加齢とともにエネルギッシュ! ~鉄斎展を見て 

世間様的には楽しかったはずの「黄金週間」とやらも、
こなた、俺は、俺の職場や俺のいる あまおけ の諸々で
「フピー?忙しすぎるでプー?!」
といった、何語かわからない言語で喚くしか仕方の無かった
「黄金週間」が終わってしまった今日この頃、
皆様いかがお過ごしですか。

うーん。数年前のメガ凶時代ほどではないけれど、
一体全体、俺がなにやったの?って泣きわめきたいくらいに
色々なことが起こりまくりな、最近の身辺。

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そんな中、やっぱ、自分の心を静めるには
「美しい物を脳みそいっぱいにお食べなさい」
だっけか?美輪様の御言葉に従い、
まずはふらりと思い立って「モネ展」を、
そして、もうひとつ、カミさんと連れだって?
いやいや、例によって、教わって・お供して、
富岡鉄斎の回顧展を、
この連休中に見てまいりました!

最初は・正直、モネ展のインパクトが強すぎるかな?
と心配しなかったわけではないのですが・・・

なんと!あに図らんや?!
ニッポンだって、まだまだ、なんのなんの!

鉄斎、スバラシ!ワンダホー!

ということで。
今日は・例によって、カミさんに教わって知った・見つけた、
鉄斎展の備忘、です。

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鉄斎
~生誕180年記念・富岡鉄斎-近代への架け橋-展



富岡鉄斎。
実は、その名前・・・「てっさい」という語感だけは
なぜか脳みそに引っかかっていたのですが、
改めて 富岡鉄斎 というお名前、
そしてこの人が京都出身で、関西ゆかりの人だ、ってのは
今回初めて知りました。

で。生没年を見たら・・・
鉄斎は 1836-1924 で、
さっき書いた モネ は 1840-1926 なんですってねぇ。

へぇぇぇぇぇぇ・・・
まず、その相似に、改めて び「つ」くり。

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さて、鉄斎。

全然予備知識ナシで見たのですが。
見終わってのファーストインプレッションって・・・

なんちゅう年寄りやねん?!

ということでしたねぇ。

だってね。
ほぼ90歳まで生きながらえて。
なのに、最後の10年?80歳代になってから、
ますます絵が緻密になり、
エネルギーが満ちあふれ、
表現も多彩になって?!

なぜかしら、日本の画人、って
年を取ると、良い意味での「枯れ」が出てきて、
最後はむちゃくちゃシンプルになる・・・

なぜかしら、そんなこと勝手に思ってたんですよね。

最後までエネルギッシュだった、といえば
岡本太郎氏ですが。
氏は最初からもう全開だったっしょ?
そして、初期の作品から感じる印象と
晩期の作品から感じる印象と、
「全然違う」ってことはないんですよねぇ。

けど、この鉄斎!

聞けば、幼い頃から国学、儒学、仏教等の学問に触れ学び、
書画も親しんでいた、というし。
幕末(!)には勤皇派の学者さんだった、というし。
明治維新の後はしばし、神官もやってらした、というし。

うっへー。
なんか、こう、むっちゃ間口が広くないっすか?

それもこれも、京都という土地に生を受けた、
というのもあるのかもね。
京都だと、それら全部まとめて、一時に接することが
出来たでしょうからねぇ。

でも、やっぱり「好奇心」ってのがないと
ここまでは行かなかったんだろうなぁ。。。

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さて。
その作品群、ですが・・・

近代文人画、又は南画、というジャンルになるのだそうですが。
ホラ、中国の、あの、掛け軸に描かれた淡い墨絵のような、
あれ・・・なんですよね?・・・・・・・・・
実はよく分かっていないのですが、南画、と聞いて
思い浮かべるのは、「ああいう」世界。

