今年も 1.17 

今日は2019年1月21日。
もうすぐ平成も終わりますね。
平成は31年がオシマイ、ですか・・・

平成は平成なりに・30年間、色々あった、と
昨今、色んな特番で色んな切り口で
「時代を振り返る」てなことしてますね。

そんなテレビ番組・新聞記事の特集を見つつ、
1997年を再び思い出す今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

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1995年1月17日。
あれからもう24年になりましたか。
最近、いろんなスポーツシーンを彩る
「若い」アスリートの殆どは
まだ生まれてなかった、ってことですよね。

卓球界なんか、一気に10代選手が
席巻してますもんね。

かたや2011年3月11日。
これからカウントしても、もうすぐ8年。
小学校の2年?3年?

時の流れるのはあるときには残酷なまでに
早いんだなぁ、ってふと思いました。

阪神淡路大震災。
いったんは、20年を節目に、
そろそろいいでしょう、心の中でひっそりと、
って思っていたのですが。

なんだかんだいって、それからも
毎年なんか、備忘してますね、俺。

平成の時代は
社会がもの凄く変動した、っていう
切り口で色んな特集見るから、かな?

自然災害とテロリズムが
一気に押し寄せてきた30年、という印象?

テロリズムなんてねぇ。
グローバリズムのせい?ネット社会に進化したのが原因?

昭和の終わり頃なんて、
戦争なんて、ブラウン管の向こうで、
ちょっとぼやけた画像の中で
どこか知らない土地で
夜景の中砲弾が飛び交って
ミサイルが艦船から発射されて・・・

テロだって、中東のどこかで
宗教がからんだ、終わりのない争いだ、
と思いつつも、やはりこれもブラウン管の中の出来事・・

平成がはじまった頃、って
そんな記憶だったんですよね。戦争とかテロとか。

でも今やこの国だって無縁じゃいられない、
徐々にむしばまれてきている、って感じだし。
「争い事」だって、いつどうなるか?と。

でもそういうのを未然に防ぐために
政治、ってもんがあるんじゃないのかな?・・・

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でもさすがに自然災害だけは、ねぇ・・・
そりゃ、大災害級の集中豪雨とか、
あとから検証すれば
「あぁ、ああすればよかった」とか
「あれは人災だった」とか・・・
って色々言われますが。

地震だけは、やっぱり予測出来ない分、
恐ろしいですよね。
そして他の自然災害に比べて、
なぜかは分からないけれど、
地震で被災する、ってのはすごく理不尽に思えて。

特に阪神淡路大震災なんて、
「そんな場所で大震災なんて起こるわけないやん」
って思い込んでた分、
余計にショックでしたモンね。

そういえば、そのさらに1年前、同じ日に
確かサンフランシスコ?カリフォルニア?で
大型の地震が発生して、どえらいことになってた
という記憶もあるのですが。

それですら「海の向こう」って正直、
どんより思ってましたもんね。

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あれから24年。
平成の終わりを迎えて、
やはり平成を象徴する大災害、ってことで
あの時のシーンを再び目にして・・・

やっぱり忘れちゃ駄目なんだ、
年に一度だけでも、どういう形であっても
思い出すのが追悼になるんだ。。。
って改めて画像見ながら思います。

今年も俺の顔本で1.17のことを書いたら、
知り合いの「元・海G隊員」さんからの投稿が。

やはり「現場」を知ってる人の話は
ショッキングでもありました。

その時の彼は、すでに海自をやめていて
警備会社にいたそうですが、
その日、応援で三ノ宮に入ったそうです。

それから数年後、再び・街並みが綺麗になった
三ノ宮を見て、日本人の底力を思い知ったのだ、とか。

うんうん、それ、よくわかる。

でも俺でもわからなかった、
今になって知った、ショッキングなお話も
彼に教わって、ただただ絶句・・・

1.17があったからこそ、自衛隊の運用も
随分と柔軟になったそうですが。

海自は、なんとか使える埠頭に船舶を接岸して
無料で「銭湯」を開放したそうですが、
ものの数日で閉鎖の憂き目に・・・

その理由が「海手と山手とで受ける恩恵に差が出る」
要するに「不公平だからダメ」という、
なんとも「お役所」なお話。

また、目の前で家屋が倒壊していても、
当時の自衛隊では勝手にそれを解体できなかった?
道路を塞いでいてもダメだったのかな?

他にも、自衛隊の関係では理不尽な話だらけ・・・
明らかに異常なのに、派遣要請がないと出動できないとか。
銭湯だけじゃなく、炊き出しも公平性が確保できないから
中止させられた、とか。
(今は全部「常識的な対応」が出来るようになっているそうで。)

だのに。一生懸命街を助けてくれた隊員さんでPTSDに
なってしまった人もたっくさんおられるのだ、とか。
(そういうのは全然報道されなかったなぁ。)

単にご遺体を見ただけ、対処しただけ、では
そこまで深刻にならないのだそうですが。
実際、助かった人々とあまりにも深く接してしまい、
その反動?でなってしまうケースもあったのだ、とか?

ホント、そういう話にももっと光を宛てて欲しいな。

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反面、この災害を機会にボランティア、って概念が
一気に広まったのは、数少ない「良い事」だったんでしょうね。

ただ、やっぱり日本の首都は東京、ってのも
痛感したの、覚えてます。

日本国の総理よりスイスの救助犬が先に来た、とか。
震災直後の報道で、幾人かの今で言うコメンテーターが
エラそうに
「東京は関東大震災があったから心構えがある。」
「彼ら(関西)にはそれがなかった、油断していた。」
「揺れたら火元は全部消す、っていうのは常識なのに、
それをしなかったから火災が蔓延した。」
「私達(関東人?)は、これを見て、改めてこういう風にはならないように
気をつけましょう。」
だかなんだか・・・

だったら、震度7で揺られる中、立ち上がって
火元チェックして食料等をかき集めてドアから逃げてみなさいよ?

ホント、その時は猛烈にムカつきましたね。
そういう連中こそ、現場に来て話をしてもらいたかったですね。

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でも、ある意味この1.17があったから、
徐々に「普通に対応」することに目が行きだして、
それが去年の岡山の大水害とか、3.11とか、
ああいうのに繋がっている、と信じたいね。

そうそう、ただ1つ。今になって「すげー」っていう台詞。
震災直後?1週間後ぐらい?
ビートたけしが神戸に来たら、
そこら中でまるで「震災自慢」みたいな会話ばかりで、
「いつまでも震災っつってんじゃねえ!」って一喝してた、
・・・って記憶してるのですが。

その時は「やっぱり関東人なのか」と思ったけれど。
その後の巨大災害見たら、
確かに被災した人にはトンデモナイ話だろうけれど、
いつまでもいつまでもそこにこだわって、留まっていては
なーんも進歩がない、だから早く前向け!って意味だったんだろな。

そう今は思えています。

そう言えば。震災とはちょっと違うけれど。
美輪様のお言葉、だったかな。

亡くなった人を弔うのは大切だけど、
いつまでもその想い出にすがってめそめそしていたら
亡くなった人もいつまでも心配で旅立てない。
だから切りの良いところで旅立たせてあげましょうよ。

たしか、そんなお言葉。

きっと、こういう巨大災害の後こそ
こういう思い、考え方が必要なんだろうね。

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それにしても。
今年も1.17を過ぎて、来年は四半世紀を迎える、のか。
どうしてもだんだん記憶は薄れて昇華されていくんだろうけれど。

地震だけは予知できないだけに怖いけれど。
もしも、があった後、せめて「人らしく」振る舞えるように、
出来た人間になっていたいですね。

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オマケ。

そういや。24年前を振り返る、的な記事で(?)見ましたが。
当時の村山政権。
初動がボロボロだった、という批判はありますし、確かに酷かったけれど、
唯一救いだったのが村山総理だった、とか。
というのが、閣僚経験もなし、そんな大災害指揮もやったことがなし、
なのである意味開き直って、当時の経験豊富な自民党閣僚に
全権委譲するような形でどんどん物事をやらせ始めた、とのこと。

これ、3.11の時の総理大臣が、「俺がなんでもやる」っていつまでも
全部のことに片っ端から口出しして癇癪起こして、
それがかえって悪影響しか産まなかった、というのに比べたら
まだよかったのかも・・・

なるほど、ね。

新春はルーブル(でも@オオサカ)で

2019年があけて早2週間、
ここまでの空模様を見てると、
ようやく普通に「暖かめな冬」って感じの日々が続いて、
時には白いものもチラホラと見えるようで、
とりあえずは一安心、といった感じもする
新春開けて2週間目、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

天気はそうだ、と言っても、
俺を取り巻く環境はますます「異常」になるばかり。
あたかも住民そっちのけで平気で再開発ごっこを
楽しんで、勝手に住民を弄んで悦に入ってるかのような
我が社の連中ときたら・・・

アメリカ大統領選挙見て、「あ~あ、あの国は」
って思って吐いたのですが、どうやら身近にも
ああいうアン○ン○ンで、ホントは上に立つべきではない、
立つ能力の無い、「ごっこ」が大好きな人物が
上に立ってしまった悲劇、ってあるんですよねぇ。

得てして、そういう連中の顔、特に目つき、って
なんだか、こう、得も言えぬ「狂気」がにじんでるなぁ、、、
ってよく思うのですが。

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そんな年明け早々、
諸々の邪気払い?に
今年最初の「美の鑑賞」に出かけて参りました。

え?
(^◇^;)・・・・・・・いや、いつもの通り、
カミさんが「行こうよ~」ってご推奨で
お供に預かったわけですが。。。
(いつも、ただただ感謝ですな。)

新年最初に行ってきたのはこれ!

ルーブル美術館展
~肖像芸術・人は人をどう描いてきたか


うーむ。
ルーブル。

ここも、ボストンやエルミタージュ、大英博物館みたいに、
ほぼ毎年、なんらかの「引っ越し公演」やってる印象が。

それだけ人類の美をかき集めまくってる
偉大な美の殿堂、なんでしょうな。

あたかも、ウィーンフィルが、
ウィーンでハウスの仕事(オペラ)をやっているはずなのに、
同じ時期、トーキョーで「ウィーンフィル・ウィーク・イン・ジャパン」
ってやってるようなもん・・・ですかね?

ボストンの場合は、改修工事の都合もあるのか、
セクションごとのお引っ越し、って感じも受けますが。

今回のルーブルは「人の顔」ってのがテーマだそうで。

きっと、古代の絵画・神話のワンシーンから、
ピカソのような現代にいたる肖像画のオンパレードだろうな、
って勝手に思い込んで出かけたのですが・・・

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なんとまぁ、来てみてビックリ!

印象として、絵画は全体の半分ほど、
残りは彫刻、出土品?

確かに「人を描く」と言っても
「描く」には絵を描く、って意味もあるんだろうけれど、
彫刻にして描く、ってのもアリだもんね。

「顔」ってテーマに絞っても
「絵画」だけじゃなく「彫刻」まで含めて展覧会が成立してしまう・・・
やっぱ、ルーブルもタダもんじゃあらへんな・・・

え?肖像画、顔、に関する絵画が少ないから彫刻も?
いやいや、ルーブルでそれはないっしょ。

それにしても、ルーブルもよく日本に来るなぁ・・・
と思ってたら、そうそう。日本テレビ・読売テレビが
巨大スポンサーになって、館内各所を修復したり、
絵画・彫刻などの修理・修復をしてるんだっけ。

だから「スポンサーへのお礼参り」なのか。

道理で。ここしばらく、この手のメジャーな展覧会、って
だいたい兵庫か神戸、時に京都、ってことで
大阪は素通りしてたけれど。
(ま、府政・市政が今や「アレ」だからしゃあないか、
と思ってたけれど。)

読売が噛んでるから、大阪市立美術館だったのね。

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さて、肝心の?中身ですが。

入場してまず、びっくり。
先に書いたとおり、てっきり絵画群が出迎えてくれるのか?
と思いきや・・・

そこにはデスマスク。彫刻。

ふんふん・・・人を描くことの最初はデスマスク、
そして彫刻だった、と。
って、エジプト王朝時代?紀元前?
そこから話は始まるのかぁ・・・

人を描く、というより「神を描く」というのが先だった、
ってのは確かにそうだろね。
でも旅立った人を慈しんで、
せめてその顔だけでも、って考えてのデスマスク?

もっと言うと、そもそもはミイラ、でもそれが棺に顔が描くことで代用?
そこから顔を描く、という概念が生まれた?

ふーん。なんか、ミョーに納得。
確かに東洋系でも、兵馬俑にたいなんがあるけれど。
あれ、確か全部の個体の表現・表情が違うんでしょ?

とにかく。
そこが起点となって、人の記憶を留める、という意味での
肖像画、彫刻が生まれ、発達していった、と。

いやいや、ここでも「どうやって作ったの?」と言いたくなる
銀板とか、彫刻とかが展示されてて。
絵画に関してはもっと後の時代のものが展示されてましたね。

でもどれも「死せる○○」の想い出に寄せて・・・ってことですね。

そういやふと思いついたけど。
「死せる○○の想い出に」って楽曲も時々聴くけど。
その曲を聴いてその人を思い出すより、
絵画・彫刻のほうがもっと直接的なんだわな・・・

そういう役割と同時に、時代がすすんで
肖像画・彫刻には
「ワシャ、これだけえらいんじゃぞい」というのを
満天下に示すためのツール、って役割も出来てきたんですね。

そっかー、コインの裏に肖像画がある、
紙幣に肖像画がある、ってのは
権力の誇示、って意味もあったのね。

ローマ時代の発掘された金貨などにも
皇帝の肖像ってのがあったと思うけれど。

だから古い考え、ってわけじゃないんだろうけれど。
ルイ14世とか、立派な大理石の彫刻になってたら、
そりゃ、平民は「へへー」って思うか、心の中で
「ケッ」って思うか、どっちかなんでしょね。
(俺は多分後者だろね。)

でも「そこに権力者がいる」という誇示には
ちょうどいいツールだったんだろな。

しかも現代と違って、ホンモノがどんな顔してるか、
なんて、平民には絶対わからないだろうから、
実物はぽってり、冴えないおっさんであったとしても、
彫刻ではブラッド・ピットみたいにしてても、
平民にはなかなかバレない・・・ワキャない、のかな?

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で、やがて時はもっと進み、
中世後期あたりでは、お金持ちが自分の記録に描かせた
肖像画に始まり、だんだん市民のレベルにまで落ち込んでいって、
自分の姿を残す、という概念になったのか・・・

それって、セルフィーと同じ考え方、なのかな?
同じ「肖像画」という括りでも
時代によってその風情が変わっていく、
その時代の流行はどうだった、とか、
背景を見て、世間はこんなんだったんだ、とか。

そういう世俗にまで降りてきて、今に至る・・・
なのかぁ。

ふーん。
その肖像画の1つの頂点が
「次期開催予定・フェルメール展」でさらに深化するのかな?
(っぽい宣伝・・・はなかったけれど。)

ここで描かれる町民の姿は
いきいきしてるものもあれば、フツーなものもあるし。
今回のルーブルではないですが。
ルノワールとかも、やっぱりその時代の人物像、
ってのが分かるものもありますしねー。

そうそう。この展覧会も見て行くにつれ
時代が進むにつれて肖像画の対象がどんどん広がり、
やがては女性、子供に至るまで・・・
という「拡散」が分かるのもオモロかったですね。

でも。ふーん。
最初はたかが肖像画?って思ってたけれど。
それをテーマに歴史をひもとける美術館・・・
やっぱ、ルーブル、ってのももんのすごいコレクションなんですね。

この調子で2~3年事に来てくれれば、
本国に行かなくても結構メインな展示物は
一通り見て取れるのかも、ね。

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そうそう。最後に、これは番外編?
アルチンボルトの肖像画。
アップで見れば、秋に収穫される農作物などだけど、
遠くで見れば人の顔。

うん、なになに?
肖像画は本来「特定の人」を指すけれど、
ことここに至っては「肖像画」なのに「多義性」を持たせた
シュールレアリズムの萌芽が見て取れる・・・

なるほどね。
肖像画以外の絵画だったら、色々と見て取るわけだけど、
肖像画ってのは「イコール・その人そのもの」ってのが原理のはずだけど。

誰を描いたか分からないけれど、
なんか見たことある、この人・・・

って肖像画もある、ってことなのか。
それがピカソあたりに来るのかな?
だったら、ルーブルさん、ケチらずに、そういうあたりの絵画も
持ってきてくれりゃ良かったのに。

え?まさか、そのあたりのコレクションの
持ち合わせはありません?

んなワキャ、なかろ。

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ということで。終了間際に駆け込んだ美術展でしたが。
自分でもびっくりするくらい、脳みそがいっぱいになって、
気持ちもすげー、浄化された気分になりました。

うん、こういうのが「芸術の力」ってやつなんだろね。
(○○の力、っていう言い方、安直すぎて最近はあまり好きじゃないけど、
こればかりは心底、そう思いましたわ。)

<(`^´)>エッヘン。、優等生だい!ってワケじゃないけれど、
ツモリじゃないけれど。

こういうのを見てもナントモ思わず、
「金の無駄遣い」って言う人はホントに貧しい人なんだろね。

俺はプロじゃない、アマチュアで音楽ってのやってるけれど。
だから人を勘当させよう、なんて大それた事思えないし思わないけど。
(それを言い切れるアマチュアさん、ってある意味すげー、って思う。
また、時々それを堂々と言う自称プロもいるけど、往々にしてそういう輩は・・・ガハゲヘゴホ)

自分がやってる芸事。
せめて自分自身を浄化できればいいなー、
ってガラにも無く、通天閣とあべのハルカスを見ながら思った
新春、なんではありました。

あー、たのしかった。

・・・で、楽しい冬休み、正月、三連休も
とうとうオシマイ・・・
明日から、またあの目が逝ってしまってる、
正気を失った連中と相対する日がつづくのかぁ・・・

せめて、ルーブルのコレクション、
どれか1つくらい、1年で良いから貸してくれないかなぁ?
(んなワキャ、ないってば。)

年明け最初の「ながら見」映画!

2019年。平成31年。
こちらにお越しの皆様、ありがとうございます。
そして今頃ですが、謹賀新年、でございます。
どうかこの1年が素晴らしい1年となりますように!

とまぁ、ガラにも無く、例年松の内くらいは
真面目に生きようと思いつつも、
やっぱり人間ン十年、
性格なんざ今更変わらんわい、と開き直りつつ、
今年も、そして時代が平成から新時代に移ろうとも、
結局ボヤッキーでグッチーなこの備忘録、
まだまだ気晴らし?に続けていこうと思います。

そこなヒマな貴方、そんなんでよけりゃ、
今年もどうぞよろしゅうに。
m(_ _)m


さて、ボヤッキーかつグッチーな俺様の
新年最初の備忘録ネタは・・・

年が変わってもやるこたぁ代わらない、ということで、
以前見た映画のリフレイン。

その映画はこれ!

スター・ウォーズ EP8/最後のジェダイ

です。

これ、公開は2017年末でしたね。
その頃にもさっさとみて備忘したと思いますが。
(まぁ、なんだかんだ言って気になるし、スキなんですね。)

今回はここんところ続いてる、
再生しては切り、再生しては切り、という、
グダグダな見方。
これまたありがたいことに、公開1年目でBD販売、
というタイムスケジュールにのっかって、
有料BSでオンエアされたものを録画、んで正月にゴロゴロ見た、
ってわけです。

早い話・・・
まぁ、年末年始の掃除やらなにやら、をやりつつ、
一息ついた時に十数分、キリの良いところから
キリの良いところまでを見ル、
なんておバカな見方をしてました。

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でだ。このEP8。

改めて見て自分にビックリなんでしたが。

案外?すんなり見られたんですよねぇ。

劇場で見た時は「へ?」「長いだけ?」って
結構酷評系だったと思うのですが。

改めて「巻き戻し可能」な状態で見ると、
「あぁ、そういうことだったのね。」
という関係性が分かってきたり。

例えば、レイとレンとの関係性とか、
そこにルークがどう絡むのか、とか。

一気に・予備知識無しで見た劇場では
一体全体、なんでなん?
そんなん、あり?ワケワカラン・・・
そこまでEP6までの話、即ち
ルーカスフィルムが作った世界を
早くでずにーの世界に染めたいのか?

という印象・記憶だったのですが。

そっかー、フォースがあれば
ハイパースペース通信並みのことが可能なのか、とか。

それだけの遠距離ジャンプができるから、
ラストシーン、あんなこともできるのか、とか。

あれが出来る時点で、すでに
マスター・ヨーダ並み、アナキンと並び立つくらいの
レベルじゃね?ルークって?

そのルーク、なんであんなくたびれた世捨て人に
なってしまったのか、ってのもあぁ、なるほどね、と。
・・・って納得しとる場合じゃないってば?!俺?!

EP7でチラリと見せてたワンカット、
R2-D2に差し伸べるメカ義手のシーンは
そういうことだったのね、とか。

「一応」EP7で張った伏線の「一部」は
回収してた「つもり」だったのね・・・・・と。

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でも、じゃ、それでEP8の評価が良くなったか、
ちうと・・・星半分が増えた程度かなぁ・・・

その理由・・・星半分が増えた、ナゾがわかった、ってのは、
実は「細切れ」で見たから、なんでしょうね。

つまり、これ、一本の映画じゃなくって、
「1話30分少々」が5話つながったTVシリーズでは?
って風に、ふと思い浮かんだんですよね。

も少し細かく言うと、ホントは6本あったけれど、
それを1本の映画にまとめるときに
一部冗長な場面をカットして、
なんとか150分に収めた・・・って感じでしょうかね?

・・・そして。
やっぱり、総時間が150分程度ってのは
SWにしては長いんじゃ、ね?
と改めて認識した次第。
肝心の映画全体のスピーディーさが
すっかり消えちゃったなぁ・・・と。
劇場で見た時は真っ先にそれが
思い浮かばれたのですが。

つまり・・・
最初が逃亡シーンで、
次がカジノの話、
次が修行の話、
で、レイとレンとの会合、
最後はレンとルークの決闘、
って5話シリーズかな?

そう思って振り返ると、
「30分」としてはテンポはそう悪くはなかったんですよね。
個々のエピソードが30分、それが5つつながって
EP8全体を構成してる、と。

だから、細切れで見たら
案外すんなり話を掴めたのかも、ね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でもそれって、映画じゃないんじゃね?とも
思ったり。

確かにEP1~EP6も同様に
色んな話をワイプとかで繋いで
「その頃、ヨーダに出会ったルークは」とか、
「その頃、まだ帝国軍から逃げ切れていないファルコンでは」とか、
そんな風に言えると思うし、
実際、映画を見ながらも「あっちはどうなってるの?」って
ふとなぜか思い出したり・・・
EP1~6だったら話の並行感ってのがあったんですよね。

つまり、ルークが修行してる最中にも
レイアとハンはどうなってるの?と頭の片隅にあったり、
なぜかそういう連鎖を感じたり。

EP2だって、お花畑でゴロゴロしてる間にも
どんどんシスの陰が忍び寄って、って風に
映画見てても捉えられたし。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だけど、EP7でも若干その気配があったと
今じゃ思うけれど。
EP8では、逃げてる最中に、カジノの話になって、
そしたら逃げてる連中のことなんかどっかいっちゃって・・・
で、カジノで目出度し、ってなると、
じゃ、次はレイの修行の話に行こうか・・・

みたいな印象。なんですわ。

だから、EP7以降のお話には
スピーディーさがない、っていうのかなぁ・・・
ドキドキ・ワクワクが120分継続できない、ってのかな。

だから、そのお話の継続があったと思える
ローグ・ワンやハン・ソロあたりは
番外編でも良かったなと思えるのかもね。

それに、改めて見ても、やっぱりEP7の伏線は
充分回収された、とも思えないし。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

中でも一番の不満は、マズ・カナタ。
マズ・カナタがなんでルークのライトサーベル持ってたの?とか。
そういや、マズは人気がイマイチだから、EP8じゃちょい役だった、って・・・

同じちょい役でも、EP1のビンクスみたいに、
EP2以降ちょい役になってもあまり影響ない・・・ってならともかく。

マズはルークのライトサーベル持ってたワケっしょ?
だのに、ちょい役だなんてねぇ・・・
それに、マズと彼女の酒場はなんで「ああいう」風だったのか、
モス・アイズリー以上に「いかがわしい連中」が集まって、
しかもマズ・カナタの銅像まで建ってる、
もしかしたら星全体も事実上マズの持ち物?
でも、あの眼鏡を取ったときの眼差し・・・

実はEP7~9のキーを握るのは彼女かな?とおもったので
個人的に残念、ってのもあるんだけど。

やっぱり彼女はヨーダの親戚かなにか?と思うんだが・・・

結局これも解決は無し。
まさか、今からスピンアウト用に作ったキャラ?・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それに、レイの両親はタダのジャンク屋稼業?で、
すでに亡くなっている、
でもレイはそれを受け入れていないだけだった・・・って。

きっと、EP7~9では
「フォースは特有の人だけが持つものではない。
普遍的なものなのだ。」と言いたいんだろうけれど。

特にEP8のエンディングはそれを強く示唆してますよねぇ?

それに、レンはまだスカイウォーカーの血をひいているとはいえ、
レイは「ただの一般人だった」って設定も、普遍性につなげようとする
もんだろうけれど・・・

いくら時代が進むと技術も進む、とはいえ、
精神性に強く帰依していると思われるフォースも
時代とともに、使い手・伝えてが細っていっても
その技術は進歩・・・するの?

そりゃ、笛だって、昔は考えられなかったような
新しい演奏技術が出来て・確立されて・発見されて
進歩、展開を見せている、とは言っても・・・

EP1~6でさんざ言ってた「修行」ってのは
実はまーーーーーーーったく関係なかったんだよー、
って言われてるみたいで、ね。

ワグナーのリングだって、
最後、第3夜「神々の黄昏」でも
ある意味天上神・地上人・地底人、が全て溶融して
現在の世界が作られた・・・って解釈もあると聞きますが。

でもリングだって「将来の示唆」だけで
「将来がどうなった」って見せてないんですよね。

そりゃ、EP6が出来て見た時、
「この後どうなるんだろう?」って子供心に、いや青年?
ただ純粋に想像して楽しんだものですが。

それに、ルーカスの初期構想だったら、
確かにEP7~9で、最後の争いの話、
EP10~EP12で、再び銀河に秩序が戻る話、
ってのがあった、っておぼろげながら、
ナニかで読んだ記憶も。

でも「その先は皆さんの想像で楽しんでください」
ってことで、EP6でオシマイ、だったのになぁ・・・

だから、やっぱりEP7以降はデズニーの作った
パラレルワールド、って思うのが良いんだろかね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それに、そう!
EP7じゃ、まだハン・ソロはそれなりに
復古して活躍してたけど。
EP8のルークは、結局なんかEP4~6のルーク像を
侮辱とは言わないにしても・・・なんか、こう、ね。

だれもが夢見た「若い・生気溢れる活発な冒険者」ってのを
体現してたと思うけれど、その行き着く先が
世捨て人、ってのもなあ・・・
最初にEP4を見た時、
颯爽としたルークがめちゃかっこよかったもんね。
それがまぁ・・・

これで、ハンはEP7で消えたし、ルークも一応?
EP8で消えたし。残るレイアは、キャリー・フィッシャーその人が・・・
で、EP9で新時代宣言?

このEP9は2019年末頃に封切る、って話だったけれど。
まぁ、三部作の周期性から言ってもそうなるんだろうけれど。

一体全体、この三部作、どうやって収めるのかな?

