今を掴む

6月に入ってこなたもう20日を過ぎて、
雨も降るけど、真夏日にもなる、
そいでもって、明け方15℃くらいまで
下がることもあるか、と燃えば、
最高気温は「昨日より3℃あがって」32℃で~す、
っていう、スマフォさんからの「お知らせ」に
いやいや、もう個々は見過ごして
ちゃんとした、常識的な日々が暮らせますように、
と、こころからお祈りしたかも?
亡命したいかも?
と日々思い始めている今日この頃、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

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もう、今年毎週言ってる気もしますが
めっちゃ気温が高くなったかと思うと・・・
見事に「未だに(2019/06/24)」梅雨入りしていない、
という現実を目の当たりにして、
やっぱまだまだ「オカシイ日」は続くんだな、と思いつつ。
むしろ「こっちの方が正しいのが真実になったのか?」と
もしそうなら、やっぱりセカンドインパクトが発生して、
日本は「常夏の国」になっちゃったのかなぁ。

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今日も、先々週?につづいて、ワタクシゴトの
長くてつまんない、備忘。

俺は毎年定期的に実家に帰ってます。
そやな、学生の頃は下宿にクーラーもなし、
やることもなし(アルバイトとかの空きもなかったし)、
だから実家に帰ってグータラしてたなぁ。
(せめてあの時、死に物狂いで笛練習してたら、
もしかしたら弟@オケ並みになれたかも・・・ね?)

で、卒業した後も、夏休みと冬休みと
唐突にふらりと帰って、でも親父も母も
なーんも言わずに「お、帰ったか。」みたいな。

その後、結婚してからも、半年に1度は「帰省」ってのしてましたね。
まあ車で飛ばせば楽に日帰りできる場所だし。

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でも・・・・・
残念なことに、20年前。もうすぐ世紀越えだったのに、
突然親父が旅だって。
(今でもあの電話口の母の絶叫は耳に残ってるなぁ。。。)
まぁ、苦しまずに寝ている間に突然だった、ってのは
いかにも親父らしい、と思ったけれど。

それからは、ある意味ちょうど良いサイクル?
(これも親父の思いやり?)
6月と12月と、文字通り半期に1度の里帰り、
って図式になりました。

思えば20年かぁ・・・
あの日はまだ晴れてたけど、
翌日の式は雨。
それこそ2~3日連続して日帰りしてたっけ・

その時乗ってた車が初代のCR-V。
でもその後Odysseyになって、Mini Paceman になって、
今は MINI CLUBMAN と。
もうそれだけ時間もたったのな。

道路だって、最初は単純に眺めの良いところを通っていたけれど。
今や新名神ができて、ますます楽に帰省できるようになったなぁ。

そういや、その間、道中にアウトレットができて、
毎回立ち寄るようになったけど、
出来た頃は「本当のアウトレット」だったのが、
昨今は「アウトレット専用商品」があったり、
「正規店のバーゲンと変わらんやん?」みたいな店も増えて、
ちょっと熱も冷めつつあるかな。。。

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それから。たまたま?実家の近くに姉夫婦が住んでいることもあって、
なんもかも姉夫婦に任せたまんまだったね。

でも義兄が結構「ヲタ」系?なんでも飛びつく、ってやつかな?
だから時々、家電やケーブルTVを変えたはいいけれど、
しばらく母も「うーん・・・使い方が・・・」ってなこともあったり。

そうそう。そういや、ウチには子供はいないけど、
姉夫婦のところには一人娘が。
で、とうとう無事就職できて、叔父としては喜ぶばかりだけど。
これまた考えて見たら当たり前だけど、
文字通り「こーんな小っちゃい頃」からおっちゃん、知ってるねんでー、
ってヤツ?

ホントに20年であっても、こういうのはアッという間なんだな。

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最近実家に帰ってふと気がつくのですが。

実は去年かな?母が急に調子崩して入院して。
それまで具合が悪くても通院でどうにかなってたし、
大きな骨折とか大けがとかもなかった(はず)・・・なので、
入院、って聞いてめっちゃ驚いて。

でもやっぱり当人ももの凄く驚いたんだろうな。
それとショックだったんだろうな。

いつの間にか俺はブクブク太ったのに、
ふと気がついたら、母はこんなにか細くて
小っちゃかったっけ?って。

でも、よくよく聞けば「塩分の取り過ぎは老体によくない」
ってTVや新聞や、そこかしこで聞くので、
めちゃくちゃ減塩してたんだってさ。

で、結果減塩「しすぎ」で体調崩しただけだったのだ、とか。
で、食事療法、点滴等で元の体調に戻すための入院だった、
ときいて、安心したけれど。

それから、なのかな。
母も何か覚悟を決めたみたいで。
それまで親父の育った所にあったお墓をたたんで、
実家にいた親父と一緒に「お西さん」に永代供養する、と。

それから、入院騒動の少し前から気付いてたけど。
母は絶対言わなかったけれど。
家の中の物がゆっくり減って行ってるのな。

多分、それ、終活、ってやつなんだろうと思う。
俺も結婚の時に大量に家に送り返してしまったガラクタ類、
日々に追われて忘れてたけど、
いつの間にか母がちゃんと整理して処分してくれてたみたい。

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親父がいなくなって20年、ずっと一人で過ごさせてたのは
後ろめたい部分もあるけれど。
けど母親の性格を考えたら、かえってそっちの方がよかったんだろな。

いつも姉や俺と過ごしてたら、もっと気が張り詰めて
しんどかったろうし。
ご近所さんとも今でも随分仲良くしてるらしいし。

それに年なりに足が弱ってるのはしゃあないとしても、
それでもちゃんと一人で歩けるし、
自分のことは自分でも出来るし。

とっても恵まれてるんだなぁ・・・って改めて思った次第。

母は先例は受けていないけど(はずだけど)、
一応、プロテスタント。のはず。
だから子供の頃は姉と二人、教会に連れて行かれてたっけ。

だから、今はもう神の御心ぞしる、
という境地のようだけど。

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先々週の「今を生きる」「今を掴む」じゃないけれど。
そういうつかみ方もあるのな、と
実の親の背中を見ながら、
今でも学習、ベンキョだわ。

ふと珍しく、シメジメするわけでなく、
カラカラに感想してるわけでもなく、
適度な湿気を抱いた半期に1度の帰省でした。

今でも、いつまでも親からは色々と学ぶもんだ。
俺ももそっと、穏やかにならなきゃ・・・かな。

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