Show/Race must go on・・・・・

年が明けたからといって
いきなり普通な状況に戻るわけでナシ、
寒いといいつつ、
天気予報じゃ3月上旬並みとか
普通に言ってますが、
こちら西日本の南側じゃまだ雪てのは
山の上しか降ってないんじゃないか?
この土地でも遠い山のてっぺんが
薄ら白くなってるのは年が明けて
まだ1回しか見ていない、
そんな状況はやっぱり気候変動のせいだろうか?
そのせいで、俺の財布の中身は
文字通りすっからかんになって
さてどうしようか?と悩みまくる今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

いろんな預言とか占いじゃ、
俺の今年は結構金運を主に、
全体的に良い方向に行ってるはずなんだけどなぁ・・・
やっぱり年明け早々、いきなりギアチェンジするわけもないか・・・


さて、年明け早々なんではありますが。
やっぱり去年からの「ご逝去」の訃報は続くもので。

年末、晦日ごろだったかな?
フォローしている「呟き」で、
2020年は過去最多の22戦、
体力勝負は取材する側も同じ、
どうなるか楽しみですねぇ・・・

って投稿してらした今宮氏がお正月に
逝去なされた、とのこと。

今更ではありますが。
ただただご冥福を祈るばかりです。

きっと、たっくさんの日本のF-1ファン、って
今宮氏、森脇氏、川合氏、そしてフジテレビと古舘氏、
によって開拓・開眼したんじゃないでしょうか。

覚えているのは、1987年。
フジテレビが全戦中継を開始した年。ですよね?
まだまだ青くさい学生だったころ。
当然、ひとり暮らしの下宿で、夜更かしもできるような
日々。(って翌日の授業が・・・)

なにやら面白そうなモータースポーツが
ほぼほぼライブで見る事が出来る、
ニッポンが世界に挑戦している!

というメチャバブリーな時代のお話。

なんか、こう、メカニカルなもの、
でもヒューマンドラマもあり、
ニッポンが挑戦する、
その設定が、なんか、こう、惹きつけられたんでしょうね。

ま、最初からいきなり全戦見てたわけじゃないですが。
なんかいきなりスゲー、スゲー、って思ってたら、
レース解説がまた丁寧でわかりやすくて。

ふーん、そういうメカニカルなことで
争ってるのかー、って思った覚えがあります。

その解説が今宮氏だったんですよねぇ。

画像を通じて伝わるレースの興奮と
相反するように、極めて冷静に?淡々と?
今のはこういうことで、ああいうことで、
って、流れを切らずに解説を差し挟んでいって。

当時は今とは違うので、まだピットレポート
が存在してたのが懐かしかったりしますが。

ピットレポーターの川合氏は当然レースの現場に
いるから興奮しつつレポを挙げてくれるのですが、
それに対して、やはり冷静に「これはどうなってます?」
「どういう状況です?」って切り返すその声が
興奮しつつも落ち着いてレースを追いかけられる、
という、良い構図だったんだろな、って
今振り返るとしみじみ思います。

あの日。
1994年5月1日。

俺はその時は「たまたま」?(もう何度も触れたけど)
オランダにいて、ある意味「現地」の
異様なまでの沈み方を体感してました。

当時はまだビデオ録画の時代。タイマー録画。
しかもヲタな俺はβマックス。
なので録画時間も長くは取れない・・・

で、帰国した時、運悪く?
1人住まいのすぐ窓の外で夜間道路工事。
海外旅行なんて生まれて初めてだった俺。
(当時からもうビンボーだったわけね。)
時差ボケ、ってやつで、夜中にギンギンに目が覚めて。

それこそ今みたいに、こんな感じに
ネット、なんてものないし。
(ウィンドウズが大々的に世に出たのは「95年」。)

で、半ばボケーとしながら
後日ちゃんと見ようと思っていた録画を
「なんか寝付けないし見ようかな・・・」

・・・やっぱり案の定?中途半端に始まって終わって。
中継も大混乱してたのかな。

ただ、後日の再放送?
セナが逝ってしまった後の現地からの放送で、
「セナはいなくなったがF-1は続いていく。」
と涙ながらに、それでも淡々と?冷静に?
話をしていた今宮氏。

多分、皆さん同じ印象だと思います。
そういう場にあって、本当なら、一ファンなら
(確か今宮氏はセナ派だったはず。で、奥様がプロスト派?)
泣いて叫んでもいいんだろうけれど、
そこは放送メディア。
カメラの前に立って、レポートするジャーナリストって、
あらゆるジャンルで、意味で、
自分の感情って押し殺すものなのでしょうが。
(特にこういう悲劇や災害時はなおさら、感情たっぷりに報道されると
なんか見ていて信頼感が・・・と思うんですよね。)