EP8を改めて俯瞰した今、猛烈に疑問です。
そして猛烈に好奇心がムクムクと・・・

って、なんだかんだ言いながら結局気になるんじゃん?
と自分で自分を笑いつつ。

今年はどうかナニも起こらず、ただただ無事平穏に
年末を迎えられますように、その上でEP9を楽しめますように、
と今からはやくも年末を考える今日この頃、
2019年松の内最終日、なんではありました。

さぁて、今年はどんな年になるのやら・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

* ちなみに。たしか、20世紀フォックスの映画部門、って
デズニーに買収された、とかいうニュース見た覚えが・・・

となると、EP9は再びフォックスファンファーレから始まるのかな?
EP7と8に決定的に欠けてるモノの1つですからねぇ。
この先BDを出す時には、改めてファンファーレ入れて欲しいなぁ・・・

* そういや。SWって、昭和に始まり平成を飛び越えて
次の世代まで続くんですよね?
EP9を見たら、コンプリート!って思ってたら・・・
なんですと?EP12まで計画を立ち上げたですって?
・・・だから、でずにーって・・・ふぅ。

平成から新しい時代へ。ガラにも無い「ひとりごと」

さて、すっかり今年も大詰めで、
あと数時間で年が明ける、という今になって、
ようやく掃除も整理も半分くらいはできたかな、
といった今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

2018年。
平成30年。

平成もあと数ヶ月で終わりなんですよねぇ。
昭和から平成に変わったときは、
そりゃいろいろあったし、
重い空気でもありまそたよね。
やはり崩御されて、の代替わりでしたもんね。

確か1月8日だっけ?
その時俺はと言えば・・・ま、その辺はハヅカシイ話だから
勘弁して下され。

でもあの時は「そういう空気」の中での
新年だったし。
おめでとう、って言っていいんだか、どうなんだか。
なんか、そんなことぼんやり考えつつ、
TVに見入ってたですね。

その時に比べると。
平成の30年間、ってのも
色々あったですよね。

社会的なのはまあいいとして。
(でも平成7年・阪神淡路大震災はどうしても、ね。)
最初の頃は「どうせみんな昭和生まれさ!」って言ってたのが、
気がつけば、身の回りにも平成生まれ、ってのが普通に増えてきて、
今や、平成元年生まれの人、って30歳なわけでしょ?

うーん。時が流れるのが早い、というのか。
自分がそこまで老け込んでいる、ってのが
どうにも自覚してない、っていうか・・・

家族も、なんとか俺みたいなんをOkしてくれたカミさんと
一緒に過ごすようになって。
家も持ったし、ブーブーだって、結構好き者させてもらってるし。
そういう一連のことはただただ、感謝すべき、ですね。

親父が突然他界したときは
自分でもビックリするくらいにショックではあったけれど。
最近の「ピンピンコロリ」の話とかを聞くにつれ、
今思うと親父らしかった、ってことなんだろな。

それを考えると、俺もあとどんだけだろなあ?
いや、まだ150歳の三分の一を過ぎた程度だから、
まだまだ考えることもない、か!(爆)

笛。
これまた、幸運に恵まれてるもんだ、って
我ながら思います。

ブラスで機械的に?出会って。
そのまんま嵌まってしまって
高校じゃ「学生指揮」なんてのもやったけど。

大学入ってから、佐渡さんではないけれど、
バーンスタインにすっかり嵌まった俺は
どうしてもオケに入りたかったけれど、
そりゃ笛人口なんて掃いて捨てるほどいるし・・・

俺が入団希望でーす、って行った時も、
はい、君、12番目ね、って言われて、
こりゃあかんだろな・・・

って思ってたら、なにがどうなったのか、
オーディションやるよ!って日に集まったのは
俺ともう一人、それと短大の女性が1人。

学オケって、その頃1学年に2~3人(管楽器)って
集め方だったそうだし。
だから、先輩達も結構悩んでたようですが。

「こいつら「ハズレ」とちゃうやろな?」
「笛はやっぱりオーディションやっといた方が・・・」
って話にもなってたそうですが。
(実際、俺が入団する前はずっとオーディションしてたらしい。)

結局、当時のパートリーダーさんが
「こういうのも何かの縁だし、それにオーディションも面倒だし。」
ってことで、はれて入団OK!

それから、泥沼に嵌まってしまったわけで・・・

その後、普通に?いや、普通じゃないか、
でもなんとか卒業して、さあ社会人になってどうしよう?と。

その時、地元の市民団体で「たまたま」笛を募集する、
って話を、先に入ってた先輩から聞いて、
ダメ元で受けてみたら、案外すんなりOK!

その時も「まさか」とは思ってたのですが、
俺が入ったときはなぜか笛パートは女性が2名。

で、後で知ったのですが、その時パートリーダーしてた人は
「おめでたい話」が間近だったそうで。

だから、ちょうどタイミングがピッタシ、だったそうです。

でもなんだかウラでは色々と諜報活動や身辺調査も
されていたらしいけど・・・
(だからあのジィサン、当時から陰険だったんだわな。)

その後、今に至るまでずーっと笛吹けてる、
てのはありがたい限りです。

その後、いっときは・めちゃ上手いヤツが入団してきて、
俺を煙たがるヘンテコリンな連中が彼を取り込んで
俺を追い出そうとしたり、とかあったけど。
(なんでオーケストラ、ってそういうのがいるんだろね?)

だから俺も当時は彼を結構敬遠してしまってたけれど。

何かの弾みで、誤解が解けて?
いや、一方的に俺が誤解してただけだったみたいだけど。

今やソイツ(そいつ呼ばわり!)は俺にはなくてはならない
親友(弟@オケ)になったりしてて、ね。
いやいや、人生ワカランもんです。

彼も含めて、俺の哲学?
「上手な人ほど、出来た人ほど、腰が低い、奥ゆかしい。」
それを地でいってる、ってのが分かって
どれだけ自分の小っちゃいこと、って恥ずかしかったか。
(だから今でも彼には相当負債を抱えてると思ってます。)

大学の時も得がたい親友を得て、しかも彼は
牧師になって。まぁ、学生時代のバカ騒ぎからすると
「へ?」なんではありますが。

もう一人は文字通り「弟」みたいな存在で。
だって、ずーっと同じ下宿でバカしてたもんなー。
気がついたら、いつの間にか俺の部屋に来て
勝手にブルックナーのCDをかけてたり。
いつの間にか、俺のこたつに入って
気持ちよさそうな顔してぐっすり寝てたり。
って、おいこらっ!

その下宿も、とっくに閉鎖されたみたいですが。
平成の30年間でなくなったものの1つ、でしょうかね?
下宿屋さん、ってやつ。

ま、お金だけはぜーんぜん貯まらない人生ですが、
最低限、気の置けない人に、俺にはモッタイないカミさんまで。
だから、まあ平成、俺にとってはそこそこ、だったのかな。
ただ、やっぱり「¥」がずーーーーーーーっと
真っ赤っか、ってのはどうしたもんだか・・・

ちうことで。
今回は今年を振り返る、って以上に、
平成を振り返る、みたいな備忘でしたが。

ま、俺1人の勝手なつぶやき、ってことで
もし「興味があって」ここ見てくれてる方には
ただただお恥ずかしい限り。

でも、そんなヘンテコなオッサンがおるんだわ、
ってことでご容赦を。


さて、来る新年。
和暦はどうなるのかなぁ。
これがイギリスあたりだと、
ブックメーカーがリスト作って
やいのやいの、って遊ぶんだろうけれど。

どんな和暦、というよりも
誰がどういう思想で考えるのか、ってのが
現在の永田町見てたらちょっとコワかったり。

でもそれで世界が一気に激変するわけでもなし。
ただただ、ガラにも無く、心静かに
ソバいただいて、雑煮いただいて、
お参りもして。

新しい1年、というより
新しい時代の入り口、なんでしょうね。
今回の「年跨ぎ」は。

どうか、無事平穏で、俺様の我が儘が通る時代でありますように!

いやいやいや。
せめて、悪を為すもの、あらゆるレベルで悪を為すものが
とっとと消え去りますように。

上手な人、出来た人、にならって、
腰を低くしつつ、新年を迎えよう。

いや、その前に、この激増してしまった
「沈む夕日」のような体型を
昔のような「スリム」な状態に戻さねば!

ということで。
あと3時間?で新時代の始まり。

ほんのちょっぴり?でしょうが。
ここに来てくださった方、皆様にとり
新しい1年が良き年でありますように。

これで、今年の備忘録はオシマイです。

・・・思えば随分長い間、備忘してきたもんだ。
たまーに昔の備忘を振り返って読んだら、
結構恥ずかしいこと平気で書いていたり・・・

それでは良いお年を!


夢・・・夢は見るもの、掴むもの!(?)

Merry Christmas !

ここを訪れて下さった皆様に
神様の祝福がありますように。

心清らかなるものも
そうでないものも
神のみ許しが得られますように。

それでも心改めぬ悪しきモノ達は
神の杖により
陶器のように粉々に打ち砕かれ
消え去りますように!

とかなんとか、
ガラにも無い言葉をワタクシごときでも
口に出しちゃう今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ボーナスも全然出ない、給料は目減りする一方、
なのに永田町とか、経団連のジィ様達は
全然そんなの見えないようで。

横浜にグローバルヘッドオフィスのある
あの会社の偉いさんたちだって、
どれだけの血がながれてのことか、
ホントにわかってるのかなぁ?
雑草を踏んだ側は忘れるけれど、
踏まれた側は一生忘れない、ってね。

でもそういうのを許し合える今日!
世間様には、どーか、ワタクシの罪を
ゆるしたまへ・・・

と夢見る昨今・・・

だからかなぁ?最近ヘンテコリンな夢ばかり。

今から
一鷹二なす三茄子

の夢見る練習しとかなくっちゃ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちうことで。
今日の備忘は、最近撮りだめしてて、
でも細切れでだらだら見た映画の備忘録です。

* 随分たまってしまってるからなぁ。。。
とっとと見なきゃ!

ありがたいのは、有料とは言え、高画質で
BD販売と同時にオンエアしてくれるBS局!
年末年始は、やっぱりアメリカ・アカデミー賞関連特集もあって、
いろんなのが「1年落ち」で見られる、ということ!

今日の備忘は、これ

「グレイテスト・ショーマン」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しばらくの間・・・いつ頃からだろ?
ミュージカル映画、ってのを
とんと見なくなった、見かけなくなった、ってのは。

でもその間、デズニー系のメガミュージカルとか、
ロイド・ウェッバーのミュージカルとか、
舞台系は盛んだったですよね・・・

その間、レントとかもあったけど。
ミュージカルなのに、死がテーマ、ちうか
そういうネタが入るのはどうよ?

って思ってる時期もありました。

それまでのミュージカルといえば、
(俺にとっては)
やっぱり、サウンド・オブ・ミュージックとか、
ウェストサイド・ストーリーとか。

あのあたりの「黄金期」なんですよねぇ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その後、デズニーのミュージカル「アニメ」映画が
成功を続けてましたねぇ。
美女と野獣とか。
アラジンとか。ライオンキング?

それが、舞台から映画になった
ファントム(オペラ座の怪人)
で再びミュージカル「映画:が復興したのかな?

その後、シカゴとか、マンマ・ミーア、
そしてやっぱりデズニーのミュージカル映画とか。

どんどん出てきましたもんね。
気がつけば「レ・ミゼラブル」なんかも。
あれなんか、未だにどうやって「ミュージカル」
として成功させてるのか
不思議でしゃあないのですが。
(まだ見たことがないです。)

で、とうとう、「ラ・ラ・ランド」の大ヒット。

アメリカ・アカデミー、作品賞とったんだっけ?(爆)
いや、ベイティ、言い間違えてもしゃあないって。
大ヒットでしたもんね。

で、そのスタッフが再集結して作った、らしい?
本作品。

「グレイテスト・ショーマン」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これ、2017年作ですが。
封切り当時、いわゆる「業界もの」的な
売り方してたような記憶が。

だから素人・アマチュアとはいえ、
ショービズにほんのちょっぴりだけど
噛んでいる?自分としちゃ
興味はあったのですが・・・

なんか、ちょっと足が向かずに、
まぁ、来年(つまり2018年)BSでやるでしょ?
って思ってたんですよねぇ・・・

これ、何が今ひとつ足向かなかったか、っていうと。。。
まずオリジナルか何かの原作有りなのか、が
よーわからん宣伝だったこと。

で、やっぱり?決定的なナンバーが
見当たらなかった?予告などでも
さほど記憶に残らなかった?

で、ショービズの話なのに、なんか、サーカスっぽい?
いや、サーカスだって立派なショービズですが・・・

とまぁ、「???」が消えないウチに
劇場公開も終わった、って次第。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で。中途半端な枕はこれくらいで。

見終わって、正直なところ・・・

星5つのところ、星2個半か3個、でしょうかねぇ。

俺、タモリじゃないけれど、
ミュージカル、って歌・音楽に必然性がないと
なんかこう、浮いてしまう気がするんですよね。

その点、サウンド・オブ・ミュージックとかは
もろ「音楽」が題材のミュージカル。

ファントムに至っては
「オペラハウス」の出来事、という
ある意味禁じ手なミュージカル。

だって、そこでは「音楽」があって当たり前、
ってシチュエーションだもんね。

唯一例外?なのは?
当時の気鋭の新進、その後それぞれのジャンルで
天才と言われる人々が集まって作った
ウェストサイド・ストーリー。

歌って踊って相手を追いかける不良にまずびっくり。
ダンスしながら決闘するグループにびっくり。
故郷を思いつつ、それでも踊るオネイチャン達にびっくり。

でも全部が全部、自然と「そうでなければ」
というハマリ方。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あと、アリだとすると、
「歌ありき」で綿密に設計された作品か、
だれかの伝記を「音楽で綴る」という手法かな。

歌ありき?だと、
ラ・ラ・ランドとか、マンマ・ミーア!でしょうかね。

マンマ・ミーア!は、アバの楽曲「だけ」でよくぞストーリーを
作り上げたもんだ、と。

伝記系だと、それこそサウンド・オブ・ミュージック。
これ、実話でしょ?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で、それらを踏まえて本作。

見てから知ったのですが。
これ、P・T・バーナムの成功物語、なんですってね?
「サーカス」というものを事実上この世に初めて
送り出した「グレイテスト・ショーマン」の成功物語。

でも、最初のナンバー、数分のシーンで、
なんとなく話の全貌が見えた、ってのが
ちょっと、いや、結構残念。

貧乏な仕立て人の親子が大金持ちの屋敷によばれて
仕立てをするけど・・・
息子と、金持ちのお嬢さんと、が一目惚れ。一気に意気投合。
そして息子は天涯孤独になって
ストリートチルドレンになったものの、
そこから腕一本で働いてお金貯めて、
そしてお金持ちのお嬢さんに求婚・・・

そしてNYの片隅の安アパートを借りて
娘も2人出来て、
つつましやかに・・・

ここまでを一気に見せて、1つのナンバーで綴ってしまう・・・
でもこれ、たしか10分少々?

となると、この先、だんだん成功して、
でも時々失敗して落ち込んで、
でも娘や愛する奥さんに励まされつつ
一定の成功を収めて、
奥さんの実家に「ザマミロ」と見返したその時に
足下から成功が崩れてしまい、
奥さんも自分の所から去ってしまい、
そこで自分が何者かということを初めて見つけて
改めて奥さんに許しを請うて、
そして最後は大成功、めちゃハッピーエンド・・・

多分、そんな所でしょ?
でも、それがたったの10分のナンバーで
見せちゃうの?分からせちゃうの?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・って思ってみてたら、
本当に!
その通りの展開だったので、
見終わって、正直「なんだかなー」って思ってしまった次第。

いや、これはホントに誓って言いますが、
予備知識、予習は全然せずに、
ただ単に「大ヒット」「ミュージカル」「ショービズ」
ってことで見たんですからねっ!

( ̄^ ̄)

いや、伝記ものとは言っても、
ここまで単純に山あり谷あり、ってのを描かれると、
分かりやすい一方で、
いろんなナンバーがちょびっと霞んでしまった、かな?

他方、サーカス、ってことで、
「いろんな人種、ハンディキャップを持った人、
特殊な外見を持つ人々」の雑多な集団が
物語の母体になっていくわけですが。

ま、確かに今の彼の国の
我が国に負けず劣らずな政権と
世情をみるにつけ。

「多様性を受け入れようよ」
「色んな人がいたっていいんだ」
「お互いを認めあおうよ」

っていう主張は大いに広めていいことだろうと思うけど。

なんか、この映画にはそのにおいが
ヘンについちゃってる気がして、ね。。。

そりゃ、確かに「サーカス」って所は
ある意味、祭り小屋でやってる「ヘビ女」とか「狼男」
とかの「見世物」がてんこ盛りなのでしょうが。

そういう人々に偏見を持つ社会、ってのが
あるのも事実だけど。

だから、サーカスを始めて見た人々は
「面白い!」って肯定する一派と
「気持ち悪い、街から出て行け!」って叫ぶ否定派と
真っ二つになる、ってことなんだろうけれど。

ここは映画では執拗に描かれてましたね。

うーん。上手く言えないが、
今の世情批判とこの話を結びつけたいなら、
ちょっと無理があるんとちゃうかな?

って率直に思ってしまったですね。

ただ、ワンシーン(ワンストーリー)、
ヨーロッパナンバー1のソプラノ歌手、
リンドとひかれ合って、
彼女のアメリカ公演を成功させて
自分も「成金」じゃない、
「一流の上流社会の一員」として認められたい・・・

という話のくだりは、なんか、「ほっほーん」
って思いましたね。

時代的に19世紀の話っしょ?
その頃のアメリカ人、って
アメリカ人、ってだけでヨーロッパから見たら
「成金」扱いだったはずなのに、
そのアメリカでも建国100年たつかたたないか、
って頃で、すでに「格差社会」が?
「成金」の中の「上流社会」と「成金」とに
二層分化してたの?

うーん。タイタニック見た後だけに、
そこらあたりは、なんとも・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ま、そんなこんなは置いといて。

最初のアメリカ公演が大成功に終わって
祝杯をあげている上流社会の人々。
その中に混じっているハーマン。

公演を(天井桟敷で)聞いていた
サーカスのメンバーは
当然自分達もハーマンの「家族」と思ってるから、
せめてリンドにひと目あって
おめでとうを言いたい、
ハーマンと一緒にお祝いしたい、
だって家族でしょ?・・・

でもその目の前でハーマンに邪険に扱われて、
「やっぱり自分達はここにいるべきじゃない。。。」
「けど、自分の居場所ならちゃんとある」
「私達は家族同然」
「そして、私は私なんだから!」

この一連のシークエンスだけは、
「差別」「偏見」と戦う、という意図が
ハッキリ分かって、一番印象に残ったシーンでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このナンバー、「ディス・イズ・ミー!」は
本当にパワフルなナンバー。

私を言葉の刃で傷つけるなら
そいつを溺死させてやる。
気をつけな、私が通るよ、道を空けな!

そんな感じの力強いナンバー。

見栄えがどうであれ、感じられ方がどうであれ、
私は私、それを恥じることなんてないのよ!

とうたいあげるナンバーはただただ、
パワフルさを感じました。

つまりは、このシーンが
この映画で一番言いたいことだったかな?と。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ただ・・・キツくいうなら、ここ「しか」インパクトがなかった、
とも思えるんですよねぇ・・

例えば、バーマンにスカウトされた
台本書きのパトリック。
(ザック・エフロンがめっちゃイケメンでびっくり!
でも、以外とちっちゃいのな?とおもったら日本人と
そう身長かわらないのね。)

彼がサーカスに初めて行ったその時に
目の前に偶然現れた空中ブランコ乗りのアン。

フィリップはすでに「上流社会」の一員だったけれど、
ま、いろいろあってサーカスに引き抜かれて。

そしてそこで一目惚れ。
でも彼女は有色人種・・・

一緒にめかし込んで歩いてても、
「フィリップ!メイドに服着せて連れ歩いて何が面白いんだ?!」
みたいな周りの反応。

挙げ句、フィリップの両親に心ない言葉を
浴びせられて、1人身を引こうとして・・・

ここも「ディス・イズ・ミー!」に繋がっていくのでしょうが、
この2人の関係もサイドストーリーとして
もっと掘り下げて描いてもよかったのになぁ・・・

って思ってしまったですね。

ストーリー、メインはバーナム、サイドストーリーはパトリック。、
そして「ナンバー」は「髭の名ソプラノ」レティ・ルッツにお任せ!

だったら、もっとすっきり見られたかも。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうつらつら書いて思いましたが。
結局、ミュージカル+伝記+歴史、ってのが
ごたまぜになってしまったから、
フォーカスが弱くなってしまったのかなぁ?

ちなみに。wikiると、
このハーナムのサーカス、やがて
ハーナムからパトリックに権利を渡して、
リングリングサーカスと合併、
でもとうとう2015年に公演を終了しちゃった、って。

常設小屋からテント張りでサーカスを見せる、
ってのもどうやらこのサーカスが最初っぽいし、
街から街への興業、ってことで
専用列車を仕立てて、待ちに乗り込むところから
すでにサーカスの世界を演出する、
って手法もどうやらここが世界で最初にはじめたこと
っぽいですね。

だったら、もっとそういう「功績」を前面に出した
ストーリーでもよかったのかも。

でもやっぱり肝心なのは・・・

ミュージカル仕立てにするんだったら、
歌とストーリーとが必然的に
もっと必然的にリンクして欲しかったなぁ・・・

せっかく、「ディス・イズ・ミー!」って
すごくいいナンバーが生まれてるんだから。

っちうことで、映画そのものは星二つ半、でしたが。
この「サーカス」ってのをはじめた
「P・T・バーナム」の物語。

これ、ストレートプレイで作品にしたら、
実は結構重厚な芸術作品になったのかも。
でも、こんなに見やすいお話にはならんかったろうな。

ううむ。やっぱり。
ミュージカル。奥深し。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで。
せめて俺だって夢を見たい。
見た夢を実現させたい・・・

バーナムのように、無い袖振ってでも
自信と自惚れ?さえたらふくあれば・・・

そんなこと、ふと思った映画でした。

それでは皆様、
Merry Christmas!!


南座発祥四百年/當る亥歳 吉例顔見世興行 を見て

12月も半分を過ぎて、今年2018年、平成30年も
残り後半月、2週間、という今になって
いきなり真冬めいた天気にはなったものの、
今週末にはまたまた最高気温が15℃を超えて
20℃近くになる、ってかんじで、
やっぱり地球温暖化は止められない?
元旦に夏日になってもおかしくなかろ?
それこそ新世代の幕開け?
と、アホなことを考えてなきゃやってられない今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんでも巷じゃ、
煽り運転とやらで殺人しでかしながら
危険運転ナンチャラ法の不備のおかげで
議論もわかったようなわからんような。

そういうのを受けて、とっとと永田町で
全会派一致で不備な所を直す、
ってことやりゃいいのに。
野党なんか、今いの一番で法案提出したら
「おおー!」ってなるのに。

確かに、土砂投入とか、年度予算とか、
いろんな大変はことが山積してるんだろうけれど、
こういうアイテムは反対なんかせんでしょ?

だのに・・・だからみんな国政に関心が
薄れるんとちゃうかなぁ。

って、あまおけ の舵取り:船長やってる身としては
その言葉がブーメランにならないように
気をつけないと。うん。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、京の師走・・・
本当に、今年「こそ」は
お天気のせいで、全然師走感がないのですが・・・

アマオケの本番はとっくに終わったし、
その直後に顔見世みちゃったから、
なんか12月は「2018年・エキストラ」って印象すら
芽生えているのですが。

先月も備忘しましたが・・・したっけ?

京の師走といえば、
なんと言っても南座さんの顔見世興行!

今年は2年間のブランクを経て、
耐震工事を終えて、
全面リニューアルを記念して、
また南座発症400年記念?
ってのもあって、
今年は22年振り?に
南座・顔見世興行が2カ月連続で開催されています。

そして先日、2カ月目の顔見世に
行って参りました!

先月は襲名披露で三代そろい踏み!
という目出度い舞台でしたが。

今月も、実は片岡仁左衛門さんとこが
三代そろい踏みの舞台がある!
ってのは、なんだか「隠れテーマ」っぽかったですが。

いやいや、そういう歴史を目撃できる、
ってのもある種醍醐味でしたねぇ。

ということで、今日は
先週末見て来た舞台の備忘です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

南座発祥四百年 南座新開場記念
白井松次郎・大谷竹次郎追善

~當る亥歳 吉例顔見世興行
 京の年中行事     東西合同大歌舞伎


いやいや、目出度いだけにタイトルも長い!?
ちなみに。白井・大谷両氏は松竹座・歌舞伎の
伝承・発展に大いに貢献した
偉大な人達、ということだそうですね。

恥ずかしながら具体的なこと、
細かい事は全然しらないのですが。

いつの時代にも
こういう人々やパトロンさんがいて、
「我が国の文化芸術を絶やしてはいかん」
とばかりに私財をなげうつ、
尽力を惜しまない、
そういうことなんでしょうね・・・

あぁ、イシンなんて威勢の良い名前だけど、
そんなことを滅ぼして、
何がイシンなんだか・・・

さ、そんなどーでもいい組織はほっといて。
さっそく、舞台の印象、です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第一、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
  木の実/小金吾討死/ すし屋


ご存じ、義経。義経千本桜。
・・・って、義経は?キツネ?あのお方は?・・・

そういや、勘三郎さんの「キツネ」ぶり、早変わり、
あれ、すごかったよなぁ。。。

でもこの作品は・・・義経のお話だけど、
サイドストーリー?

「いやいや、そもそも義経千本桜、って
殆どサイドストーリーの撚り固めだし。」
って教えてくれるのは、例によってカミさん。
いつもこういうの、沢山教わります。
教わるハシから忘れちゃうのは
どうしたもんだか。。。ですが(汗)。

この最初の「木の実」で
仁左衛門さんのご一家が実は共演、だそうで!
何かのインタビューで見ましたが。

こういうのはなかなか無いことだそうですね。
むしろ先月の3代同時襲名披露が
めっちゃ珍しいことだったようで。

だから、でしょうか、そうなんでしょうね。

この手の芸事、って
口や書き物だけで伝えるのはめっちゃ難しいだろうし。
昔に比べたら、今やデジタル映像で残せるから
まだマシなんだろうけれど。

けど、やっぱり「生の舞台」の空気は
「生の舞台」でないと完全には伝わらない、
って思うんですよねぇ。

これ、祭典芸術系のスポーツだってそうだろうし、
アマチュアといえど、俺のいる あまおけ だって
そうだろうな、って思います。

同じ空気を「吸う」ことで伝わる「なにか」。
形や言葉にはできない「なにか」。

仁左衛門さんも(ベタな言い方だったんだろうけれど)
「自分の背中を見て「何か」を感じ取ってほしい。」
「それを自分のものとして伝承していって欲しい。」
ってこと仰ってましたもんね。

ホント、それ、西洋音楽・Orchestraなんかよりも
よっぽど難しいし、貴重な人々なんだろな、
って思いながら見ていました。

仁左衛門さん。
先月もそうでしたが、ますます存在感が増幅してますよねぇ。
何と言っても声がいい。

この日はビンボな我が家は、3等席という、
ほぼ天井桟敷のお席。

でもそこに座っていても、
自分の耳のそばで喋っているように
ビンビン声が響きます。
いや「届く」じゃなくって「響いて」きます!

まるで、ピンマイクでも使ってるのかしら?
と思いたくなるほど。

「美声」というのとは少し違うのかもしれませんが、
でも舞台の奥まで「音が飛ぶ」というのは
俺も笛のレッスンでしょっちゅう言われていること。

うーん。ジャンル、中身、レベルは
全然違うけれど、
どうにかして見習いたいもんです。

で。肝心のお話。

結構ツライ「ファミリードラマ」だったんですね。

主人公、権太は親を親とも思わず、
そこら中でふっかけてたかりばっかりやってる男。
家族も勘当して、1人好き放題。

でも実は自分の親父は
平家に使える重鎮で、
婿入りした男は平家の人間。

当然、京(といっても「八尾」って言ってたっけ?
ま、時代からすりゃそうかな。)には
上級なオーラを発散させる妻と息子。

で、その2人が落ち延びてきた先が
権太の実家の寿司屋さん。
途中でお供の若侍が命を落としたけれど、
それを偶然見つけた親父さんは
その首を持って帰って・・・

で、「色々あって」
最後は親父さんが権太を刺したけれど、
実は・・・

という、哀しいお話。
でも日頃の行いが・・・というウラがあったり、
でも最後に自分の妻と子供を差し出したまでして・・・
という善行がからんだり。

涙、涙・・・という号泣系には
自分の中ではならなかったものの。
やはり「日頃の行い」ってもんは・・・
ってふと思いました。

それにしても、仁左衛門さん。
浪速言葉で啖呵を切ったら
これがまた迫力はあるわ、
ユーモラスでもあるわ・・・

ホントに、早くその魂を
息子さん達に引き継いで欲しい、
でもまだまだ末永く舞台に立って欲しいなぁ。

そう思った芝居でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第二、面かぶり(めんかぶり)

これはいわゆる「踊り」もの、ってやつですか。
弓矢の精な「子供」が出てきて、
色々と舞う、ということですが・・・

子供・・・でも鴈治郎さん・・・
え?鴈治郎さんって・・・齢おいくつでしたっけ?

