見えないものこそ、美しい

いつまでも梅雨に入らないねー、と思ってたら
いつのまにか梅雨がとっとと明けて、
じゃあこれから夏本番か?と思いきや、
いきなり梅雨前線が再活発化だの、
日本の近海で台風が出来たりだの、
まるでこれから本格的に梅雨入りするんとちゃうか?
と思わされる今日このごろ、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

気がつきゃ、ここんとこ(半年?1年以上?)、
とにかく、なんでもいいから、
あらゆることが「普通」であって欲しいなー、
って思う日々です。

先週も書いた、っけ。
日常にしても、あんな京アニのような理不尽な事件とか
幼稚園児が交通事故に巻き込まれたりとか。
俺自身も、なんか会社の上層部がそろって
オカシクなったんじゃないか?と言いたくなる運営、
そいでもって、俺の居る あまおけ も、
もうあちこちで火を噴きまくり・・・

俺、なんか悪いこと、した?

そんなグッタリした俺にとって、
相変わらずカミさんは良いタイミングで
美術展に連れ出してくれます。

いつもこういうのは
「心と脳みそ」の「お洗濯」と思っているのですが。

今回は、昨今以上に「どストライク」で
効果てきめん、なんだかこう、ど真ん中に入ってきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

行って来たのはこれ!

ギュスターヴ・モロー展/サロメと宿命の女達

このギュスターブ・モロー。
なんか最近流行なのかな?
TVでも、「モロー美術館」ての、何回か見た気がする。
世界初の、「個人宅を国家が買い上げて美術館にしちゃう」って
美術館だそうですが。

まず、この美術館がもの凄いんですよね。
いや、パリの街中の一軒家なので
そないにバカでかい、って風情じゃないんですが。

もうそこら中の壁に作品がビッチリ詰められて
掲げられてて。

中には、なんか、生地見本?ナンチャラ見本?みたいに、
ガラス張りの額に嵌められた絵が
「さらにガラスケース?」に入れられて、
それが本みたいに(?)パタパタと見て取れる、
なんとも優れものなケース。

こういうの、なんかビッグメゾンのファッションの展示で
ありそうな気がするけれど。

これなら場所もそこまで取らずに
十分な数を見て取れるよね。

でも、そういえば。
このモロー美術館も「パリ市内」にある美術館。
二次大戦をどうやって生き抜いたんだろうね。

やっぱり「ちゃんとした国家」は
「国の財宝である」ってことで、
ちゃんと国家予算をつけて保護してるんだろね。

どこぞのアンポンタンとちがって。
無形文化財も含めて、
それらを保護する予算があれば、
お腹を空かせた子供を満足させられる・・・って。

そりゃ確かにそうなんだけど。
他方、洋の東西を問わず、美芸をおろそかにする、
ってなると、第二次世界大戦中のあの国のように、
(それでも高官の中には美芸愛好家もいたとか)
気に入らない、退廃的、って勝手に決めつけたものは
どんどん燃やしてしまう、なんて愚行が、ね・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

っと。随分話がはぐれてしまいましたが。

このギュスターブ・モロー。
モロー。
19世紀末、ってんだから、1800年代終わり頃?
パリで花開いた、と言われる「象徴主義」を代表する作家、
っていう程度はうっすら知っていましたが。

それよりも、なによりも、「出現」。
半裸身のサロメが指さす先に光り輝くヨカナーンの「クビ」が!
サロメのの装飾もスゴイし、ヨカナーンの表情も
なんともいえない、恐ろしい?哀しい?もの。
でも周囲は誰もそこにクビが「出現」していることに
気がつかない・・・

この絵のインパクトが、そのまんま、R・シュトラウスの
オペラ「サロメ」に強烈に結びつけられてしまうことは、
オケやってる人間にはもうどうしようもなく、
シャアない現象でしょう。ね?・・・?

