新コロのバカ(続)

とうとう1年も半分が過ぎて(厳密真ん中の日、っていつなんだっけ?)、もう7月。
いつもは6月って、俺のいる あまおけ の本番が終わって、
その先、一昨日「真面目に」子供向けの演奏家だった、ってのにぃ・・・
そして今週から新しい定期公演に向けて練習が始まるはずだったのに・・・
いつのまにか「梅雨終盤」とお天気お姉さんが言っている今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

それにしても・・・
新コロのバカ・・・

この数ヶ月の色々、で文化・芸術はこの国にとって不要不急のものだった、
と改めて思い知らされることになるとはね。

夜の街がどーした、とか人が密にいて「会話すれば」って
盛んに言ってるようですが。

演奏会とか、美術館とか、映画館とかで
例え隣同士に座っていたとしても、一緒に見て回ってるとしても、
それこそマスクさえしとけばええやん?
夜の街が、って言うけど、
それかて働いている人が諸悪の根源みたいにいってるけれど、
きちんと「基本」ができていないからこうなってるわけっしょ?

それを踏まえずに?(たぶん)
自粛警察とかが出てきて襲われたり、
ネットで炎上されたらたまらんもんね。

だからやっぱりどうしても控えちゃうけど。

市中感染が爆発的にならないなら、
例えばオケなんかSD保って演奏するのなんてやっぱナンセンス、
100年かけて作られてきたフォーマットには
やっぱりそれなりの意味があるわけで。
この辺、紳士服=スーツと一緒やね。
だから本来の距離より離れたら、
それはもう音楽として聞いても痛々しいばかり。

プロオケからは普通の距離で大丈夫、
って発信も始まってるようですが、
できりゃもう一歩踏み込んで、
SDでの演奏は事実上不可、
良い子の皆は真似しないでね、
くらい発現・発表してくれへんかな?

いや、レポートにはちゃんと書いてるんだろうけれど、
感情的になってしまうアマオケプレイヤーは
表面だけ読んで、
「それ、いますぐSDなんか辞めて普通にやろうよ」
って言い出すけれど。

今度はそこには行政の壁が。
3密回避、ってことでひと部屋の使用人数に制限がかかって。
だーかーらー、ちーがーうーでーしょっ!

そういえば、元衆議院議員の豊田氏、
実は感染症のプチ?専門家だったって?
こないだTVでめっさまともなこと言ってて、
テロップがなけりゃ、あの豊田氏とはわからんかった。
いやいや、やっぱ議員「先生」になると
人生狂うのかしら。

いや、それはどーでもいいけど。
利用に関してもプロから助言があればいいなー。

それよりもっと悲惨なのは合唱団だって?
確かにクラスター出たからなぁ。

でもクラスターが出たとは言っても
まず第1波の時は全然様相が分からなかったわけだし、
アレもかなり初期だったはず。

そりゃ少々自覚があってもついつい・・・
ってなっちゃったろうな。

対して、ある程度報道が進んだ段階での
京都のアレ。
ああいうのはやっぱり不注意って言われても
しゃあないよね。

でも、でもね。
いつからこの国、ってこんなギスギス
した空気に覆われるようになったんだろうね。

少なくとも、1.17の時は「頑張ろう神戸」で
数年間、少なくとも神戸近郊はなんやしらんけど
お互いサマヤン、がんばろうな、って
ある意味緩やかなオーラがあったと思うし。

3.11だって、文字通り日本を揺るがす
大惨事だったのに、それでもなんとかがんばろうよ、
ってオーラがあったと思うけど・・・

そっか、同時に起こったフクシマかな・・・
あそこで(当人達は何の責任もないのに)
日本の村八分文化(?)がついに表に出たのかな?