でも舞台で1人舞う姿は確かに子供。
子供なだけに、当然ぴょんぴょんしたり、
元気よく駆け回ったり・・・

でも、齢・・・おいくつ・・・?
いやいや、ホントに芸に賭ける人の凄みすら感じました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第三、弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)
  浜松屋見世先より 稲瀬川勢揃いまで


そしてもひとつの目玉?
弁天小僧のお話。

これ、松竹さんの説明だと、顔見世でやるのは3回目、
という、実はめっちゃ珍しい演目だった、とのこと。
先の「面かぶり」共々、
「以外と?」顔見世でやっていない、ってのも
なんだか新鮮な響き。

今回、この弁天小僧をラブリンがやる、ってことで
どんな風になるのかな?
と一番楽しみにしていました。

ラブリン、仁左衛門さんとは違って、これまた「美声」。
仁左衛門さんの声には「濁り」があって、
それが耳にじんじんくるのですが、
ラブリンの場合は「澄んだ」感じの声なので、
女形の時の声がすごく「らしく」聞こえます。

でも、やがて「女じゃなくって男だ」ってのが
ばれた時の「間」、
そして「男」に代わった、いや、「戻った」瞬間の
オーラの切替、声の切替の凄さと言ったら!

どっちかと言うと小柄な人なんだな、
って思っていたのですが。
(だって、紀香ちゃんの方が背が高く、ね?)

だからこそ、芸達者なラブリンが
女形→男に変化する弁天小僧、ってのは
「宛て役」のようにすら思えて期待してましたが、
期待に違わず?
期待以上に?

男5人白波衆、ってのも「華」があるんだな、
って思いましたねぇ。

全然話はちゃうけれど。
確かルパン三世の第2シーズンで、
これをネタにした特別回の脚本が
なかったっけ?

五右衛門が弁天小僧に恋をして、
白浪五人衆を名乗る盗賊に加わって
ルパン一味を裏切りかけて・・・

でもどこかで弁天小僧が男ってわかったのと、
自分が利用されてるのをしって、
最後は銭形警部に五人衆を引き渡して
ルパン一味はとんずらこいて、と。

まぁ、男が惚れ込むような美女、
でないと、このお芝居は成立しないんでしょうけれど。
その意味でもラブリンの弁天小僧はオモロかったです。

唯一、いじるとしたら・・・
最初の番頭さんとの会話。
「贔屓の役者さん、宛てて見せましょうか?」で、
「実は藤原紀香さんがごひいきでございましょ?」って・・・

これ、勘三郎さんなら、絶対突っ込んでたろうな・・・

愛之助さんでしょ?とか、右團次さんでしょ?とか。
まあ、普通に向こうウケするからいいんだけどねー。

ただここまで楽しかったら、
千本桜もそうですが、
通しで見られるモンなら見てみたいなぁ・・・とも思ったり。

5人衆なんだし、当然5人それぞれのお話があって、
最後の大見得に至るんだろうからさー。

うーん。また新しいものを教わりました。はい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第四、三社祭(さんじゃまつり)

そして最後はこれ。
名前だけはよく聞くのですが、
でもそれは江戸のあのお祭りが
ニュースになって、それでよく聞く、って印象なのかな。

実は、これも顔見世では5回目、ってことだそうで。
つまりは、今回の夜の部は珍しい演目が
並んでたんですよね。

そういうのを「つまみ食い」して見られる、ってのも
顔見世の醍醐味なんだ、って
これまたカミさんの受け売り。

ここで踊る二人は大学生・・・ってことだそうですが。
いわゆる、アレ、かな?
期待の若手、でも家の跡取りとかじゃなく、
松竹さんが歌舞伎を絶やさないように、
お家とか関係無く、
若い役者をどんどん育てようと、
国立劇場とかで訓練している、
あの出身なのかな?

ジャニーズJr.?
いやいや、そんなんじゃ全然ないんだろうけれど。

だとしたら、ホントに期待のお二人さん、なんだろね。

踊りなだけに、さほど込み入ったお話があるわけじゃないけれど。
二人の動きのこぎ見よさは、
「面かぶり」の鴈治郎さんとはまた違った、
文字通り「若々しい」踊りでしたね。

若々しい、ちうか、ハキハキした踊り、っちうか。

これも全然予習なしに見たので、
お話の筋と「祭り」の言葉の関係が
今ひとつわかってなかったのは
もったいなかったかも。

でも顔見世の打ち出しを任されるってのも
なかなかなモンでしょうよ。

そかー。鷹之資と千之助のお二人さん。
歌舞伎を伝承するってのは
色々大変だろうし、
お家ってのも絡むんだろうけれど。
ただただ、頑張って欲しいなぁ。

って、どこかのお家の人なんだったら、ゴメンナサイ。
(わざわざ「大学生」って紹介があったので。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで、終わってみれば夜も10:00少し前。
招きも見事なライトアップと相まって
凄く華やいでいたのですが・・・

その右端に掲げられた
坂田團十郎、片岡仁左衛門、の招きを見て、
先日、Eテレでやっていた、
歌舞伎・平成の30年、
的な振り返り番組をふと思い出しました。

今日活躍していた仁左衛門さん、
鴈治郎さん、
そして先月の白鸚さん、
そして今回はお出ましがなかったけれど、玉三郎さん。

そういった「次の世代」が、
ぽっかり抜けてしまった・・・というのは
返す返すも残念やなぁ、、、ってついしんみりしてしまいました。

勘三郎さん、三津五郎さん・・・そこの世代が
平成の時代「だけ」を駆け抜けていってしまった・・・

さぞや、色々とタイヘンなのだろう、って思います。
でも、ようやく?真人間?になったか?

さらにその次の世代、エビくんを筆頭に、
幸四郎クン、獅童クン、あのあたりの役者さん達が
どんどん研鑽つんで、お芝居も上手いなぁ、
って思えるようになって。

ここは勘九郎クンが一人で踏ん張るのか?
と思ってたのですが。

どうやら、ギリギリ、世代伝承が間に合いそうで。
うまく引き継いで行ければ、
それこそ日本文化の伝承、って意味でも
とても素晴らしいことだろな。

平成もオシマイ、次の元号はわからんけど、
新しい元号になって、新世代が中心になって、
ますます発展していきますように。

お腹がいっぱいにならなくっても、
脳みそがいっぱいになる、ってのは
やっぱり大事なもんだ、うん。

オリエント急行の殺人・再び(三度?)

いっや~、寒いっ!寒い寒い寒い!
って、先週の今頃は確かあちこちで夏日になってたんと
ちゃうかったんかい?
せやのに、いきなり最高気温が25℃から8℃まで落ちるなんて、
一体全体、どないなってるねん?
マジ、衣替えっちうタイミング逸して、
体もついていかないし、
と思って天気ニュースみてたら、
北の方で「初雪」になった、って?
そろそろ市内も初雪?
で、帳尻合わせでクリスマスがめっさ寒くなったと思ったら、
きっと新年は再び夏日になるにちがいない・・・
と半分とち狂ってしまった今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いやいや。
冗談で「春と秋がどんどん短くなっていく」って
折に触れて言ってましたが。

ホンマに、11月上旬頃迄は夏だったはずなのに、
12月に入ったとたん冬?
京の紅葉シーズンは、確か11月下旬の三連休、ってことで、
市内はごった返してましたが、
もう先々週、先週と、あの観光客はどこ行った?
道のど真ん中で立ち止まる大量の外国人はどこ行った?

って、市内の巨大ターミナル駅を歩きながら、
ブツクサ言わずにはおられようか・・・

ってなほどに、今年は気候というやつに
振り回されましたよねー。

これで平成最後ってのも、
この30年を象徴してるのかもね。
バブルが膨らんではじけて・・・って時代だったもんねー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな天気がどうこう、って言ってるこの時期、
先週の007に続いて、もう一本、
放映された映画を、ザッピングっぽく?
いや、途中「一時停止」しながら全編見ました。
今日は(先週に引き続き)
その映画の備忘を。

見た映画はこれ!

オリエント急行殺人事件

・・・って、これ1974年の、あのグランドホテル式(って言うんだっけ?)の
佳作(名画?)とは違って。

2017年に公開された、ケネス・ブラナーのヤツです。

これ、いわゆる「リメイク」ですかね?
数年前、三谷幸喜が翻案したドラマとも違って。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実はこれ、再び映画化されてた、
って全然知らなかったんですよね。

去年かなぁ、阪急メンズ館を歩いてたら
(あぁ、あれもこれも欲しい、でも財布は真っ赤、会社はケチ・・・
って思いながら「散策」してました。)
館内のサイネージで、いきなり「映画予告編」が。

なんか、メンズ館の上に映画館があるから?かな?
タイアップしてたらしいけれど。

それを見た瞬間、足止まりましたもんね。
思わず見入ってしまった・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1974年版と違って、もっと「時代がかった」感じもしたし。

なにより「あの映画のリメイク?その手の監督をするって・・・?」
って思ったら、案の定「ケネス・ブラナ-」のクレジット。

でも、予告で出てくる顔のフラッシュは、
なんか見たことあるスターがいっぱい・・・?
やっぱり、グランドホテル式の映画なんだろか?

・・・ってずーっと気にはなってたんですよね。
でも1974年のヤツは何度かTVで見たし、
三谷幸喜のヤツも見たし。

で、リメイクと言うと、大体「コケる」のが相場だけど、
ケネス・ブラナーが作り込むとなったら・・・

って記憶だけがうっすらあったのですが。
先月かな?TVでオンエアされるのに気がついて!
(だいたいこの手の作品は、封切り1年後にBDになって、
同時に、映画専門のBSあたりでオンエアされる、って相場が、)

で、時間も出来たので、空いた時間に
録画したのをつらつらとみていった次第。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で。まず結論。

リメイクとしては合格。
今まで見たリメイク系では飛び抜けてOKかな。

* D.クレイグのカジノ・ロワイヤルは、あれば別物。リメイクにあらず!

でも、見終わった直後はそれなりに「重いもの」が残ったけれど、
時間が経つにつれて、映画の全体像、インプレッションが
さほどなったなぁ・・・と。
率直に、そんなインプレッションでしたね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

じゃ、順番に。

まず、さすがに74年版とは違って、今は色々作り込めるから、
原作の時代の街、風景を難なく作れるんだろね。
確かに「西洋人」が見た「当時のオリエント」な雰囲気で
いきなり引き込まれます。
ただ、確か原作はシリアだったはずだし。
わざわざ嘆きの壁で宗教と英国支配とを絡めて描かなくっても・・・
まあ、ケネス・ブラナーの意図があったのでしょうが。

この部分は即ち、映画オリジナル、ですな。

ここでポワロの基本的な人物像を描いておいて、
で、自然に原作に合流させていく。

「偶然」デベナム嬢と出会って、イスタンブールへ行く船に同乗して。
そこで「秘密の会話」を立ち聞きしちゃって・・・

立ち聞きしたポワロは、レイにライトセイバーでぶち切られて・・・
ってことはなくってー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とまぁ、色々な伏線を早速ばらまきながら、
到着したのはイスタンブール駅とその周囲。

これがまた、見事に「きっとそういう風景だったんだろうな」
というくらい!時代考証もバッチリ!
見事に雑然とした雰囲気の中、色々な人物が
オリエント急行に乗り込んでいく・・・・・

って、その人物描写・紹介がなんかめっちゃ端折ってない?
ちうか、ミシェル・ファイファー?が
思い切り「アメリカーン」な「未亡人」でしばらくポアロに絡む・・・
そか、ここはファイファーのソロの場面か?・・・

んで、列車がイスタンブール駅を出発するシーン、
その他、列車が雪山の谷間を疾走するシーン、
雷鳴がとどろいて、雪崩が起きて、
危ない場所で雪に乗り上げて脱線・・・

そういうシーンはそらもう「特撮」「CG」などなど、でしょうが、
まぁ、そこはそれ、全然違和感なく、時代感もあって
良しとしましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で、そんな中、原作だと、ポアロは一通り、登場人物と
何らかの関わり・会話を持ちつつ話(急行)は進むはずですが・・・

そこも、結構端折ってるかな?
むしろ、ポアロにずっとフォーカスされてる?

うーん。食堂車・ラウンジ車で、あっちの方からMが
ツーンとおすましして歩いてくるし。
きっとこの列車にはスペクターの手先が乗っている荷違いない?!

で、いよいよラチェットの登場!
・・・って、ジョニー、あんた、なんでもやるねんな?!
チョコレート工場やめて、今度はギャングかい?!

で、アーだコーダしてるうちに、
ラチェット、ほぼナレ死。

え?
その前の「これ見よがし」な複線は?
全然なし?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

確かに、ポアロと同様、ポアロが置かれた視点で
話が進むから、それはそれでいいんだろうけれど。

赤ガウンの女(?)が「駆け抜けていく?」
車掌のボタンが見つかるのに、
車掌のミシェルがそんなに絡んでない?

アーバスノットがお医者さん?
あ、だからか。原作で一緒に謎解きする医者が出ないのは。

で、いざ謎解きが始まった・・・と思っても、
印象に残るのは、Mとレイ、くらいかな・・・
そうそう、ファイファーも。

で、アーバスノットがお医者さん、ってせいもあって、
あれ?お医者さんはポアロの側じゃなかったっけ?
なんか、ミスリードしてない?って
時々混乱。

で、なんだかんだで時間が進んで、
「自分が犯人って思われちゃヤダ」って人が、
停車中の列車から橋桁(止まったのは崖っぷちの木の橋桁の上)
へ飛び降りて逃げようとして、ガンファイトっぽいのがあったり。

そうかと思うと、
デベナム嬢を問い詰めるポアロに銃口を向ける
アーバスノット・・・

で、映画のラストシーン。
列車も軌道に戻って、さあ出発・・・って
作業員を制して、1人、トンネルで待機する乗客の元へ行くポアロ。

この時の乗客全員の「絵」は、多分「最後の晩餐」から
取ってるんだろうな・・・

木の長テーブルに、横一列に乗客全員が座ってる。

そしてその前で謎解きをはじめるポアロ・・・

謎解きも、今までのポアロの映画と違って、
結構「叫ぶ」印象が。
怒鳴る?!かな?

基調は「自分だけがわかった!」という
傲慢なまでの自慢、なのは一緒ですが。

「ウソを積み重ねてだませると思ったか?
ウソが通用しないのはこの世で2人。
神とこのエルキュール・ポアロだけだ!」

という台詞はいいんですが・・・

そのあと、紳士口調で丁寧に話しかける・・・
っていうんじゃないんですよね。
それもまた新鮮、ちゃ新鮮でしたが。

謎解きの最初に机に銃をたたきつけて置いて。
それから謎解きをはじめて・・・

打たれて流血した部分を止血した
ハンカチを取り出しながら(!これもびっくり!証拠品だろうに!)

「このハンカチを正しい持ち主に返そう!
刺繍されているHはキリル文字。発音はN、つまり
ナタリア・ドラゴミノフ!あなたのものだ」

と血だらけになったハンカチを半ばたたきつけるような・・・

その他、片っ端から「お前はアームストロング大佐の~」
って関係を「叫びながら」問いただす・・・
言われた方はその場で関係を「自白」して泣き崩れる・・・

で、最後に「自分には裁けない。本当に罪を犯した、
と言いたいなら、その銃で私を撃って湖に沈めるが良い」
と言ってきびすを返して立ち去ろうとしたら・・・

ミシェル・ファイファーが
めっちゃ思い詰めた表情で
罪は全部自分にある、と言って
銃を自分に向けて引き金を・・・・

でも銃は予め弾丸を全部抜いてあって・・・

で、列車は再び出発・・・

うーん。

ちょっとオリジナル性を出そうとしすぎたのかなぁ。
小説読んでも、そういうイメージじゃなかったんだけど。。。

推理もの、って謎解きのシーンが一番
盛り上がるはずなんだけど・・・
なんか、ただ沈痛さだけが残って。

で。謎解きもあっけなく終わって、
最後は列車を降りて皆と別れるポアロ。

でも雪を被った駅からラウンジ車を見上げるポアロ、
それを見送る乗客・・・
だれも会釈もしない?微笑んでもいない?
皆、沈痛な面持ちのまま・・・

そしてエンドクレジット・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うーん。
まず。改めて。
見終わった後、「よく上手にリメイクしたな」ってのが
率直な感想。

でも、その刹那、流れ出した「歌」にチョー幻滅。
これ、古くはタイタニックに始まるネタ・パターンだそうですが。
日本だけのこと、かなぁ・・・
でも、まだ「ミステリー・ナイル」の方がナンボかマシ。
この歌で正直、興ざめしてしまった。

と同時に、終わって全然爽快感がない!
というのに気がつきました。

事件が解決したのに。

74年版は、わざわざ全員の顔見世のためのシーンもあったから、
華やいで「めでたしめでたし」って印象だったけど。

けど、これはブラナーの狙いなんだろね。
だって、これ、「善と悪のバランスがわからなくなってしまった」事件でしょ?
確かに「1人の命」が奪われたけれど、その1人が何人、何十人もの
人生を大きく狂わせて、しかもその1人がのうのうと生きている・・・

確かによくあるテーマかもしれないけれど。

「登場人物全員にアリバイがあって殺人の動機がない」
というのが、この小説のぽおもと。
でも蓋を開けてみれば・・・

だから、この意味ではブラナーは忠実に原作を映像化した、
と言えるんだろな。

古畑任三郎じゃないけど。
けど同じセリフポアロも言っていたけれど。
「いくら「悪」だと言っても、殺しはいけません。」と。

でも「法律は万能じゃ無いのよ」って、
ペネロペ・クルス(!)が
辛そうな顔して言う様とか。。。

だから、終わってみて爽快感がない、ってのは
ブラナーの狙い通りなんだろうけれど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

けど。

正直、時間が経って、乗客のインプレッションが
さほどないなぁ・・・ってのがちょい気になってます。

これだけ豪華な人を廃して。

ドラゴミノフ公爵夫人を演じたM、いやさ、デンチも、
デイムの称号を与えられる程の名優なのに、
なんか、ちょい役っぽい気が。

74年版では、もっと存在感を発揮するだけでなく
一番「この人は真っ先に犯人リストから除外」
って言いたくなる、オーラを発散する役どころだけに、
デンチがどう演じるか、って思ってたけど、
結局犬を連れて、一言二言、付き人に悪態突くだけ・・・

デベナム嬢のレイ(デイジー・リドリー)は
良い役やってたなぁ。
ナタリー・ポートマンみたいに、SW離れても
食っていけるんじゃ、ね?

でも、アーバスノットとの「仲」が結局暗示で終わって、
ってのもなぁ。
確かに「現代」だと、全キャストが「白人」だと叩かれる?
のかもしれないけれど。
ヘンに医者にせず、原作のまんまで黒人で、で
全然良かったのとちゃうかな。

というか、原作の時代に黒人の階級の高い兵士がいない?
ってことだったのかな。
だったら、他の役どころで使えばいいような・・・

ちょっとこの改変は意図がわからなかった。

で。再び映画全体のインプレッション。

結局、ケネス・ブラナーのいつものパターン?

ケネス・ブラナーのための
ケネス・ブラナーによる
ケネス・ブラナーの映画・・・

かな?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P・ユスチノフのポアロを映画館で見てしまった俺としては、
確かにケネス・ブラナーのポアロは全然違う側面を見せてくれて、
これはこれで大いにアリ、だと思うし。
「ポアロ」の作品だから「ポアロ」が主人公でいいんだけど。

このオリエント急行殺人事件は、
リンドバーグ大佐の子供が誘拐・殺害された実話に基づくモチーフが
なんとも言えない「哀愁」を作り出している、っていう、
ポアロ以外の全員にそれなりのストーリーがある、
ってのも見逃せない、って思うんですよね。

けど、それを真正面から作り込むとすると、
三谷幸喜のヤツみたいに、映画2本分になってしまう・・・

だから、それはわかるんだけど、
そう思うと、74年版のやつは上手に割り振りしてた、ってことなのな。

でも、ケチはつけちゃったけど。
単純に「ポアロ視点」で見れば楽しめる映画だったし。

エンディングで「次作製作予定の示唆」もあったし。

え?でも、ナイル川の殺人は、最初からポアロも船に乗ってなかったっけ?

オリエント急行殺人事件がある程度(とあえて言いますが)
成功したんだから、
やっぱり次は「ナイル川殺人事件」なんだろね。

多分、これは対を為す背景だもんね。
「全員にアリバイがなく、全員に殺意があった」って設定でしょ?
だったら、こっちの方が「全員犯人」って作りやすいんだろうけれど。

やっぱり、今、再びアガサ・クリスティなのかな?

なんであれ、下手なリメイクだけはやめちくり。

それにしても。
天気さえ崩れなければ、完全犯罪で終わったんだろうなぁ・・・
って思わされたのは、やっぱり原作の持つ哀愁ゆえ、かな。

やっぱり、クリスティ、再び色々読みたくなってきたり。
ううむ。(時間が。)


D・クレイグの007

今年も12月になって
残す所あと1カ月だってのに、
やっぱり最高気温は15℃~20℃、って
一体どんだけ今年は天気が異常になっとるねん?
とやり場の無い怒りを抱きつつ、
でもクリスマスには良いオッサンでいよう、
とお腹真っ黒なことを考えはじめた今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

北の国では雪が降り出した、
というニュースも聞こえてきますが。
やっぱり例年より結構遅いんですよね?

この備忘録でもさんざ書いた気がしますが。
今年は あまおけ の定期が11月初頭にあって、
しかもずっとポカポカ陽気。
そして顔見世も見ちゃった、ってなったら
なんだかもう年末?
って感じがするのに、
一昨日から12月です!って言われて、
すっかり季節感が破壊されてしもたですわ・・・

そんな12月、っていうと。
俺の趣味?で言うと、コンサートに顔見世、
そして映画!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

毎年クリスマスシーズンに
ハリウッド大作、文芸大作などが公開されますよね?

今年はボヘミアン・ラプソディーかな?

でもこれはまだ見に言ってないです。
もしチャンスがあれば、とは思いますが・・・

今日はそれじゃなくって。
実はこの時期、007シリーズが封切られることが
多かったですよね。
というか、殆どクリスマスとちゃうかな?
夏休みシーズンに封切られた007って
あったのかな?・・・・・

で。実はこの夏~秋にかけて
TVで007全作を一気オンエア、ってのがあって。

50周年?いや、それはスカイフォールだっけ。
聞けば、D・クレイグで2019年11月に新作公開決定、
ってことで、「その記念」に一気放映なのだ、とか?

ということで・・・

いやいや、さすがに全部を一気にTVの前で
正座して見た・・・なんてことは出来ませんですが。

もともと、スペクターのエンディングがすっごく気になってたのと、
ホントに25作目作るの?って好奇心も相まって。

この機会に、D・クレイグの4作品を続けてみたんですわ。

といっても、つまみ食い?ザッピングみたいに
空き時間にチラリチラリと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

改めて。ちうことで。
今日はそのインプレッション。

D・クレイグの007。

まずは今更、ですが。作品一覧を。

「カジノ・ロワイヤル」
「慰みの報酬」
「スカイフォール」
「スペクター」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は。
第20作(これはP・ブロズナン)の
「ダイ・アナザー・デイ」が公開されて、
俺は「ああ、これでオシマイなのかな?」
「もう続編、ってか、新作は・・・」
「やるならリメイクしかなかろう」
って思ってたんですよね。

今でもそうですが。
やっぱり「J・ボンド」のイメージ、って
P・ブロズナンかな、って思うんですよね。

で、20本でキリが良いし、
この先ダラダラ作っても、寅さんじゃあるまいし、
寅さんだって、釣りバカだって、
いつかは終わるものだし・・・

って思ってたら。

いつだっけ?21作目の噂が出だして、
やがてボンド役にD・クレイグ?!

へ?プーチン役じゃなくって、007?

で、へなちょこな俺は、世間の評判ってのにすぐ乗っかって、
金髪?クレイグ?え?今までの007と全然ちゃうやん?
どないなるねんな?

って思って映画見に行きました。

そしたら、ガンバレルシークエンスは意外な形で使ってるし、
決めぜりふは最後の最後まで言わないし、
お約束が結構シャッフルされて・・・・

でも、でもね。
見終わって、ものすごよかったんですわ。
単に「大げさなドンパチ」に終始するんじゃなくって、
ちゃんと「ドラマ」になってて。

で、やっぱりへなちょこな俺は
世間様の流れに抗うことなく
「D・クレイグの007?ええやん~!」てなもんです。

で話は一気に飛んで。
クレイグが演じた4本。

「慰みの報酬」は「シリーズ初の続編」って言ってて。
「スカイフォール」は「前編とは全然関係無い」と言ってて。
でもって「スペクター」は「これまでのナゾが全て解ける」だかなんだか・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で、最初に戻って。
全編一気放映なら、クレイグの4本、続けて見たら
どうなるんだろな?って思ったワケですわ。

先に結論?!

これ、4作で1本のドラマになってる・・・

そんな印象、めちゃ強く持ちました。
いや、最初からそういう企画だったんじゃないんだろうけれど。

でも、いくら「スペクター」の設定・台詞が後付けだったとしても、
4本の中身が全部繋がる気がしました。
で、この4本で完璧に007の世界がリブート・・・なんだけど。

なんだけど。

あまりに完璧に嵌まってしまった?
なので、この4本で「007の世界」が「完結」してる、
とまぁ、そうも思えるワケです。

それこそ、ワグナーの「指輪」じゃないけれど。
どれか1本取り出しても「お話」になってるけれど、
「4本連続してまとめて見ても」ちゃんと「お話」になってる?

ちうことで、めっさ強引に「スペクター」の視点から
遡って4作品を見てみると。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「カジノ・ロワイヤル」

これ、今でも名作、007のベスト、って思います。
若造のJ・ボンドが「テスト」に合格して00要因になる。
けど、無鉄砲にやりやがる・・・

そのころ、スペクターとしては
ル・シッフルからの上納金がパアになって
さてどうしよう、と思っていたら。
邪魔したのが、スペクターが配下にしたがってるMI6の
若造、J・ボンド。

首領(ブロフェルド)にしてみりゃ
「なんか、こいつ、知ってるかも?」と思いつつ、
ヴェスパーを使って007を引き入れて
ひいてはMI6を・・・

でもヴェスパーは脅されてただけ、利用されてただけ、
で、結局ボンドはMI6と女王陛下に忠誠を誓う・・・

で、ボンド的には
ヴェスパーちゃんをこんな目に遭わせたのは
(ボンド的に)裏切ったマティス。
でももっとたぐっていったら「Mr・ホワイト」
で、「おんどれかい!」とやったところでジ・エンド。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「慰みの報酬」

これ、単品と思って見たときは短いし、
ボンドガール、と言っても特にどうという展開もなく。
単に「復讐した気分は、どう?」って程度かと思ってたのですが。
4本ひとまとめ、って考えると、
この話はあとあと必要かな、と。

好きになった人、自分を良くしてくれる人、
そういう人を失いたくはない、
というJ・ボンドの行動理念?を描いたことになるのかな?と。
でも、ボンドにそういう目に遭わせてたのは
全部スペクター。
スペクターは「水資源」にも手を出していた、と。
そしてボンドはヴェスパーへの想いに引きずられ
ますます暴走。
あげく、Mが現場に出動。

で、話の流れで、カミーユの復讐劇に手を貸して
ボンド自信もとりあえずヴェスパーちゃんの
復讐を遂げたつもり・・・

でも、ラストシーン。
ヴェスパーが持ってたネックレスを
カナダの女性情報員に見せて
「情報ダダ漏れやで、今すぐ調べたれや」と言って
表に出ると、そこにはM。

「私の007」って台詞は、
その時はちゃうやろ、って思ったのですが・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「スカイフォール」

これを見たら、確かにM(ジュディ・デンチ)にとって
007は「私の」007だったんだな、と。

先の2作でリブート完結?!とは思っていました。

だって、Qとかマニペニーとか、出てないモン。
ボンドカーだって、アストンマーチンのDBSだけだし、
ギミックも殆ど無いし・・・
まぁそれはそれで渋いからいいか、と思ってましたが・・・

でも、Qは考えた!ああいう、ニキビの似合う、
あおっちい、オタッキーな「ニィちゃん」を持ってくる、ってのは
結構笑えた。

確かコピーで「J・ボンド出生の秘密が分かる」
みたいなのがあって、その時は「へ?」と思ったのですが。

「空落ちるとも汝正義を為せ」から来ている、という
「スカイフォール」。

スペクターにしてみりゃ、
最初、カジノ・ロワイヤルの頃は
単に目障りだったのが、
この暴走ぶりを使えば(まだMI6に、Mに理解されていない?)
MI6を手に入れられる?