特に今回の展覧会では
モローが描いた「ファム・ファタル」つまり「宿命の女」を中心に
展示がされていましたが。。。

男を滅ぼす女。。。って書いてしまうと、
多分「ポリ・コレ」(ポリティカル・コレクトネス)的には
アウトなんだろうけれど。

そういう女性像を色々書いている、ってのは
全然知らなかったですねぇ。

女性の奴隷となって手懐けられているヘラクレス、
なんて、そんな話が神話にあるなんて知らなかった。
あの、ある意味理想の男子体型をしているヘラクレスが、
女性の奴隷とさせられている、
でも従順にそれを受け入れている様子と、
優しくも冷たく見つめるその女性の眼差しと・・・

いやいや、これも強烈でしたねー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、展覧会そのものは・・・
とにかくモローが描いた女性像、ってのが中心になって構成されてましたが。

まずは身近な女性達。
愛して止まなかった母親、結婚はしなかったが
いつまでも一緒に、と願っていたアレクサンドリーヌ。
(フランスは昔から結婚せずに事実婚、っもんだったのか?)
二人を描くモローの眼差しはきっと暖かな炎をたたえていたんだろうな。
でも自分より先立ってしまったその二人を見送った後に描かれた
「死に神」の絵。
「自分が死ぬときは手を握っていて欲しい」と願ったモローも
願いが叶わず、こういう表現になったんだろうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして早くも?次のコーナーで「出現」が!
サロメの目の前に斬首されたヨカナーンのクビが浮いて現れる、
という構図はそれまでには無かったものだそうで。
その他にも、様々なサロメが描かれていますが、
どれもこれも、「気が狂った」とか「狂気の女」とかいう
安っぽい表現では足りない迫力を感じましたねぇ。
愛するが故に、とかいうことなのかな。
「愛しさあまって憎さ100倍」じゃないだろうけれど。
「出現」のサロメほどではないですが、
他のサロメ(銀の皿にクビが・・・)の絵もあって、
色々試行錯誤もあったのかな、と思った次第。

その迫力のおかげ様で?
ここから先は、ずっと頭の中でオペラ「サロメ」がなりっぱなし・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのまま次へ進むと、今度はサロメ以外の
「ファム・ファタル」達が。
そして惑わされた男達が・・・?
ただ、どれもこれもドラマチックな話・絵画ではあるんだけれど、
ギリシャ神話にしても、ローマ神話にしても、
主神って、そないに好き勝手に遊びまくってるんかい?!・・・

さっきも書いたけど、ここで弱々しくうなだれて女性に支配される
ヘラクレス。この構図と、それでも落ち込んでいる風でもない表情、
ホントに、何というか、ね・・・
(いや、男尊女卑、ってわけじゃないですよ、ワタシャ。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして最後にユニコーン。一角獣。
実はこのユニコーンもモローのテーマの1つ。
処女にしか懐かない、と言われる一角獣。
なんでも、それは汚れ無き女性の象徴とされ、
故に男性からも憧れを引き出し、やがてそれは狂気となる、
そういう背景があるそうですが。

女性に懐くユニコーンの表情が、
なんだか、こう、いわゆる逝ってしまっている、ってのは
それはファム・ファタルによってある種の境地に至った
男性を暗示しているんだろうか。
とにかく、女性は美しく、ユニコーンは艶めかしい。
なんだか不思議な、でもファム・ファタルというフィルターで
絵を見ると、なんとなく、感情で納得?してしまいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とかなんとかで。
いわゆる抽象画かとか、印象派とか、とは違う、
神話を題材に多く取った象徴派、とされるモロー。

幾つかは見た記憶もあるのですが。
これだけモローに特化して(?)その世界にどっぷり浸かると、
日々の精神的な色々、がなんだか発散して消えていくような。

まさに、疲れ切った脳みそと心に、
どっぷり浸かって洗濯できた、
そんな展覧会でした。

そうそう。今回の展示会は あべのハルカス美術館。
実はここ、初めて入ったのですが。
意外と?まぁ、普通の箱ではありましたが、
ちょっと小ぶりなのかな?
もっと16階のフロア全体を使ったら
もう少し広めの「箱」になった気が。

モローの作品群は、今回約160点あった、とのこと。
そういや去年だっけ?北斎だっけ?
回顧展っぽいのやったら、めっちゃ人が来て、
平日でも入館数時間待ちだった、とか?

やっぱり美術館、ってのもそう簡単には・・・
でもだからこそ、こういった「公立」ではない
「私立」の美術館、これからも頑張って欲しいですネ。

やがて「文化不毛の地」なんて言われないように!

さて、オイラも今から目一杯体鍛えてヘラクレスみたいになって・・・
(大ウソ>きっと3日持たずに訓練は終わると思う・・・)

この記事へのコメント