の足の裏についたまんま下山した先は
イタリア北部。

やがて春が来て、散布されたMM-88と一緒に
雪解け水がやっぱりイタリア、そして東に北に、と流れ出して。

イタリア。北部。ミラノ。大都市。
そこからフランス、ドイツ、イギリス、と航空網・電鉄で
広くヨーロッパ中、人の往来がある。
フランス、イギリス、そこからは無数に飛行機がアメリカに飛んでいく。

そして。
カザフスタンでいきなり牛が大量死する事件が起こったかと思うと、
いきなりイタリア北部で幼児が突然死、それも大量に、
という謎の疾患の大流行が発生。
症状が「インフルエンザ」に似ているので、「イタリア風邪」
ということで最初はなすがまま、対応もインフルエンザ用の
ワクチンを使う程度・・・

でも流行は収まらない。
やがて、ヨーロッパ経由でアメリカ、アフリカ、
また東欧経由でソビエト、中国、そしてやがては日本に。

季節は冬の終わりから春、そして夏へと。
インフルなら活動は収まるはずなのに、ますます猛毒化して
秋の終わりには地球を覆い尽くすパンデミック。
そして致死率100%、という恐ろしい病原体に。

当然、医療崩壊はとっくにすぎて。
それでも最後の最後まで生き残った科学者達は原因を突き止めようとして、
ようやく「中性子」にあてると無毒状態になる・・・

ということが分かったのは、人類が滅びる本の少し前。

で、地球は「1回」死んで。

でもこのMM-88、極寒の地では活発化しないので、
南極の各国観測隊は無事に生き残った・・・はいいけれど、
全体合わせて約1万人、そしてその中で女性はほんの数名。

種の保存はよっ?と会議してるウチに、またまたトンデモな情報が。

世界が「あったならば」ノーベル賞間違いなし、の
地震予知に成功した日本人(吉住)が、近くアメリカで
大地震が起こる、と。(原作は東部だったけれど、映画はアラスカだっけ?逆?)

で、それがどーした?と聞かれて
「地震で原爆発射基地からの反応がなければ原爆攻撃をソビエトから受けた、
とコンピューターが自動判断して、自動反撃に打って出る。」
「それを察知したソビエトも自動で迎撃するシステムを稼働させている。」

で、なんだかんだあって、結局装置停止に間に合わず、
目の前で原爆の打ち合いになってしまって・・・
地球は「2回目」の死を迎えた、と。。。

でもこの先が、小松左京の示した「灯り」なんだろか、ね。
映画ではやっぱサスペンス強調で、南極基地にも原爆が降り注いだかのようになっているけれど、
原作では南極には一発も撃ち込まれなかった、さすがに両国とも
最後の良心があって、南極探検隊にだけは砲弾を向けていなかった、
というめっちゃ皮肉の効いた設定に。

そんな中、数年をかけて、ワシントンから吉住が南極(チリ最南端)に「歩いて」
戻ってきて、お話はオシマイ。
でも人類創世とは違い、すでに遺産はあちこちにあるから、
人類が復活する日はそう遠くないだろう、
という、ほんのりした灯り。

長々、ざらり、と書いたけれど。
このパンデミック、世界が対峙するより先に医療崩壊がさっさと起こって、
結局だれもが「なんで死んじゃったのか」わからずに逝ってしまう、
というお話。

今世界を覆っているcovid-19ですが。
これが仮に「猛毒性」を持っていたら、まさに「復活の日」そのものに
なったんじゃないのかな?