しかも。
オープニングアクションで、Mの指令でボンドは死にかかって。
実際、死んだことになって・・・

で、この回の相手役が、ボンドと同じ?とスペクターが見込んだ
「シルヴァ」。
シルヴァもMに見捨てられた、と思い込んで
(実際見捨てられた)、Mに逆恨み。

スペクターとしたら、「こいつは使える」ってなもんかな。

で実際、MI6本部が爆発(これは後へつなげるのに上手いやり方だった。)、
挙げ句シルヴァもMもどっちもお亡くなりになって。

挙げ句ボンドガールと思ってた「イブ」ちゃんが
「私?イブよ。イブ・マニペニー。よろしくね。」って、おい!
しかもその部屋と、隣のMの部屋は、初期のMI6のオフィスそのもの。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で。
「スペクター」

死んだはずのMからのビデオメッセージ。
実はMもボンドが言う「正体の知れない、ヤバイ組織が
世界を乗っ取ろうとしている」ってのをわかってて、
「もし私が死んだなら、この男を追って。
そして殺して。そしてその葬式に出るのよ。」

たった、それだけ。
それだけで一気にスペクターの本筋に近寄る。

そして出てきたのが、ヴェスパーちゃんをあんな目に遭わせた
ミスター・ホワイト。

「あの頃はワシもブイブイ言わせてたけど。
女子供相手にテロはあかんわ、、、って言ったら
いつの間にか標的にされてしもて・・・」って。

「ワシの娘を守ってくれ」って言って絶命。

で、そこから先は、MI6という組織なのに、
なぜか「チーム007」になって、
MもQもマニペニーも一緒になって、
団体戦。

スペクターは、といえば、
MI6を抑えてたMを亡き者にして、
代わりにCを送り込んで、
MI5と統合(これは事実そうだったはず)、
でもってCはブロフェルドの手下。
でもって、Cに9カ国の情報を集約させる、と・・・

で、この話の中で、
ブロフェルドがちゃんと名乗って登場して、
真っ白な猫を飼っていて、
で、なんで右目が義眼(アイパッチ)になったか、
ってのも一瞬で全て説明して。

なるほど。
こいつの「個人的怨念」でこの4作は・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いやいや、
そんなチンケなレベルじゃないんだろうけれど。

こうやって4本を強引に繋いで考えると・・・

最後、マドレーヌちゃんとDB5に乗って去って行くボンド。

もともと、4本ともボンドは普通の男、
ただ、殺しの免許を持ってるだけ、
って描かれ方してるなぁ・・・って思ってたのですが。

そう思うと。

00セクションに入りたかった若造が
若気の至りであーだこーだ、暴走しながらも、
人生甘いも酸いも経験しまくって、
いつのまにか世界を覆う企みと対面して
(とりあえず)これに勝って、
そして、そういう男が00セクションを離れて、
愛する人と2人でいずこかへ旅立っていく・・・

これで話、終わりチャウんかな?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

スペクター見た後は、ぜひ、
女王陛下か、サンダーボールか、
どっちかのリメイクでしょ?って思ってたのですが。

いやいや、話完結しちゃったもんね。
これの続編?

そりゃ何年待っても次作企画なんてできへんかったでしょうよ。

脚本も、もうオリジナルにならざるをえないだろうけれど。
(リメイク出ない限り。)

完結した男の話を続ける?

やるならば、クレイグではない、7代目ボンドを起用して、
クレイグが去った後、欠番となった007を襲名する新人!
って展開しかないような・・・

でも、クレイグの評価があまりに良くなったから、
「せめて、もう一歩!」ってことで、
#ボンド25に出演する、って・・・?

まさか、ボンドが自宅から出勤?
マドレーヌちゃんが「気をつけてね~行ってらっしゃい!」?!

んなアホな。

やっぱりクレイグ続投の瞬間、マドレーヌちゃんには死亡フラグ?

2019年11月全米公開、ってなったら、
もうある程度は・・・って思うけど。

はてさて、どうなることやら。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あ、そうそう。
ちなみに。もひとつ。
4本が一連のドラマっぽく思えたのは、
勝手に空き時間にブチブチ、
キリの良い感覚で見続けたから、かも。

つまり、一定時間がすぎて、
シーンチェンジの所で「CM」です、とか
「続きは明日」とか、って感覚かな。
でも全然そういう味方で無理がなかったんですよねー。

だから「あ、こりゃ一本のドラマだわ」って思った次第。

だから。。。
次作、ホントにあるのかな?
でも「25」って数字はキリが良いし。

もしかしてこんどこそ、これで最後になるのかな?
そういや、Mrヒンクス(ローマでボンドおっかけて、
砂漠の列車でロシアから~をリメイクした、
あのプロレスラーさん)は、
電車で「くそっ」って言って落っこちて・・・それきり・・・

そういや、Mrジョーズ、って前例もあるし・・・

さて、どうなりますやら。

L・フジタ/再び。

11月も最後の週、
来週、ちうか、週末はもう12月、
そのせいか、例年通りの日常生活での
ドタバタ劇や金欠病とかが
今年も襲いかかってくる、ってのに、
それだけでも充分、ちうに・・・
今年はそれに積み重ねて、
やたらとヘンな人、オカシイ人、
そんな連中が「よろず相談所」よろしく、
ヘンでオカシイ問題の原因になって、
被害者友の会でも立ち上げようモンなら
間違いなく俺が会長になっちゃうから、
なんだかそれだけで気が萎えるなー・・・
という、何が何だか分からない今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局のところ。
この「ワケのワカラン」具合って、
きっと天気のせいだ、と思うな。

「あぁ、太陽がいっぱいだ。」

としゃれた台詞が吐けりゃいいのですが。

あっちでは「あの子がキライ」だからどーにかして、だの、
こっちでは「あいつのせいで」って理由もなく
女子社員を吊し上げる昭和なオッサンとか。

そんなこんな、で今年はドタバタ度が
もう加速状態。

オマケに?車検というアホな制度のせいで、
チョーお気に入りだったPACEMANとお別れ、
でも代わりに来たのがチョー大人なCLUBMANなので
まあそれはそれで・・・ってまだ気分の整理もついてないのに。

ホント、俺も世界の中心になって、
どっかりと「我が道を行く」て人生送れたらよかったのになー。

でも星占いで誕生日を見たら
ほぼどの占いも

あなたは変人です。
あなたは芸事に秀でています。
あなたは個性的です。
それゆえあなたの所には沢山の相談がおしかけてくるでしょう。

って、もっとマシな回答ないんかいっ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とまあ、そんなこんな、でドタバタ続きで。
ドタバタと言うと。
どう言うワケかしらんですが。

この秋、気がつけばものすご、展覧会、
沢山関西に来てるんですよね。

こないだもピカソが何気にJR京都駅に来てたり。
大阪にはルソーがお邪魔してたり。
この先も、モローが来たり、フェルメールが来たり。

ニッポン・関西の経済力、って
そこまで回復したのかなぁ。
万博もやる、って言うけれど。

特に大阪なんか、お腹膨れない事業はカス、ってことで
どんどん補助金も切って捨てて。
行政が率先して文化を否定しているエリアだからこそ、
余計にお金の力が無いと、関西にはこないに沢山の
名画が来る、とは思えんしなぁ・・・

でも実際、たっくさん来てるわけで。

カミさんとどうしよう?いついこう?と悩みつつ。

今日は・今回、「勇気を持って」土曜日に行って参りました
展覧会の備忘、です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

行ったのはこれ!

「没後50年~藤田嗣治展」

藤田。レオナール・フジタ。
その「大規模な回顧展」ということで。
しかも開催が地元だったので。

カミさんと「行きたいけど、時間がないよねー。」
「平日お休みなかなか合わせられないねぇ。」
「週末なんて、人を見に行くようなもんだからねぇ。」
「それに11月上旬はオケの本番だしー。」

と、あーだこーだ、言ってるウチに、
会期はどんどん進んで。

で、エイヤっ、って土曜日の午前、ちうか、朝一番に行くことに!

でもそう思ってたら、前の日の夜、TVニュースの
お天気コーナーで、どこの局も
「この三連休が京都では紅葉の一番の見頃になります!」
って連呼・・・

おーい、勘弁してくれー・・・
しかも会場は結構文化ゾーン。紅葉名所とは言わないけれど、
観光客がわんさか押し寄せるゾーン・・・

でも、ふと気がついたのな。

今回、地元じゃん。
土曜日、朝早めに開館するじゃん。
ほたら、朝一で行けばええやん?
時間としちゃ、出勤感覚ヤン!?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで。
土曜日朝一でお出かけしたのですが、これが大正解。
やっぱり観光客の皆さん、ってお昼前頃から、なんですよねー。

そういや、どっかで聞いたなぁ。
土曜日朝の情報番組で「京都の紅葉」ってやってたら、
それみて9時か10時ののぞみに乗って京都に来たら、
丁度お昼時、って。

だからかな?
ホントはもっと人混みしてるだろな、と覚悟してたのですが、
朝のうちだから?人もそう多くなくって
すいすい見る事が出来ました。

なので、全般として、めちゃ満足!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で、肝心の。藤田。フジタ。

過去最大級の大回顧展です!
というキャッチフレーズでしたが。

確かに100点以上、全部フジタ、ってのは
すごいのでしょうが・・・

あれ、なんか、これ、見た覚えあるぞ・・・
これも見た覚えあるぞ・・・

藤田じゃない展覧会でも見たことあるような気が・・・

乳白色、戦争画、猫・・・自画像・・・・

あれ?

って思ったら道理で。
カミさんいわく、
2年前、生誕130周年で兵庫に見に言ったやん?!

そういや、そうだ。
ちゃんとその時の備忘もしてあったっけ!

そうそう。で、その展覧会の直後、
浅田彰氏のレクチャーセミナーがあって、
ふんふん、なるほど、って聞いてたんだっけ。

いっや~、人の記憶のなんと都合のよいことか。

で、見て、かえってきてから、
2016年7月の自分の記事、見ました。

まー、エラそうに!(爆)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういやレクチャーで行ってたっけ。
藤田はずーっと日本を代表する、
フランスでチョー有名な画家、って感じで
捉えられてるかもしれないけれど。

こういう風になったのは2000年を超えてから、
ここ10年くらい、ですよ。

ってお話。

そうそう。そういう話だったっけ。

で、当時もやっぱり乳白色の裸夫人に
強いインパクを受けたものの、
案外、それ以外の、南米旅行とか戦争画とか、
なんか、めちゃくちゃ書き込みすぎててなぁ・・・

って思ってたんだっけ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とすると・・・

俺も結構トシとったんだ(ってたった2年ですが)。
素直にそう思いましたもんね。

そりゃ、裸婦像のインパクトは相変わらずですし、
今回、裸婦像だけでも10点ほど?がずらりと並んで。

その間もBSなんかでやってるドキュメント見て、
はは~ん、乳白色の裸婦像、って
そうやって描くのか、
白く塗るんじゃなくって、周りを黒く塗りつぶすのか、
なるほど、それ、日本的な考えってわけか・・・

って印象・感動は覚えていたのですが。

たった2年ですが。
2年前見た時の、たっくさん情報がありすぎる?
って印象は、
ただ単に俺がそれを全部受け止められていなかっただけ、
だったんだなぁ・・・

そう思いました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

特に戦争画。
玉砕がテーマ(?)の2枚。
以前に生で見たその後、TVでよく解説見たりして、
なんとなく、憑かれたように書き込んでいる、
ってのを知ったから、なのかなぁ。

想像だけであそこまで書き込む、ってのが
2年前には全然わかってなかったけれど。
最近の身の回りの不要で無益な争い事を
目にするにつれ・・・

あそこまで書き込むってのは、
よほど「戦争」ってものへの思いと
「日本人」って思いがすごくあるんだろうな・・・

って、ついつい、絵の前でおびえながらも
立ち止まって、見入ってしまいました。

その戦争画の時代なんですよね、
あの「ニャー」がもつれてメビウスリングになってる
「闘争(猫)」って絵は。

どの顔見ても、「おるおる、こういうケンカ顔してる猫」
って最初は思ってたのですが。

こたび改めて戦争画の中で見て、
こう、言葉には出来ない、ユーモラスさの中にも
なにか、こう、ブラッキーな?皮肉?
を感じてしまう・・・

というのは、考えすぎでしたかね?

それともひとつ。

2枚の玉砕の絵。
どっちも、なぜか、今回、ただただ純粋に
「グロテスク、でも美しい」と思ってしまいました。

絵が綺麗だから美しい、ってんじゃないんですよね。
F・コッポラの「地獄の黙示録」に寄せた
黒沢の言葉だったか、と思うけれど。

地獄図の中に人間の欲望が全て詰まっている。
だから地獄とは美しいものなのだ。

だとか、なんだとか。(全然違ったかも・・・)

でもなんか、そんなフレーズ、思い出しました。
どこをどう切り取っても「悲劇」「哀愁」「悲惨」
という単語しか出てこないはずなのに・・・

ちょっと離れて俯瞰すると、なぜか
乳白色の裸婦像とは違う意味で
「美しい」って思ってしまって、
そしてその刹那、そう思った自分が恐ろしくもあり・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でも。
藤田嗣治としちゃ、
やっぱりなんといっても20年代・パリ・狂乱の時代?
の数々の絵、ですよねぇ。

改めて、この乳白色の裸婦像達、って
これはこれで見入りました。
どれもこれも、綺麗なんだもん。
でも「エロチシズム」ってのは殆ど感じず、
ただただ、「ミューズ」として、「美」として
見つめてしまいます。

このあたりの印象は、2年前と殆ど変わらず?
でも、戦争画とは違い、これは文字通り、
単純に?脳みそにそのまま入ってくる「美しさ」。
「美しいものを見て美しいと思える心」っての、
ホント大切なんでしょうね。
忘れないようにしなきゃ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして今回、それと同じくらい、
静かな心で見入ってしまったのが
晩年の宗教画でした。

日本のために、と思い、
世界の中の日本人、って思いで
戦争画家としても日本を思ってたのでしょうね。。。
藤田。

でも、その後、終戦後、嵌められるように
一身に責任背負わされて、
とうとう、ニッポンを出て行かざるを得なくなった
フジタ。

行き先はフランス・パリだったけれど、
もう20年代は遙か昔。
そんな中、人生の黄昏を迎えて、
洗礼を受けて、
そして心の安らぎを求めて、
最後は・・・ランス?
それって、ロッシーニのあれ?目的地?

でもって、そこで晩年を過ごして、
簡素な礼拝堂も作って、
その中のフレスコ画をたった2カ月で描き上げて。

フレスコだったら、それこそ「地肌が乳白」
っていうイメージに・・・近いわけでもないのかな。

そのフレスコ画の数々も、
もはや何かの境地に達したように、
心穏やかなんだろうな・・・

そんなオーラをほんのり、
でもしんみり、感じ入りました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一通り見終えて。
生誕130年の時もそうだったかも、ですが。

ニッポンの「センセイ」システムってのは
やっぱり芸術では「害」の方が大きいのかな。

「センセイ」の教えるとおり、でないと「×・不合格」
ってなっちゃう仕組み。
「センセイ」の教えも大切だろうけれど、
それを打ち破る才能が出てきたときに
社会がどう対応するか、ってのが
成熟したかしてないか・・・なのかな。

「下のものが上のものを敬う」、という文化は
それはそれで素晴らしいと思うけれど、
その度が過ぎて、
「上のものが下のものを見下す」とか
「下のものが上のものに物言えなくなる」とか・・・
それはちょっと違うだろ、ってね。

ふとそんな「へんなしがらみ?風習?」に思いを馳せたのは、
やっぱり「今の我が身」によるところ、大、だったのかな。

朝一で来た時には曇天だったのに、
昼頃に見終わって会場を出たら、
底抜けに青い空、良い天気。

そしてどんどん会場に流れ込む人・・・
あぁ、よかったー。

そか、土曜日の午前中は掃除洗濯、もいいけれど。
こうやって、地元開催の展覧会で
美に接する、ってのも
なかなか「心の洗濯」になっていいもんだ・・・

そう感じた、11月の下旬、なんではありました。

さーてと。来週は12月かぁ・・・

當る亥歳・吉例顔見世興行~東西合同大歌舞伎/高麗屋さんの襲名披露!

さて、11月も半ばを過ぎて後半、
ともなればいよいよ朝晩はひんやりして、
でもって紅葉本番・・・なはずなんだけど、
なぜか未だに10月頃の天気な感じがするせいか、
はたまた、気温の乱高下のせいか、
俺も含めて「ノドがねぇ~」って人が
妙に増えてる気がする今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

俺はと言えば。
先々週終わった あまおけの本番 の衝撃と
先週の突然の別れと出会い を経て
ようやく落ち着いたせいか?
本番前のドーピングが切れてきたせいか?
ご多分に漏れず、やっぱりノドがなんだかなぁ・・・
って感じなんですが。

そんなさなか、今年も行って参りました。
京都南座、ご存じ冬の風物詩、顔見世!

・・・って、よく考えたらまだ11月。
でも、あまおけの本番も終わり、年賀状の手配もして、
世間様はハロウィーンが終わるやいなや
完璧にクリスマスモード、
でも、店頭に冬物が並んでも
なぜか「季節じゃないよね-」って思ったり。

早い話、すっかり季節感が崩壊してしまったワタクシ。

そんな中、11月なのに、顔見世?!

っていうのが。
京都南座。2~3年程前ですかね?
舞台装置等の作り替えもあって、
いったん劇場を閉館して
(その時は歌舞練場での公演で、それはそれで
めっちゃ舞台が近くて興奮しましたが)、
リニューアルオープン・・・

したやいなや、京都市の検査が肺って
「耐震工事が必要です」とのお達し。

だもんで、去年は急遽ロームシアター京都・メインホール
での顔見世公演でしたが・・・

やっぱりちょっと「箱」がよろしくなかったようで。

でもって。
松竹さん、必死で工事したんだろな。
(って工事は工事やさんがしたんだろけど。)

噂じゃもう1年ロームシアター(ゲッ)ってことだったけど、
なんとか突貫工事?で耐震工事を完成させて、
晴れて目出度く、11月に再?リニューアルオープン、
と相成った次第。

しかもっ!
実は、今年は南座の場所で歌舞伎が舞われて400年?
そしてなんといっても高麗屋さんの三代揃っての襲名披露!

そりゃ、突貫工事でもなんでもやるわな。
(でもそのあおりで、ホントなら12月にやる当団公演が
11月になってしまった。。。ロームさん、ちょっと考えましょうよ・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなこんなで、めでたさてんこ盛り!

なので、今年の顔見世は2カ月連続襲名披露、ってことに
相成った次第。だそうです。

でも、やっぱり華やぐし、目出度いことこの上なし、ですよねぇ。
なんでも、開場式には沢山の歌舞伎役者さんが集まって
(集団で新感線移動?車内販売大変だったろうに・・・?!)
その後、南座から八坂さんまで、数百メートルしかない道を
お練りしたわけですが、そこになんと1万5千人!

さすがに、よー行かんかったわ。
お練りが始まる5~6時間も前から
場所取りでスゴイ人だった、って言うモンね。

そんな「新・南座」さん。
それはそれは、とっても綺麗になり、立派になって、
もうびっくり。

でも、ピッカピカの新品!って感じじゃなくって、
外観はスッキリした印象ですが、
見事に周囲に溶け込んだ風情。

聞けば、1度骨組みを残して全部バラして(外して・壊して)、
骨組みを耐震用に補強して、最後にもう一度全部をつけ直した、
ってことだそうですが。
1F客席はフルフラットになる、っていうし。
これから歌舞伎以外でも色んなイベントがあるんだろな。

って、実は 俺のアマオケの企画で、新南座で演奏会!
って話もあぶくのように浮かんだのですが、
使用料を聞いて・・・・・あっけなくはじけて飛んで。
まぁ、民間施設だし、しゃあないよね、アハハハハ・・・・

まぁ、そんなこんなで、季節感がすっかり崩壊したなか、
先日行って参りました!
今日はその舞台の備忘です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

當る亥歳
~ 吉例顔見世興行・東西合同大歌舞伎 
 二代目 松本白鸚/十代目 松本幸四郎/八代目 市川染五郎     
  襲名披露公演


いやいや。
三代揃っての同時襲名披露、ってのは
なかなか無いんじゃないでしょうか?
高麗屋さんもただただ、目出度いばかりですよね。

俺もカミさんに連れられて歌舞伎に行くようになったから、
すでに20年近く?も見てることになるんだろうけれど。
白鸚さん、つまり先代幸四郎さん、と言えば、
やっぱり男前で、大河ドラマの呂宋助左衛門の印象が
すっげー、あるんですよね。

それと屋根の上。ミュージカル。

歌舞伎の役者さんなのに、随分と色んなお芝居に挑戦してる
そしてどれもハイレベル、って印象だったんですよねぇ。

それがとうとう、「御祖父様」になって、白鸚を襲名する日を
見る事が出来るとは!

そして、新・幸四郎クン。
彼も「染ちゃん」の頃は、ただただやんちゃで、
でも入れ物だけは「チョー上物」ときて。
でもお芝居は・・・って印象が強かったのですが。

そんな彼の口から「ウチのせがれ」という台詞を聞く日が
来るとは!

さらに、その「せがれ」の新・染五郎クン。
彼は初お目見えですが、血統の良さってのが
どうしてもプレッシャーになるんだろうけれど。
(彼、13歳?!)
いやいや、やっぱり血筋ってのはあるもんだ、って思いましたねぇ。

そんなこんな、の、11月の顔見世。
演目はこんなんでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1) 寿曽我対面

これはもう、顔見世の定番、ってやつなんでしょうね。
さすがに疎い俺でも、ここまで何度も見れば
ある程度番付を見なくてもあらすじは分かります。

今回、工藤に仁左衛門さん、十郎に孝太郎クン、でもって五郎にラブリン。

ラブリンと言えば!
歌舞練場でも見たけど。
紀香ちゃん。もっと近くで見られた!(といっても遠目だけど)
いやいや、やっぱり綺麗わ~。
めっさ、綺麗わ~。
シュッと背が高いけど、さすがにモデルさん?!
着物着てても、めちゃ綺麗。

ちうか、やっぱり「美女」のオーラが
もうロビー中にプンプン。

でも、後援回のお仕事なのかなあ?
しっかり、かいがいしく「お勤め」をしてる。
ニコニコ、めっさ綺麗な笑顔で対応してる。

うーん。マジ近くに行って
「応援してます!」って握手したくなったり、
写真とりたくなったり。

あ、いやいや、でもここは南座、歌舞伎の舞台。
そんなことしちゃ、かえって迷惑だよねー。

女性週刊誌なんかが面白おかしく書くけど、
紀香ちゃん、一生懸命にやってるんだし、
あんなの作り話やんね?
ますます頑張ってねー。

って、そういや舞台の話なんだった。

この曽我対面、色々見たのは先の通りですが。
やっぱり一発目にやる、ってのは
ある意味「箱を温める」ってのもあると思うんですよね。

その意味で、今回は仁左衛門さんが睨みを利かせて、
一気に箱を引き締める、という印象でした。

十郎・五郎のお二人さんも、
役を自分に引き寄せて、それはなかなか重厚なお芝居。

ただ、俺としちゃ、曽我対面って
どうしても勘九郎クンの襲名披露が強烈すぎて・・・

あの時、俺が見に行く1週間前くらい?に
あの不幸ごとがあって。

でも自分の襲名披露!穴を開けるわけにもいかず。

そんな中での、号泣号泣、また号泣の口上があって、
そして兄弟で十郎・五郎を演じた曽我対面。

あれなんかは、ホント「その日のため」に
「宛て書きしたの?」って言いたくなるくらい
強烈で感動した舞台だったんですよねぇ。

だから、どうしても・・・ね。
でも、ここまで見る回数重ねると、ある意味オペラのような。
演出は基本一緒だけど、歌手が違う、オケが違う、
ってだけで、若々しいモーツァルトもあれば、
重厚なモーツァルトもある、ってなもんでしょうか。

とにかく、最初の一幕。充分引き締まった舞台でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(2) 口上

でもって、今回はここで口上。
幕が開いたら・・・あれ?あれ?・・・・たったの5人?
時間の都合?なんでやろ?
でも、高麗屋の3人の両側には藤十郎さんと仁左衛門さん。
そりゃ、このお二人が両脇を固めていたら
それでもう充分、なんではありますが・・・

事実上、藤十郎さんは司会みたいなもんで、
いつもの「突っ込み」役は仁左衛門さん1人だけ。

でもやっぱり大役者、空気を読んで見事にまとめるのは
ここでも一緒。

口上の中でさすがに白鸚さんについては
「ワタクシが申し上げるのも畏れ多いこと」と笑いながらするっと終わって。

次に「新・幸四郎クン」の紹介の時に・・・
そうそう、そういえばそんな大事故あったよなぁ。
歌舞伎座で演技中誤って奈落に落ちて
生死の境をさまよって?
で、戻ってリハビリし始めたけど、もう一度舞台に立てるのか?
と周囲の心配の目をよそに、
とうとう復活、そして新・幸四郎としてのお披露目!

そりゃ、役者さん一同、そして高麗屋さん、何より安堵したことでしょう。

俺も、彼が染ちゃんのころは、ホント、マジかっちょえー、
入れ物、チョー上等、だけど、お芝居がなんかチャラくね?・・・

って思ってたのですが・・・
(この続きはあとで。)

ただ、改めて。彼の口から「ウチのせがれが」って台詞を聞くとは!
彼もアラフォー世代だっけ?
だから、丁度いいタイミングでの襲名になった、って思いました。

親父さんみたいに、って言われるのは
イヤかもしんないけれど。
TVや映画、舞台など、色々と経験をつんで
良い役者さんになってほしいな、と。
ついつい、これから応援しちゃおうかな?と思ったり。

そして新・染五郎クン。
学校1カ月休んで京都に来た、って?ありがたいねぇ。
でも、その若さでもはや堂々とした雰囲気、オーラは
高麗屋さんのDNAなのかな。

いつか俺がトシとった時、舞台上の染五郎クンをみて
「昔は・・・」って言える日がくるのかなぁ。

とまぁ、そんなこんな、で淡々と口上が終わり・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3) 勧進帳

ご存じ、勧進帳。
親子、だけじゃなく、御祖父様、御父様、お孫様・・・と
3世代で演じる勧進帳って、
歌舞伎の歴史ではなかったことだ、とか?