三宅アナ、森脇氏、・・・?3人で淡々と「セナが亡くなった」
というコメントを出しているのは、今思うと
本当に凄いことだったんでしょうね。

「それでもF-1は続いていく」。

あらゆるシーンで、F-1に限らず、この世の中、
ってそういう「仕組み」ですよね。

「動く人生/貴方がいなくなっても」とか。
「世界は変わる/私がいなくなっても」とか。
オリジナル?「Show must go ON!」とか。

そもそも、そんなF-1ブームの火付け役、ある意味
今やヲタの領域にはなったけれど、
日本でF-1を認知させ、今に至る功績は、
やはり今宮氏もその一翼を担っていたのだ、って思います。

キャリアを改めて知れば。
そんな「モータースポーツ」なんてのが、ホントにヲタの世界で。
まだまだ「暴走族の戯れ事」みたいな扱いだったろう時代に、
すでにモータースポーツ・ジャーナリストとして
地歩を固めて。
その頃、同業者、って人は10人もいなかったんじゃなかろうか?
もう少しはいたのかな?
フォトグラファーは?

そんな中、F-1も追いかけてたのでしょうが、
まだまだHONDA以外、ジャーナリスト・フォトグラファーで
日本人がピットを歩いていても、
そこはヨーロッパ中華思想の世界。
きっと最初はご苦労されることも多かったのだろう、と。

でもその切り開いた道から、例え細々とであっても
人が続いている、というのはやはり凄いことなんでしょう。

一時期、F-1からとうとうニッポンが消えて、
同時にピットからもジャーナリストが消えていって、
気がつけば数名のフォトグラファー・ジャーナリストがいるだけ・・・

そんな時代でも、現地に赴いておられたんだろうか。

今や、レース中継も洗練されたのと、
やはり「金のなる木」がアメリカナイズされたんでしょうかね。

昔・・・90年代半ば?00年入った頃まで?は、
ピットに日本独自(フジテレビ独自)のカメラを入れてレース中走り回ったり、
現地サーキットの放送ブースから「衛星生中継」ってやってたから、
より臨場感があったと思うのですが。

今はもう映像は全て「国際映像」。(それでも00年代初頭までは
スズカだけフジオリジナルアングルカメラ、があったはず。)
現地に行かずとも(現地には川合氏だけ?)、リアルタイムで
日本のフジテレビのひと部屋から中継・解説・・・

だからやっぱりどこか醒めてしまう自分もいたけれど。
中継の解説陣に今宮氏が入っていれば、
やはり、こう、なんというか、妙な?安心感があったんですよねぇ。

今年はついに22戦。
1年間って、52週だから、ほぼ2週間に1回?
でもスケジュール的に3連戦もあったり?(まだちゃんと見ていない。)

昔むかし、は、スズカは16戦中15戦目で、チャンプ決定のステージ、
ってことで色んなドラマがあったけれど。
今や20戦中の15戦目、みたいな感じで、
ホントに今こそどこまでF-1が文化になっているのか、
が明らかになるんだろうなぁ。

セナもそうだったけれど。
今は安全性が抜群によくなったので、
無事に務めを果たしてハンドルを置いたチャンプ達も
沢山存命しているけれど。

彼らがF-1を牽引して、引退した後、自然と次のスターが生まれて・・・
そうやって文化、って続くんでしょう。きっと。
だから、それを解説してくれる大切な人がいなくなっても、
レースは続くし、でもそれで人気が落ちて消えゆくなら
所詮文化にはなってなかった、ってことなんだろうけれど。

今年は、なんとか去年以上に関心持って、
せめてネット上だけでも?見守り続けたいですね。

今宮氏はHONDAの人ではなかったけれど。
海外でもその逝去が報道される程の人だったんだから。

2020年。HONDA。フェルスタッペンかな?
ぜひ、ダブルタイトルかっさらって欲しい。
そしてあわよくば?スズカあたりで、1-4フィニッシュしてほしい。

それくらい夢見ても、いいですよね?
なにがどうであっても、ショウもF-1も、続いていくんだから。

Go!HONDA!
頼むから、今更「(昔の)T化」なんかしないでよ。


* 今更なんではありますが。
 今宮氏のご冥福をお祈りいたします。
 世界のスミッチョですが、ありがとうございました。


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