武漢説は多分正解なんでしょうが。
武漢で漏れた猛毒性のウィルス・・・・
武漢から上海まで中国新幹線で約4時間半?・・・
上海は今や世界の中心都市の一つ。
そこから世界各地へと沢山の人・モノが飛び立つ・・・
季節は冬から春へと移る時。

最初は「ただのインフルでしょ?」って思っていたのが・・・

小説の中では、日本では力士も大量に罹患してしまったので、
大相撲の場所(開催)が期間短縮になった、とか。
また制御システムも崩壊したため、自動的に鉄道も減便になって、
とうとう全部ストップする、とか。

たしかそんな状況描写もあったはず。

映画だと、たしか半年もしないうちに、
東京の死者数は1000万人を超えた、というテロップも
あったか、と。

今回の騒動、一歩間違えればそれこそ・・・ね。
そう思うと、ただただ背筋が寒くなって。
でも持ってたはずの小説、引っ越しだのなんだの、で
多分処分しちゃったんだろうな。

改めて読みたくなって。
でも古い小説だし、日本沈没のリメイクもずっと前だし
そんな簡単に・・・
と思った私はまだまだ蒼かった。

さすが、角川書店!
しっかり山積みで書店にあるではないか!「復活の日」。
表紙のイラストもそのまんま。

で、帯には・・・
「小松左京 預言の書?/未知のウィルス、世界規模のパンデミック」
そして「映画「復活の日」リバイバル上映決定!!映像化40周年」

さすがやのー、しっかり商売しとるのー。。。

と、ふとヘンな所で関心してしまったワタクシ。

いや、でも。程度の差こそあれ(小説の方がはるかにどぎつい)、
あたかも小説に描かれたような事態の流れを現実に見ていると、
いつしか、見ているのが現実なのか、小説が事実なのか、フィクションなのか・・・

もうさっぱりワカラン状態に。

* ちなみに。これ、映画化したとき、海外にも出す、ってんで
英語タイトルを「VIRUS」って品のないタイトルにしちゃったんですよね。
なんでも外国人はタイトルだけで判断するから、わかりやすいタイトルでないと。。。
ってのが理由だったそうですが、そんなん、最初からネタ明かししてるような
もんじゃ・・・

とまぁ、昨今のcovid-19騒動を見て、
くり返し脳裏にフラッシュバックする復活の日。

読み出したら、多分ナモカモ忘れて一気読みしてしまいそうですが。
「今」これを読んだら・・・
読んだことがない人でSFファン、って人がいれば(いるのかな?)。
日本人作品だから、って敬遠せずに。
ぜひ、ご一読頂きたい。

日本SFの黎明期にあって、
これだけの世界観を提示して、
しかもそれが約半世紀経って、軽いレベルだけど、
ほぼ似たような現象が世界中で起こっている・・・

その事実に、ただただ恐れおののくのみ。
お時間があれば、ぜひお手にとって下さいな。
小松左京「復活の日」(令和2年4月30日改版5版発行)。

うーん。映画化でモトが取れなかった分、
40年経った今、一気に回収できるのかっ?!

* くり返しですが。半世紀前にこれだけのプロットを考えた
小松左京はやっぱり偉大な作家としか。
 アンドロメダ病原体も、実は諸々あって、この話がヒントになった、
という説もあるくらいですからねぇ・・・



未知なるものの怖さ

いやいや、5月に入ったら案の定、
唐突に夏日が来るかと思えば
雨になったり、
天気の上下動が激しくなって、
そういや「5月ってそんなんだっけ」と思いつつ、
それと同時に「いつの間に5月?」
「桜の季節を返せ!」と、
姿の見えないcovid-19に向かって
怒りを爆発させたい今日この頃、
皆様、ヘンな方向に怒りを向けてはいませんか?

いやいや。
悪いのはあくまでもcovid-19であって。
(出所云々についても言いたいことは
ありますが、それはちょっと置いといて。)
ある意味「責任ある人」のせいだ、とは
言えるかもしれませんが。

やりたいこと(外出・旅行など)が出来なくなったのは
全部行政の責任者のせいだ!的な
怒りの向け方は、全然間違えてるとしか。

俺のいる あまおけ だってねー。
こともあろうに、今は俺が責任者。
決して イシンちっく とか
白いソファーでワンコなでながらくつろいで
現場を見ずに好き放題カッコつけて言ったり、
なんてことはしたくないので。