いやいや、むかーしの記録がないだけでは?
とも思わなくもないですが。

これがまた気合いの入った良い舞台でした。

高麗屋さんで勧進帳といえば。
先代・幸四郎さんの弁慶、ってのがすっげーインパクトあったのですが。
その先代幸四郎さんが、白鸚さんになって、今度は富樫の側に。

そして新・染五郎クンが、「いかにも」なハマリ具合で
義経を静かに、でも高貴に演じてて。

そしてなによりびっくり!感動したのが、
新・幸四郎クン。

主君を守りつつ、富樫に立ち向かうそのさま。
まるで我が子を守る父親、そして乗り越えるべき
自分の父と真正面から対峙して・・・

そんな姿を1人勝手に重ねて見たら、
そりゃもう、何と言っても幸四郎クンの芝居が
めちゃ鬼気迫ってて。

え?こんなごつい芝居が出来ルンや?!って
正直驚きましたモン。

この勧進帳も数回は見たはずなのですが、
今回のが結構印象に残っていきそうな、
そんな予感を抱いた、迫力ある勧進帳でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(4) 雁のたより

で、最後の出し物がこれ。
すっかり熱くなった小屋を、最後は緊張ほぐして・・・
って趣向なのでしょうか。

最初、「これ、どんな話?」ってカミさんに聞いても
「よく知らない」と。だからよっぽど珍しいのかな?と。

あらすじ読んでも「愛の妙薬」みたいな話か?
と思ってたのですが。

なんとびっくり、まるで「吉本新喜劇」!

あらすじ・・・って言うほどのものでもなく、
他愛もないお話ですが。

若殿様が綺麗な妾を連れて有馬温泉に。
でもこの妾さん、お家の事情で姫様だったのが廓に実を落とし、
そこで若殿に身請けられたはいいけれど、侍なんて大嫌い、
全然若殿にも見向きもしない・・・

そんな中、若殿の趣向でちょっとしたゲームが始まって
妾さんに「お前の気に入った男にこれを差し出してみ?」と。
で、妾さんは困らせてやろうと「この宿の裏の髪やさんの旦那」
って指名したから、一同大焦り。

で、この髪やの旦那。見たくれはイマイチし、うだつもあがらず、
「そんな高貴な所へは」と尻込みしてたのを、若殿に嵌められて
いじめられて・・・

でもその最中、ふとしたことで、その旦那さんはもとは武家の出で
許嫁の人がいたけれど、なくなくその目の前から消え去って・・・

で、その許嫁が若殿さんの妾さんだった、という、
最後は「あなたが!?」「ああ、嬉しやうれしや!」っていう、
いや、マジで吉本新喜劇かよっ!?って思うあらすじ、
なんではありました。

ここでは鴈治郎さんが主役の旦那さんなんですが・・・
いわゆる「カメオ」出演?
お客に「仁左衛門さん」が登場!

で、ここでの鴈治郎さんとの
丁々発止のやりとりが、もうなかなかのもんで。

実は「口上」があっさり終わったし、ツッコミもなかったし、
ふ~ん・・・で終わってたのが・・・・

実はこのシーンが「裏・口上」だったか?みたいな感じで
なかなか笑わせてもらいましたねぇ。

「京都南座・顔見世・高麗屋さんの襲名披露に行って来ましてなぁ!」とか。

「そういや、新・幸四郎さん、なんや、最近は
あんまし夜の街に連れてってくれまへんなぁ。」とか。

しかも何回も舞台袖の方に向かって
「そろそろ連れてっておくんなまし~」
「もうそろそろ行きましょうやぁ~」
「・・・あかん、返事あらへん・・・」

「いやいや、今回は息子さんも連れてきてはるさかいに、
あまり夜の街を徘徊でけへんそうでんねやわ。」だの。

きっと舞台袖?楽屋?で噴き出すような台詞の応酬。

仁左衛門さん、空気を一気に引き締めるのもすごいけど、
こうやって、浪速言葉でその場の空気を一気に「お笑い」にしたり、
緊張をほどいたりする、ってのも超一流品、って思うんですよねぇ。

だからかー、ここで出番があるからかー。
だから、口上では感動の話を繰り広げておいて、
こういうくだけたシーンで、「実は幸四郎クン、夜の祇園は・・・ガハゲヘゴホ」
みたいなツッコミ、オトシで、客席を沸かせる、と。

いっや~、上手いっ!

で、肝心のお芝居?ですが。
とにもかくにも、なかなか上演されないけれど
(けど、書いたのは三代目?歌右衛門さんで、発表してるのはペンネーム、だとか?)
歌舞伎の世界でも、吉本新喜劇があったのか、
いや、オペラだけじゃなく、新喜劇にも繋がる要素があったのか?
と、、そこかいっ!って突っ込まれそうな所に、
妙に感動と笑いを覚えました。はい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで。
11月だけど、今年は「1回目」の顔見世、堪能してまいりました。
来月は「2回目」の顔見世。楽しみです。

そして再び「南座」そのもの。

夜の部だったので
(当然だけど)終わって出てみたら、
すっきりした夜空に半月が。
そして柔らかくライトアップされた南座。

照明デザイナーの石井氏は
白に特に気を配った、のだそうですが。

んもう、見事!
思い切り観光名所のキラキラ・ド派手な照明でなく、
しんみりと、落ち着いた、でもほんのり暖かい、
心が安まるようなライティング。

それがまた周囲の風景・風情と溶け合って、
見上げれば華やかな招き、
そして更にその上には綺麗な半月。

あぁ、歌舞伎のあるニッポン、っていいなー。

ついつい、ガラにも無いそんなことを考えた
顔見世、でした。

別れはある日突然に

11月になって、秋になって、
ホントなら紅葉がどうとか、
朝晩の冷え込みがどうとか、
とっくに北の国じゃ初雪がどうとか、
そういうのが「別れの季節」に似合う風景で、
そういうのが「ブラ4」に似合う風景だというのに、
なんで今年はいつまでも中途半端な9月下旬~10月上旬な
天気・気候が続くねん?
ってお天道様に向かってつばはいても
自分に返ってくるだけだから
充分気をつけよう、と心にもないことが頭に浮かんだ
今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自慢じゃないですが。
俺は先週 崩壊寸前の! あまおけの本番 ってのがあったから、
実は衣替えってのをやるタイミングを完璧に逸してしまい、
10月中旬には「うへー、変えるタイミングがないやんけー!?」
ってビビッてしまって、いつまでもサマースーツでハズカシー、
風邪ひいたらどないしよう?と思いつつも・・・

あれ?

なんじゃ?この温かな日々は?
確かに朝晩は12℃~15℃ではあるものの、
日中は20℃前後、下手すりゃ25℃?

ホンマに今は11月かいな?
なので・おかげ様で、衣替えせずになんとか持ちこたえましたが。
そしてようやく本番終わって大急ぎで秋冬に衣替えしましたが・・・

なんだ、まだもう1~2週間、サマースーツでもいけたんとチャウか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、そんな今年の
文字通り、まさしく異常気象としかいえない秋。
カリフォルニア州ではまたまた山火事でお騒ぎ、とかいう秋。

でも、やっぱり別れは唐突にやってくるんですよね。

5年前。
正しくは6年ほど前、HONDAのOdysseyがそろそろ9年目の車検が
見えて来て・・・
そういや、Odysseyもすごく好きだったなぁ。あの3代目のフォルム。
(今のは正直・・・うーん。だいたいあそこまでバカでかくなったら
我が家に留められない。)

でも、やっぱり車検の費用はバカにならず。
また、Odysseyの売値もそろそろ限界値・・・

ってことで。
最初はやっぱり国産車、そいでもっていい歳になったし
セダンにしよう・・・と思って眺めていたら、
当時の(今でも?)国産車はどれもこれも
ママ向けミニバンだらけ。

で、ある日突然ひらめいて!
今までは人数乗せる必要もあったし、
CR-V(初代)とかOdyssey(3代目)とかにしてたけど。
この先はカミさんと二人っきりでドライブすりゃいいんだー!
って思った刹那、頭に浮かんだのが
「Beetle」と「mini」!

おへそ曲がりな俺としちゃ、
個性的なセダンがないなら、いっそ・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ってことで、諸々あって、当時出たばかりの
「MINI PACEMAN」!

これ、2世代目?だっけか?の
BMW MINI の 兄弟車の7番目の末弟!

いっとき、MINIがブームになりかけて?
(実際なった覚えはあるが。)
で、BMW MINI がある意味調子こいて
ポコポコ作った兄弟車。

まるでマイルドセブンのような?!

でも、この1つ上の(6番目の)CROSSOVERは、
どうにも「MINI」として受け入れられなかったんすよね。

「MINIっちゃ、3ドアでしょうが?
例外はCLUBMANの観音開きドアくらいでしょうが?」
って思ってたので。

で、いっときはBeetleに傾きかけたその刹那、発表されたのが
MINI PACEMAN でした。

これ見た瞬間に「ビビビ」っと来ましたもんねえ。
当時の日本法人社長も
「MNIが好き、でも人と一緒はイヤ」って人にチョーお勧めします!
とかなんとか、そんなコメント。

それ、まさに俺のための車じゃ、ね?

とおもって、1年かけて選んで、その結果、PACEMANにしたんでした・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あぁ、あれから5年。

PACEMANが出た2年後くらいに、MINIが3代目に変わって。
その頃から「PACEMANは人気がないから生産終了」って噂が流れ出して。

そんなー!?
こんなに可愛くて(デカいけど)、乗り心地サイコーで、
ビュンビュン振り回せる、楽しい大人のゴーカートなのに。。。

CROSSOVERが残って、PACEMANがなくなるの?逆ちゃうん?

・・・いや、実際、ファミリー層が「MINIに乗りたい、でもドア5枚必要!」
って流れが世界的にあったそうで。
で、当然、お商売としちゃ、3ドアは必然的に・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな哀しい中、迎えた5年目。
ある日突然、お世話になってるディーラーさんから・・・

「そろそろ車検ですけど、どうします?来月・10月中に決めてもらえるなら
良い話があるんですが。」とのお電話。

はて、なんだろな?と思ってお店に行ったら、
衝撃の宣告?!

「PACEMAN、5年目の車検を過ぎると
車検代だけでも20万円はするだろうし、
オマケに、PACEMAN、ご存じの通り
好きな人は大好きだけど、嫌いな人は大嫌い、
っていうくらいに、めちゃくちゃ好き嫌いが激しいモデルになっちゃったんですよね。」


「やはりご存じの通り、PACEMANはすでに生産終了で、
人気も今ひとつ出ない・・・
となると、ここで車検を過ぎて、7年目に乗り換えとなると、
正直、相当損金が出る、って思うんですよね・・・」

正直、っていうなら。
俺はPACEMAN、あと2年は乗って、その頃には・・・
って思ってたんですよねー。

で、リアルな数字をポコポコ出して来て。
(今思えば、それが彼の商売・お仕事だかんねー。)

実際見せてもらった数字は、
購入価格の・・・・・・・
なんでそんなに評価低いかなぁ?

「いや、うたさんはとても丁寧に乗ってるし、
それ以前に、あまり距離乗ってないっしょ?
だったら、これ、現段階での中古車としたら
結構ランク高いんですよね。

「でも2年たつと、ハッキリ言って
大幅に値下がりしちゃいます。
ウチ以外の、民間の中古車センターなどで
査定しても、仮想ですがもっと低い値段になっちゃいます。

「となると、徹底的に乗り潰すか、今乗り換えるか、
なんですよー。

で、最後の最後に出してもらえたお値段が、
ビックリするほど好条件。
そっか、俺のPACEMAN、ここまで高く評価してもらえたか・・・

で、その頃はほぼ心は決まったのですが。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で・・・
そういや、3代目MINIになって発表されたCLUBMAN。
もはや、MINIちゃうやん、4枚ドアやん・・・

でも・・・でも・・・なんかこう、めっちゃ「大人でシック」なMINI?
正面の顔はMINIそのものだし、
オリジナルカラーがふんだんに用意されてるようだし。

当時、すでにMINI5ドア、ってのが発表されてましたが。
俺、正直これは無理しすぎやろ、って思いましたモン。
後ろ2枚ドアと後部座席はあくまでエマージェンシー。
買い物には便利だけど。
ものを載せるには便利だけど。
ただ、それだけ・・・

だったら、やっぱり3枚ドアでしょ?

って思ってたら、このCLUBMAN。
発表直後も実車を見てうっとりしてたんですよねぇ。

「これならば4枚ドアもありかな?」って。
(依然としてCROSSOVERは、別車種、って思ってます。)

それによくよく見れば、昔恋して、別れたOdysseyを思わせる
側面のフォルム。
むしろ、Odyssey(今でも街中で見る)よりも、
よりコンパクトになって、Odysseyをより個性的にした・・・
そんな姿・・・

ということ、ディーラーさんにペラペラ、喋ってたんですよね・・・

しまった!?

彼はそれをしっかり覚えていてくれて!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で。
長々とした振りでしたが。

彼が推薦する「良い話」「良い方法」ってのは、
車検前のPACEMANを手放して、
CLUBMANに乗り換えませんか?
ってことだったんですよね・・・・・

これはすごく痛い話。

だって、俺は今、あまおけ って所で代表者務めてて。
なので、お客様の送迎、ってのも「車持ってる」って理由で
やっているんですが・・・

PACEMAN。後部座席も前部座席と同じシートなので
座って見ればめちゃ快適なんですが、
ただ哀しいかな?3枚ドア・・・

つまり、後部座席へは「どっこいしょ」って
「入り込んで」もらわないとダメ・・・だったんですよね。
しかも雨が降るときとくれば・・・

いや、「そんなこと」のために買い換える、ってのは
本末転倒ですが。

でも、大勢で移動すること、ってのはなくなりましたが、
全く無い、ってわけではなし・・・

でも今更普通の4枚ドアに戻るなんて・・・

そりゃ、正直、HONDAの再デビューしたCIVICも
ものすごかっちょええ、って思いましたし。
ハッチバック、セダン、どっちもいいなー、って思いましたが。
残念ながら、それ、「CIVIC」だったんですよね。

これがAccordだったら猛烈に考えたろうけれど。

CR-V、Odyssey、と来て、そしたら
HONDA的にはAccordでしょ?
っていう、HONDAファンとしての俺の血が・・・
(ってそこまで言うファンではないが・・・)

で、ふと気がついたら。
あまりの金額の差、そしてキャンペーン中の金利・・・
そしてPACEMANの望外なまでの高評価!

要するに「貧乏の哀しさ」故?

まずは改めて試乗。
で、去年の発表後の感動を再認識。
コクピット回りも思い切り進歩したし・・・
(でもCDプレイヤーがないのはどうしたもんだか・・・)

で、1週間考えて、カミさんに打ち明けて・・・

「CLUBMAN?あれ3枚ドアちゃうやん?
MINIなの?それ、どうよ?・・・・
でも、CLUBMANのバーガンディなら、
実車見たことあるし、あれなら構わない。」
っていうありがたいお言葉。

で。
結局先月、本番前だってのに。
頭が回りきってない状態だったのに。

ついつい、ハンコついちゃったんですよねー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で、あまおけ の悲惨な本番が終わって・・・
じっくお別れを味わう間もなく、納車の日。

全然乗れてなかったけれど。
でも行き先々でみんなが振り返る、
ってのは、やっぱりかっこよかったんだよね。

なんでこういうスタイル、日本人は受け入れないんだろ?
世界的にもコケたんだろ?

やっぱり俺がヘン?ううむ、それは否定できへん・・

ということで。
別れはある日突然に。
なんだか あまおけ の本番終わって1週間は
とっても短い、哀しい時間でしたねぇ。。。

でも、これからはCLUBMAN、大人のMINI、
目一杯お世話になります!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

PACEMANとお別れに、もう一度一緒に記念撮影。
そして新しいCLUBMANとも記念撮影。

ちょびっと、アレンジ加えてもらったのですが。
これがまた、想像以上に個性を醸し出すことに成功してる?!

いやいや、MINI。
結局、今やMINIを作ったCooperの概念はどこへやら。
どんどんデカくなっているけれど。
けれども、どこからどう見てもMINI。
5ドアと違って(愛用者の方、ゴメンナサイ!)、
立派な4枚ドア。
CROSSOVERみたいに、とってつけたようなんじゃなくって、
最初からそこにあるべき後部座席とそのドア。

帰り道もとってもスイスイ。
グレードはSDにしたので!(ついに「CooperS」に進化した俺!)
なんと、8AT!もうなめらか、パワフル、でもって、
燃料代も安い!

今度こそ、ギュンギュン乗り回そうっと!
今までありがとう、PACEMAN。
そしてようこそ、CLUBMAN。
これからずっとよろしくね。

・・・ってお家帰ってきて、ぼんやりドアあけたら、少し塗装が・・・
うへー。来月相談しなきゃ・・・


あまおけの本番 2018年11月定期公演

とうとう11月になって、
案の定、急に朝晩寒くなるものの
日中はそうでもない、ってことで、
週末ドタバタが続いたりオケの練習もあったりで、
実は先週まで衣替えもせずに
サマースーツで過ごしてた、
けど案外違和感なく過ごせた、
という今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

11月。
となると、紅葉、美食、そして芸術、なんでしょうが・・・
もはや今年は季節が破壊されてますもんねえ。
6月には地震、7月には豪雨、そして逆走台風だの、
暴風雨台風だの、で気がつきゃ9月、でもまだまだ猛暑日・・・
で10月も案の定「秋らしく」なる日がそんなにない・・・

だからかなぁ。

実は。俺のいる あまおけ の本番が昨日あったのですが、
なんか、「あれ?もう終わっちゃったの?」という感覚。
そりゃ去年も異様に早かったですが(ホールのせいだっ!)、
あの時は「いろんなもの」に追い立てられてたから
ずっとその気になってたのかな。

そこへいくと、今年は指揮者先生はいい人だし、
曲もうちのオケなら普通にやればピシッとまとまるはず・・・

はず・・・

あれ?でももう4週間もないぞ・・・2週間・・・
え?明日?

と、あれ?あれ?あれ?ってうちに
昨日の本番と相成った次第。

例年だと、練習が始まるのが「真夏日真っ盛り」だけど、
練習が進むにつれて「徐々に」秋めいていって、
で本番当日は「秋本番~晩秋」・・・

今回はそんな季節の移ろい、ってのもかんじなかったですからねぇ。
だから、かな?
余計に「あれ?終わっちゃった?!」感がする回でした。

ちうことで。いつもの備忘録・本番編、です。
結構今回は言いたい放題、かも。
(だってさー、お腹ぐつぐつ、なんだもーん。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1) ボロディン/歌劇「イーゴリ公」序曲

今回のプログラムを決めたとき、実は のいじぃまいのりてぃ 
と世間で称されるような人々の思惑が複雑に絡み合って、
「なぜか」これになったんですよね。1曲目が。
(普通、メインから逆順に曲を決めて行ってます。ウチは。)

だから「だれがやりたいの?」とか「昔1回やったから今度は踊りの方がいい」
とか・・・

でも俺には分からない「音楽的な理論」をご高齢者ズが出して来て、
ま、綺麗な曲だし、それはそれでいっかー・・・って感じなんではありました。

なんではありました・が・・・・・

うーん。1曲目、っていわゆる「箱を暖める」って役割もある、
って思うんですよね。
それを思うと、今回はちょっとエンジンのかかりがおそかったかな?

で、ここまでの回の諸々があって、俺は今回この曲の1stだったわけですが。
(終わってみたら、我が身の幸運に感謝するのみ。)

結構、「どうせ1曲目だから」という感じもなく、
きっちり責めて作れたかな・・・と個人的には思うのですが。
ただ、もっと管打セクションに自覚がほしかったかな。
1st担当してる身としては。
それを引き出せなかった、ってのは責任重大なミスなのかも、ね。

自分としちゃいいけれど、セクションって見たら・・・ちょっと一部苦しかったかな。
厳しいけれど、昔、師匠にも言われたよなぁ。
「お客さんは一期一会。その人にとって、プレイヤーの体調なんて関係無いのよね。」
って。
それと。いっつも「音程」とか「縦の線」とか、って言ってる
その人々が・・・御当人が、全然自覚レス、ってのもなぁ・・・

いくらこちらがバリアブルに音程取ろうとしても、
毎回全然違うことヤラレタ日にゃ・・・・

指揮者の指示も、全部「俺個人」に出してる、って
思ってたらしいけど・・・それ、貴方だったのよ?ってね。。。

そういう所、「若かりし頃」は結構どぎつく言ってたけど、
最近、なんか、俺、達観したのかなあ?
「なんだかなー、もういいやー」って思うようになっちゃ・オシマイ・・・・だよね?

せめて弟@オケくらいに音楽にカリスマ性があればなぁ。

ともあれ、得も言えぬ空気の中、1曲目が終わったのですが・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(2) ベートーヴェン/交響曲第1番

これなんざ、まさに ノイジーマイノリティ が騒いで強引に嵌まった一曲。
もうすぐ101回定期なんだから、そこでやればいいのに!
新しいセンチュリアルの幕開けにこそ相応しい、って俺は思ったけどな。

指揮者センセも、今回のコンセプトを考えたら、
「モーツァルトをおやりになってはいかが?」って折角提案してくれてたのに。
(* 今回の公演のコンセプトも、前回同様「基礎に立ち返る」でした。
つまり、しっかり突き詰めて「出来るレベルのこと」を「しっかりこなす」を目標に、でした。)

「このオケのセンスではモーツァルトは無理だ」とか騒ぐご高齢者ズ。
で、彼らはやったことありそうで未経験、という「べー1」をごり押し・・・・

まぁ、この曲もマジめったに演奏する機会もないし、
ベートーベン但しPic専任、な俺としちゃ、体験もしときたいし。
なので、この曲は2ndでした。

で、本番ですが・・・
うーん。そないに「吠えまくる」曲だっけ?
2楽章は自分の出番がないからめっさエラそうに言っちゃうけれど。
2楽章、そんなにブルドーザーが乱舞するような曲じゃなかったと思うのだが・・・

うーん。

そして前半最大のトピック!

今回のお約束で「ややこしいからくり返し記号は全部その通りやります」って
センセ自信が宣言したのに・・・

なんと、3楽章、DCで冒頭に戻って(普通はこの場合はくり返しはしない)、
最初のくり返しはちゃんとやったのに、その先「ジャン」で終わってくり返し・・・

のはずが・・・

指揮者センセ、「ジャン」の後、ポーズ決めて止まってる。
え?止まってる?!指揮してない?!
え?ここも繰り返すんとちゃうん?

と思った刹那、一部のプレイヤーが強引に音を入れてリピートし始めて。
それにつられて、指揮者センセも苦笑いしながら再び指揮を「再開」!

これ、ほんの一瞬の出来事でしたが、
ある意味「あるある」だったかも。

「くり返しの練習」って、その言葉の響きから結構バカにしてるキライがあるけど、
実はとっても重要なんだな、って改めて認識した次第。

そして、ボロディン以上に、べー1、管楽器のユニット感が
(まだ1番なのに)すごく曲のインプレッションに影響与えるのね、、、って思ってしまった。

これ、ホントは弟@オケに1st、で俺が2nd、って思ってたんだけどなぁ。
絶対楽しいもん!

なにはともあれ、「吠える曲」でないことだけは確か・・・
ってことを確認しつつ、俺の本番はここでオシマイ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3) シベリウス/交響曲第2番

これは出番が無かったので、殆ど言えるもんじゃないのですが・・・
本番が近づくにつれて、カミさんがだんだんカリカリ・・・
「ちょっと、マジ、これめっさヤバイで」と。

そう思っていると、あちこちから「地の声」が湧き上がってくる・・・
「シベ2、マジヤバイで」

なのでワタシャ聞いて見た。だいたい答えは分かってたけど聞いてみた。
「何が・どこがヤバイん?」

答は案の定・・・
「決まってるヤン?木管のユニット感・透明感が全然ないのよ!」

・・・・・・・・・・・・・ふー・・・・・・・・・・・・

いや、うちの(Flの)メンバーはめっさ健闘してるなー、って思ってましたが。

え?縦の線?アンサンブル?和音?お互い聞いて?・・・

は?それ、誰に言ってるのん?
マジ、回りからそう言われてもしゃあないな、って練習時は思ってました。

で、その本番ステージ。

練習は確かにダメダメだったけど、
いくらなんでも本番は・・・
本番は・・・
ほん・・・・・・・・・・・

げええええええええ????????

落ちた落ちた落ちた!
思い切り早く突っ込んでしもた!
おいおいおいおい!

音がなくなったぞー!いや、マジで音、消えたぞ!

あ?1小節音がなくなったけど、なんとか無事に
ウチの(Flの)プレイヤーがつないだっ!
Clもつないだっ!

って、横でモニター見ながら、自分が演奏してるんじゃないのに、
もう心臓バクバク。

マジ、べー1どころとちゃうわさ。
マジ、止まった、終わった、って思ったモン。
しかも相当長い間(?数分?))
トリガー引いたオッサンは立ち直ってないし、
いつも色々と「ご高説」を仰る方も、
うろたえてるばかり?ヘゴヘゴな音しか出てないし・・・

うっわ~・・・

ある意味、文字通り「ライブスペシャル」な演奏!経験!

って思ってたら・・・・

またやった、またやった、またやったああああああ?????!!!
おいー??????????????????

うっへ~。ここまで酷いの、ってオケ歴「だけ」は長いさすがの俺でも知らんわ。

にたケースと言えば、今回の指揮者センセが前回来た時、だったかな。
あの時はウチの1stとセットで思い切りかき混ぜて破壊寸前だったっけなぁ・・・

あれで反省しとらんのかな・・・・

で、笑うに笑えない実話。

演奏会後の宴会(打ち上げ、という!)で。
「今日のあのパート、おかしかったよね?」
「やばいやばい、マジ終わったと思ったモン。」
「でしょ~?だってねえ、あんな簡単な「トロトロトロ~」ってところ、入り間違える?」
「・・・・へ?いや、そこじゃなくって「ん・たったったったったっ!」の所でしょ?

つまり、色んな場所で落ちる・間違える、などなどを積み重ねてた、って状況だったようです。
つまり、パートが違うと、その「事件首謀者」との絡む箇所は違うわけで。

とあるパートは「A」という場所で絡むのが、そこで事故られて。
でもとあるパートはそれとは違う「B]という箇所で絡むのが、そこで事故られて・・・

きっと、本番聞いてたお客さん、
「あの人、きっと急遽昨日交代したのよ」って思ったんじゃなかろうか?

シベ2。結構トリッキーな絡みがありますが、親亀こけたら・・・なわけで。
その「親亀」が全然ダメダメで・・・

あちゃ~。

しかも・・・当事者は全然わかってなかったみたい。事の重大さ。。。

ダメじゃん。。。

だからかなぁ。お客さんはやっぱり正直だ、と思ったです。
だって、カーテンコール、結構短めだったもん。
消えないように、指揮者センセ、出てはすぐに入り、のくり返し。

拍手にも熱が感じられなかったなぁ・・・

ちょっと、これは尾を引く問題かも。
ちうか、そろそろきっぱり引導渡す時期、ってやつなのかも。
(但し、それは複数、ね。一人じゃないよー。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(4) アンコール  シベリウス/春の歌

ということで、這々の体でアンコール。
実は俺、この曲は全然知らなくって。
シベ2を本気でやって燃え尽きたら、金管はもたないだろな?と思って、
俺は「悲しきワルツ」あたりでもするのかなぁ?って思ってたのですが。

結構単純なメロディー、構成で、ちょっと同じフレーズのくり返しが
タレる?とも思わないでもないですが。

へぇ~、シベリウスってこんな曲も書いてるんだ、と、ただただ単純に感じた次第。

実はこれが唯一無事故ですんだ曲だったのかも。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで。
今まで本意じゃなかったけれど、皆さんの希望もあって、
結果ずっとメインの1stが続いていたので、今回は降りましたが。

それに、実はシベ2は学生時代・青春の想い出がたっぷり詰まった曲でして。
(しかも、指揮は今をときめく、あの佐渡裕氏!)

想い出。壊したくない想い出もあるもんね。
「砕け散ったミラー 拾い集めても 想い出は蘇らない」 だっけな・・・

いやいや、今回が98回、ってことで。
来年はとうとう99回・100回、という記念回を迎える当団ですが・・・

ホントに大丈夫なのかな?
しかも、俺が航海の舵を握ってていいんだろうか?

すでに、自分棚上げご高齢者ズが、色々と吹聴してくれてるらしいが。。。

ま、今日は今日。明日は明日。明日は明日の風が吹く。
今をどうにか乗り切ろう!

