今日を生きる

Happy Birthday わ~し~ !
ということで、実は先週、また年輪が1つ増えてしまったのに、
精神的には年輪がまた1つ減ってしまって、
さあ、これからどうちまちょう?と
一人勝手に訳分からんことで悩みつつも。
今年もその目出度い日が再び来たこと
感謝する今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

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いやいや、さすがに人生の1/3(!)を過ぎると、
あちこちガタも来ますわな。
職場とか、趣味の集いの場(のはず)とか、で
信頼されて頼られるのはいいんだけど、
なんか理不尽な因縁、言い掛かりを付けられたり、
めっさアンフェアな基準で能力を批判されたり、
そんなこんなの1年で、
ものの見事にぶくぶく膨れ上がる我が体重・・・
いとかなし。。。

しかも、大好きな笛も全然練習する時間が
なくなって、ただでさえも下手っちいのが、
どんどん日増しにへたっちくなって。
これまたいとかなし・・・

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とおもいきや、よりによって、弟@オケから。
1日遅れでスミマセン、ってお祝いの
メッセージを頂いたんだけど、
喜んだのも一瞬の間・・・・
彼、とある「練習」のために臨時編成されたオケで
よりによって?!牧神の午後への前奏曲を吹いた、とか?!

俺の持ってない、そして俺の欲しいものを
ぜーんぶ持ってるアンニャロ。
よりによって・・・
俺がいつかは、どんな形でもいいから、オケ中で吹きたかった曲なのになー・・・
そら、ヤツの方が数段上手いし、ヤツの所に依頼が行くのは当然だけどなー・・・
ヤツも俺の願望しってるだろうになぁ・・・・

なーんか、つまんね・・・

あぁ、いつの日か、周囲の支持を得て、
暖かな空気の中で、牧神、吹きたいなぁ・・・・・

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と、思い切りしょんぼりした翌日。

親父の永代供養をしている所から
(永代供養をお願いしてまだ1年たっていない)
永代供養のお参りがありますので、
ぜひお越し下さい、との連絡。

天気は曇り空だったけど、案外?涼しかったのもあって、
また猛烈に凹んでるのもあって、
気分転換にお出かけ兼ねて行って来ました。

いやいや、さすが総本山。
人は意外と、そんなに沢山、ってわけじゃないんですが。
仏教の式典ってのは良く知らないのですが。

最初にお経。多分これ、とある一節のフルバージョン、
なんでしょうね。20分少々、ずっとお経を唱えて下さっています。

毎年親父の命日前後には日帰りで実家にいって
お寺さんに来てもらってお経を上げてもらうのですが。

その時もそうなんですが。

じっと目をつむってただ心を空っぽにしよう、
とすると、自然と体から力が抜けてラクになる?
きっとそういうのを突き詰めると「無の境地」
ってのになるんだろうな・・・という感覚に。

きっと、俺も舞台上でそういう感覚になれば、
いわゆる「ゾーン」に入って、もの凄い演奏を・・・

できるんかいな(笑)。

結構驚いたのが、やっぱりこれが本式なのか?
雅楽が途中で入ること、でした。

俺は遅れていったので、随分後ろの方、
モニターテレビとスピーカー越しで仏前の様子を
見ているわけですが。

いきなり、ピヤァ~、って和笛の音がしたと思うと、
「ドン」という音。
え?と思って目を開けてモニターを見ると、
そこには雅楽隊の皆様が。

そうかぁ、こういうのも実は洋の東西問わず
同じなのかなぁ?と一人勝手に合点した次第。

* 基督教だと、レクイエムに見られるように、
神父(牧師?)がお話する合間に曲が演奏される、
と聞きますが。それと同じなのね。きっと。

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で、お経が終わって、そのまんま「お話」に。

このお話。確かに神父様、牧師様でも
話し上手な人は「たまに」いる印象ですが。

俺の中じゃ、お坊さん、神主さん、のお話の方が
はるかに「楽しい」(という言い方も変ですが)し、
笑った後、ふと我に返って、「あー、それ、もしかしたらアレかぁ!」と

ふ~に落ちる、腑に落ちる♪

というお話が多いんですよね。

それと、これは宗教に関係無く、
どういうわけか、そういう人達から「今日の説話」
みたいなのを聞く時、って
ホント、なぜか、今の俺にぴったりな話なんですよね。

いや、万人に合わせた話だから?かもしれないけれど。

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で、その日のお話は親鸞様の子供の頃のお話から。

なんでも(うろ覚えでスミマセヌ)。
子供の頃、修行しようと叡山にのぼったけれど、
受け付けたお坊さんは、この子はきっと追い出されてここに
きたのに違いない、と思い
「もう日も遅いし、明日もう一度いらっしゃい。」と親元へ帰そうとしたけど、
親鸞様(子供時代)曰く
「なぜ明日が来ると言えるのでしょう?
なぜ明日が今日と同じと言えるのでしょう?
私は決意を持ってここに来ています。
明日がどうなるかわからないのに、明日来てね、と言われても。
だから今、お願いします。」