でも決断に時間をかけられないときは
「えいやっ」で決めるのが責任者に課せられた義務、
と思うわけでしてね。
それが正しかったかどうか、は時間が経てば分かるし、
あとで検証できるように記録してりゃいいわけで。

そこでなんや知らん、改ざんとか黒塗りとか
してるようだと、例え情報開示されても信頼出来ない、
ってオチになるだけなんだけど、ね。

ただそういったことも時間が経てば白黒
わりとハッキリ分かるはずなんだが、ね。

今回の あまおけ定期公演中止 の判断にしても、
その時脳天気に「すぐ収まるからやればいいじゃん」
ってかる~く言ってた連中、現状みて同じセリフいえるのかな。

そういうのを全然分からない、知らない、ってのは
俺に言わせりゃ「脳内お花畑」ちゃん、としか。

さて、そんなこんなで、今日、宣言が延長された、とのこと。
ただ俺としちゃ実はそこまで圧迫感を感じてない、
というか、日頃1人で黙々と仕事するような内容だし、
かえってイヤな上役と顔合わせない、
同じ空気吸わない、声聞かない、ってだけで
随分リラックスしてたり?

でも街中・繁華街を見ると、
やっぱり人影の少なさ、
「定刻通り」に走る市バス!
そんなの見てたら、ついつい、SFホラーとか、
そんなの想像する今日この頃。

あたかも、シャッター突き破って「Z」が飛び出してくる、とかね。

そんな「ウィルスホラー」(という称呼が出来たの?)。
最初に頭に浮かんだのは、M・クライトンが
世に知られるきっかけとなった(らしい)

「アンドロメダ病原体」

今、改めてお話ざらりと振り返ってみると、
なんかこの数ヶ月に結びつけたくなっちゃうような。
いや、ホント今の流行がこれだったら?と思ったり。

お話そのものは至極単純。

アメリカ・アリゾナ州(いかにもありそう!)に
宇宙探査から戻した無人人工衛星が着陸したその直後、
衛星が着陸した所に近い町が瞬時に「死の町」になって、
衛星を回収する一隊が探索も兼ねて現地に入ったものの、
それもあっという間に連絡が途絶えて・・・

一体全体どうなってる?

という背景?から始まる本作。

で、どうやらその人工衛星に「付着」していた「なにもの」
かが原因で、町が滅びて、回収隊も全滅した、と。

で、どうやらその病原体は瞬時にして
取り憑いた人間を殺してしまう?という性質がわかって、
それからもう大騒ぎ。

そいつに取り憑かれたらあっという間に
血液が砂のようになるんだっけ?
でイチコロ。

でもなぜか、アル中親父と赤ん坊だけが生き残っていて・・・

で、その謎を解くべく、超特別な
地下に掘り下げた構造の研究所に病原体?を持ち込んで
大至急検査を開始するものの・・・

その病原体はプラスチックも容易に溶かす、というか
破ることは簡単で。
しかもどうやら空気感染するようだ・・・

と分かった頃には手遅れで。
最高の気密度を保った研究所の最深部のレベルから
病原体が漏れ出して・・・

病原体が漏れてしまうと、やがて人口密集地を襲い・・・

だから最後の手段で
研究所を原爆で自爆させてしまう、と。

ただそれと同時に?だっけ?
病原体の真相にたどりついて
無力化することが可能だ、とわかって・・・

しかも分かった結果、原爆で自爆しても
病原体が絶滅するかどうかわからない?
いや、多分効力を失わない?爆散してしまう?

で、そんなこんなで
最後はぎりぎり30秒前にストップさせて
自爆を防ぐことができた、と。

で、結局最初の町を滅ぼした
病原体は、突然変異したのか、
そのまま西に向かって飛散していき、
物語の最後では
カリフォルニア・ロサンゼルスに
何の害を及ぼすこともなく
太平洋に飛んでいった・・・と。

うーん。かなりぶっ飛ばした「まとめ」かもしれませんが。

とにかく「未知のウィルス」が
地球を覆うとどうなるのか?
それが地球を覆う前にどうにかしないと!
という、SFサスベンス?