と、なんだか最後は下手な青春ドラマになりましたが。

去年の秋定期とは違った意味で
どうにか無事に済んだことを、ただそれだけを祝うとしましょう。

ほっ。止まらなくって・崩壊しなくって、よかったぁぁぁ・・・


沈みゆく巨船/「タイタニック」

10月もとうとうオシマイが見えて来て、
TVニュースでは渋谷がハロウィーンで大騒ぎ、
なことやってますが、
そもそも、なんでハロウィーンが日本でこないに流行るのか?
きっと今年もこれから月末まで
「ハロウィーンに詳しい●●大学の○○教授」とかが
したり顔であーだこーだ言うンだろうけれど、
結局のところ、流行だしやってみっか、ってだけで
やりたいことやって騒ぐだけが目的なんっしょ?
って思わずにはいられない10月下旬の今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

例によって、天気もネェ。
今月頭くらいまではまだ「あっつーーーーーーーー」って日が
そこそこあったけど、さすがに10月のこの時期になると
ようやく朝晩が涼しくなって秋めいて・・・
って思ってたら、やっぱり大阪ちうところでは真夏日になったり、
朝と昼の気温差が10度もあるの?みたいな、
でも考えようによったら「ようやく秋かぁ!」なんではありますが。

例年に比べて、ますます気候ってのが
おかしくなって、気がつけば、ますます・マジで
春と秋と、が無くなって言ってるんじゃなかろうか?

なんて感じも昨今するんですよねぇ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、そんな秋。
別れの季節、とも言うらしいですが。
まぁ、俺のいる あまおけ 絡みじゃないですが。
なぜか、秋ってば、ブラームスの交響曲第4番、連想するのですが。
これが「別れ」を意味するような曲じゃないけれど。
やっぱり、なぜか「秋」って感じ、するんっすよね。

今年の定期公演は来週。シベリウス。
ここはまだわかるけれど。
ボロディン。これもまぁ、わかるけれど。

ベートーヴェン?1番?
うーん・・・・・
結局強欲で我が儘なジィサンの嗜好に付き合わされた
(いつものことですが)、ってプログラムですが。

なんであれ、べー1は2ndですが、やったことも無い曲だし。
がんばろっと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ツマラン前置き・つらつらした前置きは
この程度で。

多分、この週末が今年最後の
「ゆったり・ゴロゴロ」できる週末だろな、と思って、
なぜか最近妙に・強烈に見てみたい映画、
部屋から「探し出して(発掘して)」見ました。

公開は1997年のはずだから、もう20年たったのね。
でも今見ても新鮮ではありました。

今日は、そんな映画

タイタニック

の備忘です。

これ、実は封切り当時、ちゃんと劇場で見たんですよね。
実は結婚した直後だったのですが。
職場でかなり精神的に追い詰められて。

* どういうワケか、その職場、入社して10年ほどしたら
経営者が「資格とらないならそろそろ退社しろ」といわんばかりに
自発的に退職するように仕向けるんですよね。
今で言うパワハラ系?
仕事を与えない、一人別の部屋に追いやって
意味のない事務仕事しかさせない・・・

俺としちゃ、当時は結婚したばっかりで
「さあ、これから!」と意気込んでいた時だったので、
そういう仕打ちは猛烈にこたえたですよねえ。。。

で。
そんな自分が当時見たこの映画。
まだ今のようなシネコンなんてなくって。
でもこの作品はいわゆる「超大作」ってことで
完全入れ替え制をしていたのですが。

まぁ、映画自体も3時間くらいかかる長尺モノだったからなー。

そんなこんな、のある日。
経営者の「ヨメ」・・・これがまたものすご性悪で・・・が
「仕事しないなら、とっとと帰れ」みたいな暴言吐かれて。
で、売り言葉に買い言葉。

その日は昼過ぎにそのまんま帰ることにしたけれど、
そのまんま帰ってもつまんないし。
で、夕方からこの映画の上映があって。
しかも平日だし、当日券もあるか、と思って。

そんな精神ボロボロの時にこれ見たんですよねー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で。そんな状態で見たもんだから。
色んな意味で結構脳裏に焼き付いた映画になりました。

もう、今更ストーリーなんてええっしょ。
ま出会いと別れ、しかもこの上なく哀しい別れ。
本当は別れたくないけれど、強制的に別れさせられる・・・

なんだか、その時の自分に勝手に重ねて、結びつけて。
だから尚更インパクトが残った映画になりましたねえ。

別れの季節・・・というにはチト遅い、クリスマスシーズンでしたが。
色んな意味で厳しい別れが待っているのだ、という覚悟の中、
そんな思いで見たので、なおさら、だったのかな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

主演は、もちろんレオ様。
今にして思えば、なんですが・・・
彼が世界的に売れた、飛び出したのが
この映画だったんですってね。

もっと前からだったんじゃ?
って思ってたけれど。
キャリアとか見たら、この映画の時点で23歳?

そりゃ、あれだけ端正な顔つきで、
本物の「ハンサム」ってやつで、
しかも一点の曇りもない好青年を演じきった・・・

そりゃ、世界的に大爆発したでしょうよ。
オスピーだって、レオ様~!ってTVで叫びまくってたもんね。

どっちだっけ?ピーコかな?おすぎだったかな?
「ちょっとケイト、あんたねぇ、あんなぶくぶくしてたんだったら
勝手に塩水で浮いたでしょうよ。なんでレオ様をドアに乗せなかったのよ!?」
って意味ワカラン、オモローな因縁つけてましたもんね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・でもさすがのレオ様も寄る年波には?
何の映画だったかな?スナップショットだったかな?
結構中年太りしちゃったなぁ・・・って
ビックリした時もあったけど。

アカデミーを取った「レヴェナント」とかは
年相応?それ以上?の良い芝居してたよなー。

って、ちょっと脱線。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やっぱり最近色々と疲弊してるから、かな?
まずは、セリーヌ・ディオンの「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」を
やたらと聞くようになってしまって。ヘビロテ、ってやつですかね。

で、そう思っていたら、なんだか・どうしても
この映画「タイタニック」を見たくなっちゃった、ってことなんです。

これも今更、なんですが。
この映画の前まで、タイタニック号、って「そのまんま」沈没してる、
って思われてたんですってね。

だから「タイタニックを引き上げろ!」みたいな
海洋サスペンスもあったり。
(これも映画になってましたねぇ。)

で、とうとう?改めて?週末にざらりと見てみました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やっぱり、レオ様がわっかい、若い。
今見ても、今見た女子は、やっぱり「嵌まる」んじゃないかな?
(だから、中年太りしてる自分に勝手に重ねて、
ある種の「安心」を得てたりして。「レオ様だってさー」みたいな?)

キャメロンの演出プランでもあったらしいですが。
ホントに、レオ様演じるジャックには一点の曇りもない。
(ディカプリオは、もう少し影を作ろうか?と提案したらしいけど、
「そうすると話が全部台無しになる。登場人物で唯一曇りのない人間が
ジャックなのだから。」と言われて、心底曇りのない演技をしたのだ、とか。)

だからかなぁ。男からみても「ああ、若い頃これだけ底抜けに、曇りのない
性格だったらなぁ。」って思いましたもん。

そして相手役・ヒロインのケイト・ウィンスレット。
ありがちなお話?レオ様も同様だったらしいけれど、
あまりにこの映画が大ヒットして、役が本人に焼き付いちゃって、
一時、続いて出てくることがなかったようですが・・・
それに封切り当時は「大根」みたいな言われ方も
してなかったっけ?
(なんか、猛烈にやっかみ「込み」みたいにも思えたけど。)

彼らは最近、再びハリウッドでも出会っていたりとか、
アカデミー賞の頃には、ウィンスレットの名前もノミニーとして
出ることもあったようで・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

上映当時はレオ様の芝居があまりに良いので、
比較されて厳しめだったようですが。
でも今見たら、全然そんな感じはしなかったですねえ。

ただ、この二人の演技。

アメリカ映画協会・アカデミー賞の「体質」なんだろうけれど。
レオ様は主演男優にもノミネートされなかったんじゃなかったっけ?
されたのかな?

そんな若くてイケメンでチャラ男(に違いない)に賞なんかくれてやるか!
という、いつもアレで、受賞してなかったみたいだし。
ケイト・ウィンスレットは、主演女優でのノミニーはいいけど、
確か100歳を超えたローズを演じたグロリア・スチュワートとダブルでノミニー?
で、結局、作品としては11部門受賞、って栄誉をになったけれど、
主演男優・主演女優を取っていない、という、なんとも
「エスタブリッシュメント」?重視?な結果だったんですよねぇ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うーん。ちと閑話休題?

改めて見て。
この映画。ある意味、「A面」と「B面」が、それぞれ90分の2部作、とも?
前半はジャックとローズのラブストーリー。
後半はタイタニックが沈没する海洋サスペンス。

でもそこはそれ、脚本がそこそこ良かったんだろうな。
別に分離した感じは全然しなかったけどな。

ただ、脚本賞も受賞はしてないのよね(アメリカ・アカデミー賞)。

でもここはちょっと分かるかも。
というのが、折角の背骨はあるんだけれど、
それを引き立てる悪役がちょっと軽いかなぁ、と。

例えば、ローズと政略結婚するキャルとか、ローズのお母さんとか。
この二人を、もっと嫌みな上流階級の人間、
として描いてみたら、もっとラブストーリーや、
後半のサスペンスに深みが出たのかもなぁ、と。

この時代なら、名門家だけどお金がすっからかん、
でも名誉だけでしか生きていけないイギリス没落貴族、
てのもまだあったろうし。
その相手が、金持ちの家・・・なのはわかるけど。
アメリカの大金持ち?

だったら、キャシー・ベイツ(!)が演じるモリーだって
アメリカの成金大金持ちの夫人、って立場だったから、
ここと被ってしまう・・・しかもこのモリーが、
ジャックとローズを陰ながら応援してる・・・ってのは
好感持てたけど、それも踏み込みが今一歩、かな?

でも、それもこれも、架空の人物を史実にあてはめたが故?
ジャックとローズのラブストーリーだって、
いわゆる「一目惚れ」ってやつなんだろうけれど、
ああも簡単に「ポンポン・ポーン」って話が進むってのもなぁ。
で、上流貴族と三等船室の下流階層と、で
まだ明確な区分があったはずなのに
(それを示唆するシーンもたくさんある)、
ジャックがやすやすとローズに近づける、ってのも
強引かも?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ただ、やっぱり史実はあまりにも強烈な悲劇。
その悲劇をベースにしたラブストーリー、って思うと。

見ている人間は「この先なにが起こるか分かっている」けれど、
劇中の人は「この先の大悲劇」を全く知らないわけで。

だから、ジャックの「人生は贈り物。目一杯楽しまなきゃ。」
という台詞が生きるんだろうな。

それとか、「君だけでも生き続けろ。」って台詞も
重たく聞こえるんだろね。

そんなこんな、で。
3時間にも及ぶ超大作なのに、
一気に見てしまえる、っていうのは
ラブストーリーとしての完成度(主役2人だけですが)、
それと史実の持つ悲劇性、そのストーリー、
それらが相まってぐいぐいと引き込まれたんだろね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういや、劇場で見た時、精神的に参ってた、
ってのは言った通りですが。

たまたま隣に座った女子二人連れ。
明らかに「レオ様」ファン。
なので、映画の最初の方は
レオ様が出てくるたびに「キャアキャア」騒ぐし、
ケイト・ウィンスレット(ローズ)が出てくると
「なんだ、あんなデブ女」みたいなことを
呟き邦題・・・

だから、「あぁ、悪い席に座っちゃったなぁ・・・」って思ってたのですが。
だんだん映画に引き込まれて隣のオネイチャン二人組のこと、
スコーンって忘れてたんですよね。

で、俺もラストシーンで思わず涙があふれそうになって・・・
(そんなの映画見て初めての経験でしたねぇ)
ヤバっ!って思って、エンドロールが終わってふと隣を見たら・・・

前半「キャピキャピ」してたオネイチャン2人組が
声を殺して号泣してるのな!
しかも、メイク総崩れで!

「なんで?なんでジャックが死んじゃうのよ?」ってそこかいっ?!
「でもあそこで死ねるからジャックなのよ!ローズが羨ましい!
私も、あんなジャックみたいな彼氏がいればなぁ!」みたいな会話を
鼻水たらしながら・・・・

うーん。恐るべし、レオ様。
そして、ある意味、これが「名画の力」なのかな。と。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから、最後に音楽。
あまりにも「名画」だったら、
実は「音楽」は「完璧に映像に溶け込んで記憶に残る」か、
「完璧に映像を邪魔しないので記憶に残らない」、のどっちかだ、
と、知り合いのその道の専門家さんに聞きましたが。

この映画だと後者だろな。

だから、実はそのモチーフは劇中でつかわれていたんだけど。
全然気がついてなかったなぁ・・・

「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」。

エンドロールで、セリーヌ・ディオンの「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」が流れると、
その歌詞と相まって、いや、ホントに泣きそうになりましたもん。

それともいっこ。
あのラストシーン。

碧洋のハート・・・確かに話の始めはトレジャーハンターの行動で、
それ自体は全然深みもないのに。。。
そんなダイヤを「捨てる」の?
そして目をつぶれば、まるで「オペラ座の怪人」のオープニングのように
(でも映画としてはこっちの方が後だけど)
廃墟と化したタイタニックの残骸が一気に就航当時の姿にどんどん戻っていって、
最後は、「例の」時計の前で時計を見上げている、でも
礼服を完璧に着こなしているジャックが・・・

そしてエントランスの周りには、いい人も悪役だった人も
みんなが微笑んで拍手をしてくれる・・・

これは、そのまま101歳のローズが、
全てを話し終わって、宝石を捨てて、
そのままジャックの待つ所まで飛んでいった・・・

そして、マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン・・・

ベタな演出・・・とは思わなかったですねぇ。
ホントにここは今見ても泣かされますね。

・ このエンディングには別パターンもあって
撮影もされたのだ、とか。
でも俺はやっぱ、こっちのエンディングの方がいいなー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とまぁ、映画と関係あるようで関係無い話を
いつものように、チンタラと。

でも、哀しい別れなんて、絶対ヤダよね。
どこかで、あの世であっても結びつけられる・・・
ってのは夢があっていいけれど。

やっぱり小物な俺としちゃ、現世での幸せがいいなー。

うーん。出会いと別れ、か。
こういうのを、なんとかのカン、なんて言うのかな。
いやいや、哀しい話は遠慮しまっせ。

にしても、封切りから20年超えても
充分楽しめる映画。
やっぱ、これぞ「名画」なんだろね。

今週はもう11月。そしてアマオケの本番。
で、あまおけも本番が終わったら、新しいページになる、と。

さーて、っと!

* それにしても。
今の若い子、って「タイタニック」の史実、って知ってるんだろうか?
小学生の本なんかでありそうな「世界の悲劇」みたいなの・・・
今の子、知ってるのかなぁ?

* そうそう。2022年、オーストラリラの道楽さんが
タイタニックのレプリカ作って運行する、って?
どんな風になるんだろね?

あまおけの練習 18年11月公演に向けて(2)

10月も下旬になって、
気がつけば朝晩結構冷えるようになって、
そいでもって、F-1もスズカどころかアメリカまで終わって
残りはあと3戦、
そいでもって、ホントなら秋まっただ中のはずなのに、
もしかして今年は11月に雪が降ってもおかしくないナ、
そんな違和感に教われまくる今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか?

春もそうでしたが。
今年の秋、ってどこ行っちゃったんでしょ?
めっさ暑い、と思ってたら
いきなり大豪雨・大暴風付きの台風が来たり、
でいきなり朝晩冷え込んで、
なんですか?晩秋のような1日の基本変化、って、
マジ、地球ヤバシなんじゃね?
近大マグロだって、異常気象のせいで
えらく値上がりした、っていうし。
(種の保存と「価格抑制」てのが人工飼育の目的だったはずなのに。)

おかげで、今年は・いわゆる
~なんちゃらの秋~
ってのを全然堪能できていない気もしますねぇ。

でも美術展は凄く面白そうなのが目白押し、
文芸方面はたっぷり「秋」だっていうのに、
「ワタクシ」ごとでは、もう極寒状態・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな極寒状態を感じてしまった、
ワタクシのいる アマオケ・・・・・

実はもう本番2週間前なのに
「マジかよっ?!」ってシーンが続出の今日この頃、
今日は「そのへん」を中心に、備忘しときます。

今回の指揮者センセは、当団でも人気のセンセ。
よーく当団をご存じ・・・のはずだけど、
やっぱりすんごいセンセなんだろね。

「3年もたつとオケは変わりますから。」
「変わってないとそれはウソ。ダメですよ。」

ってことで、再び・音楽的には
まっさらな状態からのお付き合い。

これはある意味、とてもありがたいんですよね。
「中の人間」としちゃ。

こっちは「先生だけ」だけど、先生にとっちゃ
「沢山振ってるオケのうちのひとつ」という感覚で
捉えてくれてるのかな。
でも、そう構えてくださるので、
結構、毎回、「惰性」ってのは感じません。

回数重ねると、ある意味オケの体質も分かってくれていいんだそうですが、
オケの側に「それなりのレベル」がないと、
回数重ねるとだんだん惰性になってしまう、という悪癖が生じる・・・
てなこと聞いたことがあります。

多分、ソレなんでしょね。

でだ。
センセ様はとってもいいんだけど。
最初選曲のことを相談したとき、
センセ様の反応がいまひとつだったので、
今回のプログラムはセンセにとって今ひとつ・・・なのかなあ?
って心配したのですが。
(でも「本物のプロ」なら、この曲はOK、これはキライ、
っては言わないんですよねぇ。きっと。)

蓋を開けたら、トンデモ、トンデモ。
なーんだ、センセ、3曲とも大好きなんじゃない・・・

でも・ちうことは・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1) ボロディン・イーゴリー公序曲

これ、現状、俺、めっさ恥ずかしい。
笛の1番なのに、管打セクションが全然まとまっとらん。
ソロだから、ってんで好き勝手吹いて見たり。
ウォームアップできてないから、ってことで落ちてみたり。
そういう人に限って、色んなシーンで
「お互いのことをもっと信頼しましょうよ」とか
「お互いの演奏をもっと聴きましょうよ」とか・・・

結局、お互いの~ の分を 私の~ に置き換えたら本音なのかな?

そう言いたくなるくらい、あっちで暴走、こっちでヘベレケ・・・

オマケに。実はセンセ様、この曲がとーーーっても大好きだそうで。
だから、実は細かなニュアンスを丁寧に作り込んでいるのですが。

なのですが・・・・・

「皆さん、そこはソロに合わせて。」
って箇所に限って、ソロが全然なにやりたいかわからなかったり、
暴走したり、急減速したり。
で聞けば「伴奏聞きながら演奏してたので」とか「棒に合わせました」とか・・・

センセが言ってるのはそんなレベルの意味じゃなかろ、と
ワタクシなんぞは思うのですが、ね。

でも、主張が濃すぎてアクだらけ、てのもめっさ疲れ「させられる」もんですが・・・

ともあれ、文字通り「吹けど踊れど」まとまらず・・・
うーん、俺、すっかり信用なくしたのかねぇ。。。。。

これ、1%程は「ピシッ」と嵌まって名演になる予感はしますが。
99%、本番中に崩壊寸前になる気がする・・・

やだなー・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(2) ベートーベン 交響曲第1番

これ、実は個人的にちょぴり嬉しかったり。
ちうのが。先日のセンセ様の練習の時、諸々あって、
1時間少々、いわゆる1stの「代吹」ってやったんすよね。

最初は「まずは通して演奏する」だったので
ある意味楽しみにしていたのですが・・・

結局、1楽章を通したあと、センセ様、ひらめいたように
1楽章のサウンド、ニュアンス、を丁寧に作り込み始めて。

気がつけば1楽章だけで40分ほど?
なので、2楽章は表面をさらり、とやって、そこでお昼休み。

お昼休みが終わったら正規の人が来たので、
ワタシャ再び2ndへ・・・

で、チョピリ嬉しかったのは。
終わった後センセ様から声掛けいただいて。

曰く、
1楽章、前回やった時の印象・記憶から、
とにかく第1楽章の木管群の音程・サウンドの調整、
縦の線を合わせる、ニュアンスをそろえる、
ってことをたっぷりやんなきゃ・・・って思ってたのに、
今日(練習時)、それが全部問題解消してたから、
勢い余って、もっと色んなことやりたくなって、で、時間のこと忘れちゃっててね・・・

いや、当然、練習中に「現時点で笛は2人とも「ニセモノです」」って言ったんだけどね。

それ以外は正規メンバー。ってことは・・・

って思ったら、ついつい、ほくそ笑んでしまう、
お腹真っ黒なワタクシ、なんではありました。

んで。ベートーヴェン。
オケのトレーニングとして古典が大切なのは分かります太。
あまりにも長期間、数年間もほぼ同じメニューで筋トレ・基礎トレばっかりやってたら
かえってその能力がつかない、というのはスポーツも同じでしょうよ。

確かにべー1、良い曲なんだけどなー。。。

「音程の訓練」「お互いを聞く訓練」「縦の線を合わせる訓練」
・・・って「訓練」のために趣味のオケやるのかよっ?!
しかも、毎度毎度叫んでる当人「達」が、全然できてへんやんけ?

って巷の声が聞こえる今日この頃・・・これも大丈夫なんかなぁ・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3) シベリウス 交響曲第2番

で、メインイベントはこれ。「幸いにして」?!俺、
これは降り番です。

で、一応、降り番の間にやっておくべき諸々もあるので、
実は先日初めて、練習の概要、聞いていたのですが・・・

確か、こういう曲は当団には向かない、ってことで、
しょっちゅう重鎮達がいろんな理屈並べて演奏させまい、
としていた曲のひとつですが。

なんか、そう言ってる理由がわかったような気が。

それとか、この曲、木管全然「音程」「お互いを聞く」「アンサンブル」
の面で何ら訓練に寄与しない、って言い放つ人もいたようだけど。

え~?シベ2、って木管8本の完璧にクリアなサウンドが命と
ちゃうのん?
俺なんかは、そこから北欧の澄んだ湖、とか連想するんだが。

んで。実演。
練習。。。。練習よね、これ?・・・・もうj本番2週間先よね?・・・
やっても意味がない=単純ですぐできる=練習が手持ち無沙汰になっちゃう
(半年練習する意味がない)・・・でしたっけ?

ほー。

ほー。

ほー。

乗ってないからナントでも言えるけど。

我田引水でしょうが。笛は全然問題ないな、と率直に思ったり。
ちうか、木管で、なんで笛の音だけが飛び抜けて聞こえるのかな?
シベ2、たしか(俺もやったことあるのですが)笛、って
何をどう吹いても木管に埋没するしかないやん、って思った記憶が。

しかも、コンマスも必死にザッツ出してるのに、
管楽器、全員?知らん顔?

センセ様は、特に3楽章から4楽章への入りをめっさ念入りに
練り込むように作り込んでいましたが・・・

やっぱり笛吹けど踊らず。

他パートの演奏どうこう、を言う耳があるなら、
まずは自分の演奏にその耳むけてみ?っての。
(毎回思ってるし、毎回備忘してる・・・かねぇ?(笑)。

えらくまた、フィンランドには汚染されたエリアがあるんだ、
率直にそう思ってしまったですね・・・・・

ブラスセクションも。
Tbあたりは「気張ってまっせ~」ってのがあって俺は好き。
でも、Hrは1stはさすが、2ndもお人柄通りに綺麗につけているけれど・・・
あとは、なんか音が出るたびに「言い訳」が聞こえてくるような・・・

もそっと、みんな謙虚になってみない?
みんなで一緒に演奏して、みんなで幸せになろうよ!

それじゃ、あかんのかねぇ?
周囲を不愉快にさせて、自分は楽しいんだろうか?

そういうのが、なんとなく、やっぱり、現れるんですよ・・・ね。

で。木管群。またしても「崩壊の引き金」を弾きそうな予感。
いつもの人が。いつものように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いやいや。いやいや。
自分が出ない曲は基本的にボロクソ、ってスタンスが
これまた「お腹真っ黒」なワタクシ故、だったりするのですが。

あと2週間、っていう緊張感が稀薄なのは
カレンダーのせいだ、としても。
どの曲も、ちょっと聞き合えば・・・って言える、良いレベルなのは
確かなんだろう、と思いますが。

最後の最後。相互信頼、ってやつかなぁ。
そこのピースが嵌まらない、となると・・・

俺の立ち位置からすると。
やっぱり、いつものモウリーニョ語録が・・・
(いや、ホント、フットボールとオーケストラ、色んな面で重複しますよ!オモロイ!)

「私はいいプレーができなかった選手を決して批判しない。
外部からの攻撃からも徹底して守る。

だが、チームのためにプレーしなかった選手は話が別だ。
それは、私の仕事の本質がチームワークにあるからだ。

誰かがチームのためにプレーしなかった時に、
その選手を私が守る理由がどこにあるというのか。」
(J・モウリーニョ)

ピカソの版画

さすがに10月も中旬となると、
もういくらなんでも・・・と思いつつ、
やっぱりそれでも観測史上なんちゃら、
て枕詞付きで、
関東とかでは真夏日になったと言うし、
こちら関西でも、30℃近くまで気温が上がる日もあって、
やっぱり秋が消滅しつつあるのかなぁ、
秋と言えば、やっぱり食の秋、
でも食過ぎて・・・・・・ヴッ・・・ヂツと我が腹を見る・・・
という今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

食の秋だけじゃなく、芸術の秋でもありますが。
カミさんの食が美味いだけじゃなく、
ストレスがたまって?
それを食べることで溜めてたストレスを吐くから?

ううむ。スーツ全部買い換え、なんて
そんなお金はないし。

スポーツの秋?いやいや、
もうこの年になったら・・・
(でも、ネット上で知り合ったニィちゃんなんか、
ちゃんとトレーニングしてるんだもんなぁ。
すごいなー。尊敬です。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで。
ストレス溜めるばっかじゃダメじゃん、
例えどんなに短くなっても、
アマチュアであっても、
やっぱり芸術!(家、とまでは言い切らない!)。

少し前のネタですが。
少し前にお出かけした美術展の備忘、しときます。

カミさんがこの夏の終わり(って今年はいつを言うんだろう?)
に働き出した建物でやってた美術展。

実は場所も場所なだけに、
意外と穴場的な展覧会もやってるのですが。

なんせ、会期が短い。だいたい3~4週間程度。
この展覧会も「おっ!」と思った時は
すでに期間の半分・・・

でもカミさんが「行きたいねぇ・・・」って言う日にゃ、ね。
オイラもがんばって都合つけて。

で、これまた便利なのが、
場所が場所なだけに、夜7:30まで入場できるんですね。
(閉館は夜の8:00。)

なので仕事帰りに芸術鑑賞!

ってことで、行ってきたのはこれ!

「ピカソ~版画を巡る冒険」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ピカソ・・・・・

その名前を聞けば「天才」という言葉が
瞬時に脳裏に浮かぶ・・・
そんな印象、ないですか?

でもって、キュービズム。
顔の正面と横顔とがひとつの顔の輪郭の中に入る、あれ。

正直、この人の作品のあたりから後の
いわゆる「モダンアート」ってのは
よくは分からないのですが。

いつぞやの森村泰昌氏の言葉。
「現代アート?例えば、デパートの包み紙やと思たらよろし。」

なるほどね!
正しい解釈かどうかはわからんけれど、
モダンアートってなったら、
もはや「見た感覚」を味わうだけでもいいのかも。

音楽だってそうだもんねぇ。
12音主義あたりから崩れだして、
ミニマルアート的な作品も生まれたり。
いわゆる「ピン・キン・コーン」な「音楽」だって、
「だからそこに何を意味するかを見いだす」
なんて行為はもはや陳腐なものであって、
単に感じるだけ、それで充分・・・

そんな作品もたんまり出来てるもんね。

だから、ピカソあたりになれば、
ただ単に、まずは「感じること」を心に、
「展覧会の絵」を愉しむのがいいんだろな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ピカソ・・・
そう言えば、いわゆる新婚旅行?じゃないけれど。
結婚直後にカミさんと2人で箱根一周した遙か昔?