といったようなお話。

そっかぁ、明日があると思うな、とか、
明日出来ることは今日やっとけ、とか。

そんな言われの源泉なのかなあ・・・
とボンヤリ聞いていました。

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すると、お話されてたお坊さんも、実は
「それ、めちゃくちゃキツイやん?!」というお話を始められて。

どういう中身か、というと。
お父さん(そのお坊様)が1泊2日で依頼研修の講師をしにでかけるけど、
子供達(5歳と双子の3歳、合計3人)が見送ってくれたときに、
「明日帰ってきたら皆で美味しいものでも食べに行こうな。」と約束して
でかけられた、と。

でも現地で研修・お話している最中に気付けばスマフォがずっと着信信号を。
最初は無視していたのが、あまりに頻繁なのと、見ると自宅からなので、
ちょっと中座して電話を取ると、
奥様が半狂乱?で、(一番下の)子供の様子がおかしい、と。
で、大慌てでその先を全部キャンセルして、とにかく救急車に来てもらえ、
とだけ言って、家に帰ってみると・・・

移送先の病院はわかっていたので、そのまま家族全員で駆けつけたけれど、
結局万策尽きて・・・

「明日が同じ日だという保証はどこにもない。今日は今日でしかない。」

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え?なに?そのお話?
もう10年程前のお話だそうですし、結構朗らかに話しておられたので、
最初はポカーン、って聞いていたのですが。

「だから、明日があるから、と安易に考えてはいけない。
安易に捉えてはいけない。
今日という日を迎えたことを感謝し、
日々を精一杯生きて下さい。」

という〆の言葉でハッとなりましたね。

現・ガンバ大阪の(一体フロントはなにしてるっ?!)宮本監督。
いわゆる「ツネ様」の座右の銘が
「saize the day」とのこと。
直訳すると「今日を掴め」だそうですが、
彼は選手の頃から、ピッチ上で後悔しないように、精一杯日々を過ごそう、
と考えていたのだ、とか。
(新島襄八重の桜記念大学のOBとはとても思えない賢さ!)

もそっと砕くと「今日を生きる」という意味にも
なるそうですが。

そっか、最近の俺、ちょっと遠くを見すぎていたなぁ。
よくよく考えたら、ちゃんと見ているようで
日々の足下みてなかったなあ・・・

とぼんやり、そんな思いが浮かんできました。

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まぁ、今までは(今でも?)高田純次風に?
「イタリア人曰く、今日できることは明日でも出来る」
っての、よく自分に言ってごまかしてますが。
でも明日がどうなるか、なんてわからないもんね。

人生1/3を過ぎて、いよいよそういうことも
真剣に考えなきゃいかんのだわな。

しかも、会社や あまおけ の場で、考えて見たら
俺の立ち位置、ってそういい加減なもんじゃなし。

確かに「遠く」も見つめなきゃいけないけれど、
足下もちゃんとしとかないとダメ、ってことやんなー。

うーむ。仏教説話でなんだか心が洗われた、
そんな気がした、この週末でした。

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ただ、ただね・・・
俺の悪いクセで。
三歩歩いたらすぐ忘れちゃうのよねぇ。。。

だからこその、今日の備忘録、でした。

座右の銘、かぁ。。。。。

今の所、「恐れることを恐れるな、進め。」だけど。
「セイズ・ザ・デイ」もいいかなぁ~。
(って、そこぶれちゃだめだって?)

でもそれ以上に、とにかく今は
降りかかってくる火の粉を全力で振り払うだけの日々。

そろそろなんとかせんとなー・・・・
明日やろう、と思っちゃいかん、か・・・ううむ。

この記事へのコメント

2019年06月11日 07:44
遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。
1/3ですか、羨ましい!僕は45分で残り15分です(笑)さらに素敵な一年になりますように。
2019年06月11日 10:44
24hirofumiさま
お祝い有り難うございます。嬉しいです。
ネット上だけのお付き合いなのに、本当に嬉しいです。
いつの日かお目にかかりたいものです(けどお目にかかったら
きっと幻滅するだろうから、やっぱり電脳空間の方がよかったり?)。

人生1/3。即ち頑張って150歳くらいまで生きれば、スターウォーズと007と、とりあえず完結してるだろうな、と。
24hirofumiさまも残り15分と仰らず、ぜひあと(45分に対して)200時間ほど!
(11:45あたりが一番よかった、と言ったのはドビュッシーの「海」の第1楽章を聞いたサティの言葉だったかと・・・)

引き続きよろしくお願いします。どうか、ひとつ。<(_ _)>

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