これ、映像にもなりましたし、
そういえばどこかで備忘したかもしれませんが。

今回のcovid-19を見て、
まず最初に思い出した作品でした。

これのナニが怖かった?って、
今だったらもっとコンピュータも発達してて
ちょっと様相も違うんだろうけれど。

とにかく地球外「生命体」が
ある日突然人類に襲いかかる、というシチュエーション。
その時、緊急事態だ、ってことで
最初からチョイスされていた科学者達が
有無を言わせず全員緊急招集されて、
地下深い研究所までどんどん降ろされていく。。。

そのシーンがまず怖かったのと、
映像でもやはり「すげー」って思ったのと、
がとても記憶にありますね。

今でこそバイオハザードなどの言葉も広まり、
また気密度のレベルがどうしたこうした、
ってのも素人知識でなんとなくわかってたり。

例のcovid-19だって、
実は「研究施設」の気密から
何らかの理由で漏れ出した、なんて話も
ありますもんね。

この物語では、病原体は
まだ限られた範囲で収まっているので
救いはあろうか、というものですが。

でもこんな病原体が一気に広まったら
どうなるんだろ?と
この小説を読んだとき、それも強く
印象・記憶にありますね。

研究所の深層部にたどり着くのに、
何回も・何日もかけて
全身洗浄、皮膚も何回も焼いて剥がし落として、
洗浄度を最高の状態にして
最後のレベルに入る・・・

そういや、エヴァンゲリオンでもあったっけ?
最後の最後は素っ裸でプラグには入れ、って?

そうやって地下深くで進められる研究と、
地上での被害の広まりと、
そのせめぎ合いが
スリリングに描かれた、
それこそサスペンス調に描かれた作品だと
思いました。

それこそ、三密状態になるから無理なんだろうけれど。
そのせいでハリウッドも大打撃を受けている、
と聞くけれど。

この騒動が落ち着いたら(そんな日は来るのか?)
この作品、それこそリメイクして・今風にしたら、
結構真実味もまして
SFホラーサスペンス?で売れるのかもね?

ともあれ。
未知なるものへの恐怖、しかもその未知なるものが
自分の生命を脅かすかも?
自分の社会を脅かすかも?滅ぼすかも?
という可能性を、当時の先端の化学を使って
ある種シミュレートしたかのような本作。

それに対峙した時、人間はどうすりゃいいのか?
・・・実は本作にはそこまで分け入った描写や
話はなかったような気もしますが、そこはそれ、
想像、ってやつで補うべきなんでしょうね。

・・・これ、今でも充分通用する中身じゃないのかな。

今のcovid-19も、弱毒性とは言われるけれど
インフルエンザよりは強い、ってレベルのようだし、
なによりワクチンが出来ていない、
正体もまだ分かりきってない・・・んじゃないのかな?

分からない物・事態に直面したとき、
人はどうするのか?

その時に、きっとその人・組織の本性が現れるのでしょう。
それもまた、この小説を読んでふと思ったんだっけ・・・

先日国会ではこの機に乗じたのか?どうか?はわからんですが、
「もしUFOが日本に来たら自衛隊はどうするのか?」
って質疑があったのだ、とか。
その前にも、たしか「東京湾からゴジラが現れたとき、
自衛隊、国防はどう作用・作動するのか?」という議論が
あったか、と。

その時は大半の議員は「バカバカしい」と
相手にしなかったようですが・・・

21世紀はパンデミックとの闘いになるだろう、
という預言があったそうですが。

きっと、このcovid-19騒動。
発生前と後と、で社会は大きく変わるんだろうな・・・

なんとなく、アンドロメダ病原体を思い出して、
ガラにもなくふと思った今日このごろ。

で。結局行政府はあと1カ月ガマンしろ、って
鼓舞するだけなの?補償はないのかな・・・