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zoom RSS 1.17/2018年に思う

<<   作成日時 : 2018/01/22 13:31   >>

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年が明けて、早くも20日が過ぎた今日この頃、
皆様いかがお過ごしですか。

元旦、初詣に行って、家でおせち・雑煮を食べて。
翌日、新春初売りにでかけて。
それから、年賀状も見ながら色々思いをはせて、
「もうすぐ新学期」「仕事始め」と思いつつ、
成人の日を過ぎて、
ようやく気持ちも落ち着いて「新年始まったなぁ。」
と思うのが、だいたい「今ぐらい」じゃないでしょうか?

そんな気持ちのこの時期。
あれから、23年ですか。

1.17。

直接神戸にいたわけじゃないし、
でもまぁ、近くだったので強烈な揺れは感じましたが。
それまでも大きな災害はあったし、あったはずだし、
その後も、3.11のような超巨大地震なんてのも
ありましたが。

でも、1.17、その日付を迎えるたびに、
倒壊した阪神高速、
あちこちから立ち上る黒煙、
その風景をなんとはなしに思い出すんですよね。

そういや、あの時も連立政権で、
大災害が発生したにもかかわらず、
当時の社会党があーだこーだと永田町で騒いで、
なんだかなー、だったけれど。

3.11の時も「枝野寝ろ」ってスレッドがたつくらい、
官房長官からは必死さを感じたけど、
当時の民主党政権の、なんだかなー、ってあれ。

どっちもそういや政権が機能せずに
被災地だけが取り残される?

そう考えたら、やっぱり自民党の盤石さが
この国にはありがたいのか?

と、全然関係ない方向に思いが流れつつも。

あれから23年、ですか。
ボランティア元年とか、都市型大災害への着目とか。
再建、復興、というものへの研究、取り組み、とか。

あの時にそういった諸々が始まったんだろな。

あの時の「おかげ」という言い方も
23年たってるし許してね、じゃないけれど。
ボランティアのこと、災害復興のこと、など、
色々と「勉強」になったこと、って
あったんだろな、と思う一方。

政治と金融だけは、全然「冷酷」に思うんですよね。
23年経って、しかも3.11まで経験してるのに。

住宅ローンとか、ね。
「購入した商品が不可抗力で全壊させられた」のに、
ローン残高だけはしっかり残って、支払いが残って。
この理不尽さだけは、なんぼ考えてもわからない。

「商品」を自分で壊したならしゃあないんだろうけれど。
自分のせいじゃないのに「商品」が使い物にならなくなったのに、
なんでお金だけ支払い続けなきゃならんのだろう。

金融機関は「お客様」と称する人々から「ハイリスク・ハイリターン」
とか言ってわずかな蓄えも取り剥がすのに、
自分達はリスクを負わない、ってことなのかな・・・

行政だってもっとそういった金銭的な部分の支援、
ってできないんだろかね。
税金、ってそもそも「こういう時」のために
支払ってるんじゃないのかなぁ。

そりゃ、日頃の生活に密接した部分で「使い果たしている」
のかもしれないけれど・・・

それから、最近、ふと思ったりすること。
ボランティア、てのはすごく高尚で、
それに力を出す人、お金を出す人、って本当に素晴らしい人々、
って思っていますし、今も大半の人はそうなんだろうけれど。

なんだか、最近「ボランティアしている自分」が「ステキ!」って
自己チュー?自己愛?に満ちあふれてるパターン、って
目に付くようになって、ね。

いや、俺の性分がひん曲がってるだけなんだろうけれど。

善意の押し売り?っていう批判もひとときあったような記憶も
ありますが。

現場が本当にしてほしいこと、と、
何か役に立ちませんか?という側と。
その両方がマッチングしないと、
ボランティア、って上手く行かないのとちがうかなー?
と思って見たり。

もそっと拡大して、チャリティコンサート、ってのも
広くやってましたよね。
ああいうのも、現場にも行けない、何かできるわけでもない、
でも何か役に立てないかな?という気持ちの人には
役に立つ企画だろう、って思います。

でも、最近はそのチャリティーですら
「チャリティーやってる自分達がとってもステキ!」って
「舞台上だけ」で完結してしまってるパターンっての、
時々目にしたり。
また、そもそも直後には熱烈に盛り上げていたのが、
いつしかフェードアウトしてなくなってたり。

そういうのって、どうなんだろうなぁ。
一時だけでも喜んでもらえてる、って企画だったらいいんだろうけれど。
勝手に盛り上がって,勝手にフェードアウトして・・・
それは被災した人々にとってどうなんだろうな?

俺みたいなへそ曲がりが、
自分が被災した側だ、って想像したら
(あくまで想像までしかいけない自分が言うのもナニですが)
チャリティ、ボランティア、って名乗るんだったら、
ホントにこっちの役に立つこと、やってみてよ?
ホントにこっちの本音、聞いてみてよ?
押しかけで自己満でオシマイ?そんなのに自分達を使わないで・・・

って思うんだろうな。

1.17。
今や神戸市民の半数以上は当時を知らない、
当時市民じゃなかった、ってことらしいけれど。

しっかり語り継ぐ、ってことの大切さ、って
そういうことなんだ、って最近思えるようになってきた。

第二次世界大戦とか、広島・長崎とか。
そういう「語り部」って、青っちいころは「?」って思ってたけれど。

聞き手が体験・追体験、なんてできないけれど。
せめて想像の翼を広げて、その時どうだったのか?
ということを「語り継ぐ」というのが、
将来、きっと何かの役に立つ、
災害に遭わなくっても、お互いを思うことの育成につながる、
きっとそういうことなんだろうな。

だから、そう思うと、
見たくれから「中途半端」なチャリティーとかボランティア、って
なんだか、こう、ね・・・

実際、神戸で被災した親友が、1年ぐらい経って言ってたけれど。

「俺たちをダシにして自己満するな。」とか。
「チャリティーと言いながら、主催者は全部のことを他人に押しつけて、
自分だけスポット浴びている、ってパターンも結構見たけど,反吐が出る。」とか。
「チャリティーのはずが、強制的にお金を集める仕組みになってると聞いて
とてもイヤな気持ちになった。」とか。
「チャリティー・ボランティア、って名乗れば何をしても許される、って思ってる連中、って
ホントにいるんだ。そんな奴らの施しなんて・・・」

どれも「そうなんだー。」って、つい他人事のように聞いていたの、
ついつい思い出しました。

彼らが言うのは、とにかく「忘れないで」ってこと。
「忘れてませんよ。何か復興のお手伝いできませんか?」とか。
「何も出来ないけど、気に留めていますよ。せめてこのお金で何かに役立てて下さい。」
っていう気持ち・・・それは言わなくてもきちんと伝わると思う。
逆に、それを「宣伝文句」のように言うの、って、
もしかして眉唾なのかな・・・

そんなこと、思ってしまった23年過ぎた1.17でした。

あの時に生まれた人も、大学行ってたとしてももう就職?
23年、あっという間、なんだなぁ。

日本の歴史上、色んな映像記録が残された最初の大災害、
って話も聞きましたが。
3.11の災害と併せて、何らかの形でいいので、
何か後世の役に立ちますように。

そしてチャリティ・ボランティが、が
どうか純粋な気持ちで続いていきますように。
よこしまなもの・気持ちが混じったりしませんように。

災害から逃げることは出来ないけれど、
災害に遭ってしまった後も、早く立ち直れるように、
そういう社会になりますように。

合掌。







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