たしかピカソの美術館がありましたよねぇ。
で、そのときに立ち寄ったんですよね。

思えばその頃から
カミさんに美術・芸術、教わりっぱなし。

全貌はもう忘却の彼方ですが・・・
そこでは単純に衝撃の連続、
そんな記憶が残っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから年月は流れて・・・(涙)

ビンボな上に収入も全然ない俺。
早い話、甲斐性無しな俺。

カミさんを海外どころか、
国内だってロクに連れてってあげられないし。

せめてこういう美術展だけでも。

ってなんとなく懐かしいかも・・・
と思いながら、ピカソ再び?!な趣で
美術館に入っていきます。

・・・ちうより、大きめな美術画廊、って言った方が
いいのかな?

ピカソ。版画。
実はそこ、あまり脳裏で結びついてなかったんですよね。
でもよくよく考えたら、
我が家にも、箱根で買ったポストカードも
版画だったっけ。

ここでは「版画家」としてのピカソを振り返る、
といった主旨での展覧会となっています。

でも、絵画もそうであるように、
この版画も、時代が進むにつれて
どんどん変化していくし、
過去の偉大な画家のエッセンスを取り入れて、
自分なりに昇華して・再解釈して、
それを作品として提示する・・・

うーん。なんだか、そう書くと、
ビッグメゾンのファッションデザインみたいな。

シャネルの過去のアーカイブを
現代風に再解釈して再構築した
今年のスタイル

みたいな?

でも、正直、なんでレンブラントがこうなるの?・・・
ってあたりは分かる部分もあるのですが。

クラーナハとピカソとか、ゴヤとピカソとか。。。

いや、正直、全部ぱっと見た瞬間は
「???」なんですよね。

でもちょびっと立ち止まって「しげしげ」と見ると、
ふ~ん・・・あ!そうかぁ・・・!
だったら、これ、オモロイかも・・・

そんな作品が数々、でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

版画にしても、新しい技術を考えて生み出して、
それを自分の作品に落とし込んでいく・・・

中には、それもしかして「浮世絵」の手法?
と思えるものもあったり。

そう言えば、先日見た「プラド美術館」。
あれがある意味いい予習になりましたね。本展覧会の。

ちうのが。
ピカソがお手本にした、再解釈した、などなど・・・
の作家達、って、プラドのコレクションに入ってるんですよね。
スペイン、おそるべし。

でも考えて見りゃ当たり前?
ピカソもまた、スペインが生んだ偉大なる天才、
だもんね。

こういうのが積み重なって「ゲルニカ」に至るンだろうな・・・
ふとそう思い浮かびました。

そういや、ピカソが原爆を描いた?ってのも
あった気が・・・うーん。ちょっと思い出せない・・・
(でも衝撃的な版画でした。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はたまた。
備忘の順番が逆?ですが。

ピカソの版画。絵画もそうなのでしょうが。
実に多彩で、時代の流れとともに
ドンドン変化してるとともに、
描く対象も実に広範囲だったんですね。

「女性」「女」を対象とした作品は沢山あるな、
とは思っていたのですが。

それ以外にも静物画、動物、古代にテーマを求めたり。
そして、時代が進むにつれて、
だんだんと「色」が入ってくる・・・

その様々な側面が
版画でも味わえる、というのは
知らなかったこと・新しい発見、でした。

特に多色刷りの版画の制作過程なんか、
説明読んでたら浮世絵なのかな?
って思いましたモンね。

それにしても、ピカソといえど、
最初はある種・普通な(?)絵画、版画だったんですね。
でもそれがだんだんと、
新境地に進んでいって、展開していって・・・
なんでしょうね。

女性、肖像、静物、神話・・・
どれをとってもやがては「ピカソ」になっている、
ってあたりも、なかなか楽しめました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして最後にもいっこ。

これ「美術館」のコレクションじゃなく、
「図書館」のコレクションなんですよね。
「図書館」!

14世紀に起源を持つ、王立文庫が始まりなんだそうですが。
なんでも、書籍以外にも、絵画とか、写真、原稿、楽譜・・・
早い話、日本で言う国会図書館、みたいなものかな?
そこに法律で、全部原本を収めよ、みたいな?

なにはともあれ、「図書館」が「絵画・版画」をコレクションしてる、
しかもスペイン人のピカソの作品を大量に所有している・・・

それもまた文化の深みなんでしょうね。
(「お腹がふくれない」って理由で小馬鹿にするどこぞの政治家
とは全然違いますわな。)


そんなこんな、で結構こぢんまりとした、
でも結構見応えのある・深みのある展覧会でした。

これ、巡回はしているようですが、
どこも短期間なんですね。

もそっとたっぷり、量、見てみたいなぁ・・・

いやいや、それより、版画なんだしさー。
どれか1枚でいいから、刷り上げて、オイラにおくれよー・・・
カミさん喜ぶんだからさー・・・
(って、ダメだってばさ。)


30回目のスズカを見て

9月から引き続き台風が来ては電車が止まり、
過ぎ去ってはあちこち飛散物だらけ、
出落ち着いたと思ったらすぐに次が来て、
通り過ぎたと思ったら、え?なんですか?
真夏日?もう10月てのに、気温が30℃だぁ?
でも、こんどこそ秋になるのか?
いや待て、もう10月10日はすぐそこやで、
いや、体育の日は今日なんだった、
と半ば錯乱状態の今日この頃、
皆さん、いかがお過ごしでしょうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

9月とか10月だったら、
「台風一過、爽やかな秋晴れ、日本晴れ」
ってなもんだったはずなのに。
でも、今日はさすがに、西の方は
そうなったのかな。

でも北海道は、再び地震があって(余震?)
それから温帯低気圧に代わった台風が
あばれた、とか・・・・・

天気のことや地震のことはしゃあない、
っていうけれど。
いい加減勘弁してほしいもんだ。
それに、関東圏だけまだ空白地帯ってのも
なんだか恐ろしいとしか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、そんな秋晴れ!のもと。
今日は久しぶりの、F-1備忘ネタ、です。

もう随分と行っていないなぁ。スズカ。
実は、スズカ、ここからは案外簡単に行けそうなんだけど、
やっぱり山越え、てのがあったり。

でも今年は久しぶりに来場者数が
前年度を上回った、とのこと。
まずは目出度い限り!

そんなスズカ。
今年で30「回目」のGP開催、とのこと。
これまた目出度い限りですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先週の台風進路予報を見てたら、
ありゃ!?折角の記念回が台風直撃?
そういや、十数年前にもそんなことあったっけ?

確か・・・よりによって、土曜日に三重県直撃、
挙げ句、バーニーの英断で土曜日の予定は全キャン、
日曜日朝に予選やって、昼から決勝。
ワンデイレース。

これはこれで、随分と盛り上がったですよねぇ。
3日券を持ってた人はずぶ濡れで大変だったろうけれど、
決勝だけのチケット持ってた人はお得だったんじゃなかろか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で、そのスズカ。
30周年じゃなく、30回目、ってのが
なんとも奥歯がこう、ゴモゴモ、と。

T社の横やりで、2回ばかり富士に
行っちゃった、って、アレがあるから、
30周年じゃなく、30回目だったんですよね。

今更、ですが。
あのあたりがひとつ、ターニングポイントだったのかも。

富士も、初年度のあの地獄絵図は・・・
でもそこはさすがにT社、翌年には「カイゼン」したけど、
1度こびりついた悪評は如何ともし難く・・・

2年目は結構いい環境だったと思うけれど、
肝心のお客さんが・・・

で、その2年間を利用して、スズカは大改修。

結果、たしか「世界初!?」だったかな。
全席指定ができるスタンドに作り替えて。
15万人分の座席を用意した、と。

Hさん、世界初が好きなのな。

ただ皮肉なことに、多分、そこから「満席」には
なってなかったんじゃなかろうか?

カムイが表彰台に立ったあの時をピークに、
お客さんが減ってたんじゃ、ね?

やっぱりねぇ。
ニッポングランプリ、なのに。
日本人パイロットも、日本のメーカーも出ていない・・・

チームスタッフにはそこそこ日本人がいるのに、
やはり「アイコン」は必要なんだろな。

ここ数年、中継見ながらそう思ってましたねぇ。

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で、やっと?2015年から?
満を持してHONDAがマクラーレンと組んで戻ってくる!!!

マクラーレン・ホンダ!

なんと甘美な響き・・・という皮が剥がれるのも
そう時間はかからんかったですね。

挙げ句、アロンソがHONDA御前レースで
「GP2エンジン!」って連呼してしまう、って・・・
マクラーレン・ホンダが、いわゆる「Bグループ」に埋没して
ストレートでじゃんじゃん抜かされていく図、って・・・

そりゃ、スズカも人が来なくなっちゃうよ。。。

でも、そんな山あり谷あり、も30回を迎えたイベントならでは。

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今年のレース。
マクラーレンから三行半を突きつけられて
まるで赤っ恥をかかされながら、トロロッソに拾われた?
としか見えなかった、、オフシーズンのシャッフル。

まあ、マクラーレンの時が最低だったのと、
HONDAのおごり、が相まって、
希望とは正反対に終わった3年だったけど。

トロロッソで、自由にどこまでやれるのかな?
ってのが今年見続けて楽しみにしてたこと、でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

んで。今年のスズカ!

なんと!トロロッソ・ホンダが予選で6-7位?!
まあ、Aグループの3チーム6台に色々あった、とは言え。
結果のシートだけ見りゃ、Aグループを食ってしまった、と。

これ、スタンドにいたらもう大興奮したろうな!!!
映像見てても興奮したもん!

こうなると、希望はどんどん膨らんで。

まぁ、さすがに優勝は・・・だろうけれど、表彰台に立ったりして?
ってほくそ笑んだり、本家レッドブルを食ってしまったら?!
ってにやついたり。

ふふふ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でもまあ、そこまで甘くないのが世界最高峰たる所以。
結果は・・・・ポイント圏外。

えー?なんでー?せっかく予選が・・・

でもその後のコメントや、ジャーナリストのSNSなど見て、
妙にナットク。

トロロッソ・ホンダというチーム自体、まだ1年目。
トロロッソもホンダも、予選が上首尾で、決勝も良いポジションで
レースをした経験が、まだまだなかった、と。
というより、全然なかった、と。

つまり、レース・周囲のチームとの関係、のレベルが上がると、
当然、パワーユニットの使い方とか、タイヤがどうなる、とか。
前後関係をどう見極めて、ピットに入れるか、という戦略とか。

そういう「経験」が、まだトロロッソ・ホンダにはなかった、
ってことだ・・・

なんか、そう結論づけられると残念と思うと同時に納得、
そして「あ、そっか、これ、まだ1年目なんだった!」
って妙に安心、嬉しく思ったり。

そだよねー。マクラーレン時代の3年間は
もう「黒歴史」にしちゃってるもんねー。

だから、レッドブル首脳陣の「来年がたのしみじゃわい」
ってコメント聞くと、
来年、まずはAグループで定住する、
再来年はトップ争いをする、
で3年後はワールドチャンピオン争いをする。
って三カ年計画、勝手に妄想したりしています。

・・・あ、でもトラさんチームも「毎年」Bグループで終わって
オフシーズンに「来年からの3カ年計画」を発表して、
それが「毎年」繰り返される・・・・って黒歴史があったっけ。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いやいや。
でもそんな妄想したいのは、やっぱりHONDAだから、でしょう。
スズカはHONDAの持ち物、とはいえ。
今年のレースのタイトルスポンサーになった、ってのも
ある種の気合いかなぁ。と妄想してみたり。

でも、だからこそ、HONDAのゲートの下を真っ先に通り抜けたのが
メルセデス、ってのはなんか、こう、小っちゃくメラメラと。

いやいや。待っとけ、メルセデス。
やがて、すぐに、ニッポンが追いついてやる。

レース見終わって、単純にそう思っちゃいました。

で。肝心のレース・・・
久しぶりに?あちこちで、結構やらかしてましたねぇ。

チームで同士討ち?とか。
フェラーリは結局あれ、自滅ってんじゃないの?とか。

最後の最後、せめてワークスルノーには
追い越されて欲しくなかったなぁ・・・

で、これで事実上、今年は決まりでしょ?
メルセデス&ハミルトンで決まりなんじゃ、ね?

って醒めてみたりも。

で、フェラーリは・・・またまたトラさんチームみたいに
オフシーズン、ゴタゴタしちゃうのかな。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

移籍の話も残り4戦になって、そろそろ
中堅所も見えて来たようですが。

フェルスタッペンはHONDAにかけたけど、
リカルドは、もうこりごり、ってぶち切れた台詞を残して・・・
でも行く先がワークスルノー?・・・

やっぱり、マックスとのお付き合い、なのかな?

ボッタスは完全にナンバー2、ってのを
満天下に曝されたわけだけど。
バリチェロみたいな立ち居振る舞いが出来るのかな?

そして、ガスリー君の昇格!
マックスと折り合いつけて、もっとでっかくなれよー。

って、RBR、シマテッツも、眼がよろしいようで。
ちゃんと「育成」して、チャンス与えて、3年でダメならハイ次、
でOKだったら引き上げて・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

レッドブル、ブンデスリーガじゃ、金の力で名手集めたチーム
を作っちゃって、ある種避難ごうごうらしいけれど。

でも、フットボールに限らず、
あちこちで「これは!」ってスポーツにどんどん投資してるのね。
その巨大企業に見込まれたわけだし。

HONDA、そろそろ目覚めようよ!

台風一過の結構すがすがしい天気の中、
「そろそろ、もいちど行ってみっかな?」
って思った、今年のスズカ、でした。

フォルツァ・HONDA!

あまおけの練習 18年11月公演に向けて(1)

再び列島を縦断した大型台風24号。
こなた、京の地では21号ほどでは・・・という印象でしたが、
それもこれも、単にルートが「ちょびと」ずれただけ、というお話。
しかも、24号の後ろから、25号が追いかけていく、という構図?

この度の台風被害に遭われた皆様に
心からのお悔やみを。
そして1日も早く元の生活が戻りますように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

西日本の大豪雨、台風21号の爪痕・・・
それらが癒やされないウチにやってきてしまった台風24号。

今年は異常、今年はオカシイ、って
毎年のように言われるようになって、はや数年・・・
という感じではありますが。

いや、マジで今年、「半端ない」ってば。
豪雪、噴火、地震、台風、豪雨・・・
もう「想定外」という「言い訳」なんて通用しないんだろね。

そんな台風直撃のせいで。
俺がいる あまおけ にも甚大な被害が。

いや、オケそのものが台風のせいでどうのこうの
なってしまったワケじゃないけれど。
(それ以外のせいでどうのこうの、のチョーカオスになってますが。)

この週末。本番1カ月前、ってことで、
本番の指揮者センセをお迎えして、
集中的に練習する、って日程だったんですよね・・・

でも、初日はなんとか出来たけど。
翌日は・・・JRは11:00頃に止める、っていうし、
新幹線(東京行き)も正午「前」には「最終」だ、っていうし。

で、なくなく2日目は中止・・・
しかも2日目は集中的にべー1やる予定だったので・・・

うっへー、そこがすっぽり抜けちゃったよー!
(T_T)
エラいこっちゃで・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで。

今日は、そんなアマオケの練習、例によって、
いつものごとく、の備忘録です。

何度か書きましたかネェ。
こういう本番のプログラム、って
実はだいたい1~2年ほど前に決めてるんですよね。

俺が責任者になって、いろんな決め方を
模索しているところですが。
(でも3年やって、だいたい皆さんの考え方が分かった気が。)

なので、今年(2018年)分は、実はだいたい2017年に決めてたんですよね。

それと、ホールの都合で(だから、地元プロがアマチュア活動を抑圧するような
ことしちゃいかんって。)、本番の日はかなり前に決まるので。

指揮者センセよりも先に曲を決めざるを得ない、と。
まあ諸々あってそんな流れなんですが・・・

「2018年は「基礎を振り返ってしっかり土台を再構築しよう!」」という
かけ声の下・・・
選曲してみたら、こないだのが、チャイ6、グリークPf協、レオノーレ3番、
そして今回はシベ2、べー1、イーゴリー公(序曲)、と・・・

うーん。基礎。ね。
いつも当団のご年配ズとか潔癖症さん達は、すぐに
「縦の線を合わせる練習に最適なのぢゃ」「和音を聞いて感覚を作る訓練にベストなのぢゃ」
と。。。二言目には、そればっかり。

で、とある若手がぼそっと一言。
「それって、本番の舞台で「そういった練習をする様」をご開示する、って意味ですか?」

・・・うっへー。若いっていいなー。
オイラも、スコーン、ってそれ、言って見たいよー。

しかも。「あるある」。
「そういう台詞を吐くプレイヤーほど、縦の線が揃えられない、人の演奏を聴かずに自分勝手に
演奏してる、和音?それなに?みたいな演奏しかしない。」

・・・ふー。ちうことで、一部ノイジーマイノリティの圧力で、
再び「レッスンのための選曲」とやらになった、次回定期公演のインプレッション、です。

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(1) ボロディン 歌劇「イーゴリ公」序曲

まずはこの曲。普通、「踊り(但し娘付き)」又は「踊り(でも娘なし)」なんだろうけれど。
不思議と、当団では踊りの方は定期の舞台に上げたことがないんですよね。
でも、このイーゴリー、序曲の方は2回目。

で、私、今までの諸々があって、今回はこの曲の1st。
(メインの1stが続いたから、ってことでまぁいいんだけど。でも
メインの1stが続いたのって、俺が熱望したワケじゃないんだが。)

ボロディン、って、結構後々手が入ったりしてることもあるそうですが。
いかにも、ロシアン・メロディーメーカーな印象もあったり。
(中央アジア、とかね。)

で、クライバーが演奏してるから?シンフォニーが取り上げられることも
たまーにあるようですが。

ボロディン。ハッキリ言って、未だに人となり、よーくわかってないです。
でも、この序曲のみならず、ボロディンの作品、ってなんか、こう、
「自然」っての感じるんですよね。ネイチャリスト?

演奏それ自体も、Flに関して言えば、バックの管楽器群の上にのっかるだけ、
でもって、綺麗にのっかれば結構美味しい目にあえる、と。

そうですねぇ・・・シンクロナイズド、いや、アーティスティックスイミング、でしたっけ?
あれの団体演技、リフトの「一番上」でパフォーマンスする、
それがこの曲のFlかなぁ・・・って、めっさ綺麗に言ってますが。
でも、申し訳ないが・・・土台がふにゃ、ってされると、
上に綺麗に乗っかって・・・てのが出来ないんですよねぇ。

あぁ、ヤツらがいれば・・・って、今や議員になったり遠い地で医者になってたり。

でもまぁ、これも「縦の線を揃える」とか「和音がどーした」とかいう「訓練」には
なる曲なんだろな。

けど。。。訓練しなきゃいけない人にその自覚がない、ってのが、ねぇ・・・

あぁ、曲は結構綺麗なんだが、いや、はずなんだが・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(2) ベートーヴェン 交響曲第1番

で、ワタクシ。引き続きこちらも出番あり、です。
ホントは1stやりたかったけど、もろもろの事情とやら、でこっちは2nd。

で。しらなんだ!
この曲の2ndFl、って、2楽章「お休み」だったんですね。
しかも、桶の中で2ndFl[だけ」が2楽章お休み!

そんな重箱の隅のような部分に「若いのぉ~」と、
勝手に「若書き」の面影を看取ろうとしてみたり。

これ、指揮者センセが「とりあえず、印刷されてる
メトロノームテンポで出来るようになっててね。」という宿題を!

なのでその通りやってみましたがな・・・
みました、が、な・・・・


あれ?

やだー・・・早すぎるんじゃ、ね・・・?

でも、編成を初演時並み?に小っちゃく軽やかにすれば、
まだ「かろやか~ん」な感じがしただろうに・・・

ここでもご年配ズ・潔癖症さん達が大活躍。

なんで指揮者に命令されて、編成を絞らなきゃダメなんですか?だの。
どうせ編成絞ってもあわせられっこないんだから、16型でやりゃええやん。
(前回のレオ3もその論法で16型で強硬したら、案の定、指揮者センセ、あきれ顔・・・)

そんなこんなで、なんとか中和・妥協点、ってことで12型でやるのですが。
やっぱり、指揮者センセの仰る通りにやろうとするなら、
10型か8型で充分じゃ、ね?
って思ってるのは俺だけ・・・なんかなぁ・・・・・

しかも。
俺が出ない2楽章(出ないからこそ言いたい放題!)・・・

静かな、清楚な、でもちょっとメリハリのある、かわいらしい楽章・・・
なんかじゃ、全然ないんっすよね。ウチが演奏すると。
ご年配ズが演奏すると。

もう、そこら中「往復ビンタ」かましまくり、な演奏。

あのー、sFとfpの違い、ってのがぜーんぜんわからないんですが・・・
あのー、その演奏は「縦型アクセント」では?(アクセントすら書いていない箇所)。。。

なんだか、猛烈に肩が凝って肩が凝って・・・

後ろで聞いてたPercさんは、「それでも先生が指摘したら音色が変わって」って
行ってくれてたけど、それ、俺じゃね?悪いけど、1stは全然変わってないし、
変えようとしてないよ・・・

うーん。そんなこんなで、「昭和なかほり」のベートーヴェン、再び、です。
どうなることやら。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3) シベリウス 交響曲第2番

で、本公演のトリ、メイン、はこれ!
・・・って、俺はこの曲、降り番です。
ひっさしぶり、に?メインで出番なし、と。
(まあ陰口言う連中は俺の好きこのみだけで俺ファーストで
ローテーションを組んでいる、ってことになってるらしいが。。。ドアホ。

なので、インプレッションと言っても・・・なんですが。
なんですが・・・

あのー。縦の線合わせる、お互い聞き合う、アンサンブルをしっかりする、
「その練習のため」にチョイスしたのでは?・・・・・・・・

これ、やっぱり木管8本がキモだ、って思うんですよね。
綺麗に8人のアンサンブルが出来てて響いてて、
それができて初めて「あぁ、北欧なのね」
ってイメージが浮かび上がるんだ、と思うんですよね。

だったら、まさに、木管群の掛け合いなど、が・・・
かけあ・・い・・・

・・・あれ?そこ、受け渡しのはずなのに、
なんで二枚舌さん達は「一緒に」出るのかな?
しかも、音程とやらが全然なくなってません・・・?

(・∀・)???

まぁ、言うは易く行うは難し、ってことで。

あーはーはーはーはー・・・

はぁ~ぁあ。
ダミダ、こりゃ・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とまあ、本番1カ月前にしてこの様相。
去年の秋定期も練習期間がめっさ短かった上に、
本番当日台風直撃(そういやそうだった!)、
でもそのせいでテンション上がって?
指揮者は「・・・・・・・」だったけれど、
なんとか熱意と押し・ノリ、で乗り切りましたが。
(ホント、棒が違えばもそっと、ねぇ・・・)

ウチの演奏会もそろそろ・実は100回。
きっと、100回を迎える前に、諸々のけがれなど、を清めて
100回を迎えなさい、という神の啓示、と思うことにしようっと。

さて、来月の本番。どうなりますやら。

文明の発達と旅行~旅するフランス風景画

なんだか?いつの間にか?一気に?
世間は「秋」って装いになりつつある気がするけれど、
けど、けどね、まだ台風も来るし、まだ夏日にもなるし、
でももう9月もオシマイなのに、この天気は一体どうしたものよ?
と嘆きつつある今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

毎度毎度の天気イントロで。
毎度毎度の異常気象ネタ。

毎度毎度、同じセリフなのは承知だけど。
「今年は例年異常におかしい」って台詞。

四季の国、ニッポン・・・ってホントになくなるんじゃなかろうか?
もう9月も終わり・・・で、今になって秋めいてきたけど。
この調子だと、関西の平地で10月なのに初雪、なんて
ニュースが流れても、もはや驚かないのかも。

そうなると、少しでも良い景色眺めて、
季節を感じたい・・・

でもオイラの会社さんは最近なんだか
タイタニックごっこしたいのか?みたいな
危険度レッドゾーンへ直滑降中・・・

あぁ、せめてカミさんと2人でどこかに行きたい、
どこかに連れて行ってあげたい・・・

でも¥が・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、そんなワタクシにぴったりな絵画展を
「カミさんが」発見!

ちうことで、出かけて参りました。相も変わらず平日に!
とても気持ちよく「旅行」出来ました。

なので、今日はその備忘、例によって美術展備忘、です。

行ってきたのはこれ!

「プーシキン美術館展~旅するフランス風景画」

コレ、ホントは9月4日(火)に行くつもりだったんですよねぇ。
しっかり有休もとって。

だって、美術館展、って、今や我が家では平日に行くもの、
土日なんて、美術じゃなく、だべりまくるオバハンの山を
見に行くようなもんだもんね。。。

神戸はまだマシですが。
大阪だとオバハン、京都だと、絵の前でじっとしてる、
いや、実は微妙に動いているジィサン・バァサンの山・・・
なんだもんねー。

でも・・・
9月4日・・・

台風21号のバカ。我が家のTVアンテナ持って行きやがってよー。

ま、おかげで有休消化が抹消されたからよかったけれど。

でも、俺はと言えば、駄々っ子のように「今なら絶対館内ガラガラだからさー」
「JRはコンジョなしで止まるけど、阪急は大丈夫だからさー」
って、前日夜までジタバタ、ヤダヤダ、って駄々こねてましたが・・・
(軽くカミさんにあしらわれた。「明日無理やって。」)

で、4日、結果といえば・・・・
結局美術館も臨時休館だったしねー。

* 被災された皆様には、1日も早くもとの生活が戻りますように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちうことで。
先日出直し、だったわけです、はい。

あ。ちなみに。金土の夜だと、館内で撮影OKだったそうで。
ヨーロッパだと殆どOKなのに、なんで日本はまだダメなのかな?
やっぱり高額支払ってお借りしてるから、少しでも絵画を痛めちゃダメ、って
ことなのかなぁ。。。

あぁ、十枚ほど、撮りたい絵がありましたねぇ・・・めっさ、残念!

さて、この美術館。
館の名前からすると、当然ロシア系?
でも、宣伝ポスターはモネやルソーの作品とか、フランス絵画だらけ。

あれ?亡命ロシア人がスポンサーになったフランスの美術館、かなぁ?
(素直に受け取らないのが、ワタクシが359°性格捻くれている所以?)

いやいや、ホントはソビエト時代も含むロシアの美術館だそうで。
なんでも、個人コレクションだったのが、ソビエト成立とともに国営になって、
それがまたソビエト崩壊に伴い・・・

という、なかなかな歴史をたどっている美術館のようです。

コレクションから始まっているせいなんだろか?
美術館の存在すら知らなかったですが、フランス絵画のコレクションが
もう、猛烈にものごつい、ってことだったみたいです。

そこで、今年、日露交流記念だかなんだか、で
文化交流のために(ここ数年はそういうパターン多いですね)
大挙してフランス絵画が来日した、という仕掛けだそうです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この美術館展。
改めて。

プーシキン美術館のフランス絵画コレクションから、
風景画ばかり65点を選りすぐって持ってきた、とのこと。

メイン?は、モネの若書き、26歳での作品のようですが、
他にも、セザンヌ、ルソー、ゴーギャン、ルノワール、ルソー・・・

もう、どれもこれも「涎モノ」の作品だらけ。
うへー。たった65点?もっと、ないの~?!
って思わず叫びたくなったり。

で。肝心の「展覧会」。

見終わって、これ、よく出来た企画やなぁ、って思いました。

というのが、最初は「風景画の起こり」、そしてそれが
どうやって発展していくか、と同時に、
パリを中心軸に据えて、最初は市内・近郊の絵だったのが、
時代が進むにつれて移動手段も発達し、
それに伴い、風景画の対象も
どんどんフランス全土へと広がっていき、
最後は南フランス、ニースやモナコ、そこまで行っちゃった、
って流れになってるんですよね。

まさに「旅するフランス風景画」!
これは上手いこと言ったもんだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず最初は近代風景画の起こり。

なーんとなく分かっていたんだろうけれど。
改めて言われて「!」でしたが。

風景画、って何も「みたまんま」である必要はないんですね。
こういう風景が「理想だ」とか、「いろんな想い出・想像を組み合わせたもの」とか。

そんなんもアリなんや。
そりゃ、確かに神話の時代の風景なんて、だーれも知らない(見てない)わよね。
でも、あたかも実際に存在する風景のように見えて、
その技巧に、まずはため息ひとつ。

その次は、自然をいかに賛美しているのか、というテイストな絵画群。
確かにここはミレーのアレとか、を思い出す筆が散見されたですね。

そっか、産業革命がフランスにも伝わって
都市が発達すると、いわゆる「田舎の風景」に
ノスタルジーを感じる、ってのは
時代を問わず、のことなんやなぁ・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、メインイベント。
いよいよ旅の始まり。

そこから先は、パリを軸に、
だんだん画家達の眼が汽車に乗って
だんだんパリの郊外へと広がっていく様が
見て取れます。

ます最初が、大改造を施されたパリ市の風景。
本格的な土木工事だった、というのは
いろんな歴史の話で聞きましたが。

目の前のパリがどんどん
「メタモルフォーゼ」していく・・・
画家としては描く衝動に駆られたんでしょうねぇ。

ルノワールのムーラン・ド・ラ・ギャレットとか。
ラファエリが描く、雨上がりのサン=ミシェル大通りとか。
19世紀末のパリの街、って
こんなだったのね、というのが
とてもビビッドに伝わります。

これ、どっちも欲しいなぁ・・・って、そんな¥があれば
現地に見に行く、ってばさ。

そして鉄道網がだんだん出来ていくとともに、
画家もパリの近郊へと出かけていきます。

ここで、モネ26歳若書きの絵。
「草上の昼食」。
本展覧会の目玉作品!