あたかも、チェルビダッケ指揮・ミュンヘンフィルが演奏する
「展覧会の絵」のような、墨画の世界か、と。

けど、全部で約200点余りの作品群・・・

「どういう系統なんですか?」と聞かれたら、
「全部入り」と言うしか。

だってねぇ。
風景画あり、人物画あり、風俗や花鳥風月なでお、
もう、色々な絵が、そこには沢山並んでたんですよね。

そして、先ほど書いたように、
齢を重ねていくほどにつれ、
どんどんカラフルに、そしてエネルギッシュになっていく
作品群。

お供させて頂いたカミさん曰く
「どこかで飽きると思ってたけれど、全然そんなことなかった!」と。

まさにその通り。
鉄斎本人の好奇心のなせる技?
どの絵も、当人の持つ知識に基づいて描かれている・・・
と言うと「きまじめ」に聞こえますが。
どの絵も鉄斎の知見に基づくものばかり。
そして好奇心の対象が幅広かったが故、かな?
絵のバリエーションも多彩きわまりなし!

そういう画家、って
他にいるんだろうか?

展覧会での説明書きなどを見れば、
鉄斎本人は人徳のある人で、
様々な人々から慕われていた・・・
ようですね。

でも、絵を見たらなんだか、納得。
こういう「じぃさん」って、
むっちゃ「クール」(ほぼ死語?)なのかも。

とにかく。
最初は自己流で、いわゆる「看取り稽古」っぽく
絵を描き始めたようですが。

色々な表現方法を学ぶにつれ、
それを自己に取り入れ、発展させていって・・・

だからでしょうか、ね。
ホント、年を取るにつれ、齢を重ねるにつれ、
絵のテーマも幅広くなっていくし、
墨絵もあれば、カラフルな絵もあったり、と。

進むにつれてますます活発・・・
うーん、今年末、俺のあまおけ で演奏する
ラフマニノフの交響曲第2番のようなじぃさん、かっ?!
(って、何のことやら・・・ ( ^o^)ノ)

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そうそう。
肝心の絵、ですが。

一番気に入ったのは「トラ」の絵。
「鉄斎」「猛虎図」でググると
多分ヒットするだろう、と思いますが。

「猛虎」といえば、野球のトラさんチーム。
でも、猛々しい虎の図、のはずなのに、
なぜかその表情がユーモラス。

かわいー!

とさけんで、マタタビ与えて手名付けて
喉をくすぐって「ゴロゴロ」言わせてみたい・・・

とかなんとか、そんなわけワカラン妄想が
すぐ思い浮かぶほど。

そしてこの絵は墨絵のはずなのに、
とってもビビッド。生き生き。

そういや、中国思想なんだろうか?なんだっけ?
人が天に召される時、って
虎に乗って出掛けていくの?

そういう、仙人の世界を描いた絵、ってのも
数点あったんですよね。

乗っている人も穏やかな表情で、
乗せているトラも、よーくなついてる、って風な
ユーモラスな表情。

いいなー、そんな風に穏やかに召される、って。
(って、まだまだワタシャ現世にしがみつくだろけど、ね!)

ちょいと脱線。
その猛虎図。

実はこの絵は、なんとなく「見た覚え」がある、
というレベルのものではあったのですが。

単純に「絵が出てきそう」というだけじゃなく、
全然こわくない、あぁ、トラはネコ科だったか、と
改めて思い起こさせた、
そんな表情が、たまらなくオモロイし、いいんですよねぇ。

そっかー、これが鉄斎さんの書いた絵の1つだったか!?
と、改めて感動した次第。

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他に印象に残ったのは、富士山ですかね。
富士山も実際に眺めて、登って見て、
そしてそれから常に・定期的に?
描いていた、ということでしたが。

「富士に登る」みたいな蒔絵も「ふんふん、なるほど」だったし。

山頂の神社に行かなければもらえない御朱印を
富士山麓の太陽に見立てた絵、とか。

富士山頂の様子とか。

やはり、どこか、こう、触れるもの、
てのがあったんでしょうね。

でも日本人なら誰でも富士山をナマで、
一目だけでも見たならば、
「あぁ、ニッポンに富士山があってよかった!」
と思うことでしょう。

その思いを、多彩な表現で常に描いていた、
ということなんでしょうね。

特に感じたのは、どの富士山も力強いものだった、
ということですね。
実際に遠くから・新幹線車中などから見たら、
穏やかで、なだらかな山稜を持つ、
綺麗な山・・・なんですが。