その空気が、今の新コロに受け継がれて、
お医者さんやご家族をばい菌扱い?
信じられん。
知らず知らずのうちに罹患する、って分かった今でも。
無自覚無症状の症例が多数報告されても。
そういう人達を叩きまくる不穏な空気。

そう言うときこそ、スポーツ、文化、芸術、
って思うんだけどなー。

でもそっちでも(メガ)クラスターになったら
大惨事、とばかりにどこか腰の引けた対応。

だったら、って申し訳ないけれど、
アマチュアが実験台になる、なんてことは
金輪際御免被りたいしなぁ。

プロだから、アマだから、って
こんな時に区切るのは卑怯なんだろうけれど。

でも他方、プロってのはそれでメシ食ってる人、
アマってのはそれを趣味に愉しんでる人、
ってことなら、やっぱりメシ食ってる人の
言動、って同じジャンルのアマチュアには
見本になるし、手本であるべきだ、って思うんですよね。

そういや、数年前にいたっけな。
明らかにアマチュア食い物にしてるプロとの会合。

でもね、ひとつ線引きが消える瞬間があって。
それって、「お金」が動いたときだ、って思うんっすよね。
例えアマチュアであっても、対価を頂くならば
それは立派な「お仕事」。
依頼した側は「貴方様にお願いします」って言って
お地蔵様のところに小判を置くわけであって。

受けた仕事、キッチリ方をつけてやりやしょう。

ってのがマストなんだろな、とおもうんだけど。

おっと、随分話が逸れてしまいましたが。
美術館はようやく再起動し始めたようで、
これはただただめでたい限り。

でもさっき書いたように
「自分の美術館でクラスターが出たらどうしよう?」
ってことでまだ腰が引けてるけれど。

受け入れる側も訪れた側も、
考え得るできる限りのことをやり尽くした上であれば
ハコは開けるべきだし、開けなきゃダメだ、って
思うんですよね。

これに加えて。
演奏会、ってやつも同じく
考え得るできる限りのことをやり尽くした上で、
さらにプロ以上に「自己満足」の発表会なんだから、
せめて「上手に」とは言わないにしても
「一生懸命練習しました」ってバックボーンがないと、
やっぱり安易にプロのまねごとしちゃいかん、
って思うのね。

それこそ。
単純に考えて、プロはお家と練習場とホールと「だけ」を
行き来すればいいけれど、彼らはそれが仕事で、
それをやることで「ご飯」食べてるわけだし。

それに対してアマチュアってやつはまずは「お仕事」で
ご飯たべてるんだから、安易にプロをまねちゃだめなんだろな。
特に「練習量」ってやつはきっちり確保した上でないと
ハコは開けちゃダメだ、って思うばかり。

でも、そんなこんなを考えさせる、
考えさせられたcovid-19。

もしかして、今一度みんなで
「一体全体、あんた、なにやりたいのよ?!あんた、バカぁ?」
って考える時間が与えられたのかもしれないね。

始まりのあることには何事にも終わりはある。
けれどもそれが「どういう終わり方をするのか」が問題なのだ。

とは、小松左京「復活の日」の一節(だったかな?)。

こと、オケに限って言えばwithコロナ、っていうより
アフターコロナ、ってのを考えた方がいいな、って思う今日このごろ。

そんな最中、まずは好き嫌いなんか自分勝手に言わず、
目の前に出てきた素材をきちんとやりこなそうよ。
あらゆる意味でやるべきことをやって、対策も打って。
しっかり準備ができて、それで始めて世間を動かすしか
なかろ。

そりゃね、毎日焙じ茶1リットル飲めば新コロにはかかりません、
ってならそうするけどさー。

あとは、日米欧で競争になってるけれど、
ワクチン、対抗薬、だろな。
早く出来てくれればイイのに。
やっぱり今年いっぱいはかかるのかな。
だとしたら、オリンピックだってやるやらないを言える
レベルじゃないまま2021年になるんじゃ、ね?

それと、素朴な質問。
withコロナ、って言うけれど。
これ、終わりはあるのかな?
だれが「(とりあえず)終わりました」って宣言すれば
皆、安心できるようになるんだろ?
それはいつなんだろね?

久しぶりに映画「復活の日」の予告編っての見ましたが。
(凄い時代になったもんだ。)
「神よ あなたは私達に何を為されたのですか?」
ってコピーが。
まさに今はそれなんだろうな。
大いなる意思があるなら、それが何かを試そうとしてるんだろか?

哲学っぽくなるけれど。今はそう考えて
自分を自分のなかに収めつつ・・・

新コロのバカー。



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