これ、制作過程において色々あったんですね。
なんか、友人に言われたように直すとおかしくなっちゃったから
切り取った、とか?
はたまた、デカいから切った?とか?
モデルが実は全部同じ人だった、とか?
若いだけあって、色々悩んで色々手を入れて・・・だったんでしょうね。

でもこの絵画が後に「蓮」を書きまくる人の絵だ、とは
なかなか簡単には納得できへんかったり。
というか、この絵がやがて「蓮」に繋がるのだ、
と思うと、やっぱり色々なことを重ねて
「蓮」に至るんだなぁ・・・って勝手に思いを馳せたりします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そしてさらに遠くへ、もはやパリ近郊ではなく、
立派に、他の街・土地へ、と画家の視点が広がっていきます。

セザンヌの作品は南フランス、プロヴァンスを見渡せる
場所に構えたアトリエからのものだ、とか。

山も見えるし、街並みも・・・

でもやっぱり画風がすでに「ああなってる」時代なので、
それまでの風景画とはやっぱり一線を画しているんですよね。
なーんとなく、これが山よねぇ。。。
なーんとなく、これが街並みよねぇ。。。

そんな不思議な画風・作風はこの頃に広まりだしたのかな。
でも、キライじゃないっすよ。はい。

そしてフランス全土にいけるようになった暁には、
とうとう、フランスを出て、遠い土地へ。

ゴーギャンやルソーの絵がここで出てきます。

ルソーは、実際にはパリから殆ど?全く?
出たことがなかったのだ、とか。

でも当時、すでにパリには植物園とか動物園とかがあって、
そこで南の植物・動物を見る事が出来た。
だから、それらの素材を組み合わせて
「想像で」風景画を描いた・・・のだ、とか?

そっか!そこが最初に繋がるのね。
見たまんまじゃなくっていい、想像でもいい、
そういうのも風景画なんだ、って話。

でもパリから全然出ずに、南の・亜熱帯の「風景」を
描く、なんてね。。。

そして、ゴーギャン。
なぜか展覧会では「ゴーガン」となっていたから、
もしかして別人?・・・ってなわきゃないか。

この人はルソーとは違い、ホントにフランスを飛び出して、
南太平洋だっけ?タヒチ島に移り住んで、
そこで原始的な風景画を沢山描いたんですよね。

この展覧会でもその中から1品出ていますが。
すでに「原色」を使う、という印象をうっすら感じますが、
まだ移住し立てのころなのかな?
あの野性味溢れる印象ではなかったなぁ。

でも、ゴーギャン。やっぱりこうやって「フランス絵画」の一連に
加えようとすると、なんだか「独自路線でーす」って感じがします。

うむ。6月7日生まれは「そういう人」が多い、と
過去ここの備忘録でもなんどか「自慢」しましたが・・・

そっかー、独自で独特で、我を確立してる、か・・・
(と、何気に自慢を差し込んでみる?)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうやって見た絵画群。
最初は全65点、と聞いて、案外少なく、ね?と思いましたが。

その65点全てが、どれもこれも好物なフランス絵画・風景画、
だったせいでしょうかねぇ?

たーっぷり、脳みその洗濯が出来ました!
(とは行っても、現況があまりにも酷いので、
翌日にはとっとと汚濁させられてしまいましたが・・・トホホ。)

そして改めて、
絵画展のサブタイトル。「旅するフランス風景画」!
今まで数多くの展覧会に行きましたが、
(その9割以上がカミさんのお供!カミさん、ありがとう!)
今回ほど「ドンピシャ」なサブタイトルはなかったですねぇ。

会場の途中、「章」が代わるあたりで、当時のパリ市街地図とか、
やがてパリ近郊に地図が拡大し、
最後はフランス全土の地図に・・・

そうやって、産業革命で鉄道が発達し、
どんどん視野が遠方にまで行くようになった・・・

その時代とのシンクロを存分に楽しめる
展覧会でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

* そうそう。全然ちがいますが(また備忘しますが)。
先日録画してみたスカラ座のドキュメント。
パリを大改造して、ガス塔を通りに配して、
一気に夜景が華やかになって、街の雰囲気も変わり、
夜遅くまで・・・という風習が始まった、ということでしたが。
(そういう風景画もありました。綺麗な街の夜景!)

実は同時期、すでにスカラ座では「電気」を使ってた、とのこと!

願わくば、旅の最後は現代まで来て欲しかったなぁ・・・
でも、コレクションの都合もある、か。

それにしても。最後に。改めて。
これが「ロシア・ソビエト」の美術展のコレクション、とは!

見終わった時も「ホントにこれ、ロシアの美術館なの?」
と言いたくなるくらい。

まるで、我が国の総理大臣が(勝手に?)
オソロシアの「あの人」に、浮世絵コレクションをたんまり寄贈して、
「ナンチャラスキー美術館」ができて、一大浮世絵美術館になってる・・・

いや、全然ちゃうか。
でも、ロシアのフランスへの憧れ、というものも
垣間見えた気がしました。

あ~、やっぱりフランス絵画。風景画。いいなー。
好き。フェルメールも好きだけど、レンブラントも好きだけど。
こういう風景画も好き。

会期が終わったら、抽選でどれか1枚、くんない?


日米実写化比較論(?)

台風21号がやってきてもうすぐ2週間、
でもって、北海道でその直後震度7の地震があって10日あまり、
でもまだ9月、今回は来なかったけれど、
21号よりさらにごっつい台風22号が南の方を横切ってたらしい、
そんな天変地異がまだまだ続きそうな予感のする今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

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我が家では毎年なーんもせんでも
「ワハハハハ」と言わんばかりに
9月に入ってもつるがが伸びまくる朝顔も
今年は全然育たず、
8月も末には、暑さのあまり?殆ど枯れてしまったり。

単に育て方がわるすぎ?

他方、家の軒先に植えている
猫避け草には、例年春先にチョウチョが卵産んで、
そこからかえった青虫が軍団とかして
草を丸裸になるまで食べ尽くす・・・
ってのが、余りの暑さなんだろか?
今年は全然ないな~、って思ってたら、
今になって青虫軍団が発生の予感?

一体全体、毎週のくり返しですが。
地球、どうなっちゃうんだろ?

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今日はそんなこんなを憂いつつ。

またまた、ちょっと前に(WOWOWで)見た映画の備忘、です。

今日の備忘はコレッ!

「破裏拳ポリマー」

あ、これ、実写版です。
溝端淳平クンが主演の、アレです。
もう公開1年だし(だからTVでオンエアされるんだが)、
ネタバレとか・・・構わないッスよね?
(ダメ、ってなら、勘弁してね。)

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俺の備忘録でも、定期的に出てくる日本のヒーローもの。、
タツノコ系。近未来SF系。
ポリマーも何度か記事にした、と思うけど。
なので、たっぷり重複かもしらんですが。

まず、映画「そのもの」ですが・・・

溝端君、頑張った。
確かに「映画の」設定上、スーツアクトになっても
素顔が見える、って言う設定なので(映画では)、
自分でアクションを全部こなす、ってのは
普通、彼の今の年齢でなきゃ出来ないことだろうし。
(除く/トム・クルーズ)

実際、劇中での動きも全部彼がやってるのか、と思ったら、
それはそれで立派。

それから、テルちゃん役の柳ゆり菜ちゃん。
原作のアメリカンなポップ感を日本人で3Dにしたら、
こうなるだろうなぁ・・・って感じで。
これも俺としちゃ、演技ちうよりも、
原作の再現性に「○」。

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でも・・・・・
でも・・・・・

正直、よかったのはそのあたりくらい。
いや、他の俳優さんも演技は特に気にならず。
へタッチい棒読みとかもあまり感じなかったし。

ただ思い切りワロタのが神保悟志さん。
見たら分かるけど、え?今度は警視総監なんすか?
監視官で、右京さんとやりあってるんじゃなかったんすか?
え?え?え?・・・
しかも、貴方がラスボス?
いや、貴方が実は裏で糸引いて、でも杉下さんと
上手く取引して上手く落として、って腹黒いことも
見せてた・・・

あ、いやいや。話が混乱しちまうぜっ!

ってなもんで。
(なので、警察の制服が異様に似合って見えてたり。)

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となると、映画全体の出来、ですが・・・

これが、正直、めっさ、残念。なんか、ダメ。

俺としちゃ、「あの」タツノコ・ポリマーじゃないな、と。

そりゃ、昨今、設定だけ借りてきてオリジナルにする、
てのはよくありますし。

キャシャーン、ガッチャマンもそうでしたが。
ポリマーもそろって討ち死にとは・・・

やっぱり日本では、アメリカのマーベルコミックスのような
実写化、ってのは到底無理なのかなぁ・・・
ナニが違うんだろ?

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身びいき、えこひいき、で考えたなら、
原作の持つ奥深さが、タツノコのほうがありすぎるから、
それが映像化できない、ってことなのかな。

スーパーマン、スパイダーマン、ワンダーウーマン・・・
それらはみな、完璧に世界観を再現してて、
しかも「アメリカンコミック」の世界そのものを
スクリーンで再現してる、という印象が。
でも、彼らはナニと戦ってるんだろ?
悪と?
闘いの道に入る理由は色々あるけれど。
それこそ、スーパーマンVSバットマン、みたいに、
入り口が両極端でも、最後はみんなで
「我がアメリカ合衆国、ひいては人類の平和と安寧のために戦う!」
って図式がてんこ盛りなのはわかりますが・・・

だからかなぁ、今まで手元で見ていた「コミック」が「動いている!」
という感動がすごいんですよね。彼らの場合。

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で、他方、タツノコヒーロー。
こちらは「TVアニメ」が原作だから、かなぁ・・・
どうも、変身後、ってのが、なんだか仮面ライダーや戦隊ヒーローものと
全然大差なくって、ね。

まぁ、どっちもスーツアクトだからしゃあないけど。
でも、ちょっと描き方がエロいけど?
TVアニメだと、破裏拳ポリマーなんかは、ボディーラインくっきりどころか、
ホントに体に密着した文字通りの「ポリマースーツ」で、
デザインも(舞台背景に併せて)アメリカンポップな部分もあって。
そうなると筋肉までボディースーツの上からくっきり見える、
ってサマを想像しちゃうから。

いざ、アクション用のスーツになってしまうと、当然だろうけれど、
ボディーに密着して、っていうあの見た目が違いすぎて、ね。

それから、本作では変身後もバイザー越しに顔が見える、って
なってるけれど。(だから溝端君が頑張ったんだろうけれど。)
確かTVアニメじゃ、バイザーはブルーで顔はよく見えない、
だから、鎧武士が変身しても、探偵長やテルちゃんにはわからなかった・・・
んじゃなかったっけ?

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そして肝心のアクションシーン。
これもまたどうしようもないんだけど。
がんばってるのはよーくわかったからさぁ・・・
でも、ちょっとチープすぎたかな・・・

まず溝端君。頑張ってアクションこなして、体作ったのはいいけれど。
やっぱり原作TVアニメの、あのスーツ越しにでも分かるくらいの
鍛え上げた、でも無駄の一切ない筋肉美・・・にはほど遠いもんね。
(でもふてぶてしい態度は、武士らしくていいかなぁ、とは思ったけど。)
もっと、シックスパック隆々で、全身筋肉の塊、
そのグロさを、かえってボディースーツの見た目で中和して、
結果エロい姿のできあがり・・・ってな印象なんだけど。

で、乱闘のシーン。これがまた、TVでよく見るようなチープな処理。
吹っ飛ばされた悪役(または溝端君)が飛んでいった先には、
なぜかクッション性の良さそうな、麻袋の山が?
または大音響を作りやすい、ドラム缶の山と、
破壊力がつたわりやすそうな、「なんでそんなところに?」って場所に
渡してある「木の板」が。

壁にぶち当てられて壁にめり込む、とかはそんなに印象になかったし。
ぶっ飛ばされ方も、TVアニメほどではなかったし。
(このあたり、タツノコの「お約束」な「悪役ひとまとめにぶっ飛ばす」図、
てのが無かったような気が。)

でも、今回ストーリーのこともあるのか、
正義の側も、すぐにアザ、血だらけの顔になってたり。。。

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で、肝心のストーリーですが。。。
これが一番作品をチープにしちゃったか、って思うんですよねぇ。

原作は、それこそ文字通り科学と自然とを問いかける内容だったはず。
でも本作では、単にポリマースーツが軍事転用されて云々、ってお話?

で、最初に作られたオリジナルのポリマースーツは、
軍事転用防止のために「ボイスコード」なるものを埋め込んで、
武士の声でなきゃ装着できない、って設定は・・・

ちょっと無理がありすぎ?では?

だって、武士は高校生の頃?警視総監の父親と対立して家を出て
ストリートファイターになったんじゃ?
じゃ、その後、どうやって彼のオリジナルボイスを登録出来たんだろ?

しかも、その後のコピースーツでは、そのボイスコード無しで
起動できる、って・・・

ボイスコードの有無でパワーの違いがあるとしても、
劇中、あれだけ対等に戦えてたら、それでええんとちゃうん?
軍事用として?

そういや。ポリマー。結局、3回、そしてラスボス、と拳を交わしたけど、
ポリマーが「勝った!」ってのは・・・あったっけ?
ラスボスだけ?かな?

引き分け、ってなら聞こえは良いけれど、
ボロボロにやられて、でも相手のアクシデントで「おいっ!」ってなって、
悪の側が勝手に負けて・・・って印象なんだが・・・

そこには爽快感ってのはないなぁ・・・

で、そうそう。
で、そのコマンドが例の決めぜりふ。
「この世に悪がある限り、正義の怒りが俺を呼ぶ」
ってのは、あまりにもムリが?

なんでこの台詞になったのか、って解説も
劇中ではあったけれど・・・それ、なんだかなぁ・・・


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それから、スーツアクション。
下手な小細工満載なのは言った通りですが。
その性かな?
スーツデザインかな?
なんだか、アメコミ系と同じような再現性ってのはやっぱりムリか?

ちょっと残念。

そういや、スーパーマンにせよ、スパイダーマンにせよ、
ピッチリ体に密着したスーツをまとって活躍してましたよね。

エロい話ついでに。本人であれ他人(スーツアクター)であれ、
あの密着スーツを身にまとうとき、最初はカップなしだったので、
シーンカットのごとに、「さっきは右(左)だった」って、
ちゃんと記録してたんだってね。
つまり、連続したシーンでカットが変わると向きが変わってる・・・
なんてことがないように、だってさ。

今は優れたスポーツカップもあるし、それを使うらしいけれど。。。
うぬぬ。

ちょっと脱線。
スーツそのもの、の見た目ですが。
むしろ、本作のポリマーは「アイアンマン」?
だとしたら、やっぱり・・・・違うんですよねぇ・・・

でも、カンフーシーンを突き進めた所で、
アニメと合成して処理したのは、まぁ、漫画チックな部分ってことで
ヨシとしましょうか。

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それから、設定が崇高な科学と人間との関わり、から、
安易に「軍事利用」になっちゃったから、だろうけれど。

もう一人、肝心の車探偵長が・・・

本作では、武士が鎧探偵事務所の探偵長ってなってるし、
どーすんの?と思ったら・・・

警視庁でのポリマースーツ開発担当セクションの課員として
「来間譲一」って?・・・
まぁ、考えたな、とは思うけど。その「割り切り」の中途半端さが、
映画全編に出てたかな・・・

劇中、テルちゃんが
「くるま、って、あの「車」?で、「譲一」って鍵の「錠」じゃないの?」
って突っ込んで、でも来間クン(山田裕貴)がぶすっと「違いますヨっ!」
って言っても耳を貸さず。
「ここは探偵事務所だし、車(しゃ)と錠(ロック)でシャーロック!ィエ~イ!」
ってねた明かし。

これ、原作でも車探偵長の名前の由来、ってことなんですよね。
こういう「差し込み」はキライじゃ無いけど・・・

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という、なんだかんだ、で、結局見終わって、
これ、何の映画だっけ?ってつい思ったのね。

鎧と来間との「バディもの」っても読めるし。
「軍事転用」がどうしたこうした、って、
サスペンス?な色をつけようとしたのか?とも思うし。
はたまた、未来のあるとき、あるところ、という、不詳なまんまにしてたり。

でもどれもこれもが中途半端なんですよね。
なんか、役者さんが可哀想、っていうか、
こりゃ、やっぱり「設定・本」の問題かな。

だから、見終わって、タツノコヒーローズは、
やっぱりTVアニメであってこそ!って思いが
かえって強くなっちゃった、とさ。

いや、インフィニティのように、
全編3Dアニメ、ってやり方もあるだろうし、
かえってそっちの方が・・・とすら。

うーん。ポリマーなどは、タツノコが結構意識して、
ライトな、アメリカンな、ポップなタッチで深刻な内容をまとめようとした、
って印象があるだけに。
(だから、アメホン国とか、トーキョープラスとか、って地名でしょ?)

ますますタツノコが偉大だ、ってことなんだろな。

でも、ナニかいい方法で、
アメリカンコミックの実写化と同レベルのことが
日本のヒーローでもできるんじゃないか?って
まだ期待はしたいけれど・・・

そういや。
まさか、とは思いますが。
タツノコヒーローズ。
インフィニティ。

・・・・・次はテッカマンの実写化?
それこそ、エヴァやガンダムの実写化と同レベルにしか聞こえんが・・・

うーむ・・・・・・・

科学による自然への狂った挑戦・・・?

ここをご覧下さる皆様、昨今続けざまの天災、
大丈夫だったでしょうか?
被害に遭われた皆様には心からのお見舞いを。

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我が家は台風21号の強風でTVアンテナが持って行かれましたが・・・
でもその前に光ケーブルTVに切り替えていたので
セーフでした。
TVっ子なワタクシ、TVがないと半狂乱になったでしょう。

でも今年の天災、その規模、頻度はちょっと勘弁してくれよ、
ってレベルですよね?

福井県で豪雪被害が出たのも今年初め、って言われて。
白根山が噴火したのも今年、って言われて。
大阪北部地震ですら、もはや忘却の彼方では?
西日本の大豪雨被害ですら?

大災害の時には、いつも思います。
年に1度だけでもいいから思いだそう、と。

でも、ここまで連続すると・・・
ホントに、「地球、どうなっちゃうの?」って思わずにはいられません。
被災された皆様に、早く平穏な日々が戻りますように。

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さて。今週の備忘は、まだまだ続く、「映画」の巻、です。

天災はホントにどうしようもないですし、
特に地震なんて、予知なんかできっこないだけに
ものすごくタチが悪い、と思いますが。

人災、ってやつは「ヒヤリハット」とか「気づき」とか「ポカよけ」とか。
いろんな手法でどうにかなるんじゃないか?
って思うのですが・・・

いわゆる「マッドサイエンティスト」とか「狂人」とかの出現は
抑制できない・・・んでしょうかねぇ・・・

雁にそういう人が発生しても、
それが暴走しないように、って手立てはありそうに思うのですが。

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とまぁ。
強引すぎる「イントロ」でお恥ずかしいですが?

今日の備忘はこれ!

「ブラジルから来た少年」

この映画も今や・古典の域、でしょうかね?

映画自身は1978年公開、だそうですが。
小説(原作)は1976年なんですね。
小説が出てすぐに映画化する・・・ってハシリかな?

* この点、先週備忘した「ミクロの決死圏」とは逆ですかね。

あらすじ・・・ネタバレって言ってももう有名だろうから気にせずに・・・

これは、当時最先端だった生物学を巧みに取り込んだ作品、
なんでしょうね。
この時代、人間のクローニング、ってテーマも、すでに理論は確立してた、
ってことなんでしょうか。

でも、西欧はやっぱりキリスト教圏だし、
「人の命は生み出される物」という道徳観がすごくあるから、
こういう話もSFサスペンス?的な内容になるんだろうけれど。

現代の・現実問題を考えたら、非キリスト教圏のとある大国なんかだったら、
平気で「我が国の科学の底力をみせつけてくれるわ」って言わんばかりに
平気でヒト・クローンをやっちゃいそうですもんね。
実際、そのレベルまで理論は進んでるんじゃ無かろうか?

そうやって、指導者をポコポコクローニングする・・・

それって、下手すりゃ悪質極まりない人災になるんじゃなかろうか?

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さて、肝心のお話?ですが。
これ、あの、人類史上最悪と言われた独裁者に心酔する
マッドサイエンティストが、
その独裁者のクローンをブラジルで「生産」して、
各地に送り込んでる・・・
ってストーリーですよね。

映画を見て「ほほー」って思ったのは。
クローニングはすぐに出来るけれど、
全く同じ人格に育て上げるには、
クローンのもととなったオリジナルと
全く同じ環境を与えなければならない、
という条件。

これを知っていたら・判っていたら、
実はこの作品、最初からネタバレなんだろうけれど。

この説、知っている人は言われて思い出す・・・ってレベルじゃ
なかろうか?

なので、見ている人はナチスハンターと同じ目線で
マッドサイエンティストの思惑を追いかけることになる、
そんな仕掛けがされてるんでしょうね。

こういうのを「伏線」って言うんだろな。
これは見ていて「一本取られた!」って思いました。

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また、マッドサイエンティストの回りの人達も、
平然と「普通の人を殺せ」という指令に強烈に違和感を覚え、
そこから組織の瓦解が進む、という有様ですが・・・

言っちゃえば単純にそれだけなんだけど。
やはり無実の人を92人も殺せ、しかも日にちまで指定して殺せ、と・・・

そこでたじろぐ上層部は、むしろまだ「人間性」を持っていた?
ってことでしょうかね。

でもそんなことにたじろがないからこそ、
「マッドサイエンティスト」たりえるわけで。

こういう科学の世界が、1940年代前半に
平然と世界中で行われていたのか・・・とふと思うと、
いくら科学への貢献、という綺麗事を並べても
「やってエエ事と悪いことと、があるんちゃうん?」
と思ったりもするわけで。

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あっと・・・話があっちフラフラ、こっちフラフラで・・・スミマセヌ。

映画の舞台、最初は南米とウィーン。
ナチス絡みとなると、やっぱり南米が舞台なんでしょうかね。
でもブラジルが舞台じゃ無いんですけどね。
南米、ってパラグアイなんですよね。

欧米視線で見ると、1970年代はまだなんだか
判ったような、未開なような・・・そんな空気を
漂わせていたんでしょうか。
まぁ、ニッポンだって同じような目で見られてたんだろうけれど。

で、隠れナチスの組織がパラグアイにあって、
最初に登場すると同時に死亡フラグ立てまくりの
めっさアメリカンなマッチョイケメンが、そこを探る最中に、
お約束通り、組織に見つかってお陀仏・・・

その直前にウィーンのナチスハンターに必死の思いで連絡を入れて・・・

それが話の始まり。

で、最初は分けワカラン、とかいいつつも
気になって調べていくと・・・

最初は無関係と思われた事故による死亡事件を結ぶ線が
だんだん見えて来て・・・

その動きを察した組織は作戦の中止を「命令」するけれど、
そこはマッドサイエンティスト。
「命令?は?この崇高な使命を遂行しなければっ!」ってんで
暴走しまくり。

で、暴走しまくるが故に、どんどん足がついていって、
最後は二大スターの対決。

まぁ、結構息を呑むシーンの連続でしたね。

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それにしても、グレゴリー・ペックが主役やってた
(マッドサイエンティスト)とはしらんかったです。

そしてこれがまた、思い切り「ホンモノなの?」って
思いたくなるくらいの、嵌まった演技!
ここまでやってて自分自身がおかしく
なっちゃわないのかな?って思うほどの狂気さ。

やっぱり偉大な俳優なんだわ。

オードリー・ヘップバーンと休日を過ごしてた
あの新聞記者が、こんな性格俳優をやってたなんて!

それから。
仕組みは当然ですが。
「ブラジルから来た少年」そのものは1人4役だった?
まぁ、クローンだから同じじゃないとダメだけど。

白人、アーリアン、金髪、紺碧の瞳・・・
そしてその横柄な態度?

まあよくぞそういう設定考えて、実演させたもんだ。
そういや、wikiなどによると、最初はラストシーンが
ちょっと違っていたのだ、とか。

死体の写真を現像しつつ
舌なめずりしながら「いけてるヤン?」
ってにやりとして、「ジ・エンド」。

確かに映画館でここを流すとちょっとちょっと・・・
なんでしょうが。

でもこのラストシーンがあってこそ、
「おそろしい・サスペンス」として成立しとるんじゃ
なかろうか・・・

そう思いましたねぇ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから。
音楽!例によって音楽!

これ、J・ゴールドスミス御大、って?
これまた全然知らなかったです。

冒頭、ウィンナワルツをバックにタイトルシーンが。
でもこのウィンナワルツ、どう聞いても、
R・シュトラウスの「薔薇の騎士」のワルツ、としか。

ラフマニノフ系じゃないんですよね~。

でも舞台の半分はウィーンなんだし、
1940年代のドイツが話の背景にあるから、
まあ、いいんだろう・・・という以上に、
実はめっちゃ退廃的な雰囲気にぴったり合う音楽。

一瞬、マジでR・シュトラウスでこんな曲があったのか?
って思っちゃいましたモンね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で、再び俳優さん。

ナチスハンター役にはローレンス・オリヴィエ・・・
って、あの?サー・ローレンス?

これまた最初見た時は全然わからんかった。
それだけ、よぼよぼの、半分世間に相手にされない
小汚い爺さん、としか見えず。
いや、役回りがそうなってるからなんだろうけれど、
ホントこれがあの、サー・ローレンスか?って
思ってしまった・・・・・

思えば、映画、1976年。
その時代の俳優さん、ってホント「演技」が
すごく素敵?上手い?ってことだったんだろな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それにしても。
科学。ある意味、自然への挑戦、って側面もあるんだろうけれど。
ワタシャ、アーメンさん、ってワケじゃ無いけれど。

科学(化学)と言えど、踏み込んじゃいけない領域、
ってある、って思うんですよねー。

ヒト・クローンもそうだと思うし。
自然を制御する、ってのも、こうも天災が続くとどうにかして、
って思うけど。

竹宮恵子の「地球へ・・・」じゃないけど。
自然がその阻害要因を排除する行動に入った、
その阻害要因の名前は「人類」・・・

ってことにならなきゃいいんだけど。

科学。用いようによってはこの映画のような
サスペンス?それ以上の狂気?を生み出すんだなぁ・・・

って、見終わってしばらく黙ってしまった映画、なんではありました。

何度も何度も見る、って手合いじゃ無いだろうけれど。
やっぱり必見の映画のひとつ、なんではあるんでしょう。

機会があれば、ぜひ!