でも実際に近くから見たら、
鉄斎の絵のように、結構「がつがつ」してる表情なんだろね。

実は、俺は富士山には行ったことがないので・・・
いや、中坊の時の修学旅行で、雨風霧の中、
五合目って所までバスで行ったけれど、
結局下車すらせずに引き返した・・・

そんな程度でしたもんね。

ともあれ。
鉄斎の描く富士山の表情って・・・

そのあたり、某公営放送局の
良質なタモリ倶楽部がぶら歩きしてた
「富士山」の回、で見てた風景と一緒だったし、
御朱印も「そうそう、あれあれ!」ってな感じで。

へぇぇ。昔から(と言ってもこの100年以内なんではありますが)
富士山頂の風景、ってあんなふうに荒くてえぐれてたのか、とか、
御朱印は(当たり前でしょうが)昔からあのまんまなんだ、とか。

妙にTVとコラボして感動しましたね。

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そして、これは鉄斎本人の矜持?信念?だったそうですが。
どの絵にも「賛」ってことで、何らかの詩や文章、言葉が
必ず書き入れられてるんですね。

鉄斎はそれらの詩や賛に重きを置いていたのだ、とか。
ただ単に「綺麗な絵」を描くだけではダメで、
その絵にどういう背景があるのか、何があるのか、
ということが大切なのだ、と考えていた・・・のだとか。

うーん。
そのあたりは、ジェームズ・ゴールウェイの教えに通じる気も。

「単に笛吹くだけ、で才を成したいなら、四六時中それだけに没頭しろ。」
「けど、それだけで深みを持たせるのは至難の業。」
「ならば、幅広く世の中に触れるべき。そうすれば、笛にも深みが出るはず。」

だか、なんだったか。
要するに「なんちゃら」バカには決してなるな、と。

きっと、鉄斎の考えもそういうことだったのと違うかなぁ。

なんちゃらバカ、って、翻訳すれば「ヲタ」ってやつなんだろうけれど。
「ヲタ」であるためには、その道を究めなきゃダメだろうけれど、
「ヲタ」であるためには、実は「それだけ・それ専門」では知識に深みが出ない、と。

なんだか、そういうことだったっけ・・・って。
ふと、思い浮かんだ。

ともあれ。
鉄斎の場合、どんな南画であっても何らかの説明がついている・・・
それは新鮮な眺めでした。
けど、それって浮世絵でも見られたよね。
なので、浮世絵の「そういう部分」を踏まえて、
自分に取り入れたのかなぁ。

でも。最初に戻って。
そのような「芸風」(文字通りの「芸風」だっ!)で高みに登るには、
やはり幅広く、そしてできるだけ深く、
色んな事に好奇心を持って、
それを自分のものにする、
そういうのが大切・・・ってのが教えなのかもね。

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そして、最後に。
この展覧会、200点余りの作品の他に、
鉄斎から影響を受けた人達の作品のコーナー
ってのもあったのですが・・・

普通、200点もあれば、そして回顧展であれば、
「鉄斎と同時代の仲間達」とかいう感じで、
鉄斎本人の絵は70~80点ほど、
そして「同時代の人達」の作品が残り全部・・・

って構成になりそうなもんだけど。

この展覧会は、文字通り鉄斎の絵「だらけ」。
影響を受けた人達の作品、って
結局10枚ほどしかなかったもんね。

つまりは。
それだけ多彩で多様だからこそ、
当人「だけ」の回顧展が出来るんだろうな、と。

同じ画風で200点も並ぶと、確かに飽きたかもしらんですが。
でも実際、200点のうち、ホントに
「鉄斎は80点、120点は他の人達」って言われても
信じたと思うなぁ、俺。

だって、それだけバリエーション豊かだったんだもんね。

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ということで。
見終わって。改めて。

今回もカミさんにいい絵・画家を紹介してもらえて、
ただただ感謝。
そして、ほぼ90歳まで、こんなにエネルギッシュに、
しかも加齢と共にエネルギーが増大していく、
そんな生き方もいいんだろうなぁ・・・

と思わず憧れた、
あまおけ本番1週間前の今日この頃、でした。

うーん。
やっぱり、トシってものは上手に重ねないと、ね!

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